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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
1492/1492

Side Carol.「最初に石を投げたのは」

※キャロル視点の三人称です。

 マグオートの墓地は人々がひしめき合っていた。これほど賑わう墓地というのも滅多にないが、そこに喧騒はない。誰も口を開くことなく、銀山に隠れつつある茜色の陽を受けて、冬枯れた木々のように立ち尽くしていた。墓前で瞑目(めいもく)する、座した女戦士――マーチを誰もが見守っている。彼女の隣では獣人がぼんやりと空を見上げ、二人から一歩下がったところで町長のラクローが気まずそうに(うつむ)いていた。それらすべてを見渡せる場所に、キャロルは立っている。


 壁外でラクローがマーチに水を向けようとした矢先、当のマーチが(せん)を制して、死者の埋葬を願い出たのだ。マグオートの墓地で(とむら)える人数ではなく、壁内の一角に巨大な穴を掘って埋めることとなった。人々が総出で働き、ようやく埋葬を終えたのは夕暮れ時である。それに、穴はひとつきりではなかった。血族の亡骸も同じように壁内に埋葬したのである。放置しておくわけにもいかないのは道理だったが、キャロルはそればかりが理由ではないと知っていた。厳密には、町の多くの人々が同じ想いだったことだろう。反対意見などひとつも出ないどころか、人々は率先して敵の亡骸を丁重に扱った。町の者ではない騎士たちは当惑顔だったが、それも当然のことである。マグオートと血族とは文字通り地下深いところで繋がっているのだから。


 今、キャロルたちが立っているのは戦死者を埋葬した場所ではなく、町の墓地である。ひと仕事終えるや(いな)や、マーチがほとんど無言でそこへ向かったので、ぞろぞろとついていった結果が、この静かなる賑わいである。


 マーチが手を合わせる先にあるのが、彼女の父の墓だということがキャロルには分かっていた。その隣に彼女自身の墓があることも。


 やがてマーチが顔を上げた。そして器用に車輪を操って町長と正対する。


 そんな彼女に対し、ラクローは(おごそ)かに(ひざまず)いた。


「マーチ。私は貴女に――」


「私はマーチではない。おそらく、マーチによく似た顔なのだろう」


 そんなことあるわけがない。ほかの住民ならまだしも、キャロルは見間違えるはずがなかった。隣の獣人も目を丸くしている。


 町長はしばし口ごもっていたが、やがておずおずと言った。


「……マーチではない貴女に言うのは筋違いかもしれないが、私は彼女にとてもひどいことをしてしまった。私はあろうことか――」


「町長。貴方はなにも間違っていない。町を守るために必要なことをしたのだろうと、マーチは思うだろう。おそらく。だから、もしマーチがここにいるのなら、きっとこう言う。貴方は謝ってはいけない。胸を張って、これからも町の平和に努めてほしいと」


 二人の(あいだ)になにがあったのか、キャロルは知らなかった。水晶竜相手に深手を()ったマーチを、当時のラクローが手を尽くして治療しようとしたことも。足の機能が戻る見込みがないと分かり、すなわち再び戦士として戦えないと知るや否や、監禁馬車を用立てて僻地(へきち)に捨てようとしたことも。それが実質的な処刑にほかならなかったことも。


 こうして生きているマーチを見て、キャロルはあえてなんの想像も働かせなかった。町長とマーチにしか知り得ないことを空想したとしても、誤解にしかならない。誤解は思い込みになり、思い込みは暗黙裡(あんもくり)の事実になってしまう。むろん、自分の内心でだが。キャロルはそのような誤りの跋扈(ばっこ)を、マーチ相手には許さなかった。生きている。それだけをしっかり見つめればいい。


 長らく沈黙が場を支配していたが、やがて町長が深く頭を下げた。


「なにか困ったことがあれば、遠慮なく言ってくれ。貴方は英雄だ。水晶――いや、マグオートを守るために血族と戦ってくれた英雄なのだから」


「それを言うなら、皆が英雄だ。騎士団の男が戦線を維持したと聞いている。命を散らして多くの敵を討った魔術師がいたとも聞いている。キャロルの活躍は先ほど皆も耳にしたばかりだろう。誰もが勇敢に戦った。それぞれが英雄だ。死者も生者も」


 この場にローランの姿はない。死者の埋葬の前に気絶して、今は騎士が看病している。当然だ。誰よりも重症を負ったのだから。そんな彼が意識を失う前に口にしたのは、ひとつの願いである。この地に散った魔術師――マドレーヌの()を作ってくれと。町長はそれを誓い、()もなくローランは気を失った。


「この」と言葉を続けて、マーチは獣人の手を軽く叩いた。「エーテルワースも後方で厄介な血族の引き付け役を(にな)ってくれた。彼も立派な英雄だ」


 皆の視線が一斉に獣人へと向いた。そのなかには、今さらながら怯えが入り混じっていたことだろう。蔑視(べっし)に近い表情もあったはずだ。


 キャロルはエーテルワースをまじまじと見て、自分はなんて迂闊(うかつ)だったのだろうと悟った。彼女は今この瞬間、獣人の正体に気付いたのである。


 知った瞬間には、キャロルは地面に膝を突いていた。崩れ落ちたような具合だが、少し事情が違う。彼女は座を正し、エーテルワースを見上げながら、地に手を突いた。当の彼は気詰まりな表情で目を()らしたが。


 そんなことおかまいなしに、キャロルは声を張った。この場の誰ひとりとして聞き逃すことがないように。


「この方はトムの友人で、亡きトムを故郷に連れ帰った獣人です!」


 稀代(きだい)の冒険家『命知らずのトム』。他種族の間を渡り歩いたその男の出身地がマグオートだった。彼の晩年を友として一緒に過ごし、彼の亡骸を故郷に届けたことをキャロルは知っている。なにせ、遺体を(かか)えて町に入る姿をこの目で見たのだから。人々の間では、トムは家族に看取(みと)られたとされているが、真実は違う。


 あちこちで疑問の声が上がったが、キャロルはそれらを強く否定した。妻と息子に看取られたなど大嘘だと。どこかの誰かが触れ回った()(ごと)だと。


 どこかの誰かさんは、呆気(あっけ)なくそれを認めた。


「キャロルの言う通り。トムの奥さんも息子も、彼の死に目にゃ会えなかったよ。そこの獣人くんが後生(ごしょう)大事に死体を運んできてくれたってのが真相だ。デマの出所(でどころ)は俺。トムの編集者をしてたマーティンだ。お久しぶり」


 墓地の一角に植わった木にもたれて、長身の男がへらへらと言い放った。その顔には悪びれたところがひとつもない。


 エーテルワースはマーティンを睨み、牙を覗かせた。それを(なだ)めるように、隣のマーチが彼の腕を取ってさすっている。


「エーテルワース。貴方はあの男を殺しに来たわけじゃないだろう? 町を守るために来た。そうだろう?」


 マーチの言葉を契機に、獣人の殺気がみるみる収まっていった。


 やがて溜め息をつくように、ぽつりとこぼす。小さな声だったが、この静けさだ。墓地の皆の耳に届いたことだろう。


「そうだ。吾輩は友の愛した故郷を守るために来た」


 その言葉に、キャロルはひどく胸を痛めた。そして胸の痛みの命じるままに、地面に額をつける。


「ごめんなさい」


 エーテルワースが今、どんな顔をしているか分からない。


「トムをこの町に届けてくれた貴方に……一番最初に石を投げたのは、私です」


 許されるかどうかは問題ではなくて、キャロルはそれを言わずに済ますつもりはなかった。(いさぎよ)さや勇ましさが去らないうちに、ちゃんと言葉にしないといけない。ちゃんと態度に示さねばならない。自分がどれだけ臆病かなんて、自分が一番知っている。エーテルワースに石を投げた理由もそれだ。獣人が怖かった。早くいなくなってほしかった。トムの偉業は知っているのに、他種族がどうしても受け入れられなかった。


 窮地(きゅうち)を救ってもらったところで、拒否感はいずれ心に去来(きょらい)するだろう。けれど今は、エーテルワースを否定する気なんてとてもない。むしろ許しを()う立場だ。


「顔を上げてくれ。頼むから」


 エーテルワースの声が降ってきて、キャロルはゆるゆると身を起こす。彼の顔は奇妙な具合に歪んでいた。気詰まりなようにも、不快なようにも、不思議と照れているようにも映る。エーテルワースは咳払いをひとつして続けた。


「吾輩は謝罪を受けに来たわけではない。マーチが言った通り、この地を守るために来ただけだ」


 すかさずマーチが「私はマーチではない! マーチによく似た者だ!」と訂正する。彼女の微妙にズレた言葉のおかげか、墓地に少しばかりの和やかさが広がった。


 だからだろう、この機を逃すまいとラクローが提案する。


「どうだろうか。二人とも、この町に暮らすというのは。お二人だけの力ではないにせよ、この地を救うための(かなめ)になってくれたのは間違いないのだから。誰も否定はせん。否定はさせん。獣人だろうと、足が悪かろうと。……どうだろうか?」


 二人はほんの数秒だけ目を合わせて、ほとんど同時に苦笑いをした。


「それは(つつし)んで辞退させていただく。我々には帰る場所があるのだから」と答えたのはマーチである。しかし、次の言葉は随分と恥ずかしげにこぼされた。「だが……戦争が終わるまで帰れない身で……それまでマグオートを守って戦う代わりに……なんだ……その……食事をもらいたい」


 ラクローは二人それぞれに頷きを返し、笑みを浮かべた。負い目の消えない笑みだったが、充分に柔らかい。


「食事も、宿も、着替えも、湯浴みも、なんなりと。戦争が終わったあとも、貴方がたが望むなら、いつでもマグオートは歓迎します」





 夜半、魔物の出る少しばかり前の時間、マーチとエーテルワースは壁外へと歩んでいた。今のところ二人のほかに誰の姿もない。路地を選んだのだから当然と言えば当然である。


「あれで良かったのか?」


 そう問うたのは獣人のほうだ。マーチはぼんやりした顔で中空(ちゅうくう)を眺めている。いつもは生真面目な顔で()が抜けた一面を見せるのが彼女の(つね)だが、この表情は珍しい。


 やがてマーチは首を横に振った。


「町長は正しい。それは確かだ。故障した英雄が居座り続ければ士気に響く。とはいえ……それを許す自分と、許せない自分がいる。どちらの自分も本物だから、厄介だ。(かか)え続けるしかないんだろう。それは貴方も同じじゃないのか? エーテルワース」


「まあ、そうかもしれん。そちらと事情は違うが、こう、もやもやするな」


「最後まで謝らなかったな、あのマーティンとかいう守銭奴(しゅせんど)は」


「そういう男なのだろう。別に憎くは思わない。もう過ぎたことだ。しかし、もやもやはする」


「そのもやもやも自分自身だ。失ってはいけないのだろうな」


「そうなのだな。きっと。――おや、あれは昼間の……」


 門前に立つ女性を発見し、エーテルワースは思わず足を止めかけた。それも一瞬のことで、すぐに歩調を取り戻す。


 その女性は真っ赤に泣き腫らした目でにっこり笑い、それから深々とお辞儀をした。腰には短剣。彼女も夜間防衛に参加するらしい。彼女の後ろに控える男二人もそうだろう。


 マーチは得意気に口角を上げ、小さく囁いた。エーテルワースにしか聞こえないくらいの声で。


「キャロルだ。戦士時代の、私の大事な後輩」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『キャロル』→マグオートの戦士。気だるげな女性。運河を越えるために砂漠の廃墟の掘削事業に従事していた。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『マーチ』→ローレンスの館の使用人。彼に作ってもらった車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に乗って家事全般をこなす。度を越えて生真面目かつ不器用なので、よく空回りする。ローレンスにはマーちゃんと呼ばれているが、当のマーチは認めていない。もともとは王都の西方に位置する町、マグオートで戦士をしていたが、足を負傷したことにより追放の憂き目にあった。詳しくは『485.「マーちゃん」』にて


・『ラクロー』→マグオートの現町長。邸の地下にヘイズと接続した転送魔道具がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『水晶竜』→水晶に覆われた身体と退化した翼を有する大型魔物。滅多に出現しない。詳しくは『幕間.「西方の女戦士」』にて


・『監禁馬車』→対象者を目的地まで強制的に運ぶ馬車。通称『動く檻』。初出は『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』


・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『マーティン』→トムの執筆した作品の出版を担当していた男。功利主義

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