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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」
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132.「器用な器用なクロエさん」

『アカデミー』を次の標的とすることについて、異論を提示したのはレオネルだった。それまで沈黙を守っていた老魔術師は(おごそ)かに、そして断固とした口調で否定した。


「『アカデミー』を襲撃するのは不可能でしょうな。もし潜入出来たとしても全滅は(まぬか)れません」


 ヨハンがなにか言うより先に、わたしは口を開いた。「それはどうしてですか?」


「『アカデミー』には『帽子屋』が常駐しているとの話です。レジスタンスが得た情報でもそうですし、ヨハンも『アカデミー』で奴を見ています」


 確か、ヨハンの二重歩行者(ドッペルゲンガー)を瞬時に見破り、そして一瞬で葬った人物。ハルキゲニアの騎士団長『帽子屋』。


 しかし、だ。


「革命を起こすなら『帽子屋』と戦うのは承知の上と思っていましたが……」そう問いかけると、レオネルは首を横に振った。


「勿論、そうするつもりです。しかし、今は『帽子屋』に敵う戦力があるとは思えぬのです」


 彼がそこまで言うのなら、相当の相手なのだろう。ヨハンの巧妙に隠蔽(いんぺい)された魔術を見破るだけでも只者(ただもの)でないのは理解していたが。


 そんな中、すっ、とヨハンが立ち上がった。その顔には不敵な笑み。またろくでもない企みでもしているのだろう。


「その点はご心配なく。魔力を鋭敏に察知する男が相手なら、魔力を持たない猛者をぶつけるだけです」言って、ヨハンはわたしを手で示した。「クロエお嬢さんは自他共に認める魔力ゼロの強者です」


 褒められているのか皮肉られているのか分からない。あまり嬉しくはない紹介だったが、『帽子屋』を受け持つくらいこなして見せる。全ては、幸福になるはずだった二人の子供のためだ。


「レオネルさん……彼の言う通り、わたしに魔力はありません。攻撃を察知されることなく、対等に戦うことが出来ます」


 レオネルは探るような視線をこちらに向けていた。託していいものかどうか計っているに違いない。


 レジスタンスたちも、盗賊たちも、そしてドレンテでさえ、賢明な老魔術師の言葉を待っている。壁に灯されたランプの頼りない光の中で、レオネルの顔に刻まれた皺は賢者じみて見えた。


 決心したように、彼は短く息を吐いた。


「確かに、お嬢さんには魔力を感じません。強いて言えば腰の魔具で警戒される程度でしょうが、それも魔力としては微弱です。(かえ)って(あなど)ってくれるかもしれませんな。……お嬢さんがアリスと協力して『黒兎(くろうさぎ)』を退けたのなら、あなたに賭けても良いかとは思います。しかし……」


「しかし?」


 レオネルの言葉の切り方に、どうも不穏な気配が漂っていた。


「しかし、『帽子屋』をはじめ騎士団だけが敵だとは思えんのです。なにか……(わし)らの知らん脅威が潜んでいるのではないか、と」


 レジスタンスの把握していない脅威。それはどのような種類のものだろう。


 ヨハンが語った『アカデミー』内の様子を思い出す。ベッドに寝かされた子供。目隠し。そして手厚過ぎる用心棒。


『アカデミー』が外部に対して閉ざされた施設であることは既に知るところである。そこで実際になにがおこなわれ、なにがあるのか、誰も知らない。だからこそ、不穏な影を感じないわけにはいかないのだ。


「……たとえどんな脅威があろうとも、わたしは全力で戦います」


 そう。わたしにはそれしか出来ない。


「良い宣言ですねぇ。同じく、こちらも全力を尽くしましょう。無論、私なりのやり方で」


 ヨハンは含みを持たせてニヤリと口角を上げた。詐術、裏読み、知略なら現状で彼に勝る人員はいないだろう。全幅(ぜんぷく)の信頼は置けないが、ヨハンの存在によって勝利に近付くことは間違いない。


 レオネルはやや俯いて頷いた。「宜しい。その意気は伝わりました。……我々は一心同体となって力を振り絞りましょう」


 ドレンテにも異存はないらしく、沈黙を守っていた。あるいは、彼の頭にはアリスのことがぐるぐると渦巻いているのかもしれない。割と子煩悩(こぼんのう)なのかも、と思うと少し微笑ましい気持ちになった。


「決まりですね。では、具体的な作戦の話に移りましょう」


 地下室の薄ら寒い空気が、張り詰めた雰囲気とやけにマッチしていた。




 与えられた小部屋に戻ると、すぐさまベッドに身を横たえた。ぽふん、と柔らかな感触が身体を受け止める。天井に吊るされたランプに手のひらを透かして見た。


 肌についた傷は数日で癒えるとも思えない。特に胸は深い傷を負っていた。我慢出来ないほどではなかったが、こうして横になっていても痛みは絶えず襲ってくる。これは『黒兎』への甘さが招いた愚かな傷痕だ。


 目を(つむ)り、騎士時代のことを思い出す。


 多くの魔物を打ち倒し、騎士同士での特訓も日常的におこなっていた。あらゆる攻撃魔術は身体で覚えたし、魔具の扱いも申し分ない。ただ、唯一経験していないものがある。


 人間同士の殺し合い。敵として容赦なく蹂躙(じゅうりん)するための精神的な構えが一切出来ていなかったのだ。


 アリスはわたしを批判した。きっと彼女は、殺し殺され、騙し騙され、そんな日常を生き残ってきたのだろう。女用心棒がどのような苦難を辿るかは容易に想像がつく。そんな壮絶な生存競争を切り抜けて出来上がったのがあの戦闘狂である。


 対人においては、もしかすると彼女のほうが適しているのかもしれない。いや、きっとそうだろう。


 作戦会議でヨハンが示したのは、今回も少人数での侵入作戦だった。メンバーはヨハン、わたし、レオネル。他の人員は待機である。これにはさすがのレジスタンスや盗賊たちも物申した。しかしながらそれを抑えつけ、ヨハンは侵入作戦を押し通したのである。(いわ)く、こちらの人員や戦力量を相手にひけらかすのは最後の最後である、と。


 アリスは傷の治癒を最優先すべきとの考慮から、メンバーからは除外された。ドレンテは満足気な顔をしていたが、当人のいない場で決めて良かったのだろうかと少しだけ不安になった。あとで彼女が暴れたりしないだろうか。


 ケロくんに関しては本日の等質転送器(トランスピーカー)破壊任務でお役御免(やくごめん)という運びになった。ヨハンが言うには「彼は充分に役割をこなしました」とのことである。ケロくんが時計塔でやったことといえば警備兵を眠らせることくらいだろう。『アカデミー』でもその力を発揮してもらえばスムーズにいくのではないかと提案したのだが、ヨハンは(がん)として譲らなかった。


 万が一のことがあったらケロくんを守り切るのは難しい。加えて『帽子屋』がいる以上、反響する小部屋(エコーチェンバー)を使用した段階でこちらの存在が筒抜けになってしまう、という理由である。


 レオネルはヨハンと共に魔力を最大限隠しつつ侵入するので、『帽子屋』に出くわさない限り存在が露見する可能性は低いとの算段である。


 そう上手くはいかないだろうな、と思ってしまう。たった三人で巨大な施設に侵入し、『アカデミー』からノックスとシェリーを解放し、加えてその閉鎖空間の秘密を探る。どう考えても容易な道のりではない。


 考えれば考えるほど、眠気は吹き飛んで行った。仕方なしに生乾きの服を取り、裁縫道具でちくちくと補修した。眠れない夜は手仕事に精を出すのが一番である。落ち着きを取り戻し、精神を静かに休めることが出来るのだ。


「器用な、器用な、クロエさん~♪」


 手元に集中していると、どうも口元に余裕が生まれる。気分が良くなり、節回しをつけて小声で歌った。


「器用な~、器用な~、クロエさん~。強いぞ~。騎士だぞ~♪」


 ひと段落して服の点検をしていると、扉が開いていることに気が付いた。そこには複雑な表情を浮かべたトラスが半身を覗かせている。


「ちょ! な、なに覗いてんの! 変態!」


 思わず立ち上がり、叫んだ。


 するとトラスは必死に抗弁する。「いや、俺はそんなつもりじゃないんだ!」


「じゃあどういうつもりで乙女の部屋を覗いたのかしら!?」


 髭面の大男は体格に似合わず、いそいそと部屋に入り、テーブルの上に包みを置いた。「これを届けに来たんだ」


 開けると、棒切れに半透明の球がくっついている。


棒飴(ぼうあめ)だ。家主からの振る舞いだってよ」


 ぱくりと口に入れると、甘味が広がった。これで機嫌が直るほどわたしは単純ではない。


「それで、トラス。……あなたはいつから扉の前にいたの?」


 彼は頭を掻いて唸った。「あー……。器用なクロエさん、ってところからだな。しかし、自分で直しちまうなんて本当に器用だな」


 取り(つくろ)うように感心して見せる彼の腕をぺちんと叩いた。多分、わたしは顔を真っ赤にしていることだろう。


「と、とにかく、このことは忘れなさい! いいかしら!?」


「お、おう」とトラスは面食らったように後ずさりした。全く、油断も隙もない。


「棒飴、届けてくれてありがとう。でも、今夜のことは即刻忘れなさいよ!?」


 トラスは「分かった分かった」と言って去っていった。我ながら鍵をかけないとは不用心だ。


 彼が去った後に、厳重に内鍵をかけた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。


・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』にて

・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に長けている。

・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの魔術。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて

・『二人の子供』→ノックスとシェリーのこと。クロエは二人を『アカデミー』へと導いてしまったことに罪悪感がある。

・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。詳しくは『127.「魔力写刀」』にて

・『等質転送器(トランスピーカー)』→拡声器型の魔道具。声を均等に届ける道具。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて

・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照

・『反響する小部屋(エコーチェンバー)』→ケロくんの使う洗脳魔術。詳しくは『65.「反響する小部屋」』にて

・『トラス』→レジスタンスのメンバー。髭面で筋肉質。豪快な性格。詳しくは『107.「トラスという男」』にて

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