13.「告白」
ぽつりぽつりと、水滴のようにハルは語る。
「わたしは昔……盗賊でした。幼い頃に両親が亡くなって、親族も引き取り手もいなかったわたしを盗賊団の頭領が迎え入れてくれたのです」
「嘘だ!」とネロが叫ぶ。男の分身は彼の口を片手で覆い、黙らせた。
拳を握り、怒りを抑え込む。
「ごめんなさい」と呟いてハルは続けた。「ネロ……今からなにも見えなくなりますけど、大人しくしていてくださいね」
ハルとネロの魔力の連絡が、ふっつりと途切れるのが視えた。ネロは分身の腕のなかで暴れている。
その様子に、少し不安を覚えた。それはハルも同じだったのか、男に訊ねる。「ネロ自身が抵抗するぶんにはかまわないでしょう?」
「そりゃそうですとも。あの子の力では抜け出すことは出来ませんし、傷付けることなく拘束しておくなんて容易いですからねぇ」
彼の返事に安心したのか、ハルは一度だけ長いまばたきをした。
「続けます。……盗賊時代は、頼まれればなんでもしました。強盗、スリ、騙し……何度危ない目にあったか分かりません。ただひとつ、頭領は殺人だけは命じませんでした。わたしがまだ子供だったからでしょう。五年前……十七歳になった頃も同じでした。ただ、多少難しい依頼が増えたようには思います」
ハルの年齢を聞いて意外に思った。五年前に十七なら、今は二十一か二十二だろう。その割には若く見える。少なくとも、わたしより年齢が上だとは思わなかった。
「わたしが命じられたのは死霊術師の屋敷にメイドとして住み込み、隙をみて魔具を盗み出し、適切な場所に隠すという任務でした。そして……それを一年後に回収することも任務に含まれていました。魔具が盗まれるのは大事件ですし、頭領は警戒心が強いですから、疑われても問題ないようにしておきたかったのでしょう」
じっと、彼女の言葉に耳を澄ませた。
「……すでに下準備はされていました。わたしが他の町から派遣されたメイドとしてその一家を訪ねると、彼らは快く迎え入れてくれました。そして……本当の家族のように扱ってくれたのです。旦那様と奥様、そして病気がちの子供がひとり。ささやかな家庭です。……わたしは情が移らないよう、必要最低限の会話だけで日々過ごしていました。幸いなことに子守りは任されなかったので、子供と関わる機会はほとんどありませんでした。子供に懐かれてしまったら、平然と任務を果たせなかったでしょうから……」
分身はもう、ネロの口を塞いでいなかった。ネロはときどきしゃくりあげるだけで、あとは大人しくハルの言葉を聞いているようだ。
「そしてわたしは、彼らの家から魔具を盗み出すことに成功しました。その日、一家は子供の治療のために町まで出かけたのです……わたしひとりを置いて。魔具の形状は事前知識として知っていました。ほんの小さな、手のひら大の盾です。それは……子供のベッド脇にある棚に飾られていました。わたしは盾を盗むと当初から決めていた場所に隠し、迂回しながらアジトに戻ったのです」
盗賊として働くハルを想像すると、どうも落ち着かない気分になった。今の彼女とギャップがあり過ぎる。きっとネロは、なおさら辛い思いで聞いていることだろう。心底、この薄気味悪い男を憎んだ。
「わたしに待っていたのは、どこに隠したかの報告でした。そこで全く無関係の場所を告げたんです。……保身のために嘘をつく程度には、歪んで育ってしまったのです。頭領はわたしの嘘を見抜いて笑って許しましたけど……。いずれ回収するのも任務に入っていたので、どこに隠そうと問題はないと考えているようでした。それから一年間、わたしはアジトの隠し部屋で過ごしたのです」
誰が侵入してきてもハルの姿を見ないように、という考えだろう。回収任務の必要性もそうだが、盗賊のやり口が賢いのか愚かなのかは分からない。想像するのは、陽のあたらない地下室のような場所で、たったひとり寝起きする彼女の姿である。
男は黙ってハルを見つめていた。昼間見た、あの不気味な目付きで。
「……一年が経ち、隠した魔具を回収するためにダフニーへと戻りました。町から北側、死霊術師の家の方面には以前まで林が広がっていたのですが、それがきれいになくなって、代わりに畑が作られていました。……おかしなことです。そもそも林は魔物が町に侵入しないように残されていましたから。林の間に罠かなにか仕掛けることもしていたでしょうね、それまでは。……林が消えたということは、魔物を引き寄せる魔術師も消えたということになります。嫌な予感がして、町の人にたずねました。……そこではじめて死霊術師の死を知ったのです」
ハルは言葉を切って、長らく目を瞑った。
「……正直に言って、わたしは魔具の重要性について理解が足りませんでした。たとえ盗まれたとしても自分の魔力でなんとかやっていくだろう、と思っていたのです。けれど現実は違いました。わたしが魔具を盗み出した晩、彼らは魔物に殺されたそうです。異変を感じた人形使いが駆けつけた頃にはすでに亡くなっていたと……町の人はそう語りました。真偽のほどは分かりませんが、亡くなったのは事実です。……わたしは、自分の行動によって幸福な魔術師一家を八つ裂きにしてしまった。それと……もうひとつ。わたしが町を訪れた日の朝、人形使いの夫婦もひとり息子を残して魔物に殺されてしまったと聞きました」
前の晩、ハルが食卓で語ったことを思い出す。ネロに聞かせるための脚色を頭に浮かべたとき、彼女はなにを思ったのだろうか。
呆然と、彼女の言葉に聞き入るしかなかった。
【改稿】
・2017/11/19 口調及び地の文の調整。ルビの追加。
・2017/12/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。
タイトル変更「独白」→「告白」




