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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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1010.「老翁の奢りと、考えたくない青年」

 何軒かの酒場を訪ねた末、目的の人物を見つけたのは大衆料理屋――名無亭(ななしてい)だった。不夜城の足元付近に(きょ)を構える、銅貨一枚で一食を提供してもらえる破格の食事処である。


 ひとでごった返す屋内は紫色の肌も見受けられた。今現在の煙宿に血族と人間の区別はない。そうあっさりと割り切れるものではないだろうが、血族の何人かは早くも町の恩恵に預かっているようだ。今のところ人間の客に比べて血族の人数は少ないようだが、数日もすれば拮抗(きっこう)することと思う。


「竜人でも大丈夫っすかね……?」


 縮こまるスピネルへ振り返り、作り笑顔を向けた。


「大丈夫よ。安心して」


 なお不安そうなスピネルを、それ以上安心させてやる言葉は持っていない。そもそもわたしの目的は食事ではないし。


 人波を縫って周囲を見渡すと、大テーブルの一角に目的の人物の姿があった。テーブルに着いているのはいずれも血族である。


 彼女に近付くと、視線が一斉にこちらへと(そそ)がれた。たぶん、スピネルが目立つからだ。


「お嬢! やっほ~。どうしたの、そんな格好して」


「色々あって服が燃えたの。それで、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 周囲の目が丸くなり、それから、さっと()らされた。


「お嬢、ちょっと」とココが立ち上がってわたしの耳に囁く。「コート一枚で全裸ってこと? ヤバいよ。色んな意味で」


 変質者じみているということなら理解出来なくもない。ただ、恥ずかしいともなんとも感じないのだから仕方なかろう。別に全裸で歩き回っても今のわたしは平気だ。


 ココもどうやら本気で心配しているわけではないらしく、席を詰めてわたしを座らせた。もちろん、ナルシスとスピネルも。


「マスター! お酒みっつと食事もみっつ追加で! 天下のクロエお嬢に最大級のサービスをお願いね!」とココが声を張り上げる。厨房のほうから怒声じみた返事があったが、喧騒(けんそう)のなかにあって上手く聞き取れなかった。


 煙宿に配置されてからというもの、昨晩までココと会っていない。だからわたしの変化にもまだ気付いていないのだろう。わたしの知る限りのココの態度と寸分(たが)わなかった。


 ぎこちないコミュニケーションを重ねれば、いずれ嫌でも気付く。わたしがココの知るわたしでなくなったと。


「ココ。わたしは食事をしに来たわけじゃないの」


「名無亭に来てなにも食べないのは犯罪だよ! 食い逃げと同じくらい罪深い! ま、しばらくはタダなんだけどね。お(じい)(おご)りで」


 お爺。誰だろう。


 わたしがきょとんとしているように見えたのか、血族のひとりが口を開いた。


「この店の代金はルドラ様がお支払いになったのだ。我々は銅貨を持ち合わせていない。いちいち金貨で精算していたら釣り銭を用意出来ないという話なので、閣下が数日分の代金をすべて前払いしたのだよ。本来は同胞(どうほう)だけという交渉だったが、そうもいかなくなった」


 血族は酔っているのか、ほんのり顔が赤い。それでも堅苦しさが残っているのは、人間に対して気を許しきっていないからだろう。当然のことだ。


 しかし、そうもいかなくなったとは?


 言葉を引き取ったのはココである。


「煙宿は誰も区別しない。基本的にはね。肩書も種族も肌の色も性別も、みーんな関係なし! だから血族だけ特別扱いはナシ。で、お爺には全員分の代金を払ってもらうことになったの。気前良かったよ? ふたつ返事だったんだから!」


 ココはその場に居合わせたのか、あるいは直接交渉したか、いかにも手柄顔である。それにしてもふたつ返事とは。この食堂が特別安いからというのもあろうが、ルドラは相当の金持ちなのだろう。


「それで、ココ。頼みがあるんだけど」


「まあまあ、一杯呑んで、たらふく食べてからにしなさんな」


「お酒は呑まないし、食事もしない」きっぱりと言い切るわたしに、ココは少しむくれて見せた。これが演技なのかどうか不明だ。だから撤回する。彼女の機嫌を損ねたくない。「お酒は呑めないけど、やっぱり食事はいただくわ。せっかくだもの」


 するとココは破顔(はがん)し、「ココちゃんの酒も呑めよ~」なんて笑う。


 少し前なら、現在の肉体に酒類が影響をおよぼすのか試す意味で飲酒したかもしれない。しかし水蜜香(すいみつこう)が効力を発揮した以上、そのテストは必要なかった。お酒を呑んだら、わたしは以前と同じく記憶を失って暴れまわる。好ましくない人格に意識と肉体を(さら)われるのはごめんだ。


 やがて料理が運ばれてきた。クリームを垂らしたポタージュ、薄切りのパン、香草の混じったサラダ、魚の半身の煮付け、そして木製のコップに並々(そそ)がれた透明な酒。ナルシスとスピネルの前にも同じ料理が並ぶ。店員が申し訳なさそうに「今カシミールさんは治療中なので、彼の弟子が作りました。お口に合えば幸いです」と言う。


 カシミールが手負いであることは、不夜城での契約締結の場で悟っていた。致命的ではないだろうが、右の胸を(かば)っている様子は記憶に新しい。おそらく骨は折れ、臓器にもダメージがある。料理どころではない。


 委細(いさい)を心得ているのか、ココがわたしの前の酒を奪って口をつけた。旨そうに呑み、吐息をつく。


 不意に、わたしの対面の席で声がした。


「カシミールには申し訳ないことをした。ザッヘルにも。俺は勘違いしてたし、やりすぎた」


 見ると、消沈した表情の四本腕の血族が、伏し目がちにこちらを(うかが)っている。


 それからココが説明したところによると、四本腕――ハリッシュはザッヘルに殺されると勘違いして、彼と戦闘したらしい。そこにカシミールも加わって三つ(どもえ)の殺し合いになったんだとか。全部食堂でハリッシュの口から聞いた話とのことである。大っぴらに明かすココに対し、ハリッシュはなんの訂正もせず、ぼんやりテーブルの木目を見つめていた。


 敵と戦ってしょんぼりしている意味が分からない。見た目に反して度外(どはず)れに平和主義なのかもしれないが、戦場にいる以上、敵への気遣いなんて不要だ。


 と思ったが、ココが言うには少し事情が違うらしい。


「友情だよね~、知らんけど!」


 ハリッシュは最終的にザッヘルとカシミールによって気絶させられたのだが、目覚めてみると拘束ひとつされずに生きていた。覚醒した頃には魔物が押し寄せており、連中をカシミールがひとりで相手にしていたんだとか。ザッヘルも覚醒していたが、戦える状態とは言えず、もっぱらカシミールの討ち漏らした小型魔物を倒していたらしい。まるで二人ともハリッシュを守るように、その場から動かなかった。


「それで、ハリッシュも加勢して仲良く魔物退治したってわけなのよ!」


 まるで見てきたようにココは言う。


「いや」とハリッシュがはじめて口を挟んだ。「俺は仲良くなんて出来なかった。なんで殺されなかったのかも分からない。考えたくない。考えるのは苦手だ。ただ、なんとなく申し訳ないと思ったんだ。それで、二人に加勢した。信念があってやったことじゃない。俺には信念が分からない。信念は、考えなきゃ分からないものだ。俺は考えたくない」


 聞きながら、わたしは食事を口に運ぶ作業を(おこた)らない。さっさと食べ終えてココに依頼したいから。


 バン、と隣でテーブルを叩く音が響く。ココが立ち上がるのを横目で見た。


「考えなくたって信念は持てるぞ、青年!!」


「それは、どういう」


「そのとき、こうしたいと思ったことをやるの! それが積み重なって信念になるの! だから、色々考えて悩んだりすることだけが正解じゃない! 信念とは――」


 ココは両手を腰に当て、ハリッシュに挑戦的な笑みを贈った。


「信念とは、考えて見つけるものではなく『なんとなくそのうち見つかるもの』である! だから見つかるまでは一生懸命、目の前のことを思ったままにやればいいのだ青年よ!」


 皆がぽかんとしている。わたしは食事の手を止めない。ココが意味不明なことを言うのは今にはじまったことではないから。


 ただ、ハリッシュが呆然と頷き、何度かココの言葉を繰り返すさまは、心を打った証左(しょうさ)だった。無意識の寝言も、老人の妄言も、酔っ払いの()(ごと)も、すべては言葉だ。それがどのように作用するかは聞き手に委ねられる。


 ハリッシュは自分の前の、ほとんど手を付けていない食事をぎこちなく食べはじめた。時折「美味い」と呟きながら。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『名無亭』→『煙宿』に存在する、銅貨一枚で一食分を提供する激安食堂。詳しくは『397.「名無しの朝餉 ~ようこそ『煙宿』へ~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『ザッヘル』→『針姐』の旦那。身体能力を強化する墨を身体に彫り込んでいる。被虐嗜好。喋ることが出来ないので、筆談でコミュニケーションを取る。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて

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