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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Madeleine.「火炎と防壁」

※マドレーヌ視点の三人称です。

 記憶の時間と実時間は速度が異なる。マドレーヌがイアゼルの洗脳魔術――追想自鳴琴(メモワール)にかかってから現実に回帰するまでは一分にも満たなかった。追想自鳴琴(メモワール)が、対象を幸福な記憶に閉じ込めて永劫(えいごう)の時間を過ごさせる代物だということは、おおよそ察しがつく。記憶のただなかにあっても現実の自分を取り戻したのは、ひとえにマドレーヌ自身の(つちか)った意志によるものだろう。


 意志。


 多幸感を()いる洗脳魔術――至福充溢(ユーフォリア)を受けなかったのも、それに由来している。幸福と相反する頑強な意志を(はぐく)んできたからこそ、マドレーヌは無自覚に洗脳を拒んだのだ。ほかの洗脳魔術も同様だろう。いずれも幸福に依拠(いきょ)した洗脳だったのだから。


 自分には懺悔(ざんげ)すべき罪業(ざいごう)が山ほどある。それがマドレーヌの自意識に根を張り、やがて彼女の決して折れぬ意志と化したのだ。むろんそれは、テレジアの死後に萌芽(ほうが)したものである。血族化したテレジアを受容出来なかった後悔からはじまり、巡教の旅での魔物への説得がことごとく失敗し、彼らを(あや)めるしかなかったこと。教義を(そで)にする人々に対する内心の憤慨(ふんがい)。そうした諸々(もろもろ)が、罪となって彼女の背にのしかかっていた。懺悔を()()ってきたテレジアなき今、罪はひたすらに背負い続けねばならない。一日一日が罪業を増やしていく営みとすら感じられた。それゆえマドレーヌは、自分に訪れた至福を誤りとして無意識に跳ね()けたのである。


 戦士や騎士の剣を(さば)きつつ思うのは、イアゼルの洗脳が四種類だけだったことだ。それぞれの指に魔紋(まもん)が彫り込まれているのは気付いている。親指も例外ではないが、イアゼルがそれを行使しなかったのはなぜだろうか。親指の洗脳魔術も幸福に依存する代物だから無意味と悟ったのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。イアゼルの去った今となっては考える必要性を感じないが。


「皆さん! 目覚めてください! こんなこと間違っています!」


 あえて低く調整したのがありありと分かるローランの声が響いた。彼を見やると深手こそ()っていないものの、身体にはいくつかの傷が刻まれている。


 騎士団ナンバー6、不滅のローラン。紫の長髪の優男(やさおとこ)で、紳士的な言葉遣いに()してマントが似合わない。彼がそれなりの実力者であることは、マドレーヌも何度かの共闘で気付いていた。それでも『それなり』だ。魔術師でもなければ魔具も持っていない。ただの剣と盾で夜を(しの)ぐ身のこなしは優秀ではあれど、突出した力は見出せなかった。騎士や戦士への指示の的確さ、作戦の正確さは秀でているものの、このような邪道な戦闘には向いていない。単体での戦闘力ならば自分に()があるとさえマドレーヌは見抜いていた。


 味方であったはずの敵は数を増している。マグオートの門から次々と住民が溢れてくるのだ。各々(おのおの)が凶器になりうる得物を(たずさ)えて。それを見てマドレーヌは閉口した。住民がいかに戦いを忌避(きひ)しているかは、これまでの滞在期間で理解していたからだ。ともすれば臆病な彼らを狂気的に()っている洗脳を恨めしく思わないはずがない。


 仕方ない。


 マドレーヌは迫りくる戦士の側頭に蹴撃を放った。意識を失った相手は、地面に崩れ落ちる。


「ローラン! 防御してたら追いつかないわ! 気絶させるのよ!」


「しかし――」


「このままじゃ(なぶ)り殺されるだけでしょ! 分かったら気絶させなさいな!」


 ひとりまたひとりと意識を失わせていくなかで、マドレーヌは罪を感じていた。いかに必要であれ、無辜(むこ)の人々を傷付ける真似は歓迎出来ない。だからこそこれまでは防御に徹していたわけだが、これ以上人員が増えるとなると話が違ってくる。だからこれは、背負わねばならない罪だ。


 気絶しても、戦士たちの脳に魔力がこびりついているのをマドレーヌは見抜いていた。彼らの意識が回復したなら、必ずやローランを攻撃するに違いない。洗脳を解除するには元凶を断つか、解除方法を知る者に問いただすしかないだろう。


 戦士を気絶させながら、マドレーヌは声を張り上げた。後方で悠然とかまえている血族の軍勢に向かって。


「アタシはアンタらの敵じゃない! こんな羽目になってもアンタらを恨んだりしないわ! アタシはアンタらを愛してるのよ。本当に。だから聞きなさい! こんなふうに幸せを押し付けるなんて間違ってるわ! この洗脳を解除する方法があれば教えて頂戴! そのあとで対話をしましょう。報復なんて絶対にしないし、させないわ。神に誓う!」


 いくつかの囁きがマドレーヌの耳に届いたが、いずれも返事のかたちを()してはいなかった。鼻で笑うような言葉がほとんど。なにを言っているんだと見下す声がひと握り。あとは沈黙だ。血族たちの顔を(うかが)ってみたかったが、生憎(あいにく)そんな余裕はない。


 血族のなかにはイアゼルの無神論を信奉している者もいたが、それは一部に過ぎない。まがりなりにもイアゼルの配下として戦地に立った以上、異論を唱えるような手合いではなかった。それゆえ、たとえ対等な状況であってもマドレーヌの言葉が届く可能性は薄かっただろう。味方同士で潰し合って、窮状(きゅうじょう)に立たされている者の言葉となれば、自然、脅威を逃れるための口八丁(くちはっちょう)と見られても致し方ない。


 ただ、マドレーヌの言葉になんの成果もなかったわけではない。


 高さ三メートルほどの堅固な防御壁。それが戦士とマドレーヌを(へだ)てた。その魔術は彼女の行使したものではない。マドレーヌの魔術のレパートリーに防御の(たぐい)はなかったから。


 周囲を見やると、防御魔術は円筒状に展開されていることが分かった。その内部には自分と、ひとりの血族のみ。遊びのないカッチリした黒いワンピースを()した初老の女性が、厳格な目付きでこちらに視線を送っていた。


「アンタは確か……ルシールだっけ? アタシと対話――」


 ルシールの指先が機敏(きびん)に持ち上がり、光線じみた魔力の(かたまり)を照射した。マドレーヌが咄嗟(とっさ)にかがみ込まなければ、今頃肩口を射られていたことだろう。


「無言で攻撃するだなんて、随分とお上品ね。それに、イアゼルは攻撃するなって言ってたと思うけど?」


 いかにも、イアゼルは全軍に対し防御に徹するよう指示した。その少し前には、敵が攻撃に転じるようなら容赦しなくていい、とも。いずれにせよ、この状況は命令違反だろう。


 ルシールは次々と攻撃を放った。顔色ひとつ変えず、ひたすら無言で。致命的な箇所を狙わないあたり、なんらかの算段があってのことかもしれない。あるいは単にいたぶりたいだけなのか。


 ()けきれなかったルシールの攻撃が脇腹に直撃し、マドレーヌは(うめ)きを上げた。その(かん)も攻撃は止むことなく続いている。たったひとりで狂信者の相手をしなければならなくなったローランのことは気がかりだったものの、それにかまけていられる状況ではない。


 マドレーヌは何度もルシールに呼びかけたが、返るのは無言の攻撃ばかり。いくつかの攻撃を身に受けて多少のダメージを負ったものの、大したものではない。ただ、いつまでもこの状況に甘んじていられるほど悠長な性格でもないし、ローランをひとりにしておくのも不安だった。


「アンタが対話してくれないなら、アタシにも考えがある」


 マドレーヌの魔力が揺らめきつつ立ち昇る。それが魔術に結実するまでは、ほとんど一瞬だった。


火炎の弾丸(フレア・シュート)


 指先に集めた魔力を炎として結実させ、その塊を射出する。炎の魔術としては大したものではない。シンプルであるがゆえ、弾速も威力も術者の能力に依存する。マドレーヌの放ったそれは、相手にお(きゅう)をすえるには充分な練度を(ゆう)していた。


 が――。


 弾丸を受け止めるようにルシールがかざした手のひら。その数センチ先に展開された小規模な防御魔術に阻まれて、マドレーヌの炎はあえなく散った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『洗脳魔術』→魔術の分類のひとつ。読んで字のごとく、対象を洗脳するための魔術


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた者の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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