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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Madeleine.「沈黙の魔術師ルシール」

※マドレーヌ視点の三人称です。

 円筒形の防御魔術のなか、初老の血族――ルシールの攻撃は苛烈さを増していくように見える。が、攻撃を(さば)く当のマドレーヌはというと、まったく別の印象を(いだ)いていた。


 試している。


 どうもこの血族は、こちらに致命傷を与えるつもりはなく、よって命を奪う気もないらしい。こちらがギリギリ対処出来るか出来ないかの攻撃ばかりだ。魔術の種類もひとつきり。指先から放射する魔力による光線のみ。


 ルシールの攻撃を回避しつつ、マドレーヌも反撃を試みていた。数える程度だが。炎を(まと)った魔力の塊を放つ魔術――火炎の弾丸(フレア・シュート)しか使用していないものの、どれも直撃する前に相手の防御魔術に(はば)まれている。


「そんな乱射してたんじゃ、魔力が()たないんじゃないの?」


 軽口を叩きつつ、光線を踊るように回避する。これにもルシールはなんの応答も返さない。厳粛な女教師のような、そんな表情が崩れることもなかった。


 マドレーヌが口にしたのは皮肉でもなんでもなく事実だ。魔力は有限であり、したがって個人に行使可能な魔術も限られる。しかしながら、ルシールの魔力に枯渇(こかつ)の気配すら見られないのもまた事実だった。おそらく、彼女としてはごく低級の魔術を扱っているに過ぎないのだろう。乱発しようとも問題ない程度には消費の少ない魔術を。


 どれだけ言葉を尽くそうとも聞く耳を持たず、防御魔術のせいで距離を置くことも出来ない。敵が本気でないことも、幸運なのかどうか定かではない。


「アタシはアンタらと対話したいだけなのよ。殺し合いなんて望んでない。お互いが幸せになれるよう、折り合いをつけたいだけ。もちろん、イアゼルみたいな押し付けがましい幸せなんかじゃなくて。……ルシール。アンタだって分かるわよね? 無理やり幸福だと思わせるのが本当の幸せじゃないことくらい」


 自分よりも年嵩(としかさ)の相手に説教するなんて、とマドレーヌは自嘲(じちょう)する。これまでも年長者に教えを()く機会はあったものの、受け入れてくれたことなんて数えるほどだ。それも、相手が胸襟(きょうきん)を開いてくれた場合に限る。もっぱら救いを求めているようなタイプにしか声は届かなかった。大抵は戯言(ざれごと)として一顧(いっこ)だにされない。巡教の旅で散々味わった経験である。それでも繰り返してしまうのは、巡教者としての人生を選んだからだ。血族に囲まれていようと、攻撃に(さら)されていようと、自分で選んだ生き方を変えるつもりなんてマドレーヌにはない。


「清らかに、正しく、(つつ)ましく生きてさえいれば、誰しも幸せに気付けるわ。よしんば幸福を自覚できなくても、神の子であると知ってさえいれば、(おり)に触れて愛を感じられるのよ。感じた愛を別の誰かに分かち合うことも出来る。とんでもない不幸を(かか)えていても、清らかな心を(たも)っていれば、その生は満ち足りたものとなる。イアゼルだって例外じゃない」


 言い切って()もなく、マドレーヌの額は大きく(はじ)かれた。殴られたような痛みが駆け、少しばかりよろめく。ルシールが別種の魔術を展開したらしい。感知の難しい程度に隠蔽(いんぺい)した魔球といったところか。痛みはあれど、気絶には程遠い。精密に制御された攻撃であることは明白だった。どうやらルシールはちゃんとこちらの言葉を聞いていて、今しも反発の意を示したらしい。鉄面皮(てつめんぴ)の奥には動揺や苛立ちがあるのかもしれなかった。


 マドレーヌを叱咤(しった)するような、()えざる魔術はその一度きりだった。あとは分かりやすい光線の魔術ばかり継続している。


 教祖様なら、とどうしても考えてしまう。自分よりももっと上手に、もっと心に届く表現で、伝えるべき言葉を相手の器に合わせて投じたことだろう。巡教者を名乗りながらも、自分は不器用さの(かたまり)だ。教祖様のような慈愛を表出させることも出来ず、相手の心を包みこんでやることも出来ない。


 同時にこうも思う。


 自分には自分にしか出来ないやり方がある。それが正しいかはさておき、言葉も振る舞いも、決して模倣(もほう)ではない自分だけのもので表現するしかないのだ。


火炎の円陣(フレア・ウォール)


 光線の回避動作のなかで、地面に片手を突く。魔力が伝播(でんぱ)してルシールを囲み――隙間なく火柱が立った。


 火柱は徐々にルシールへと収縮していく。このままなら焼き殺されるだろうが、防御魔術で身を固めるだろうとマドレーヌは読んでいた。なにしろ、マドレーヌを隔離した防御魔術自体が火柱と同じく円筒形なのだから。


 炎の接近で肌や衣服が焼けることはない。そのように調節してある。火柱にじかに触れてはじめて火傷を()う。そのような魔術。


 こうした魔術の出力や制御は、一朝一夕で身につけたものではない。巡教の旅で魔物と相対(あいたい)す場面で、なんとか言葉を届けるために躍起(やっき)になって魔術を制御したおかげで習熟されたものだ。通常ならば火柱に囲まれた時点で息も苦しいだろうが、そうならない程度の調整なら今では楽に出来る。


 相手が防御を張れば、自然と攻撃の手も止まるだろう。強引なやり方ではあるが、より対話に近くはなる。そのような算段だったが――。


 火柱はルシールの数センチ先まで迫っていた。彼女が防御を張る気配など一切ない。一センチ、また一センチと距離を狭めていく。


「解除!」


 咄嗟(とっさ)の叫びとともに炎の魔術をかき消した。霧散した火柱の先で、ルシールが冷たい眼差しで見下ろしている。


 なぜ相手が防御しなかったのか、理解出来ない。


 火柱から解放されたのに攻撃を再開しないのも意味が分からない。


 マドレーヌは内心で唖然(あぜん)としていたが、表情は固く引き締めていた。動揺を気取(けど)られぬように、というより、必要な言葉を届けるには今しかないと思ったのだ。ゆえに大きく息を吸って口を開きかけたのだが、(せん)を制したのはこれまで無言を貫いていたルシールのほうだった。


「バイターさん。おりますか?」


 ルシールはマドレーヌに背を向け、血族たちのほうを向き直っていた。いつの間にか円筒形の防御魔術は半分だけ解除されている。戦士たちに面する側だけ維持され、血族に面する側は消えていた。


 やがて血族の(あいだ)から、ぼさぼさの頭をした小男が歩み出た。背丈はルシールよりも頭ひとつ低い。切れ長の目に、瞳孔がやけに縦長だった。装いも妙である。一枚布の深緑の上着を纏い、(そで)は手指を隠す長さ。(すそ)も靴の下半部が見える程度には長い。


 バイターと呼ばれた男はルシールのそばまで来ると、いかにも不機嫌そうに彼女を見上げた。呼びつけられることが不愉快なのか、はたまたこの状況そのものが不快なのか。


 ルシールはゆらりと指先をマドレーヌに向けた。魔術を放つためではない。標的を示すためだ。


「あの者を始末してください。イアゼル様の(めい)に背くことになりますが、やむを得ません」


 その言葉に、バイターは鼻で笑った。そして、随分と低い声が流れる。


「ルシール婆さんじゃ手に負えないって?」


「わたくしは万が一にも死ぬわけにはいきません。もしもイアゼル様が取り乱したら、貴方がたの無事も保証出来ませんから」


「はいはい……」


 マドレーヌが歯噛みしてやり取りを(うかが)っていたのは、なにも自分の言葉が遮られたためではない。『始末』と聞いてバイターの様子が一変したからだ。気怠(けだる)げな雰囲気を装っているものの、嗜虐性(しぎゃくせい)を隠せていない。


 マドレーヌの見立てが正しかったことは、次のひと言で証明された。


「それじゃ、こいつは喰っちまっていいってわけだ」


 バイターの口から覗く牙と、先端が二股に分かれた舌は、蛇を思わせた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術。


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて

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