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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~①二兎と時計塔~」
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130.「反撃の口火」

 雨は随分と小降りになっていた。雨雲が去れば夕陽が差し込むだろうか。


 床に散らばったナイフを(つま)みあげて検分する。なんの変哲もない、ただのナイフだ。魔力を感じることもなければ、特殊な細工も(ほどこ)されていない。


 もしかすると魔力写刀(スプリッター)に本体はないのかもしれない、とふと思う。定量的な魔力を帯びていたナイフはひとつとしてなかった。一度、奴の手にした魔力写刀(スプリッター)から魔力が消えたことを思い出す。擾乱飛翔関係(クラッター・リレーション)と叫んでいたっけ。あの瞬間、床に散ったナイフそれぞれに魔力が宿ったのが確認出来た。そして滅茶苦茶な方向に推進力を得たのだ。本体があるのなら、それは常に魔力を帯びていなければならない。魔具が使用者に依存する物である原則から、別の場所に本体を安置しているとも考えられなかった。とすると、これらは全て魔力写刀(スプリッター)なのかもしれない。信じがたいことではあるが。


 手に持ったナイフが、不意に蒸発した。辺りを見渡すと、少しずつその数が減っていることに気が付いた。


黒兎(くろうさぎ)』から離れると時間経過で消滅するのだろうか。なら、奴の手から全ての魔力写刀(スプリッター)をもぎ取ってしまえば無力化出来ただろうか。いや、そんな構造なら『黒兎』の手に渡る前に魔力写刀(スプリッター)は消滅していたはず。なら、最後の一本は残るのか? いや、分からない。


 考えたって仕方がなかった。魔具の扱いに精通しているとはいえ、その構造や仕組みについて網羅しているわけではない。それは魔具職人の領分だ。


 隣で倒れ、荒い呼吸をするアリスを見つめた。傷だらけの血塗(ちまみ)れだ。手当てが必要だろうが、なにひとつ道具がない。


「お嬢ちゃん……もしかしてあたしの傷を気にしてやしないかい? そんな馬鹿な心配してると怒るよ」


 この調子だから余計に困る。


 情けは借りない。心配されると苛立つ。……全く、厄介な性格だ。


 それにしても、と思う。


「ねえ、アリス」


「なにさ」


「なんで最後の瞬間まで魔銃を使わなかったの? もっと効果的に撃ち込めばそれほど傷つくことはなかったんじゃない?」


「ハッ」とアリスは短く嘲笑した。「あのガキにはあたしの手の内がバレてたのさ。本当は接近したときに撃つはずだったんだけどね、あの野郎、あたしが魔銃を構えた瞬間から銃口を凝視していやがった。あのまま撃てば弾かれて終わりさ。だから肉弾戦に切り替えたのよ」


 そしてこの有様である。無謀もいいところだ。


「それに」と彼女は付け加えて、粉々に砕けたステンドグラスを(あお)いだ。「残弾全部、あいつの身体にぶち込んでやったほうがスカッとするだろう?」


 雨は徐々にペースを落として、やがてやんだ。


「あなたって、随分無謀なのね」


「お嬢ちゃんと遊ぶときはもっと慎重にやるわ。そうしなきゃ楽しめないからねぇ」


 戦闘は娯楽なのだろう、アリスにとっては。狂ってる。けれど、そんな彼女がいなければ最後の最後で出し抜かれていた。わたしだって彼女のやりかたをどうこう言える立場ではないのだ。


 甘さ。それを徹底的に排除しなければいけない。特に、狡猾な敵と相対(あいたい)するときは。


「そういえば、あのナイフは防御魔術でなんとかすれば良かったんじゃない?」


「……そうだねえ。けど、手の内を全部さらしたくはないのさ。お嬢ちゃんが隣にいたからね」


「あなたの防御魔術は『関所』で見ているわよ。気遣いの必要なんてないじゃない」


 わたしの言葉に、アリスはニヤリと笑って見せた。


「『関所』で見せたのは魔物用の防御魔術よ。ナイフ相手に効果のあるものじゃない」


 その不敵な笑みの奥には、切れるカードがまだまだあることを思わせた。はったりではないだろう。出まかせを言って(けむ)に巻くようなタイプではないはずだ。


「そう……けれど、蹴り落とす必要が本当にあったのかしら」


 アリスは厳しい目付きでこちらを睨んだ。「あったさ。殺すまでやらなきゃ、こっちが死んでたかもしれない。それに、あたしの魔弾は一発たりとも奴の身体を貫通しなかった(・・・・・・・)


 確かに。


『黒兎』を蹴ったときの硬い手応えを思い出す。「なにか仕込んでいたんでしょうね。たとえば……魔力写刀(スプリッター)の複製を重ねた防具とか」


 いかにもありそうだった。全てのナイフを手元から失っても、防具として身に着けている分を使用すればいい。


「そんなところだろうねえ。だから、全弾撃ち込んだからって奴が大人しくなってくれるとは限らなかった、ってことさ。――だから叩き落した。確実に殺すために」


 アリスにとって戦闘とは、そこまでやってはじめて終了するものなのだろう。おぞましくもあり、また、(しか)るべきとも思う。情け容赦は自分の首を絞める結果に繋がるからだ。


 不意にアリスが「お」と感嘆の声を上げた。


 見ると、分厚い雲の切れ間から夕陽が射している。その光芒(こうぼう)は鮮やかで、美しかった。


 ナイフは急激に蒸発を早め、やがて広間には不穏な血痕とわたしたち二人だけが残った。片や倒れ、片や座り込んでいる。そして両者共に多くの切り傷を負った。


『黒兎』の最後の一撃は、幸いなことに心臓からは外れていた。致命的ではなかったが重症であることに違いはない。


 とりあえずは、ヨハンとケロくんの帰還を待つほかなかった。


 雲は不思議なほど速度を上げて散っていき、やがて夕陽が街を染め上げる見事な景色が広がった。


 わたしもアリスも、決闘(・・)についてはひと言も口に出さなかった。




 それから暫く経過して、階上から靴音が聴こえてきた。二人分。


「これはどうも、随分と……」


 ヨハンの声がして振り向くと、ケロくんがぱたぱたと駆け寄ってくるのが見えた。彼の目には大粒の涙がほろほろと(こぼ)れていた。


「アリスぅ……」


 ケロくんはアリスのところまで行くと、膝立ちになってあたふたと手を動かしていた。


「なんだい。無様な顔だね、ケイン」


 その傷でも強がってみせるアリスはなんだか健気(けなげ)だった。決して弱味を見せない。それが彼女の信条なのだろう。


「アリス、傷が、血が、大変ケロ……」


「そりゃあ、あたしが一番良く分かってるよ。けど、かすり傷さ、こんなもの。小生意気な犬に引っかかれただけ」


「早く手当て出来るところに連れて行くケロ! アリス、手を貸すケロ」


 差し伸べられた手を無視して、アリスは自力で立ち上がった。そのままよろめいたが、自力で踏みとどまる。


 そして何歩か歩いてはよろめき、立ち止まった。見ていられない。


「あ、ちょ、なにしてるんだい! 首を絞めるよ!!」


「うるさい。あなたを見ているとわたしの良心が痛むだけよ。ただの自己満足」


 ふらつく彼女に肩を無理やり貸し、歩き出す。こちらのほうがダメージが少ないのだから、問題はない。


「二人とも怪我人なんだから僕らに甘えるケロ!」とケロくんはなぜか抗議の声を上げる。


「そうそう、カエルくんの言う通りです」とヨハンは静かに言ってわたしの身体を無理にアリスから引き剥がした。その勢いでよろめいたところをヨハンは器用に支え、肩を貸す。


「わ、わたしは大丈夫だから! 歩けるし……」


「お嬢さんの言い分をそっくりそのままお返しします。あなたを見ていると平穏無事な我々の良心が痛むんですよ。だからこれは貸しでもなんでもない。ただの自己満足です」


 う。そう返されると反論出来ない。


「肩を借りたくないわたしの気持ちはどうなるの?」


「まあ、頑張って(おさ)え込むんですな」と言ってヨハンは軽やかに笑った。


 アリスはケロくんとひと悶着あったようだが、最終的には大人しく彼の力を借りることになったようだ。


 広間を抜け、階段を慎重に降りる。この分では塔を出る頃には陽が落ちているだろう。


「上手くいったの?」


「ええ。完遂しました。それもこれも、お嬢さんたちが『黒兎』を引き受けてくれたお陰です」


 等質転送器(トランスピーカー)は無事破壊することが出来た、ということだろう。『黒兎』の存在は予想外だったが。


「それにしても、なんで『黒兎』は塔にいたのかしら。まるで待ち構えるみたいに」


 ヨハンは足元に目をやりながら、呆気(あっけ)ない口調で答えた。「爆破音を聴いたからでしょうね」


「爆破音は時計塔とは真逆の方角よ? 塔に登る理由にはならないわ」


 彼は小さく首を振って否定した。「あたり(・・・)をつけたんでしょう。本来なにもない場所で爆発があったことから逆算して、ね。街に反抗勢力があるとして、それが盗賊たちと組んだなら狙われる施設は限られています。『アカデミー』、『女王の城』、そして『時計塔』。市民街区にあるのは時計塔のみですし、そこの警護はお世辞にも手厚いとはいえない。それを相手が知っているとするならば、狙われるのは時計塔に違いない、といった思考のフローでしょうよ。小賢(こざか)しいですね」


 後付けの想像に過ぎないものであったが、納得は出来た。ヨハンはそれを事前に予測して、アリスとわたしをメンバーに加えたのだろう。本当に油断ならない男だ。


「だとすると、他の警備を時計塔に集中させなかったのはどうしてかしら?」


「さあ」と返して彼は口元に不穏な笑みを浮かべた。「戦いたかったんでしょうよ、お嬢さんと。そういう性格の人間はいますからね。獲物を横取りされたくない、自分ひとりで味わいたい、というわけです」


 なるほど。確かに『黒兎』にはその種の性向が見られた。アリスと同じだ。


「それにしても、厄介なことをしちゃったわ。ステンドグラスが割れたことくらい、皆気付くでしょうね。……今頃時計塔は囲まれてるかも」


 割と真剣な意味で言ったつもりだったのだが、ヨハンはケラケラと笑った。「到着してのお楽しみですね。断言しますが、我々は安全に潜伏先へ辿り着くことが出来ますよ」




 塔の扉を開け放ったとき、ヨハンの言葉が真実であったことを知った。常駐の警備兵すら、そこにはいなかった。住民が何人か通りを歩いていたが、こちらを見てもなにひとつ不審な目線は投げかけない。


「さて、新しいアジトへ向かいましょうか」


「なにか妙なことをしたわね?」


 (いぶか)るわたしに、彼は飄々(ひょうひょう)とおどけて見せた。「さあ、なんのことやら? 皆さん、それどころではないのでしょうねえ」そしてケロくんを一瞥する。


 おそらく、ケロくんの反響する小部屋(エコーチェンバー)でなにかしたのだろう。彼の力を借りたとすればそれしか思いつかない。


 ともあれ、無事時計塔は攻略した。


 彼らレジスタンスの反撃の口火(くちび)は切られたのである。ここから先、どういった戦略で彼らが動いていくのかは知らなかったが、全力で助力するつもりだ。


 ノックス。シェリー。


 二人の幼い寝姿を思い出す。彼らが不幸になる運命を背負っているのだとしたら、わたしがそれを粉々に打ち壊してやる。


 まだ浅い夜の街路を、わたしたちは進んだ。雨の匂いが鼻に(まと)わりつき、道は永久魔力灯のささやかな光を反射していた。雲はまばらで、ときおり吹く風は湿っている。


 雨上がりの穏やかな夜。わたしたち以外の人にとっては、そんな時間帯だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』参照


・『反響する小部屋(エコーチェンバー)』→ケロくんの使う洗脳魔術。詳しくは『65.「反響する小部屋」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『アリスの防御魔術』→アリスが『関所』で使用した防御魔術。詳しくは『36.「暗がりに夜の群」』にて


・『等質転送器(トランスピーカー)』→拡声器型の魔道具。声を均等に届ける道具。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『シェリー』→ハイペリカムで保護された少女。クロエによって『アカデミー』に引き渡された。詳しくは『94.「灰色の片翼」』、『98.「グッド・バイ」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をした少年。『アカデミー』に引き取られた。

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