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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Laurent.「不滅の由縁」

※ローラン視点の三人称です。

「でも、どうしてマドレーヌが死んだんだい? 自爆でもしたのかな」


「ご賢察です、イアゼル様。あの異常者は自らの魔力を暴走させて、我々を巻き添えにして朽ちたのです」


「そう……。異常者は哀れだ。どうしようもなく」


「ええ。バイターも奴に倒されました。まだ息はあるでしょうが」


「あのバイターが? それはがっかりだ。異常者にやられるなんて」


「残念です。しかし、意識を取り戻せば戦力としては充分でしょう」


「どうかな」


 イアゼルとルシールの剣呑(けんのん)な会話も、やはり現実のローランは意識してはいない。追憶が彼の脳内でさながら走馬灯のように展開されていた。




『お前、やっぱ騎士向いてねえよ。悪いことは言わねえから、早く辞めたほうがいい』


 同期の騎士からそう言われたのは、はじめて夜間防衛を経験した日の朝だった。


 見習いを卒業していざ実践という段階になって、ローランは意気軒昂(いきけんこう)に夜へと飛び出していったのだが、結果は悲惨の二字である。隊列を乱して突出し、挙げ句、グール一体を相手に散々手間取ってしまった。いくつもの傷を()ってようやくグールを仕留めたときには、指揮官の先輩に後方へと投げ飛ばされ、騎士たちから手荒い救護を受けたのである。そのうえ、『貴様は朝までなにもするな』と命令された。


 ローランの意志としては、指揮官の命令に背いてでも魔物と戦うつもりだったが、いかんせん傷が深く、身体がいうことを聞いてくれなかった。かくして彼はそれ以上戦うことなく、ほかの騎士たちに守られながら朝を迎えたのである。ひと晩中、歯を食いしばっていたのは、己の非力さ無能さを直視しながらもなお、落涙だけはするまいと意固地になっていたためだ。


 ローランの初戦は魔物への恐怖こそ皆無だったものの、戦列を乱してグール一体ごときに深手を負った無鉄砲な間抜け、という汚名を得ることとなった。


 見習い騎士として訓練に明け暮れる日々のなかでも『無能』という(ののし)りはあったが、初戦の朝に同期から告げられた迂遠(うえん)な配慮も、公然と口にされる罵倒も、これまで以上にローランの精神に傷を付けた。というのも、思い上がりがあったのだ。魔物と相対(あいたい)すればきっと己の意志に(かな)う結果が得られるのではないかと。これまで醜態(しゅうたい)(さら)し続けた無力な男が、ここ一番で覚醒し、目覚ましい成果を上げる――なるほど、夢物語としては妥当である。しかし人生は安直な物語のような、劇的な進展を約束していない。むしろ、夢に溺れた者を落胆の奈落に突き落とすものだ。このときのローランはまさにそのような陥穽(かんせい)()まっていたのである。ゆえに、痛罵(つうば)がこれまで以上に神経を痛めつけた。


 それでもローランは夜に立ち続けた。むろん、騎士として。英雄的な成果はなく、生傷の絶えない戦いである。彼が逃げ出してしまわなかったのは、ゼールの言葉があったからだろう。騎士は心で戦う。ゆえに彼は、折れることを良しとしなかった。


 加えて、夢想も消えてはいない。騎士として結果を残し、勇者として引き立てられる夢だ。打ち切りとなった『英傑の(わだち)』の続きを、主人公イワンの意志を、自分が継がねばならない。どれだけ歩みが鈍くとも。


 ローランが初戦から変わらず、簡易的な鎧の背にマントを羽織り、剣と盾を武器としたのは、ほかならぬイワンの模倣(もほう)である。


 ローランが勇者になる意志を告げたのは、ゼールが騎士団長に座した頃だった。何年も心に秘め続けた想いを、ある種恩人でもあるゼールにだけ伝えたのである。その頃のローランはというと、騎士団の序列にさえ入っていなかった。仲間を指揮して的確な戦略を展開する能力は伸びていたが、いかんせん当人の実力が不足していたきらいがある。グール程度なら造作なくあしらえる実力になっても、それではまだ足りないのだ。


『ローラン。夢を語るのはいい。立派な想いだし、尊重する。しかしだな、今のお前を推挙(すいきょ)することは出来ん』


『分かっています、団長殿。私が相応の実力をつけたあかつきには、是非、前向きに考えていただきたいと思ってのことです。お耳汚しをお許しください』


 ローランはそれからも勇敢に、そして無事に夜を乗り越えていった。誰もが認める実力とは言いかねるが、彼の指示に従えば間違いないという信頼が騎士たちのなかで醸成(じょうせい)されていったのは躍進(やくしん)だろう。実際、魔物の種類や数量に対する最適解を導き出す能力に()けていたし、意想外のトラブルに見舞われても取り乱すことのない指揮官は重宝される。これで本当に強ければ、という嘆声(たんせい)が漏れ聞こえるたび、ちょっぴり気落ちしてしまうのは性格上の問題だ。


 ローランに転機が訪れたのはそれから数年後のことである。決して望まぬ転機だ。


 魔具と魔術の両方で尋常(じんじょう)ならざる才覚を(あらわ)し、魔具訓練校と魔術訓練校を卒業すると同時に勇者となった天才。ニコル。


 近衛兵隊長スヴェルと、騎士団ナンバー2のシフォンを(ともな)って出立した背中を、ローランはずっと眺めていた。そして気付いたのだ。ローランにとっての世界の中心――『英傑の(わだち)』。その主人公は、自分ではなくニコルなのだと。後生大事に(かか)えていた夢想は、自分ごときに実現出来るものではなかったのだと。


 肩の荷が下りた気がした。もう戦わなくていいんだと囁かれた気がした。この世界に自分の席などどこにもないのだと宣告された気がした。


 それでも騎士として夜間防衛に参加したのは、惰性(だせい)だろう。指示は的確でも覇気は欠けていた。幸い、ほかの騎士に気取(けど)られることはなかったが。


 ニコル出立から数日後に当時の騎士団ナンバー6が討ち死にし、ローランはどうしてか団長室に呼ばれた。そこで告げられたのは、思いもよらぬ昇進である。


『ローラン。お前にナンバー6の序列を与える』


『……なぜ私が、そんな大役を。それに、私は序列を持ってすらいません。ほかの者の序列を引き上げるべきかと』


『もっともな意見だが、俺はお前を買っているんだ。お前は一度だって折れなかった。そうだろう?』


 先頃(さきごろ)折れました、なんて言うつもりはなかった。目指すべきところを失ってなお、惰性であれ、騎士として夜を(しの)いだのは事実である。その事実が折れていないことを意味しても、なんら不思議ではない。そもそも、折れる折れないなど心ひとつだ。


『不滅のローラン。それがお前の二つ名だ。俺が決めたが、おそらく異論のある者などいないだろう。お前を昔から知る者なら特に』


『……拝受(はいじゅ)いたします』


 ローランは深く頭を下げた。不滅などとは、自分にはもったいない二つ名だ。しかし、誰より貧弱だった男が、一度も撤退することなく、もはやベテランと言える程度の年数を重ねている。何度倒れても起き上がることを不滅と呼ぶのなら、ローランはその名に(あたい)するだろう。


 勇者の凱旋を見守った日は、実に晴れやかな気分だった。勇者ニコルは世界から与えられた役割をまっとうしたのだと思ったから。勇者出立から一年で、ローランは新たな生きる意味、生き甲斐(がい)のようなものを見つけつつあった。


 自分は世界の主役ではない。脇役ですらない。名前もなく、もしかしたらどのページにも記されない存在かもしれない。それでいい。世界の物語(・・・・・)はそれでいいのだ。


 自分には自分の物語がある。自分という物語の主人公で()り続ければ、心が折れる日など永遠に来ない。たとえどんな苦難に晒されても。


 現に、騎士団の実質的な解体騒動や追放があっても、勇者の裏切りが告発されても、ローランは人並みの苦しみを(かか)えつつも決して折れはしなかった。


 マグオートに出征(しゅっせい)しても、イアゼルの洗脳にかかっても、味方から攻撃されても、マドレーヌの死を止められなくても。


 今も、彼は折れていない。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士や内地の兵士になる


・『魔術訓練校』→王都グレキランスで、魔術的な才能のある子供を養成する学校。魔具訓練校とは違い、卒業後の進路は様々


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を使用。実は騎士団長ゼールの養子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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