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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Jaine.「最低の卑怯者として」

※ジェイン視点の三人称です。

『玉座前の廊下で血族と交戦中ケロ! 全員援護に回るケロ!』


 カエル男の交信が届く。玉座付きの近衛兵以外、王城の勢力はこの場に結集することだろう。それでも勝ち目のない戦いであるのは明白だった。


『急報ケロ! 現在壁外から援護部隊が向かっている模様ケロ! 援護部隊は竜人を含む少数精鋭ケロ! 王城の兵士は全員、命懸けで敵を攻撃(・・)するケロ!』


 交信を耳にして、ありがたいと思うと同時に、カエル男はいったいどこで戦況を把握しているのだろうとも思う。そして援護を要請(ようせい)するならば壁外の騎士団長か、あるいは内地の警備兵あたりが最適だと思うが。


 ジェインの疑問はそれ以上進展しなかった。特定の人物を対象にした交信がカエル男に可能ならば、とうに援護要請は行われているはずだ。ジェインの耳には入らないだけで。窓からちらと外の様子を見たが、援軍の姿はない。静かなものだ。ここで血族と近衛兵とが戦っていることなど、王城の外の者は誰ひとり知らないかのように。


 ジェインが(わず)かに目を離した隙に、すでにセロは敵――ユランへと疾駆していた。青白い長髪が一瞬のうちに通り過ぎていく。


 獰猛な風切り音とともに大斧が振るわれ、濁った金属音がジェインの鼓膜を揺さぶった。華奢(きゃしゃ)な細腕からは考えられないほど重い一撃なのは傍目(はため)からも分かる。それが片手で繰り出されたのだから、もはや異常だ。しかも、これまで微動だにしなかったユランが、右の上腕に振り下ろされたセロの一撃によって少しばかりよろめいた。


 セロは次々と、踊るように斧を振るう。そこに戦術など見出(みいだ)せない。目の前の敵を蹂躙(じゅうりん)することだけを目的とした、ある(しゅ)滅茶苦茶な動きだった。それでも充分に攻撃として成立しているのは、速度と重さの二点がずば抜けているためだろう。


 ユランは両腕を折りたたみ、斧の軌道を受け流すように()らしていた。


「敵の脇腹を狙え!」


 ジェインの叫びが届いたのか、セロは敵の横腹――砲台の狙撃により負傷した箇所へと斧を振るった。が、破壊的な一撃は敵の肌に触れることなく、(くう)()ぐ。ユランが即座に後退して()けたのだ。さすがにセロの攻撃を傷口に受けるわけにはいかないと言わんばかりに。


「やるじゃないか、お前。名前を教えてくれ」


「セロ」


「そうか。セロ! 全力で来い! 相手になってやる!」


 セロの大斧による横薙ぎを、ユランが膝を折って回避する。直後、(ふところ)に入った敵の拳がセロの腹部に打ち込まれ、長身が()の字に折れた。


 普通の人間なら、この一撃で気を失ったことだろう。現に、ジェインを除くこの場の近衛兵はユランの打撃ひとつで気絶してしまった。


 しかし、セロは普通ではない。数メートル吹き飛んだが空中で体勢を立て直し、着地と同時にユランへと斬り込んでいく。顔色ひとつ変えずに。


 処刑人。その単語がジェインの脳裏(のうり)に回帰する。王都の地下深くで罪人を(ほふ)り続けた年月が、セロの異常性を育てたのだろう。痛みなど意に(かい)さず敵に食らいつくその姿は獣じみていた。美しく、そして凶暴な獣。


 意識のなかば以上をセロの戦闘模様に吸い取られていたものの、ジェインもこの(かん)、なにもしなかったわけではない。厳密に言えば、なにも出来なかったのだが。


「クソ! なんでだ!」


 風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)の柄を渾身の力で握り締める。どれだけ祈ろうとも、柄から先が顕現(けんげん)する気配はなかった。


 意志を反映する魔具。ならば、今の自分には戦意がないとでも言うのだろうか。そんなはずないと思いつつも、まるで無力さを言い聞かせるかのように柄は沈黙している。


 ――セロに任せていればいい。

 ――彼は自分よりも遥かに強いじゃないか。

 ――なにが近衛兵隊長だ。

 ――肩書だけの一般兵じゃないか。

 ――弱者には弱者の振る舞いがある。

 ――大人しく()()きを見守っていればいい。


 頭の奥で小さな声が重奏となってジェインを覆っていた。それらを噛み殺すように、歯を食いしばる。黙れ、と心で叫ぶ。静まれ。消え去れ。囁くな。俺を、あの日に戻そうとするな。


 内心の格闘のさなか、セロとユランの戦闘は確実に進行していた。セロが一撃を加えるたびに、ユランがお返しとばかりに一発、拳か蹴りを打ち込む。一進一退ではない。明らかにユランが意図してそのような応酬を選んでいるようだった。


 ユランは敵だ。間違いなく。そう思いながらも、彼の顔に浮かんだ高揚の輝きに()き付けられてしまう。そんな自分に気付き、ハッとして意識を切り替える。


 ユランの掌底(しょうてい)がセロの顎を(とら)え、細い身体が僅かに浮き上がった。吐血が宙に散る。意識に空白が生まれたであろうことは確実なのに、セロの大斧はユランの突き出した腕を床に叩きつけた。


「ハッ! すげえな、セロ!」


 身を起こすなり、ユランはなんの嫌味も感じさせない笑いを(はじ)けさせた。彼の身体には、依然(いぜん)としてセロの攻撃による傷はない。疲労の影すら存在しない。


 そんな(おり)、階下から近衛兵や王城の警備兵が現れた。彼らは次々にユランへと飛びかかっていったが、目にも止まらぬ速さでユランのほうから接近し、次の瞬間には全員が一蹴(いっしゅう)されていた。


 セロはおかまいなしにユランの背に斧を振り下ろしたが、一瞥(いちべつ)さえ無しに刃の先端が掴まれた。


「セロ」向き直ったユランは、少しばかり不機嫌そうに口を尖らせる。「不意打ちは嫌いだ。正々堂々やろうぜ」


 本心なのだろう。でなければせっかく掴んだ敵の武器を易々(やすやす)と手放し、拳をかまえるような真似はしない。


 正々堂々。その単語がジェインの胸に突き刺さる。今のユランには、こっちの姿さえ目に入っていないだろう。セロだけが意識の(うち)にあるに違いない。


 それを羨ましいとは思わなかった。ただ、恥ずべき状況だと感じる。敵として認知すらされていないのだから。それなのに、屈辱を(いだ)いていない自分に愕然(がくぜん)としてしまった。


 なんでだ。


 なんで俺は、安心してるんだ。


 嗚呼(ああ)、そうか。


 ジェインは二人の戦士を眺めやる。自分は王都襲撃の日からまるで進歩していない。あのときは吹っ切れただけなんだ、きっと。根底には臆病で卑怯な自分がいる。それに気付かないふりをして、今日という日まで、騙し騙し、自分は変わったと暗示をかけていただけなんだ。もう逃げないなんて(うそぶ)いて。この状況はどうなんだ。逃げているのとなにが違うんだ。手を抜いた血族を、自分よりも格上の味方に任せきりにしている。セロの出自を知ったというのに、(あわ)れんだはずなのに、痛みを覚えたはずなのに、彼をまた処刑人にしてしまっているじゃないか。


「ハハッ」


 思わず漏れた笑いがなんなのか、ジェインは自覚出来なかった。


 ただ、とんでもない卑怯者だという意識だけは明確に存在する。まるで、それだけが自分の存在証明であるみたいに。


「そうだ、俺は卑怯だ。最低の卑怯者だ。逃げるほうがよっぽど(いさぎよ)いくらいなのに、俺は――」


 もっと卑怯になってやろう。


 もっと、ずっと、(けが)らわしいほど卑劣に。


 ジェインの腕にまとまった重みが伝わる。しかし、柄――風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)の先にはなんの武器も見えない。見えないだけで、そこに存在するのは分かる。


 ジェインは意志の(おもむ)くまま腕を振るった。


 直後、セロとの一騎打ちに夢中になっていたユランの顔が歪み、後ずさった。傷を()った横腹を押さえて。


「お前……なにをした」


 ジェインの手にした武器がなんなのか、ユランにも見えていないのだろう。ジェインだけが自覚していた。


 透明になっていても分かる。頭にイメージがくっきりと浮かんでいる。幅広な、片刃のノコギリ。鋭い返しの付いたひとつひとつの刃は、強靭かつ伸縮自在なワイヤーで繋がっている。鞭の要領で敵の肉を(えぐ)る武器。


「なにって、お前の大嫌いな不意打ちだよ。クソッタレ」


 言って、ジェインはべろりと舌を出した。


 これでいい。これが自分だ。


 ようやく歯車が噛み合った心地良さが、ジェインの心を満たしていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェイン』→近衛兵副隊長だったが、スヴェルの死により隊長に昇格。尊大な性格。王都が魔物に襲撃された日、前線から逃亡しようとしたところをクロエに叱咤され、グレキランスの守護者として再起した。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~曇天の霹靂~」』にて


・『ケロくん』→ハルキゲニアで魔術の講師をしているカエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『騎士団長』→名はゼール。王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『処刑人』→王都の監獄の地下深くに存在する『不帰(かえらず)の穴』の底に住まう人間。獄吏の手に負えないような存在の始末や拷問を担っている。言葉はほとんど喋れない。王の持つ『鈍色(にびいろ)水晶』の命令によって行動する。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」のSide Nox.「死の神様」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

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