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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Carol.「勝利と懺悔」

※キャロル視点の三人称です。

 倒れ伏したイアゼルを見据え、ローランは震える剣を振り上げた。敵は虚ろな目をしているが、まだ呼吸している。生きている。傷は深くとも、致命傷ではないことくらい彼は知っていた。ゆえに、命を断つ二撃目がどうしても必要だったのである。たとえ瀕死の身体であっても、心臓に剣を突き立てることは出来るはずだった。そして現に、彼の剣は振り下ろされたのである。


 硬質な響きとともに、ローランの剣が阻まれた。


 いつの()にか初老の血族――ルシールが膝立ちになってイアゼルへと視線を落としている。ローランには一瞥(いちべつ)もくれず。


 防御魔術。それを突破するだけの力がローランにあったなら、彼は大金星を上げたことだろう。だが、そうはならなかった。


「イアゼル様。わたくしの独断をお許しください」


 ルシールの目にも口元にも、哀れみを(たた)えた曲線が(えが)かれている。血族の大将と側近。二人が姿を消したのは、その直後だった。またも転移魔術である。そして、その魔術はさらにもう一度使用されることとなった。


 血族の軍勢は残り五十まで目減りしている。その前線でキャロルは必死に剣を振るっていた。場違いな獣人と同じく。獣人が血族と同じく標的にされなかったのは、彼が最前線で血族相手に戦っていた点に尽きる。誰しも彼が味方であると悟ったことだろう。出自や(しゅ)など、土壇場ではさしたる意味を持たないものだ。


 血族が目減りしてからはローランの指示で包囲陣形に移行し、あっという()にここまで勢力を削ったわけだが、むろん人間側の損害も大きい。亡骸を踏み越えて剣を振るうような戦況にあった。普段のキャロルなら、こんな前線で命を散らすような真似はしないだろう。アグロとセグロと一緒になって戦っている点は同じだが、これまでの夜間防衛のように、二人に守られている感覚はなかったし、実際、肩を並べて武を誇示していた具合である。それもこれもマーチのもたらした一喝(いっかつ)のおかげだ。ここで散るなら本望。そのくらいの意気でいたのだ。


 残った血族はいずれも精鋭揃いだったが、それでも物量と士気で押し切れる。そのようにキャロルは信じていた。しかし、変化は唐突に訪れる。


 血族たちの中心、頭上数メートルほどの位置にルシールが出現したのだ。そして彼女の腕には、目を(つむ)り、荒い呼吸をするイアゼルが(かか)えられている。ルシールが素早く地上の様相(ようそう)を見やり、大きく息を吸った。


「総員撤退!」


 言葉の直後、血族の姿が跡形もなく消え去った。それが魔術であろうことはキャロルも即座に察したが、どれほど高度なものだったかは彼女に限らず、魔術を排斥(はいせき)してきたマグオートの人々には皆目(かいもく)分からなかったろう。五十名ほどの血族を一挙に転移させるなど、その(すじ)のエキスパートでも尋常でない負担がかかる。つまるところ、ルシールは尋常一様(じんじょういちよう)の魔術師ではなかったというわけだ。


 一瞬にして消え去った敵に、一同は困惑していた。これをどう判断すればいいのか、なにを口にすべきなのか、誰もが迷っていたのである。口火を切ったのは、この場においてたったひとりの獣人だった。


 人間の、しかも随分と貴族かぶれした(よそお)いの獣人は周囲をぐるりと見渡し、ひとしきり鼻をひくつかせると、こう宣言したのである。


「マグオート一帯に妙な魔力の(にお)いはない。連中は遥か遠くに転移したのだろう」


 血族を包囲していた周縁(しゅうえん)の人垣が割れ、満身(まんしん)創痍(そうい)のローランが歩み出る。獣人を見つめると、彼は真剣な顔で(たず)ねた。


「それは本当ですか?」


「うむ。保証する」


 ローランは問いかけを投げた自分自身を恥じるような表情を浮かべた。通常であれば、他種族の言葉など信を置けない。それが常識だ。しかし、窮状(きゅうじょう)を打破したたった二人の援軍の片割れに偏見(へんけん)を向けるなど、礼を(しっ)している。このときのローランの表情には、そんな想いがあるようだった。


 ローランは自身の()った傷など意に(かい)さないように両足を広げ、一同を見やり、声を張り上げた。


「我々の勝利です!!」


 僅かな()を置いて、歓声が(はじ)ける。死した者は多いが、脅威を退けたのは確かだ。敵の殲滅(せんめつ)に至らずとも、撤退させた事実は勝利と言って差し(つか)えない。しかし、歓声はやがて途切れがちになり、尻すぼみに消えた。そこにちょうど、車輪付きの椅子に座した女戦士――マーチが人々の隙間から顔を見せ、亡骸を見やり、(いた)むように目を閉じる。


 人々は(うしな)われた命のために喜びをかき消したのではない。むしろ、生き残った者たちの勝利の雄叫びは、勇んで死んだ者たちへの最大の(とむら)いだったろう。彼らが一様(いちよう)に感じていたのは、別の思いだ。


「申し訳ございません、ローランさん。俺はなんてことを……」


 一番に声を上げたのは騎士のひとりだった。それから(せき)を切ったように、騎士も戦士も住民さえも、(へだ)てなく悔悟(かいご)の言葉を口にする。


「この町を守ろうと必死だった貴方に刃を向けるなんて……」

「戦士の名折れです……」

「気が済むまで、どうか殴ってください……」


 ローランはしばし数々の嘆きを耳にしていたが、やがて笑みを作った。


「貴方たちに罪はありません。どうか顔を上げてください。そして、死んでいった仲間たちのぶんも、勝利を噛み締めてください。なにより、貴方がたの洗脳を破ったのは私ではなくキャロルです。彼女こそ称えられるべき英雄でしょう」


 不意に水を向けられて、キャロルは呆然としてしまった。顔が熱くなり、どう反応していいか分からない。それから「キャロル万歳」やら「英雄の娘」だの賛辞が飛ぶにつれ、彼女の心は(かえ)って()いでいった。


 英雄。


 その二文字からもっとも遠い者が自分だ。


「キャロルは騙されたふりをして、ここ一番で大活躍したんだ!」なんて声が聞こえて、口元が歪んだ。


 かつての自分なら、分不相応な賛辞を不機嫌に払いのけ、内心ではまんざらでもない気持ちになったことだろう。イアゼルの小指を噛み千切り、多幸の喇叭(カタルシス)を奪ったのは事実なのだから。


 それは誇ってもいい。しかし、その意志を奮い立てたのは自分自身ではない。


 アグロとセグロにだけ告白しようとしていたことを、ほぼすべての住民の前で口にするのはいささか抵抗があったが、もう腹は決まっていた。


「わ、私はっ!」上擦(うわず)った声に恥じ()る気持ちを、()いて押し殺す。「この場の誰よりも臆病者だ。私がローランを攻撃しなかったのは、戦うこと自体が……ずっとずっと怖かったからで……だから、誰よりも深く洗脳にかかっていた。イアゼルの言いなりになって、彼の幸福の源……小指を、望んで……しゃぶったんだ。英雄なんかじゃない。それどころか、戦士として失格だ」


 言い切って、キャロルは項垂(うなだ)れた。けれども心は晴れ晴れとしている。もう無闇に期待を背負う必要なんてない。自分で自分を苦しめることもない。そっと両の肩に触れる手が誰のものか、見ずとも分かった。(いたわ)りに満ちた二人の手の温度が心地良い。


「顔を上げなさい」と言ったのは町長のラクローだった。いつの()にここにきたのか、さっぱり分からない。不意の人物の声に驚いて、キャロルは思わず町長を見つめた。「キャロル。貴女の言うことが事実ならば、戦士としては相応(ふさわ)しくない。ただ、皆が貴女のおこないに助けられたのもまた事実。恥ずかしながら、私もキャロルをどうこう言えんのだよ。あやつの洗脳にどっぷり()かってしまった。邸に招いて紅茶と茶菓子まで用意してしまったくらいだ」


 ラクローは苦笑し、がっくりと肩を落とした。町長にしては珍しい態度である。こんなふうに弱味を見せるような真似はしないひとだった。町の自治の一切をベアトリスの意志に(ゆだ)ね、決して矢面(やおもて)に立とうとしない、そんなひとに見えていたのだが、どうやらラクローもラクローで妙な固定観念に囚われていたらしい。


「なにより、私には謝っても謝りきれない罪がある」


 と言って、ラクローは人垣の一角に視線を向けた。銀色の車輪が陽を反射し、(きら)めく。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『キャロル』→マグオートの戦士。気だるげな女性。運河を越えるために砂漠の廃墟の掘削事業に従事していた。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『マーチ』→ローレンスの館の使用人。彼に作ってもらった車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に乗って家事全般をこなす。度を越えて生真面目かつ不器用なので、よく空回りする。ローレンスにはマーちゃんと呼ばれているが、当のマーチは認めていない。もともとは王都の西方に位置する町、マグオートで戦士をしていたが、足を負傷したことにより追放の憂き目にあった。詳しくは『485.「マーちゃん」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ラクロー』→マグオートの現町長。邸の地下にヘイズと接続した転送魔道具がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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