表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
1459/1504

994.「裏庭の不審者」

 王城を去ってすぐに飛び立つ想定でいたのだが、ヨハンは『野暮用があります』などと言って、わたしたち全員を連れて城を出た。


 朝靄(けぶ)るなか、跳ね橋がゆっくりと降りていくのを眺めやる。王城付きの警備兵は眠たげな目でハンドルを回し、ときおり欠伸(あくび)をした。昨晩王城でなにがあったのかまるで知らない様子だ。ここにいるわたしたちのなかに、王城を襲撃した血族がいるなどとは夢にも思わないだろう。


 ユランの肌はすっかり人間のそれに変わっている。やや日焼けした色調なのは、ユランの顔立ちに合わせた細工に違いない。例の赤一色の装いも、今は近衛兵の装備に変わっている。見た目だけだが。


 スピネルはというと、こちらも近衛兵の装いである。筋骨隆々で、要人警護にはうってつけの人材に見えはする。彼の性格からは程遠いが、ケロくんの(ほどこ)した変装魔術(メイクアップ)は適切と言えよう。わたしが戦場で重視されていることはともかく、勇者の告発者という点は王都の多くの人々が知っている。王城に出入りしたところで怪しまれはしない。現に、跳ね橋の番小屋にいた警備兵はなんの疑問も(いだ)かなかったようだ。


「よし、と。さあどうぞ、渡ってください」


「朝早くからごめんなさいね。ありがとう」


 警備兵に笑みを向け、反応を待たずして橋へと踏み出す。途中でヨハンがわたしと並んだ。


「お嬢さん、いい笑顔でしたよ。その調子でお願いします」


 返事はしない。橋を渡るメンバーは全員、わたしの感情喪失を知っている。ユランが極端に覚えの悪い頭でない限り、玉座で明かされた事柄(ことがら)は分かっているはずだ。ナルシスも玉座ではじめて耳にしたことだろうけど、特に気にしている様子はない。もとより他人に愛想を求める人格でないことは、これまでの交流から把握している。内心でどう感じているかは知らないし、興味もない。


 跳ね橋を渡る(あいだ)も、富裕な街区に足を踏み入れたあとも、一般的な庭付きの家屋が立ち並ぶエリアに入ってからも、誰もなにも口にしなかった。黙ってヨハンの歩みに従い、ぞろぞろと進んでいる。スピネルあたりがうっかり失言しそうなものだったが、ぽつぽつと他愛のないことを喋る程度だった。薔薇を通じた盗聴がよほど怖かったのだろう。


 あの薔薇がなにゆえノックスの手にあったのかは知る(よし)もないし、追求する必要性もなかった。オブライエンが誰かを通じて渡したか、秘書のジュリアを使ったかだ。いずれにせよ小細工である。そうした耳目(じもく)の代わりは、城の(いた)るところに張りめぐらされていることだろう。おそらく王都の街なかも例外ではない。


 裏通りを抜けた一角でヨハンは足を止めた。右手は家屋の裏木戸が接しており、左手は低い鉄製の柵越しに民家の裏庭がある。てっきり右の家屋に用があるのかと思ったが、ヨハンは慣れた様子で柵を(また)ぎ越し、日の()さない鬱蒼とした庭の一隅(いちぐう)に視線を這わしていた。まるで泥棒だ。風体(ふうてい)も含めて。


 やがて目的のなにかを見つけたのか、ヨハンはこちらに素早く視線を向けると、口元で指を一本立てた。それから、開いた手のひらを向ける。


 黙ってそこで待っているように。言外(ごんがい)の合図は皆に伝わったらしい。わたしも含めてだ。背後のユランたちは物音ひとつ立てなかった。そうこうしているうちにヨハンは庭を素手で掘り返しはじめる。不審者極まりない。背後を振り(あお)ぐと、ユランが呆れた顔をしていた。きっと彼の目にもヨハンは奇怪な人物に映っていることだろう。他人の庭を遠慮なく掘り返す骸骨じみた男。もしこの場を市民に目撃されたなら、即刻警備兵を呼ばれるに違いない。


 ものの一分もかからずヨハンは土中からなにかを回収すると、掘り返した土を素早く元通りにし、こちらへと戻ってきた。


「さて、すぐに飛び立ちましょう。飛ぶ姿を見られるわけにはいきませんので、私の魔術で煙幕を張ります」


 戻ってきたヨハンの手には懐かしい品が握られていた。禍々(まがまが)しい漆黒に塗り固められた、手のひらサイズの小箱。ロジェールとの交信に使用していた魔道具である。




 雲の絨毯が眼下に広がるなか、わたしはまたしても空の上にいた。変装魔術(メイクアップ)を解除したスピネルの腕に(かか)えられて。ヨハンは王都に来るまでと同様、わたしのなかに潜んでいる。スピネルは目一杯の速度で飛行しているだろうに、ユランは悠々と彼の周囲を旋回したり、並び飛んだり、先行したりと好き放題していた。これから夜まで休憩なしの飛行が確定しているというのに、呑気(のんき)なものだ。


 王都を飛び立って早々、ヨハンは小箱について説明した。特に聞いてもいないし、関心もなかったけど。


 彼(いわ)く、小箱での交信はロジェールが王都に到着するまで維持していたらしい。無事に『岩蜘蛛の巣』を抜けて目的地にたどり着けるか、安全確認の意味合いで。それ以降は一切交信せず、最後に交信したのはヨハンが穴掘りをする三十分ほど前のことらしい。直接ロジェールと会って小箱を回収すればいいものを、そうしなかったのはオブライエンを警戒したからという言い分だった。まず間違いなく、王都にいる(あいだ)の自分たちの行動はオブライエンの監視下にあると言っていい。下手に接触したならロジェールが(さら)われかねないとの危惧(きぐ)である。ただでさえ怪しげな魔道具を渡したとあれば、拷問まがいの尋問(じんもん)もありうるとの(げん)だ。さらに、早朝の交信では、小箱を埋めたあとにロジェールは以前の潜伏先とは別の場所に潜伏するように指示したとの念の()れようである。本心かはさておき、親切な協力者を不幸な目に()わせたくない、とヨハンは締めくくった。


「ドラゴンを使役(しえき)しているというのは事実だったんですねえ」と、ヨハンがわたしの頭上あたりから声を発する。ちょうどユランが並んだタイミングで。


「おう。俺は嘘はつかねえ。どうだ、この翼! かっけえだろ! しかも翼だけじゃねえぞ。全身ドラゴンになれる。疲れるからやらねえけどな」


 それからユランは自分の貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』が肉体の状態を反映して変化する装衣(そうい)であることやら、全身が『竜の護鱗(ドラゴン・スケイル)』なる堅固な鱗で防御されていることなどを語った。ドラゴンを使役しているというより一体化しているようだが、特にわたしが口を挟むことではないし、敵でなくなった以上、関心もない。ナルシスとスピネルは興奮してアレコレ喋っていたし、ヨハンも合いの手を入れていたけれど。


「そういえば、なぜ王城に制圧旗(せいあつき)を立てなかったんです?」


「お前、制圧旗のこと知ってんのか。まあ、いいけどよ。……確かに、制圧旗を立てりゃグレキランスは俺が制圧したってことで、ほかの貴族は手出し出来なくなる。王を説得したあとに旗を立てるつもりだったんだが……そうもいかなくなった。なにせ、話がまとまる前にお前らが現れたからな」


 それはそうだ。でも、ヨハンとの交渉が成功した以上、仮初(かりそめ)でも制圧旗を立てておけばグレキランスの安全は買える。


 こちらの疑問を(さと)ったのか、ユランは続けた。


「旗だけ立てて制圧もせずに別の土地に行くとなりゃ、厄介なことになる。特にヴラドはグレキランスを標的にしてるからな。制圧旗が立っただけで諦めるとは思えねえ。少なくとも、本当に制圧されたかどうかは確認するはずだ。で、実際は誰も俺の支配下にねえと気付きゃ、裏切り者に仕立てられる」


 まあ、(すじ)は通っている。単純な性格にみえて、案外物事を俯瞰(ふかん)出来るのかもしれない。


「なるほど。こちらとしても、制圧旗が王都に立つのは望ましくありません」


 ヨハンが事も無げに言うと、ユランはあからさまに首を傾げた。


「なんでだ? お前らとしちゃ、グレキランスは狙われたくねえだろ」


「いえ、そうでもないですね。むしろ逆です。王都以外の地域が狙われるほうが最終的な損害が大きい。なにより、あまり時間を与えたくないんですよ、我々の敵(・・・・)には」


 ヨハンが頭に(えが)いている作戦は、相変わらずわたしにも不明だ。それで困るというわけでもない。ユランも分からないなりに()み込んだ様子だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ケロくん』→ハルキゲニアで魔術の講師をしているカエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『変装魔術(メイクアップ)』→姿かたちを一時的に変える魔術。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『漆黒の小箱』→ヨハンの所有物。交信用の魔道具。箱同士がペアになっており、握ることで交信が可能。初出『69.「漆黒の小箱と手紙」』


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民で、『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。実は最果てと王都近辺を繋いでいる。中には小人の住処も存在する。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『ドラゴン』→巨大な有鱗の魔物。滅多に出現しない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ