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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Madeleine.「永劫の獄炎」

※マドレーヌ視点の三人称です。

 巻きついた蛇で形成された球体は地に落ち、(うごめ)いた。鱗が縦横に円運動を(えが)き、球体が収縮していく。すべての蛇が本体に収まるまで、そう時間はかからなかった。今や、右の腹を押さえた生身のバイターが露出している。肩で息をし、マドレーヌを睨むさまは(かえ)って獰猛さを増しているようだった。


 マドレーヌはマドレーヌで、彼を射抜いた得物(えもの)――その砲口を下げてはいない。照準はバイターにきっちり合わせてある。


 表情こそ冷静に保っていたが、彼の全身を確認して内心では安堵(あんど)していた。球体の中心にいるであろうバイターの、ちょうど致命傷に至らない箇所に狙いを定めて撃ち、実際に想定通りの場所に傷を()わせられたのだから。頭も首も、心臓だって射抜くことは出来た。度を超えた甘さに見える行為も、分水嶺(ぶんすいれい)を越えれば信義と映る。この場にいる血族たちの目に、そのような印象をもたらせたのなら、とマドレーヌは望みを(いだ)いた。


「バイター。アタシはアンタを殺さなかった。アタシが本気で対話したいってことは伝わったでしょ。だから(ほこ)を収めて頂戴。そのうえで、ちゃんと折り合いをつけましょうよ。お互い傷付け合わない道はきっとあるわ。これ、バイターだけじゃなくて、アンタたち全員に言ってるのよ」


 マドレーヌは声を張り上げ、血族の軍勢を宙から見下ろした。全部で千人弱は居るだろうか。誰もがこちらを見上げている。憤懣(ふんまん)(あら)わにしている者もいれば、関心の薄そうな目付きもあった。だが、全員に声が届いている確信がある。ゆえに、彼女は言葉を続けた。


「まず、イアゼルのかけた洗脳を()いてあげて。悪いようにはしないから」


 それに応えたのはルシールである。いつの()にやら、彼女は軍勢の中心部にいた。「それは不可能ね。イアゼル様の魔術はイアゼル様にしか解除出来ない」


 むろん、ローランのように自力で洗脳から抜け出すのは例外だろう。ルシールの声は冷厳そのものだった。敵意を少しも隠していない。どうやらルシールにとって、自分はどこまでも『敵』でしかないらしい。


 そしてそれは、ルシールに限ったものではなかった。血族の多くはこちらを睨んでいる。いちいち検分していられる人数ではないが、いわば群体としての意志が感じられた。


「アンタたち全員、イアゼルの押し付ける幸福を望んでるの? それが欲しくて戦争に参加したの?」


 返事はなかった。が、実情はマドレーヌの問うた通りである。彼らは皆、イアゼルの洗脳――もっぱら至福充溢(ユーフォリア)を与えられ、そして解除された面々だった。イアゼルの領地に住む者のほとんどが、そのような境遇にある。一度は身に受けた至福に()えていた。イアゼルは幸福を餌に人々を支配していたといっても過言ではない。此度(こたび)の戦争における報酬がほかならぬ幸福の洗脳であることも事実だ。もっとも、ルシールだけはその限りではないが。


「仕方ないわね。それじゃ、イアゼルと直談判(じかだんぱん)するわ」


 そう言って両手足の車輪を駆動させて去ろうとしたマドレーヌを阻んだのは、一瞬で展開された分厚い壁である。半透明のドーム状の防御魔術。マドレーヌと血族全員を収めたそれは、(まぎ)れもなくルシールによるものだった。


 そして、邪魔者は初老の血族ばかりではない。


 蛇の頭がいくつも迫り、マドレーヌは旋回するように避けた。地上を見下ろすと、バイターの両袖と裾から無数の蛇が伸びている。


「一発撃っただけで勝った気になるんじゃねえよ。誰が降参なんてするか。俺はお前を喰って、イアゼル様から褒美をもらう。そうだ、褒美だ! ルシール婆さん! 俺があの異常者を殺したらイアゼル様に掛け合ってくれ! 一秒でいいから俺に至福充溢(ユーフォリア)を授けてくれるように!」


 ルシールの返事は淡泊だった。考えましょう。それだけ。口約束にもなっていない。にもかかわらず、バイターの目に嬉々とした色が浮かぶのを、マドレーヌは心底(あわ)れんだ。まるで中毒者。


 マドレーヌは宙で足を止め、深く嘆息(たんそく)した。幸福に依存するのは、はたして幸福だろうか。


 同時に、己を(かえり)みる。教祖様と過ごした日々は、おおむね幸福だった。自分もバイターも、他者から幸福を受け取ったという意味では同じだ。しかし、否応(いやおう)なく幸福にしてしまう魔術と、幸福へ至る門戸を開く行為は決定的に異なる。


「何度でも言うけど、幸せは自覚するものなのよ。魔術で無理やり幸福にしてしまうのとは全然違うわ。誰かから強要された幸せを本物だと錯覚して、あまつさえ依存するなんて……むしろ不幸だと思わない?」


「馬鹿かお前は。不幸なわけねえだろ。ああ、そうか。お前は至福充溢(ユーフォリア)を味わえなかった異常者だもんな。俺たちのことなんてちっとも分からねえだろうよ」


「理解してあげたいけれど、とてもじゃないけど無理ね」


 売り言葉に買い言葉だという自覚はある。こんなとき、きっと教祖様なら少し困った顔をして、清らかで正しい導きを示すだろう。相手がそれを受け入れるかどうかは関係なしに。けれども心に残り続ける物事を語るのだ。それは、惑い、迷い、逡巡(しゅんじゅん)したときに、方途(ほうと)を示す一筋の光の道となる。


 自分には決して真似出来ない。頑張っているつもりでも、どうしても生粋(きっすい)()の強さが出てしまっていけない。


 マドレーヌは脳裏(のうり)に浮かぶテレジアの面影から、現実へと意識を戻した。彼女の周囲では上下左右あらゆる道を阻むように、蛇の腹が動いている。ときおり陽射しが覗くものの、蠢く暗闇が光より(まさ)っていた。


 やがて、蛇腹が一気に収縮をはじめる。マドレーヌはとっくに魔術換装(ドレスアップ)――魔術製の長銃を解除していた。この状況を突破するのに適切な魔術ではないから。ならなにが適切だろう。それが正解かどうかはさておき、彼女はひとつの答えを導き出していた。


 全身に圧迫感を覚える。これは、バイターの身の覆っていた球体の蛇と同じ理屈だろう。彼の場合は防御として作用し、こちらは圧殺のための攻撃として作用しているという違いはあるが。


 宙を駆ける車輪の魔術さえも解除し、マドレーヌは強まる圧迫感に耐えながらも魔力を集中させた。


 頭の内側に鈍痛がある。ここまでで魔術を使い過ぎたのだろう。枯渇(こかつ)寸前とまではいかないものの、出来ることは限られている。


永劫の獄炎(オーバーヒート)


 呟きと同時に、揺らめく魔力がそのまま発火し、みるみる火勢を強めていく。下方からバイターの(うめ)き声が聞こえ、蛇の圧迫感が弱まっていった。


 やっぱりあれは騙し討ちを装っただけか、とマドレーヌは静かに得心する。バイターが蛇の球体に覆われたときに炎の魔術を展開した際、彼は降参の意を示したのだが、本当に熱に苦しめられていたに違いない。焦げ跡こそなかったが、それは火勢の問題だろう。蛇の表皮を焦がすほどの出力ではなかったというだけ。そもそも、マドレーヌが最初に大蛇に絡め取られたとき、炎の魔術で(あぶ)った瞬間にバイターは反射的に『熱い』と言ったのだ。それが答え。つまり、この蛇たちはバイターの身体の一部であり、当然のごとく痛みを共有している。


 やがて蛇はばらけ、マドレーヌは地面に着地した。見据える先には苦悶の表情を浮かべるバイター。


 マドレーヌは一気に彼へと距離を詰め、その身に抱きついた。はじめのときのように無抵抗を示すハグではない。彼女は魔術を解除せず、バイターを抱擁(ほうよう)したのだ。悲鳴が耳の奥で反響している。腕のなかで必死にもがく抵抗を感じる。それでも離す気はなかった。むろん、永劫の獄炎(オーバーヒート)を解除する気もない。たとえ自分自身が焼けつつあると分かっていても。


 意図的に魔力を暴走させることで、出力を高める。そんな無茶な魔術師はマドレーヌの知る限り皆無だ。そもそも危険極まりない。暴走している以上、制御などはなから不可能で、ある程度持続してしまったら解除すら出来ないであろうことは自覚していた。魔術に心得(こころえ)のある者が見たなら、呆れるか顔をしかめることだろう。ただ、自分には(しょう)に合っていると感じる。覚悟を決めた今は、特にそう思う。


「バイター。焼け死ぬ前に降参して」


「嫌……だ、ね」


 皮膚の焦げる嫌な(にお)いのなか、バイターの身体から力が抜ける。即座に身を離すと、彼はばったりと仰向けに倒れた。


 上下する胸を確認し、マドレーヌは安堵の息を吐いた。彼は気を失っただけで、まだ生きている。それでいい。もとよりバイターを殺すつもりはない。本来なら痛めつけるのも嫌だった。


 ――そのときは、一生かけて(あがな)うつもりで剣を取りなさい。


 教祖様の声が耳に蘇る。


 マドレーヌは永劫の獄炎(オーバーヒート)を解除することなく、血族たちを見やった。まだ解除するわけにはいかない。どうしようもない奴がひとり、このなかにいる。


 肌を焼く熱と、心の内側の熱が重なり合うように感じた。


 あの初老の血族――ルシールだけは始末する必要がある。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『魔術換装(ドレスアップ)』→魔力製の武装を施す魔術。形態や効能は術者によって様々。詳しくは『Side Sinclair.「感情彷徨」』にて

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