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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Demian.「常識の代わりに残った何か」

※デミアン視点の三人称です。

 王都の大臣は多岐に渡る。貨幣の流通を担う者。騎士団や近衛兵に関する人事といった防衛面を担う者。地方の自治等を担当する者。内地の請願(せいがん)を担当する者。交易関連の許諾(きょだく)や流通を担う者。法務を担う者。などなど。その多くは書類に目を通して内容を吟味(ぎんみ)し、状況に応じて直接足を運ぶという名目になっていたものの、かたちだけだ。大抵の書類はろくに読まれもせずに玉座付きの最高大臣の最終チェックに回される。それを通過したものが、王の印を()されて正式に認められるわけだが、先に述べたように、最高大臣の下部に位置する諸大臣の仕事振りは適切とは言えない面があった。


 出版物の検閲担当大臣。それが以前のデミアンの正式な役職だった。そもそも王都では昔から多くの書物の出版が自由に許されている。不埒(ふらち)なものも大抵は承認されていた。例外は魔術関連――それも禁止魔術について踏み込んだ内容だが、魔術や魔具、あるいは魔道具については魔具制御局の管轄(かんかつ)であり、検閲大臣の手のおよぶものではない。したがって、大臣のなかでは閑職(かんしょく)とされていた。どれほど真面目に取り組もうと評価されることはない。


 大臣の地位を得た当初こそデミアンは張り切っていたものだが、次第にやる気が()がれていったのも無理はない。提出された出版予定の書物にいちいち目を通そうとしていた彼に対し、役人から『サインだけいただければ結構ですので。それが検閲大臣の慣例です。実際に読んで内容を判断していたら時間が足りません。それに、大臣殿のもとに届くまでに多くのチェックが入っておりますので、なんの問題もございませんから』と言われた瞬間の落胆といったらない。ただの飾りではないか。問題が起きたときに真っ先に矢面(やおもて)に立たされ、失墜(しっつい)するためだけに用意されたポジションではないか、と。


 (いきどお)りは長続きしなかった。デミアンは与えられた通りの役目をこなし、対外的には大臣様などと呼ばれ、しかし城内では軽んじられる日々を送った。あまりに単純な仕事であり、なおかつ多少滞留(たいりゅう)させても問題ないことに気が付き、王城でほかの大臣や役人連中と顔を合わせたくなくて夜遊びが増えたのも自然な成り行きだったかもしれない。歓楽街に出入りして遊女と(たわむ)れてもお(とが)めひとつなかったのは、ひとえに役職の低さのせいであろう。


 それが、王都襲撃の日に一挙に変わってしまった。王城の大臣の多くは殺され、歓楽街で遊び(ほう)けていた自分が生き残り、王が変わり、デミアンはいつの()にやら最高大臣の席に座っていたのだ。


 戸惑いはあった。


 それと同じくらい責任感もあった。


 周囲の者には権威主義的で傲慢(ごうまん)な男であり融通(ゆうずう)()かないと見られがちだが、それは彼の表面的な要素に過ぎない。実のところは真面目である。真面目すぎる、と言ってもいいかもしれない。現王――ノックスに(はべ)るようになってからというもの、それは顕著(けんちょ)に表れた。


 現王の教育を担い、同時に自分も、王とはなんたるかを学ぶ。諸大臣が通過させた濁流のごとき書類群を厳密にチェックし、細々とした指示を方々へ送る。寝る暇なんてなかった。閑職で鈍った身体に鞭を打ち、『死ぬか、それとも働くかだ』と何度自分を激励したか分からない。


 王家の血を引かない者が王位を()ぐのも、閑職が最高大臣になるのも、異例である。襲撃の日を生き延びた役人たちは王城の内部崩壊を危惧(きぐ)したことだろう。住民も同じはずだ。そのような懸念を消し炭にするには、身を()にしてでも働かねばならない。現王の教育に熱が入りすぎてしまい、まだ少年と言っていい彼に負担を()いてしまっている自覚はあった。


 いつだったか、デミアンとノックスが同時に倒れたことがある。王位を継いで数週間後のことだった。大量の書物を机に山積みにし、それらの内容を懇切(こんせつ)丁寧に教え込み、小休止を取ろうとした際のことである。ノックスは椅子から立ち上がった瞬間に倒れ、デミアンは慌てて助け出そうとしたのだが、しかし身体が満足に動いてくれず、意識も朦朧(もうろう)としてしまって、少年王の隣にばったりと倒れてしまったのである。


 二人とも意識はあった。顔を合わせると、現王はなんの(うれ)いもなさそうな笑みを浮かべてみせて、デミアンは自分が情けなく、しかしながらどこかこの状況に愉快さを覚えたものだった。


『陛下。もし嫌になったら、おっしゃってください。不肖(ふしょう)デミアンは(いさぎよ)く王城を去ります』


『デミアンこそ、疲れたら休んで。倒れる前に』


『倒れるくらいの無茶はいくらだっていたします。それで王都の人々が安穏(あんのん)と過ごせるなら安いものです』


『デミアンだって王都の人だよ』


『ええ。しかし、陛下は王都の頂点に座しております。お分かりのことと存じますが、あまりに大きく、重いお立場です。僭越(せんえつ)ながら、このデミアンも陛下に随伴(ずいはん)いたします』


『今みたいに?』


 倒れたノックスの目尻に優しいカーブが生まれる。デミアンは自然と口角を持ち上げていた。


『倒れそうになったら全力で支えるつもりですが……このデミアンはまだ未熟者のようです』


『でも、一緒に倒れるのも面白いかも』


『ふふ……失礼。そうかもしれませんが、陛下の重荷に耐えきれないようでは、このデミアンも努力不足です』


『僕はちゃんと王様になる。だからデミアン。一緒に頑張ろう』


『もちろんでございます。ともかくも、起き上がりましょうか。それとも、もうしばらく……このままでいますか?』


『あと一分だけ』


 そして一時間も眠ってしまったのだ。お互い。使用人に見られたら大事(おおごと)だったが、幸い、誰にも見られることはなかった。




 血族が攻め()ってくると知ってから、日々はより過酷になった。戦争準備など異例である。過去の書物を紐解(ひもと)いても、このような非常事態に対処出来る学びは得られなかった。グレキランス一帯の村や町に動員をかけ、各地の防衛を強化し、壁内の警備も手厚くする。それらの多くは騎士団長や近衛兵隊長に委任したのだが、市井(しせい)の人々の心を安定させる言葉は現王の口から発せられねばならない。そのための原稿を何度書いたか、デミアンは覚えていなかった。ただ、手にマメが出来ては潰れ、また出来ては潰れを繰り返し、癒えることはなかった。


 戦時下に移行したこともそうだが、デミアンの精神を激しく揺さぶった事態はほかにもある。現王の友人――クロエから聞いたラガニア国の顛末(てんまつ)は、身体の全神経が理解を拒否するような代物だった。魔具制御局長を任じており、王都襲撃の日以降の政治面を含めた王都の立て直しを(はか)ったその人物が、初代グレキランス国王の双子の弟であり、ラガニアを壊滅させ、血族と他種族と魔物を世に生み出した張本人だなどと、誰が信じられるだろうか。


 そもそも魔物も含めた存在がかつては人間だったなど、常識外れもいいところである。そして他種族に自治権を与えるというクロエの宣言も、悪い冗談にしか聞こえなかった。


 それでも、すべて()み込んだのだ。現王がラガニアの歴史を信じ、他種族の権利を認めると決めた以上、デミアンも腹をくくった。


 クロエとの会合が終わり、王城に帰り着いたときだ。おや、と気付いたのは。


 もとより自分も現王も異例の存在ではないか。


 常識なんて、そんなものなのかもしれない。(しか)るべきときに真実が姿を(あら)わにし、地盤を丸ごと破壊してしまう。


 それでも人間は生き続ける。常識の代わりに残ったなにかを頼りにして。


 デミアンが処刑人――セロの存在を現王の口から聞かされたときも、現王の住まいとも言える中央塔で同居することを告げられたときも、表向き動揺はしても内面にそれほど(さざなみ)は立たなかった。いみじくも常識の(もろ)さを思い知ったからだろう。唐突な王城襲撃の(しら)せには、さすがに神経が逆立ち、不安が破裂しかけたものだが、踏みとどまれた。それはひとえに、現王を守らねばならぬという意志ゆえである。現王を玉座へと導くデミアンの足取りが確かだったのも、それゆえだ。


 玉座に続く廊下へと(おもむ)いたセロの背中を祈るように見つめ、デミアンは自分になにが出来るのかを、ただひたすら考え続けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『デミアン』→王都襲撃の日を生き残った小太りな大臣。偏狭な性格だが、献身的な面もある。現在はノックスの側近として働いている。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『禁止魔術』→使用の禁止された魔術。王都で定められている。


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具制御局』→魔具や魔道具、魔術を統括する機関。拠点は不明。オブライエンが局長を務めている。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『処刑人』→王都の監獄の地下深くに存在する『不帰(かえらず)の穴』の底に住まう人間。獄吏の手に負えないような存在の始末や拷問を担っている。言葉はほとんど喋れない。王の持つ『鈍色(にびいろ)水晶』の命令によって行動する。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」のSide Nox.「死の神様」』にて

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