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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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幕間.「進軍と蒼への欲望」

 ロンテルヌから出立して一日と少し。夜会卿ヴラドの本隊は二日分の夜間行軍を終え、湿原のなかほどまで到達していた。見通しの悪い霧のなかでは夜明けの印象はなかったが、魔物の霧散により、朝の到来が示される。が、すべての魔物が消えたわけではない。混血の血族ナーサの生み出した妄想の産物である巨象の魔物は依然(いぜん)として維持されていた。先ほど行軍を停止したことで巨象の揺れも、耳を(ろう)せんばかりの地鳴りも収まっている。


 縫合伯爵ことルドラの(ひき)いる巨人の軍勢には、ヴラドもいささかうんざりしていた。ロンテルヌまでの行軍では互いの隊伍(たいご)が離れていたため大して気にはならなかったものの、勢力の分散により双方の距離が縮まったことで鬱陶(うっとう)しさを感じてしまうのは無理もないことである。オークションの常連であり、かつ領地に金鉱を持つ縫合伯爵との関係は良好に(たも)っておくに越したことはない。現に、表向きは親密と言えよう。ただ、胸の(うち)など誰にも分かりはしない。


 巨象の背に配した猫足の椅子に座し、ヴラドは部下の被害報告を淡々と聞いていた。進行速度に狂いはない。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)なる兵器は想定より少しばかり厄介な代物だったが、それでも本隊の死者は百名弱。負傷者はそれ以上だが、動けないほどの傷を()った者はいない。本隊に配した約二千の血族の数からすれば被害は軽微なものである。ヴラドの本隊が先陣を切って進んでいる以上、後続の縫合伯爵や、ベアトリスの勢力の被害はほぼ無いだろう。


「流刑地のコバンザメどもは健在のようですね」


 ヴラドの斜め後ろでナーサが舌打ち混じりに言う。日を追うごとにナーサの態度が悪化するのは、会敵が近いからだろう。巨象の上から白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を射抜くだけでは満足していないのは明らかだ。命を持たない兵器を討っても狩りの快感はない。


 ヴラドはナーサの愚痴を無視し、ルーカスから得た紙切れ――『共益紙(きょうえきし)』を眺めた。


『王城に血族の貴族ユランが侵入。撃破には至らずも、撤退に成功。クロエより』とある。淡泊な内容だが、傍受(ぼうじゅ)した交信魔術の内容とも差分はない。が、ヴラドは信を置いていなかった。ユラン公爵の強さも性格も把握している。あの度外れに愚かな正義漢が撤退などするはずがない。ただ、グレキランスに制圧旗(せいあつき)が立っていない以上、陥落(かんらく)させていないのも事実だろう。グレキランスの壁外に集中配備した蝙蝠の目からユランの侵入は確認出来たが、撤退の様子までは見ていない。高高度まで達したのちに退避したならば蝙蝠の目には入らないが、真相は不明だ。捕縛されたか、潜伏しているか、いまだグレキランスに(とど)まっているとみるべきだろう。


 いずれにせよ、とヴラドはこめかみを指で何度か叩いた。もっとも可能性が高いのは裏切りだ。そもそも奴が参戦した目的は人間の殲滅(せんめつ)ではない。人間の説得と保護。腑抜(ふぬ)けた理想を掲げて単身で戦場に乗り込んだ馬鹿である。説得どころか、逆に(ほだ)されたことだろう。なんにせよグレキランスを落とせば、明白な裏切りの証明が得られる目算だ。奴の所有するラガニアの領地に手を出すつもりはないが、ユランの制圧旗が(ひるがえ)るイフェイオンは侵略する口実になる。裏切り者の戦果など誰が認めるだろうか。


 ただ、すぐにイフェイオンに仕掛けるつもりはない。裏切りの証明が得られない限りは獲物の横取りにあたる。狩りのルールを進んで破るなど言語道断だ。ともあれ、イフェイオンが落ちたのは喜ばしい。グレキランスの東門を目指す第二部隊のルート上に位置する町だ。制圧済みとなれば、その地を安全に進行可能とみていいだろう。


 それにしても、気がかりなのは白銀猟兵(ホワイトゴーレム)とは別の兵器のことだ。グレキランスの外壁上にめぐらされた、砲手なき砲台。あれは明らかに半径一キロを照準に収めている。しかし実際に射出された距離は五百メートル圏内(けんない)に入ってからである。これは、グレキランスに突っ込んでいったユランを観察しただけではなく、手持ちの蝙蝠を何匹か犠牲にして得られた計測だ。五百メートルが精度の限界なのか、あるいは性能をあえて(おさ)えているのか。ヴラドの読みでは後者である。グレキランスが包囲される段階まで性能は低くしておく作戦なのだろう。であれば反応圏内も五百メートルまでに留めておくのが妥当(だとう)だが、技術的な問題か。そもそも白銀猟兵(ホワイトゴーレム)自体、グレキランスの文化水準からすれば過ぎた代物だ。簡単に傍受出来てしまうレベルの交信魔術とは比較にならない。


 白銀猟兵(ホワイトゴーレム)や砲台の造り手が気にはなったものの、確かめるすべはない。片田舎の人間どもを拷問にかけたところで収穫はないだろう。その点、規模の大きい拠点であればなにか知っている者がいるかもしれない。


煙宿(けむりやど)』。地図上のその位置はヴラドの頭に入っている。蝙蝠で見る限り、大規模拠点と言って差し(つか)えない。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)も重点的に配置されている。その地の制圧は()として、地位の高い人間を拷問する機会は約束されていた。早晩(そうばん)、厄介な兵器の製作者の名は割れる。


「ヴラド様! お望み通り、呼んで参りました!」


 巨象の下で配下の者の声がする。ヴラドがナーサに頷きを送ると、彼女は「通せ!」と声を張り上げた。


 やがて巨象の鼻を経由して、黒の鎧と蒼の竜人がヴラドの前に現れた。たっぷり数分間の沈黙を(たの)しんだのち、ヴラドは口を開く。


「なぜ貴殿(きでん)を呼んだか分かるか? ベアトリス卿」


 進軍が止まった段階で、ベアトリスと竜人の頭目(とうもく)を呼びつけたのだ。そうするだけの理由はある。


「いえ、皆目(かいもく)見当がつきません。我々の同方面への進軍がお気に召しませんでしたか?」


「同行はかまわん。後方で被害を抑えるのも結構。私の関心はそこにはない。……竜人の頭目よ。名を名乗れ」


 ヴラドが言い放った瞬間、蒼の竜人が殺気立った。他種族など家畜か玩具程度の存在だが、竜人は良い、とヴラドは内心で笑む。手に入れていない珍品ほど過大評価してしまう。殺気さえ(いと)おしく感じる程度には。


「……サフィーロだ」


「そうか。ベアトリス卿。サフィーロ。竜人のなかに、人間に(くみ)する者はいるか?」


 ベアトリスは沈着そのものだったが、サフィーロなる竜人の目は一瞬だけ動揺の色を見せた。その一瞬を見逃さぬヴラドではない。


「いるのか? いないのか?」


 あらためて問う。二人のうちどちらが答えてもかまわなかった。


 ベアトリスが息を吸ったが、答えたのはサフィーロのほうである。


「一体だけいる」


 その返事に、ヴラドは多少興醒(きょうざ)めした。いない、と言えばベアトリスの率いる竜人すべてを裏切りの(とが)で捕らえられたものを。


「特徴を述べよ」


 ヴラドの要求通り、サフィーロは淡々と明かした。


 体長や鱗の色など、イフェイオンに現れた竜人と差異はない。それがなおのことヴラドを落胆させる。


 イフェイオンに降り立つ竜人を蝙蝠で観測した際には、随分と興奮したものだった。それがニコルの寵愛(ちょうあい)を受けているクロエと、メフィストまで連れているのだから、ヴラドの関心を(あお)るのも無理はない。


「なぜその竜人は人間の味方をしている?」


「知らん。個人的な理由だろう」


 後ろで「無礼な口を――」と言いかけたナーサを手で制する。犬が吠えてきた程度のことで(げき)するのは愚かだ。自らを小物だと示しているようなもの。これがベアトリスの言葉なら貴族としての礼を(しっ)していることになるが、話者は竜人だ。犬と同じ。


「個人的な理由か。ならば、貴殿らとは無関係なのだな」


「ああ、そうだ」


「血族として戦争に参加する以上、貴殿の同族が敵側に利するのは看過(かんか)出来ん。……こうしよう。貴殿の配下の竜人一体を、今すぐ私に捧げろ。それでこの件には目を瞑る」


 ヴラドは好奇の眼差しをサフィーロに送った。竜人の瞳に、口元に、総身に、怒りの情が流れ出るさまを見るのは愉快だ。


「言葉を返すようだが、そちらの同族も人間についている者がいる。メフィストと言ったか」


 この生物は面白い、とヴラドは思わず立ち上がりかけたほどだ。こちらがどれほど残虐かは耳に入っているだろうに、臆せず反論する態度! 仲間を差し出せばそれで済むというのに、この誇りはどうだ! 反論にも一定の()がある。半血であれ、血族と言われれば間違いではない。現にナーサも、半血であれ血族の側で戦争に参加している。


「ナーサ。上等な肉とワインを用意しろ。疑義(ぎぎ)を向けた()びに贈ろう」


()らん。もう用がないなら、陣営に戻る」


 言って、サフィーロは巨象を飛び降りた。ベアトリスは深く礼をしたのち、巨象の鼻を伝って去っていく。


 ナーサは二人が去るや(いな)癇癪(かんしゃく)を起こしたが、ヴラドの耳には入らなかった。たったひとつの欲求が彼のなかで渦を巻いている。


 欲しい。


 あの(・・)竜人が欲しい。


 ほかの奴では駄目だ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ロンテルヌ』→『魔女の湿原』の先に広がる高原地帯に存在する町。『黒の血族』である『マダム』が作り出した、地図にない町。人身売買の温床となっていたが、クロエたちの活躍により『マダム』が討たれ、現在は無人の土地となっている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『縫合(ほうごう)伯爵』→『幕間.「魔王の城~貴人来駕~」』にて名称のみ登場。


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ルーカス』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。銀色の梟面を身に着けた小太りの男。父である『巌窟王』と一緒に暮らしている。同じ血族であるマダムに攫った人間を提供していた。血族のみ参加出来るオークションで司会をしていたが、クビになった過去を持つ。クロエをオークションに出品する優先権を持っている。ハルピュイアを使役する権能を有し、特殊な個体である赤髪のハルピュイアとは独自な契約関係にある。マゾヒスト。詳しくは『472.「ほんの少し先に」』『609.「垂涎の商品」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより、関係が破綻。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』

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