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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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1007.「敗軍の処遇」

 わたしは煙宿に屹立(きつりつ)する塔――不夜城を目指して歩いていた。ひとりで歩いているつもりだが、前にも後ろにも血族がいる。まるで連行されているみたいだが、敵ではない。むしろ護衛と呼ぶほうが正しいだろう。すぐ隣を歩む鎧の血族が、ときおり話しかけてくる。


「しかし、ルドラ様が敗北を認めるとは意外だ。初手の全面降伏からあなたがたの戦略だったのか?」


「詳しいことは知らない。わたしは参謀じゃないから」


 鎧の血族は納得しているのかしていないのか、眉間(みけん)に皺を寄せて何度か頷いた。


 不夜城膝下(しっか)でルドラ軍の今後の処遇を決めるので、急ぎ集結するように。当のルドラの口から布告された内容だ。その場にヨハンがいると分かっているようなものだから、わたしは迷いなく向かっているわけだが、当然広場の血族たちも同道することになったのである。隣にいる名も知らぬ血族が『道を同じくするのだから、今度はこちらが守ろう。ルドラ様の宣告があったとしても危害を加える(やから)がいないとも限らない』と進言したのは記憶に新しい。


 広場の血族たちが大人しくしているのは、命の心配がないからだろう。処遇といっても敗者を亡き者にするつもりはない。魔物から守り通したわたしという存在がその裏付けだと思っているようだ。実際のところはヨハンの心ひとつだろう。とはいえ、殺すなとわたしに命じたのだから、今さら命を奪うこともなかろうと思う。


 不夜城へと向かう道には、血族たちが群れをなしていた。無傷の者もいれば、満身創痍(まんしんそうい)の者もいる。同胞(どうほう)(かか)えられている意識のない血族もいた。


 不夜城に近付くにつれ、歩みは遅々(ちち)とし、人波の密度も高くなっていく。そのいずれもが紫色の肌をしていた。この場において、人間の肌をしているわたしは異端と映るだろう。本当のところは彼らと同じ血が――どの程度の濃度かは知らないけど――流れている。その意味では、わたしもこの一群とあまり変わらない。


 やがて、群衆は完全に歩みが止まった。あちこちで喧騒(けんそう)(しょう)じている。見れば、不夜城付近の屋根にも血族がわらわらしていた。


 この町には広場と呼べるような場所はない。最前(さいぜん)まで戦闘していた例の桟橋は、建て増し途中で放置されたものだろう。本来、大勢が頭を突き合わせて集まるような性格の町ではない。名前も身分も捨てて、匿名(とくめい)で生きる者の居場所なのだから。


 ここまで同道した鎧の血族に一応断って、わたしは群衆を押し退()けて進んだ。舌打ちや半端な罵声(ばせい)が、わたしを見た途端に消える。人間の肌をしているからか、それともわたしの名前を知っているからなのかは分からない。


 人垣を抜けると、不夜城の入り口に不健康な長身の男――ヨハンが立っていた。その横には座り込んだルドラ。その腹部に手を当てて、ココが欠伸(あくび)をしている。


 不夜城を背に、血族の群衆と対面しているのは彼らだけではなかった。腹部を包帯で巻き、足に添え木をしたレオン。そして血族の黒い血にまみれたビスク。その二人の横には、衣服を血で汚した血族が(こん)を片手に不機嫌そうに口を尖らせている。


 傷を負った元騎士見習いたちと、疲弊(ひへい)した様子のジークムントもいた。彼らに挟まれて、装飾も衣服も絢爛(けんらん)豪華な女性の血族が膝を(かか)えて座っている。


 カシミールの姿もあった。服を赤い血で汚しているあたり、激しい戦闘を演じたのだろう。彼の隣で、素朴な顔をした異形の血族が佇立(ちょりつ)している。四本の腕に、隆々(りゅうりゅう)たる筋骨。どうも表情とはかけ離れた威容(いよう)である。


 そして煙宿の創始者ポールも、ルドラの背後に控えていた。彼にもたれかかるように、中性的な面立(おもだ)ちの長髪の血族が身を寄せているのは奇妙な光景である。視線も落ち着きがない。


「何日かぶりだね、お嬢ちゃん」


 背後から飛び出た影がわたしの肩を叩いた。見ると、アリスだ。どこかで魔術修行をしていると聞いていたのだが、戻っていたらしい。鼻血の(あと)がある。彼女は彼女で、いつも通りの獣じみた戦いをしたのだろう。


「ええ。何日かぶりね」


 彼女の隣では髪を束ねた血族――雷の魔術師マヤが隣を歩きつつ、ひとつところを睨んでいる。絢爛豪華な血族を、射殺すように。


「マヤ……裏切り者め」


 ぼそりとルドラが呟く。マヤはルドラを一瞥(いちべつ)しただけで、なんの言葉も返さなかった。


「さて」とヨハンが手を打つ。「お揃いのようですので、皆さんの今後の処遇について話しましょう。見ての通り、ルドラさんは我々に敗北しました。彼の軍の有力者も皆、人間に負けたのです」


 どよめきはない。ビスクのそばの血族が大きく舌打ちしたくらいだ。負けを認めたくない奴はどこにでもいる。アリスがその筆頭だ。


 ヨハンは指を立てて周囲を見やった。


「皆さんの生殺与奪はこちらにあると思ってください。下手な真似は身を滅ぼす。我々が想像以上に甘くないことは身をもって知ったことでしょう。それで、今後の処遇についてです。ルドラさん含め、全員、私と契約を()わしていただきます。反故(ほご)にしたら命を失う契約です」


 明らかに背後の血族たちが殺気立つのを感じた。誰もがこの状況に納得しているわけではないのは道理だ。どんな集団であれ、一枚岩ではない。ルドラに求心力がないのは性格から察せられるし、破滅的な策を(ろう)したことからも遺恨(いこん)はあろう。ルドラが敗北したからといって、不当な契約を結ぶつもりはない者はいるはずだ。


 そのあたりの機微(きび)をヨハンが考慮していないわけがない。


「まず、貴方がたにはこの町に(とど)まっていただきます。誰にも危害を加えてはなりません。魔物の支配権を放棄して暴れさせるような真似も契約違反にあたりますのでご注意を。外部に連絡を取るのも当然駄目です。要するに、捕虜(ほりょ)として完全服従していただくというわけでさあ。煙宿の人々が檻に入れられたように、貴方がたもルドラさんの作った檻に入っていただきます。なに、穏当(おんとう)に扱いますのでご安心を。食事も水浴も提供します」


 ヨハンの言葉に、いくつかの罵声が飛んだ。


 誰かを檻に入れるのはなんの抵抗もないが、いざ自分が逆の立場になるのは御免被る。得てしてそんなものだ。相手の境遇を本当の意味で理解して行為出来るような者はほんのひと握りしかいない。


 ヨハンはルドラに視線を落とした。


「契約を結ばない(かた)は、気の毒ですが強制的に監禁して、厳重に警備させていただきます。物騒な真似をしようものなら命の保証は出来ません。そのために、ルドラさんも力を貸していただけますね?」


 水を向けられたルドラは、沈痛(ちんつう)な面持ちで同胞を見つめた。


此度(こたび)の敗北は(わし)の責任だ。しかし、負けたからには敗者の振る舞いが必要となる。大人しく捕虜の立場に甘んじていれば、戦後、我々はラガニアへの帰還を許される。そうだな? メフィスト」


「ええ。貴方がたは戦時中だけ大人しく檻で生活していただければ結構です」


 悪くない提案だ。命を賭けた契約である以上、守られるのが保証されてもいる。案の定、血族たちは急に(しず)まった。


 敗北したにもかかわらず衣食住を確保でき、故郷にも帰れるのだ。なんの戦果もないのは仕方ない。命があるだけマシと考えるべき。


 しかし、むざむざ帰還を許す意味がどこにあるのだろう。


 殺してしまえば面倒なことなんてないのに。


 それとも、もっと別の利用価値があるのだろうか。


 相変わらずヨハンの考えていることは分からない。分からないことは考えても無駄だ。()ぎ落とすべき思考。


 一同が納得しつつあるなか、華奢(きゃしゃ)な腕が挙がった。


「異議あり!」


 威勢良く言い放ったのは、煙宿での戦闘において最大の功労者と言っても差し支えない女性――ココである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて


・『レオン』→ビスクの婚約者。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ジークムント』→初老の真偽師(トラスター)。王への謁見前に、クロエを真偽判定にかけた。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『261.「真偽判定」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』

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