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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Jaine.「卑劣に、弱さに、祝福を」

※ジェイン視点の三人称です。

 自分は簡単には変えられない。たとえきっかけがあったとしても、心に根を張った生き方を一挙に取り去ることなど出来ないのだ。逃避願望、ひいては生存意欲。それはジェインの場合、傲慢(ごうまん)さに依拠(いきょ)していると言えよう。優秀さへの自信と、それゆえに得た王城付きの近衛兵という立場が、その精神を育み、ついぞ滅することの出来ないアイデンティティとなっていたのだ。そんな自分を内心で否定し続ける日々は、ある(しゅ)の卑怯さを彼のなかで膨張させていく営為(えいい)でもあったのだろう。


 ユランはセロの攻撃を()らしつつ、ジェインを見つめていた。


 まっすぐだ。濁りがない、とも思う。本心から、こちらの不意打ちに(いきどお)っている。


「ジェインと言ったな!」ユランの堂々たる声が空気を震わした。「一対一の戦いに割って入るな、とは言わねえ。ただし、(いさぎよ)く戦え! 近衛兵だっけか。ここにいる奴らのトップなんだろ? なら、それに相応(ふさわ)しいやり方ってもんがあるんじゃねえのか?」


 セロが斧を引く。それがユランの傷口目がけた横薙ぎだということはすぐに分かった。ユランならば、腕で刃を受け止めるだろう。これまでの動きから察するに。


 馬鹿正直者め。ジェインは内心で罵倒し、風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)を振り上げた。


「ぐっ……!」


 黒い血が舞い、ユランが大きく身体をよろめかせた。さぞ痛いだろう。セロの重い一撃が傷口を(えぐ)ったのだから。しかも、自分が防御のために折りたたんだ腕は、卑怯者の近衛兵隊長の鞭めいた見えざる武器によって引っ張られ、否応(いやおう)なく急所をがら空きにしてしまった事実も精神を揺さぶっていることだろう。


 愉快だった。そして、こうも思う。相手がユランで良かったと。もっと(ひね)くれた血族だったなら、こうも上手くはいかなかったろう。


「ユラン!」と、まだ痛みに顔を歪めた状態の血族に呼びかける。「テメェは誰も殺さないんだよな!? なら、俺が自害しようとしたらどうすんだァ?」


「覚悟ゆえの自刃(じじん)なら止めねえよ」


「敵が怖くて怖くて自殺しちまうんだとしたら?」


 ジェインの表情には本物の恐怖があったことだろう。実際、血族は恐ろしい。逃げ出したい。だからこそ彼は腰のケースからナイフを取り出し、心臓に突き立てる素振(そぶ)りをして見せた。


「やめろ!」と叫んだユランの後頭部をセロの斧が直撃した。


 大きくたたらを踏んだユランを眺めて、ジェインは悠々とナイフをしまう。この男は、自分に由来(ゆらい)する死を受け入れることが出来ないんだ。誰ひとり殺さないと宣言した以上、その信念を守り抜く腹づもりなのだろう。多少こちらの演技が稚拙(ちせつ)でも、セロの不意打ちを食らってしまう程度には目が曇ってしまう。


 ゆっくりと顔を上げたユランは、セロの追撃を裏拳で(はじ)いた。彼の表情には憮然(ぶぜん)としたものがありながらも、正義感らしき一本気はいささかも揺らいでいない。


「演技か」


「ああ、もちろん。自害なんてしねえよ」


「そうか。それなら良かった」


 多少の不快感を(にじ)ませつつも、ユランの声には確かに安堵が籠もっていた。


 この血族は、とジェインは思う。俺たちよりもずっと強い。セロの攻撃がまるで効いていない様子からも簡単に導き出せる。傷口だけが唯一のダメージ源だが、それも痛みを与えるだけで、致命的なものにはなってくれないはず。実際、セロの放った一撃は一時的な出血をさせたものの、傷が広がってはいない。この異常な頑丈さをどうにかしないと突破口が開けないのは明白だ。


 だから、もっと卑怯にならなければ。


 もっと卑劣に。


 手段を選ばない狡猾(こうかつ)さで。


 ジェインは自分の胸元に意識を向けた。そこには弱さの結晶がある。捨てるに捨てられず、自意識を(さいな)み続けた代物。


「……なにを笑ってんだ」


 ユランは眉根を寄せた。相変わらずセロの攻撃を()けたり、受け流したりしながら。


「そりゃ、笑うさ。テメェみたいな男が敵としてここに来るなんて思わなかったからな。兵士も全員、死んじゃいないだろ? 大した奴だよ。最後まで有言実行出来るといいなァ、ユラン」


 言って、ジェインは駆けた。これまで遠距離攻撃でセロのサポートに回っていたのだから、ユランとしては多少の戸惑いがあったろう。それでも彼の口角が持ち上がったのは、例の『正々堂々』とやらをジェインの姿に期待したのかもしれない。


 だとしたら、とんだ甘ったれだ。強さにかまけて自信過剰になり、足元がお留守になってる大甘野郎。


「いいぞ! 二人がかりで堂々と――」


 ユランの言葉が絶えたのは、全身が見えざる刃で拘束されたからだろう。なんとか(のが)れようともがいているようだが、破壊には至らない。二度顕現(けんげん)させたノコギリは簡単に破壊されたのに、卑怯の結晶である透明な武器が壊れないことにジェインは安堵した。


 良かった。お前の強さより、俺の卑劣さが(まさ)っていて。


 拘束されたユランをセロの大斧が吹き飛ばす。お(あつら)え向きに、ユランが侵入した割れた窓のほうへと。ただ、窓外へ落下するような放物線ではなかった。そこまでの仕事はセロに期待していない。ここからは卑怯者の領分(りょうぶん)だ。


 ジェインは窓外へ飛び出すと、廊下の外壁に足裏を触れさせ、刃に渡したワイヤーを収縮させる。それと同時に風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)を両手で持ち、一気に引いた。()もなくジェインの視界に()えたのは、見えざるものに拘束されたユランの姿である。夜の(とばり)、月の下、上から下まで真っ赤に仕立て上げられた血族の姿が弧を(えが)く。


 このまま地面に叩きつけられる――とユランは読んだのだろう。実際ジェインとしてはそれでも良かったが、その程度で致命傷を()うわけがないことも自明だった。


 ふわり、とジェインの身体が浮かぶ。柄を手にしていなければ真っ逆さまの状況である。頭上を(あお)ぐと、ユランは拘束された姿勢のままだったが、その背には翼が出現していた。


 当然だ。ユランがここまでどうやって来たと思ってる。奴に飛行能力があることは交信魔術でも周知されていたし、窓を突き破って侵入した事実からも明らかだ。ゆえに、ユランが落下し得ないのは容易に推測出来る。


 そして――。


「あっ」と声を漏らす。


 柄から手が離れる。みるみるユランの姿が遠ざかる。ジェインは背中に風の抵抗を受けながら、落下の一途をたどっていた。この高さから落ちて無事な人間はいない。絶命必至だ。そしてこれは覚悟ゆえの自殺でもない。


 言うなれば――。


「ジェイン!!」


 ユランの姿が接近する。その顔には焦りがあった。柄から手を離した瞬間に風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)は解除されたのだろう、今ではユランを拘束するものはなにもない。ジェインを助けようと手を伸ばす。(いな)、落下しつつある身体を抱きかかえようとしていた。


 現に、それは果たされた。ユランとしては安堵したことだろう。口を開き、目を閉じてホッと息をつく程度には。


 ジェインの行動は、言うなれば覚悟ゆえの自殺未遂(・・)だ。この男は落下する自分を必ず助ける。そして一瞬、気を緩ませる。


 ジェインは胸元の小瓶を取り出し、ユランの口に突っ込んだ。そして下顎を突き上げるように殴打する。骨が折れるような痛みを感じたが、それ以上の報酬をジェインは受け取っていた。ユランの口内で瓶が割れる衝撃が、確かに伝播(でんぱ)したのである。


 口を開こうとするユランの顔を必死で押さえつける。


 自分の臆病さを、そして卑怯さを、このときほど感謝した瞬間はない。血族に囲まれていよいよとなったら、小瓶の猛毒で自殺する。潔くない死に(ざま)だ。でも今日まで自分は、その逃げ道を捨てることが出来なかった。


 自分の逃避が敵を討つなら。それはこれまでの生き方への最大限の慰謝(いしゃ)となるだろう。


 やがてユランの身体が弛緩(しかん)し、二人は落下の一途をたどった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェイン』→近衛兵副隊長だったが、スヴェルの死により隊長に昇格。尊大な性格。王都が魔物に襲撃された日、前線から逃亡しようとしたところをクロエに叱咤され、グレキランスの守護者として再起した。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~曇天の霹靂~」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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