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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Jaine.「セロと花」

※ジェイン視点の三人称です。

 王家の歴史の裏面を知って、ジェインは感情を押し殺した。対して現王――ノックスは涙を(ぬぐ)うことなく決断した。これは立場の差だろうか、とジェインは自問する。答えなどない。


 それから現王はネモから鈍色(にびいろ)水晶による洗脳方法を教わり、それを試したようである。実際のところは分からない。なにせ、言葉を発することなく、その魔道具を握って内心の声で命じるのだから。


 現王は長いこと鈍色水晶を握り、骨のベッドで目を覚ました処刑人と見つめ合っていた。


 それが、処刑人に友達の概念を教えるために必要だった時間らしい。命令はただひとつ。友達になってほしいということのみだったのは、現王自身の(げん)である。


 骨の山から降り立ち、寝起きに相応(ふさわ)しい不確かな歩みで処刑人は現王に近寄った。ジェインは武器の柄に手をやり、ネモも身構えたが、現王はひと言『大丈夫』と口にして微笑み、処刑人へと両腕を広げて見せたのである。そして、躊躇(ちゅうちょ)なくハグをした。処刑人もまた、現王を優しく抱きしめたのは、友達の概念の表れだったのかもしれない。


 やがて一同はネモの飛行で不帰(かえらず)の穴を脱し、ネモは邸へ帰還した。ジェインは現王に(はべ)り、処刑人も同行したのである。


『これからは一緒にお城で暮らそう。君の名前は――』


 セロ。


 現王がそう名付けた。セロ自身は言葉の意味を理解していないようだったが、敵意はないように見える。無骨な大斧を引きずって現王の斜め後ろを歩く姿は物騒でしかなかったが。


 王の起居するフロアに入り、デミアンにセロを簡単に紹介した際、大臣が卒倒しかけたのも無理はない。歴史の暗部までは語られなかったものの、不帰(かえらず)の穴の処刑人であること、友達になったこと、これからここに住むこと、まだ言葉を知らないから勉強すること、などなど、唐突(とうとつ)にもほどがあるだろう。それに、セロは腰布一枚の姿である。麗しさのせいか、みすぼらしい印象は一切ないものの、知性の欠片も見出(みいだ)せないのは誰の目にも明らかだった。


 堅物のデミアンを説得出来るだろうかと、現王の隣でどぎまぎしたものだったが、セロが懐刀(ふところがたな)に相応しい実力を持っていることが縷々(るる)説明され、加えて保険としてセロを制御可能な魔道具もあることも明かされてようやく、大臣は渋い顔で頷いた。


 かくして一ヶ月の言語習得でなんとかそれらしい言葉を扱えるようになったものの、側近として扱うには危うい状態だった。倒すべき敵がなんなのかも理解していないのである。戦争の概念はまだセロには難しい。そこで、なぜかジェインにお(はち)が回ってきた。


『誰が敵かはジェインが教えてくれる。だから、一緒に王都の敵を倒して』


 そんなふうに現王は告げ、セロは頷いた。




 かくして現在に至る。ジェインがセロに平易(へいい)な言葉を使い、親身に接するのも、いざというときに自分の声をちゃんとセロに届かせるためである。とはいえ、それがすべてかというと違う。おこがましいとは思いつつ、セロの出自への同情があった。


「セロ、その花は?」


「はな!」


「誰かにもらったのか?」


「おんなのひと、さん!」


 女の人さん、か。おおかたセロの容姿に()かれた使用人の誰かがこっそり花を渡したのだろう。セロが城に寝起きするようになって、こういう些細(ささい)な色事は何度かあった。


「どこに行くんだ?」


 (きびす)を返しかけたセロに呼びかける。すると彼はにっこり笑って「ノックスに、はな、あげる」と言った。


「それは、セロに花をあげた女の人に失礼だぞ」


「しつれい? どうして?」


「女の人はセロに花をあげたんだろう?」


「うん!」


「じゃあ、セロが大事にしなくちゃだ。女の人はセロのために花をプレゼントしたんだから、それをセロが王様に渡してしまったら、きっと悲しむ」


 セロはゆらゆらと左右に揺れながら、視線を右上のほうへ(ただよ)わせて、何事か考えているようだった。仕方ないから助け舟を出してやろう。


「王様にプレゼントしたいなら、自分で花を取ってくるほうがいい。俺も一緒に手伝ってやる。だから、その花は自分の部屋の花瓶に飾ればいい。きっと女の人も喜ぶ」


「でも、いっぱい」


 なにがいっぱいなのか、とジェインは首を傾げた。セロは突然彼の手を引いて走り出すと、ゲストルームのひとつ――セロの部屋へと導いた。


 扉の先を見て、ジェインは思わず苦笑してしまった。色男め、と。窓際の三つの花瓶はすでに色とりどりの花でパンパンになっている。いくつか(しお)れているようだが、枯れている様子がないあたり、どうやらジェインの知らないところで頻繁に花を贈られているのだろう。女性使用人の(あいだ)で、セロへの悪戯(いたずら)めいたアプローチが流行しているのかもしれない。


 ジェインはセロに待つよう伝え、目についた使用人を呼び止めて花瓶をひとつ用意させると、セロに手渡した。


「これに入れるといい」


「ありがとう! プレゼント!」


「これは――」


 プレゼントじゃない、と言いかけて、やめた。


「そう、プレゼントだ」


「ありがとう!」


「どういたしまして」


 早速花瓶に花を飾るセロを眺めていると、羨ましさと悲しみが同時に襲ってくる。今の彼には、すべてが新鮮に映るだろう。きっと世界が色めき立っている。しかしそれは、白骨に囲まれた空間で死神として君臨していた時代があるからだ。暴君による加虐的な支配の歴史を象徴してもいる。


「セロ、俺は仕事に戻る。またな」


「また!」


 ひらひらと手を降るセロに笑みを返し、部屋を出ていく。


 これから階下にある近衛兵の詰め所で定時報告を受け、彼らを激励しなければならない。日毎(ひごと)(つの)っていく不安を、責任感へと転化させてやらねば、いざというときに逃げ出してしまう。かつての――王都襲撃の日の自分のように。


 廊下を歩んでいると、ちょうど現王とデミアンの姿が向かいに現れたので(ひざまず)いた。


「ご機嫌(うるわ)しゅう、陛下」


「ジェイン。(かしこ)まらないで」


「お言葉、ありがたく頂戴いたします」


 いつもの応酬だ。現王が慇懃(いんぎん)な態度を望んでいないことは知っている。ただ、近衛兵の長として()るべき姿勢を崩してはいけない。


「ジェインよ。お前の知る限り、今日も王都に変化はないか?」


「ございません」


 ジェインの報告に満足したのか、デミアンは頷く。目の下にはくっきりと(くま)が刻まれており、どこからどう見ても疲労困憊の様子である。腹回りも日に日に目減りしているように思えた。


 血族によるグレキランス地方への侵攻から今日で五日。王都内の民から王城への請願(せいがん)(たぐい)は戦時下ゆえ基本的に受け付けていない。食料の配給に関しては内地の警備兵や一部の近衛兵の仕事だ。戦況に関してはカエル男の交信で逐一(ちくいち)報告される。各拠点への援軍などの細かい指揮は、騎士団長ゼールを頂点とする組織が()っていた。したがって王城は防衛に徹すればいい。特にデミアンのような事務に()けた大臣の出番はないわけだが、心労だけは尋常(じんじょう)ではないだろう。居ても立ってもいられず、戦史やら魔物関連の書物やらを紐解いて眠れぬ夜を過ごしているに違いない。それらの文字もろくに頭に入らず、王都が火の海になる想像が脳内で繰り広げられているのも、容易に見通せた。


「陛下。そしてデミアン殿。王都は決して陥落いたしません。王城は近衛兵が命を賭けてお(まも)りいたします。ご安心ください」


「うむ。頼んだ」


 デミアンや現王に会うたびに繰り返されるやり取りだ。


 命懸けで守る。言葉にすることで、覚悟を補強していく。そうでもしなければ折れてしまいそうな弱い自分が、まだ心のどこかに(ひそ)んでいる気がした。その弱い自分が、ときどき囁くのだ。お前になにが出来るんだ、と。


 ――なにも出来ないかもしれない。それでもやると決めたからにはやる。


 ――そうか。犬死にだな。


 ――それで誰かが救われるなら、犬死にで結構だ。


 ――誰も救われやしない。


 ――そうかもしれない。でも、やらなければ結果が(みの)ることすらない。


 ――実らない努力なんて虚しいじゃないか。


 ――虚しい。それは認める。誰の記憶にも残らないかもしれない。王城が落ちれば、すべての歴史が(ちり)同然になるだろう。だとしても、やらねばならないのだ。


 ――なぜ。


 ――栄光に相応しい義務を負う。それが近衛兵の本来在るべき姿だからだ。そしてなにより、俺自身が命を賭けるのを選んだんだ。


 やがて自問自答は途絶えた。交信魔術が頭に響き渡ったのである。


『急報ケロ! 飛行能力を持った血族の貴族が単身で接近中! 目標は王城! 城内の兵士は速やかに迎撃体制に移行するケロ!』


 ジェインは立ち上がり、現王とデミアンを素早く見やり、一礼した。


「お二人は安全な場所へ避難を!」


 思ったよりも早く、義務を果たすときが来たようだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェイン』→近衛兵副隊長だったが、スヴェルの死により隊長に昇格。尊大な性格。王都が魔物に襲撃された日、前線から逃亡しようとしたところをクロエに叱咤され、グレキランスの守護者として再起した。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~曇天の霹靂~」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『ネモ』→王都の先代の王。ヨハンに胸を射られ、その影響で『黒の血族』と化した。息子である王子ゼフォンによって地下に幽閉されていたが、ノックスに救出された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」』にて


・『鈍色(にびいろ)水晶』→王都の地下に住まう処刑人に命令を下す道具。王が所有。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」のSide Nox.「狂人に論理は介在せず」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『処刑人』→王都の監獄の地下深くに存在する『不帰(かえらず)の穴』の底に住まう人間。獄吏の手に負えないような存在の始末や拷問を担っている。言葉はほとんど喋れない。王の持つ『鈍色(にびいろ)水晶』の命令によって行動する。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」のSide Nox.「死の神様」』にて


・『不帰(かえらず)の穴』→王都の地下牢に存在する、幅一メートル程度の深い縦穴。獄吏の手に負えない罪人を放り込むことになっている。底は処刑人の住まう監獄になっており、魔術の行使が一切出来ない。詳しくは『Side Nox.「死の神様」』にて


・『デミアン』→王都襲撃の日を生き残った小太りな大臣。偏狭な性格だが、献身的な面もある。現在はノックスの側近として働いている。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ケロくん』→ハルキゲニアで魔術の講師をしているカエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて

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