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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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1008.「資格を求めない町」

 朝靄(あさもや)の大通りには多くの人々が行き()っていた。すっかり安堵(あんど)を顔に浮かべて酒瓶を手にしてぶらついている者もいれば、遊女との立ち話に躍起になっている者もいる。一方、むっつりした顔で周囲を睥睨(へいげい)している者や、暗鬱に(うつむ)いている者も。彼ら彼女らの肌は一様(いちよう)ではない。人間のそれと血族のそれが入り混じり、装束も異なるものだから、文化がごちゃまぜになっている印象である。


「賑やかになりましたなぁ」と隣を歩くヨハンが平々凡々と口にする。


「無事でなによりだったよ、クロエ嬢もヨハン氏も。クロエ嬢が(おく)れを取るとは思っていなかったが、最小限の血で済んだのはなりよりだ。スピネル氏もそう思うだろう?」


「そっすね! マジで恐かったっす! 町全部が巨人に囲まれてるなんて、ゾッとするっすよ!」


 ナルシスとスピネルが地上に降り立ったのはつい先ほどのことだ。好奇の目はあれど、彼らへの敵意はどこにもない。今の煙宿で殺される(うれ)いはないのだ。血族は誰ひとり檻には入らず、人間たちと同じように自由に過ごしている。その多くは遠慮がちだろうが、じき酒場の酔漢(すいかん)と一緒になって気楽さを(たの)しむことだろう。


 この状況はすべて、ココの異議によるものだ。


『ここは煙宿だよ! 暮らすために必要な資格なんてひとつもない。だから、檻に入れるのはナシ! みんな自由に過ごしていいけど、お互いを無闇に傷付けなければいいだけじゃない? 戦争中は町の外へ出れないのは別にいいと思うけど、拘束してもしなくても一緒でしょ』


 まったく、甘い提案だ。しかしながらポールは彼女を支持したのである。煙宿のルールに沿えばなんの問題もないと。竜人のスピネルやハーフのヨハンを受け入れている以上、血族も人間も関係ないとまで主張した。


 ともあれ、完全な自由が保証されたわけではない。そこはヨハンの手管(てくだ)で、様々な付帯事項(ふたいじこう)付きの契約を、一部の例外を除いて全員に結ばせたのである。血族は戦時中、町から一歩も出てはならず、防衛面でのみ魔物の動員を許可する。人間側も血族側も双方、煙宿で傷付け合ってはならない。ただし、酔って喧嘩する程度なら許容する。ほかの血族が来訪した場合や、魔物の襲撃にあたっては、人間と血族双方で協力して排除に務めること。血族側も人間側も煙宿から外部への交信は禁止。などなど。


 要するに、町のなかで互いに平和に生活するように、という約束である。一切の娯楽は(へだ)てなく許されていた。煙宿創始者のポールが、契約締結の時点から血族も人間もフェアなのだから、食事や酒を出さないといった道義に(もと)る行為はしてはならないと宣告したのである。


 実際に契約を結ぶには随分と時間がかかった。それこそすっかり日が昇るまで。契約対象が血族だけではなく人間も含まれたためだ。


 ヨハンの横顔を見ても、疲れているのかどうか分からない。いつだって病人じみた顔だから。


「そろそろ二重歩行者(ドッペルゲンガー)を解除したら?」


 気まぐれにそんなことを言ってみる。本心ではどうでもいいけれど、空白の時間が生まれたので無駄口を()いてみただけだ。


 ヨハンは「それもそうですね」なんてぼんやり言って、ナルシスとスピネルを見やった。「お嬢さんのお世話は二人にお任せします。私はしばらく休みますので。二人とも、休みたくなったら遠慮なく言うんですよ。そのときはお嬢さんもどこかに宿でも取ってください」


「私は休む必要なんてない」


「そうではなく、二人と一緒に行動していただきたい、という意味です」


 スピネルとナルシスは両者ともに便利な存在だ。しかし今は大して効力を持たない。一旦煙宿で時間を潰すと決まった以上、スピネルの翼を頼る必要はなかった。ナルシスに関しては、流れ込んでくる交信魔術の内容をキャッチする役目はあれど、情報をわたしに伝えるだけなら一緒にいる必要はない。煙宿内でわたしの耳に直接交信を飛ばしてくれればいいだけだ。禁止されているのは、煙宿から外部への交信魔術の送信のみなのだから。


 人間側の送信まで封殺する理由は考えるまでもない。煙宿は依然(いぜん)としてルドラに制圧されている――ヨハンとしては敵にも味方にもそう思わせておきたいらしい。


「クロエ嬢のことはお任せあれ。このナルシスとスピネル氏が責任をもってもてなそうではないか!」


「ウッス!」


 もてなすってなんだ、と思ったけど、ナルシスの語彙(ごい)が特殊なのは今にはじまったことではない。


 ヨハンはこっくり頷くと、わたしに苦笑を送った。


水蜜香(すいみつこう)の件は申し訳ございません」


「別にいいわ。作戦上必要だったんでしょ」


「中毒症状は出ていますか?」


「いいえ」


 水蜜香の第三の症状。依存。以前のわたしは水蜜香が完全に抜けきるまで、甘い煙への誘惑でひどく惑わされたものだ。今のわたしにそのような感覚はない。試しにもう一度水蜜香を(たしな)んでみる気もなかった。


 ヨハンに背負われている間のことは記憶に残っている。わたしのなかにしぶとく居残っている何人かの人格は邪魔だ。とりわけ酔ったときのわたしと、以前の甘ったれのわたしは消滅させたい。強敵と相まみえた際の恍惚(こうこつ)の人格とだけ手を結ぶべきだ。


 ヨハンが無言で手を差し出したので、一瞬なにかと思った。単なる握手だと察し、手を取る。温かい。ということは、今のわたしの体温のほうが彼よりずっと低いことを意味している。


「それでは、また」


 ヨハンはそう言い残して姿を消した。


 なんの握手だったのかは知らないし興味もない。さすがになんらかの魔術を(ほどこ)したわけではないだろう。すると心の(おもむ)きに依拠(いきょ)した行動なわけで、わたしには把握することの出来ない事柄だ。


「で、姉さんはどこに行くつもりなんすか?」


「野暮用。スピネルはどこかで休んでいていいわ。ナルシスも」


 とんでもない、とでも言いたげにナルシスが首を横に振る。


「いや、同道するさ。クロエ嬢のお目付け役を(にな)ったのだからね。スピネル氏も同じ思いだろう?」


「そっすね。姉さんと一緒が一番安心出来るっす」


 来たければ好きにするといい。二人がいようといまいと、わたしの行動に違いは生まれないから。


 やがて桟橋の末端までやってくると、二人の女性の姿があった。


「おや、お嬢ちゃんじゃないか。散歩でもしてるのかい?」


 軽薄な笑みを口の端に浮かべたアリスが振り返る。隣の女性の血族もこちらを振り向いた。敵意()き出しというわけではないが、(けむ)たさを隠さない表情である。


 雷の魔術師、マヤ。唯一ヨハンとの契約に一部合意しなかった血族だ。ほかの血族や人間に危害をおよぼさないことや、外部への交信はしない旨は合意したものの、煙宿に(とど)まることを良しとしなかったのである。だから、彼女だけは戦時中もこの地を去ることが出来る。もちろん、いつでもというわけではない。タイミングは決まっているし、わたしたちと行動をともにする約束になっていた。


 動機は私怨(しえん)である。実の兄を殺した相手を潰すため。ルドラは随分必死になって止めていたけれど、最終的にヨハンが彼女の同行を許したのである。結果、ルドラはマヤに勘当(かんどう)宣言を下したが、わたしにとっては他人の家庭事情なんてどうでもいい話だ。勘当された彼女も願ってもない様子だったので、なおのこと気にする理由がない。


 なんにせよ、マヤには個人的に用がある。


「マヤって言ったかしら。わたしと喧嘩してくれない? お得意の雷の魔術で」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて


・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて

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