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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Madeleine.「烈火の中心で」

※マドレーヌ視点の三人称です。

 この場の誰より言葉が通じないのは誰か。むろん、マドレーヌは血族ひとりひとりの声を聞いたわけではない。ただ、空中から見やった血族たちの反応のなかで確固たる敵意が感じられたのがルシールである。そしてこの場を掌握(しょうあく)しているのも、その初老の血族だと思えた。


「皆さん」と声を張ったのは、やはりルシールである。「バイターが倒されました。あの人間は危険です。どうすべきか各々(おのおの)が考えて、適切な行動をなさい。誰がイアゼル様の寵愛(ちょうあい)を受けられるか、それで決まるかもしれませんね」


 (なぎ)のような数秒間の沈黙ののち、一発の魔術が放たれた。弾丸じみた水の魔術。それが呼び水となって、次々と攻撃が放射される。いずれも遠距離のものだったのは、イアゼルの軍勢の特徴だろうか。矢や投槍、種々雑多な魔術。


 我が身に迫る攻撃を眺めて、マドレーヌは嘆息した。やっぱり、この場でもっとも芯があるのはルシールだ。タクトを振っているのも彼女。その声に洗脳魔術こそ籠もっていないが、皆を扇動(せんどう)するには充分だろう。血族たちの欲しているものをぶら下げて行動を強要しているとさえ見受けられる。


炎雷の霊道(フレア・ボルト)


 永劫の獄炎(オーバーヒート)を維持したまま、別種の魔術を展開する。火炎を身にまとい、高速移動する魔術。もっとも、今は永劫の獄炎(オーバーヒート)によって火炎に包まれているわけだが。


 数々の攻撃を鋭角に蛇行して()(くぐ)り、宙を駆け、目的地へと落雷のように着地した。手を伸ばせばルシールに届く位置だ。彼女の周囲に(はべ)っていた血族たちは、急に姿を現したマドレーヌにやや距離を置く。


「ルシール。アンタは偽物の幸せを餌にして仲間を(あお)ってるみたいだけど、本心はどうなの。本気でイアゼルの洗脳を正しいと思ってるの?」


 ルシールの眼差しはなにひとつ変わらない。厳しすぎる女教師じみたそれだ。口を開いたので返事があるのかと思ったが、違った。


「なにをしているの。この異常者を排除なさい」


 殺気が周囲に広がるのを肌で感じた。


 駄目だ。ルシールだけはどうにもならない。対話の門扉(もんぴ)を完全に閉ざしている。そして退()くつもりもないわけだ。


 一生かけて(あがな)うつもりで。


 マドレーヌはその意志で、維持している魔術――永劫の獄炎(オーバーヒート)にさらなる魔力を注ぎ込んだ。後戻り出来ないかもしれない。すでに自分の皮膚は焼ける痛みに襲われているし、服だって燃え尽きている。それでかまわない。そうでもしないとこいつは倒せない。


 ルシールへと瞬時に伸ばした手は、(くう)を掴んだ。一瞬、頭のなかが真っ白になる。()いで、身体のあちこちに熱ではない別の痛みと衝撃が訪れた。投擲(とうてき)された剣や槍、あるいは矢が突き刺さったのだろう。意識が揺らぎ、それを契機に永劫の獄炎(オーバーヒート)がさらに加速していく。炎はマドレーヌを中心に半径一メートルの範囲に(とど)まっていたが、熱量は尋常ではなかった。


 ルシールが今どこにいるのかは分からない。ただ、どうやって消えたのかは明白だった。


 転移魔術。


 悔しさに歯噛みしても、もう遅い。今のマドレーヌには、永劫の獄炎(オーバーヒート)以外の魔術を展開する余力などなかった。したがって、先ほどのようにルシール目指して高速移動することも、車輪の魔術で空中から迫ることも不可能。


 なにより――。


 周囲の血族は血相を変えてこちらを攻撃しているが、いずれも身に届く前に燃え尽きたり蒸発したりしている。ただ、焼ける痛みは増していくばかりだ。暴走した魔術が、術者ごと灼熱の喉に収めてやろうと思っているかのように。


 解除。


 ルシールが消えた瞬間には、それを自分に()いていた。それでも魔術が消えないのだ。永劫の獄炎(オーバーヒート)の熱が上昇していくのも歯止めが効かない。炎の範囲が一気に広がらずにいることだけが唯一の抵抗だったが、それさえ虚しい努力であることは自覚していた。徐々にだが、火炎の範囲も広がっている。


 自分に出来るのは魔術の解除や(おさ)え込みだけだろうか。


 違う。


「逃げて! 魔術が制御出来ないの! このままじゃアンタたちは焼き殺される! だから、今すぐ逃げて!」


 今自分を攻撃している血族たちは、結局のところルシールの口車に惑わされただけだ。バイターしかり。その根底にはイアゼルの洗脳への依存があるという意味では、マグオートの戦士や騎士とそう変わらない。つまり、傷付けるのはもちろん、殺すなんてナンセンスだ。


 解除。


 解除!


 解除!!


 内心で何度も叫び、口では別のことを(ほとばし)らせる。もう痛みすらあまり感じない。


「アタシはアンタたちを殺したくない! 殺したくないの! だから逃げて! 逃げて、本当の幸せを見つけて頂戴!」


 陽炎(かげろう)越しに見える血族たちは、当惑を浮かべながらも、攻撃の手を止めていないようだった。イアゼルへの依存のせいだろうか。なんにせよ、最初から彼らは覚悟を持って戦場に立っていた様子ではなかった。マグオートを訪れた当初から、イアゼルに任せきりの態度で、つまりは命懸けで敵を滅ぼすような意志の強靭(きょうじん)さはない。それなのに攻撃は止まらないし、誰も逃げる様子がなかった。


 教祖様ならどうするだろう。そう考えて、物悲しくなった。そもそも自分のように、破滅的で暴力的な手段は取らない。きっと。


 結局自分には、こんなことしか出来なかったんだろう。信徒となって(つつ)ましさを得たように思っても、それは虚像だったのかもしれない。自分自身の暴力で、自分も周囲も傷付けるような生き方は変えられなかった。


 それでも、と思う。


 それでも、これが最期になるなら諦めではない別の()り方がある。


「アンタたちは」


 息が苦しい。ちゃんと声になっているか分からない。


「アンタたちは、神の子よ。生まれながら神に愛されてる。だから、清らかに、慎ましく、正しく生きなさい。神の愛に相応(ふさわ)しいだけの行為をなさい。本当の幸せは、そこからしか生まれない。幸せのために誰かを傷付けるんじゃなくて、誰かの不幸を一緒に嘆いて、手を取り合って、誰かが幸せになれるような手伝いをしてあげなさい。その過程でいつか気付くわ。誰かを愛することがどんなに幸せか。誰かに寄り添うことがどんなに心を満たすか。……アンタたちのことは、神がきっと裁く。でも安心して。アンタたちの罪は全部全部アタシが背負ってあげるから。だから、アンタたちは、無垢(むく)なまま、天の国に――」


 声は確かに届いていた。血族たちの攻撃はすでに()んでいて、最前列は呆然と彼女を見やっている。しかし当のマドレーヌの意識はもうない。黒焦げた影が屹立(きつりつ)しているだけ。しかし火勢は一気に強まり、範囲を拡大していく。やがてそれは巨大な火柱となり、血族の一群を包み込んで――。


 マドレーヌが言葉を(つむ)いでいた際に考えたのは、テレジアのことだった。自分は死後の世界でもそのひとに会うことはない。なぜって、あまりに大きな罪を()ってしまったから。無辜(むこ)の血族たちを傷付けた事実は贖えるものではない。一生が(つい)える瞬間であれば、なおのこと。




 意識を取り戻したマドレーヌは、呆然とあたりを見回した。さっきまで自分を攻撃していた血族たちが立っていて、どこか済まなそうな顔をしている。我が身を眺めると、衣服も肌も無事だった。


 血族たちの後ろには、半透明の階段がどこまでもどこまでも続いている。首を(ひね)ると、背後には下へ下へと続く真っ暗な階段が、地上に口を開けていた。


 向き直り、笑いかける。


「アンタたちは上への階段を昇りなさい。大丈夫。罪はアタシにしかない」


 血族たちが何事か言おうとしたようだったが、それを聞く前に(きびす)を返し、下への階段へと足を伸ばした。


 不意に、後ろで声がした。懐かしい声が。


「マドレーヌさん」


 思わず振り返ると、陽光の下、月光色の髪を持つ女性が柔らかい笑みを見せた。彼女のそばには、血族に混じってキュラスの住人たちがいる。もちろん、ハルツの姿もあった。人間の姿だ。


「教祖様……」


 喜びが溢れ、けれどもそれは急速に減退していく。寂しさと哀しみが取って代わる。でも、満足感もあった。


「アタシは地獄に落ちます。とても……とても罪深いことをしてしまったので。最期にお会い出来て、心から……」


 それ以上は言葉に出来なくて、マドレーヌはまたも踵を返したが、今度は手を取られた。ひんやりした細い指が、自分の腕を掴んで離さない。優しいのに、有無を言わせぬものがあった。


「マドレーヌさん。一緒に行きましょう。ずっと待っていたのです。貴女がいらっしゃるのを、ずっと」


「教祖様、でもアタシは!」


「神様は、心の清らかな(かた)を愛しております。マドレーヌさん。貴女は清らかなのですよ。ですから、一緒に参りましょう」


 ようやく教祖様のほうを向いて、マドレーヌは幼子のように頷いた。そんな彼女を言祝(ことほ)ぐように、一同が微笑んで頷く。


 どこまで続いているか知れない天の階段を昇りながら、ふと地上を見下ろした。そこには金の癖毛と栗色の髪が見える。かつて恋した男と、彼の想い人である女性。女性のほうはこちらを一瞥(いちべつ)もせず、背を向けている。男のほう――シンクレールも同じ方角を見ていたが、ふと気がついたように、天を(あお)いだ。マドレーヌと目が合う。だから、ちょっぴり舌を出して、追い払うように手を振った。寂しくて、でも、満ち足りた気持ちで。




 マグオート壁外の一角は、黒焦げた血族の亡骸が広がっていた。最も高温となった火勢の中心には、燃え殻も、骨も残っていない。消えた炎の(のこ)した熱が、あたりの光景を歪ませていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている。詳しくは『第二章 第三話「フロントライン」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。ロジェールにトドメを刺され、絶命。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団の元ナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて

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