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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Jaine.「多くを得たからこそ」

※ジェイン視点の三人称です。

 グレキランスは国家ではなく、ラガニアの領地。そんな言葉は信じるに(あたい)しない。そもそもラガニアは魔物によって滅ぼされ、その後釜とばかり、血族の頂点に座す魔王が乗っ取ったのではないか。血族のものと化した地を指して唯一の国家だなんて、誤解も(はなは)だしい。洗脳云々(うんぬん)と言っていたが、侵入者――ユランこそが歪んだ歴史の信奉者ではないか。


 このような反応がグレキランスの人々にとって一般的なものだろう。ジェインも例外ではない。彼の場合、国を失うことは近衛兵の意義を失うこと、すなわち責務からの逃避を示しているという意識のほうがより強かったが。


 ユランへと疾駆し、近衛兵へと(げき)を飛ばす。


「戦え! 我々は近衛兵だ! 王を――王都を守る義務がある!」


 いっときは当惑によって剣を下ろした近衛兵たちに、再び戦意が蘇る。ただ、ユランへと振り下ろされる刃はことごとくなんのダメージも与えなかった。


「虚しいな」ユランはあろうことか宙を(あお)ぎ、溜め息をついた。「お前らは本当のことなんてなにも知らずに、偽物の忠義を重んじてばかりだ。お前らはグレキランスの民であると同時に、ラガニアの民でもあるのに。こんな虚しい行き違い、正さなきゃならねえ」


 ジェインが振り下ろした武器――風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)が形成した錆びたノコギリは、ユランの脳天を(とら)えた。敵はそれまで同様、なんのリアクションもしない。そしてジェインの渾身の一撃もまた、無様(ぶざま)な結果に終わった。


 ノコギリがユランに直撃するや(いな)や、(もろ)くも根本の部分から折れたのだ。近衛兵たちの剣が健在なあたり、誰の手にした武器よりも脆弱(ぜいじゃく)だったのだろう。


 風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)は持つ者の意志を反映し、武器を形成する。形状はもちろん、強度の点においても。


 だからこそジェインは、自分がこの場にいる誰よりも折れやすい人間なのだと言い聞かされたような気がした。実際、弱い自分が内心でユランへの拝跪(はいき)を訴えている。ユランに敵意はないのだから、さっさと近衛兵の責務など捨てて命を大事にしろと。


「うるせえよ」


 その声はユランに対するものであり、弱い自分に向けたものでもあった。


 再び風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)の柄から新たな武器が形成される。今度もノコギリだったが、錆びてはいない。


「総員、攻撃の手を止めるな! 武器が折れても、折れた武器を突き立てろ! そいつは王都の敵だ!」


 敵を討ち、王を守る。近衛兵の最低限の意義だ。果たすべき仕事だ。それをやろうとしているだけなのに、怯えが振り払えないのは弱さゆえだろう。ジェインに限らず、誰の斬撃にも躊躇(ちゅうちょ)の影が見える。


 ジェインはユランの首を()いだが、結果は同じだった。硬質な感触が腕に伝播(でんぱ)し、それでも力を籠め続けた結果、真っ二つになったノコギリが宙を舞う。生成された武器の残骸は即座に霧となって消え去った。


 距離を置き、もう一度、と意識を整えようとした矢先、ユランに変化があった。近衛兵のひとりが吹き飛び、壁に激突して気絶したのである。ユランは拳を振るった直後の姿勢を維持していたが、肝心の、拳を打つ予備動作も、攻撃の瞬間も見えなかった。


「実力の差は分かっただろ。もういい。もう無駄に傷付く必要なんてない。早く王のところへ案内してくれ。この馬鹿げた歴史を終わらせなきゃならねえ」


 実力差は明白だ。今や近衛兵たちはかたちだけ剣を振るっているようなものだったし、なかには攻撃をやめて棒立ちになっている者さえいる。援護に駆けつけた近衛兵も、廊下の先で固まっていた。


「王は――」


 絶望的な表情で棒立ちになっていた近衛兵が口を開いた瞬間、ジェインが言葉を塗り潰した。


「我々はなにがあろうと王の守護者だ!! 膝を突くな!! 絶望を振り払え!! 近衛兵の名誉を示すべきときは今なんだ!!」


 風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)に意識を籠める。本来なら新たな武器が生成されるはずだったが――その魔具は柄のまま沈黙していた。


 思わず唇を噛む。


「勝てません、ジェイン様」先ほど口を開きかけた近衛兵が振り返って呟く。泣き出す一歩手前の表情をしていた。「降伏しましょう。命だけはきっと助けてもらえます」


「馬鹿野郎! 王都あっての命だ! 王あっての近衛兵だ! お前は――」


「もう充分じゃないですか! ほかの残酷な血族ならまだしも、このユランという男に敵意はない! それにジェイン様だって武器を出せないじゃないですか!」近衛兵の甲高い声が鳴り響く。ユランへの攻撃はとうにやんでいた。「知ってるんですよ、その魔具がどういう代物か! 意志をかたちにする武器だ! 今ジェイン様は柄しか持っていない! つまり、戦意なんてないんですよ!」


 ジェインは風見の幻影剣(グラン・ミラージュ)を腰に収め、前へと――ユランのほうへと歩んだ。


「自分が近衛兵だと思う者だけここに残って戦え。それ以外は逃げていい。あとで問責(もんせき)するような真似はしない。王の守護者たらんとする者だけが近衛兵だ」


 棒立ちしていた近衛兵はサッとジェインに道を開けた。彼の顔には覚えがあったが、ようやく思い出した。王都襲撃の日、自分と一緒に前線から逃げ出した男だ。そして彼は逃げおおせたのだろう。


 可哀想に、と思う。変わるきっかけを掴めなかったのだ、この男は。


 自分がきっかけになってやることも難しいだろう。クロエほどの強い背を持っていないことなんて、重々承知している。それでも――。


「俺は近衛兵だ!」


 ユランへと拳を振るう。硬い。まるで鉄を殴っているみたいだ。


「隊長? 関係ない! 俺は一介(いっかい)の近衛兵だ!」


 両の拳を通じて、骨が(きし)む感覚がある。


「多くを得たからこそ、返さねばならない! 近衛兵全員がそうだ! 支払うべきものが命だとして、それがどうした! 応分の対価だろうに!」


 拳が切れて、血が舞った。


 膝蹴りも()()ぜての攻撃に、ユランは一切動じない。それどころか、少しばかり目に輝きが宿(やど)っているように見える。


 接近戦のさなか、あちこちで(たけ)りが上がった。そしてジェインに続くように、ユランの背へと剣が振るわれる。ジェインの接近戦を邪魔しないよう、しかし最大限の攻撃になるような、そんな動きだった。援護の近衛兵もユランを取り囲む一群に合流している。


 ジェインの隣で、涙が散るのが見えた。先ほど実質的な敗北宣言をした男だ。彼は今、勇猛なる近衛兵に加わって剣を振るっている。


 良かった、と心から思う。これが言葉と拳の得た報酬なら、過分なほどだと。近衛兵は誰ひとり離脱していない。つまり、皆が近衛兵であることを自覚したのだろう。命を支払う覚悟を(ともな)っているかどうかは(さだ)かではないが、少なくとも、血族相手に剣を振るっている勇姿は評価に値する。


 ひとり、ふたりと近衛兵の身体が吹き飛んでいく。ユランの拳によるものだ。いずれも一撃で気絶したようである。それでもジェインは接近戦に(てっ)していた。奇妙なことに、ユランの拳はジェインを襲うことはない。


「グレキランス万歳!!」


 近衛兵たちの声が次々と上がっては消えていく。やがて、この場に意識の残っている近衛兵はジェインと、例の泣き言を口にした近衛兵だけになった。ユランはジェインの攻撃を浴びながら、後者へと呼びかける。


「もういいだろ。お前たちは勇敢だ。立派だ。誇っていい。それでも俺には勝てない。だから、王の居場所を教えてくれ」


「ぐ、グレキランス万歳!!」


 近衛兵の男は涙を流してユランに斬りかかり、一撃浴びせたのちに腹部への掌底(しょうてい)で吹き飛んだ。


 ジェインは拳での攻撃を一旦取りやめた。さすがにこちらの身が持たない。


 ユランはというと、壁や扉まで吹き飛んだ近衛兵たちをぐるりと見やり、ひどく遠い目をした。


「いい部下を持ったな」


 たぶん、それはユランの本心なのだろう。勇猛なる魂への敬意が籠もっていた。


 ジェインは柄に手を伸ばす。自分は最後まで近衛兵だ。なにがあっても戦い続ける。たとえ自分だけが拷問じみた非道に(さら)されるとしても、甘んじて受けよう。


 そんな意志を固めた直後だった。


 重厚な響きののちに、青白い髪がジェインの隣へと一足で迫る。


「セロ、お前――」


「ジェイン! あいつ、てき?」


 玉座に戻って王を守護するよう命じることは出来る。ただ、ユランはどうも王の居所すら見当がついていない様子だ。むざむざ標的に位置を教えるつもりはない。それに、聞いている限り敵は単身であり、玉座にはまだ近衛兵が残っている。勢力としていかに脆弱であろうとも、王を守る盾にはなるだろう。


 だから、自分たちは王の敵を討ち滅ぼす剣になるべきだ。


「セロ。あいつは、敵だ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェイン』→近衛兵副隊長だったが、スヴェルの死により隊長に昇格。尊大な性格。王都が魔物に襲撃された日、前線から逃亡しようとしたところをクロエに叱咤され、グレキランスの守護者として再起した。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~曇天の霹靂~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

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