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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
1443/1452

990.「援護部隊と新兵器」

 耳元で風がごうごうと鳴っている。もう何度目か分からない空の旅だ。まあ、旅なんて呼べないくらいの速度だけど。陽はすっかり落ちて、西の空に名残のような群青が(にじ)んでいる。


 ユランは今どのあたりにいるだろう。もし王城に到達していたら、()に合わないかもしれない。


 先ほどヨハンはナルシスに追加の交信を命じたのだ。言葉を尽くしてユランの足止めをするように。現在援護部隊が向かっているので、到着まで決して王――すなわちノックスに手出しされないように、と。しかも、援護部隊が竜人を使った少数精鋭であることまで言い添えて。


『お嬢さん』と耳元でヨハンの交信が届く。『分かっているとは思いますが、王都はオブライエンの手のひらの上です。彼の討伐計画はもちろん、名前を口に出すのも差し(ひか)えてください』


 そんなこと分かってる。正確なところはオブライエン当人しか知り得ないが、少なくとも王都の大部分は彼の箱庭だと考えるべきだ。どこでなにをし、なにを話したかも掌握(しょうあく)している。王都が魔物の軍勢に襲われた日、秘書であるジュリアに扮装(ふんそう)した彼が無駄なく王都の要人――騎士団長はもちろん、主婦連合のシエラや歓楽街のルカーニアまで招集出来た奇怪な事実がそれを裏付けている。


 しかし、ナルシスを口止めしなくていいのだろうか。オブライエンという名前や存在、そして肝心(かんじん)の討伐計画は知らないはずだが、彼はわたしのルーツを多少なりとも知っている。


 ヨハンは見透かしたように交信を届けた。


『ナルシスさんに関しては自由にさせておきましょう。オブライエンに聞かれて困る情報は握っていません。それに、お嬢さんが血族だと知られても問題はありませんからね。私が見逃された理由と同じです』


 魔王とニコルを討とうとするわたしに味方しているから、今は(・・)手出しをしない。血族がグレキランス一帯に到達する数日前に、オブライエン本人が口にした言葉だ。わたしが血族の血を引いていようと、処遇は同じになると言いたいのだろう、ヨハンは。


 結局のところ、オブライエンの心ひとつだ。その気になれば、戦争中だろうとおかまいなしにわたしとヨハンを潰すかもしれない。とはいえ、ユランを放置したら戦争が本当に終わりかねない。オブライエンが討たれる前に。


 オブライエンのことも王都のことも、今のわたしにとっては本当にどうでもよかったが、血族側として戦場にいるであろうニコルの存在だけは関心事である。王都陥落により、ニコルがさっさとラガニアに帰還する可能性もある。グレキランス全土の掌握はほかの貴族に任せて。そのシナリオは、わたしとしては望ましくない。ニコルはこの戦場で討つ。その次は魔王だ。


『上手くユランさんと接触出来た際には、私と彼は特殊な方法(・・・・・)で会話します。決してオブライエンに見破られないような方法で、です。そこでお嬢さんには、私の真似をしていただきたい。まあ、保険ですので、覚えていなくても結構ですが』


 具体性のない頼みだ。そのときになれば分かる、というやつだろう。とりあえずは頷いておいた。覚えてなくてもいいくらいのことだから、大した仕事ではないはず。


「それにしても、大丈夫っすか?」


 スピネルが不安気に言う。


「なにが?」


「このマオって奴」


 ああ、そのことか。


 イフェイオンで彼を気絶させたのち、縄で縛ってスピネルに背負ってもらったのだ。今も彼の背中で意識を失っていることだろう。仮に目を覚ましたところで、高速移動の空中でなにか仕出かすのは難しいはず。というかたぶん、死後の世界とでも思うんじゃなかろうか。


「大丈夫よ。イフェイオンに放置しておくわけにもいかないし」


 本当のところは放置したかったくらいだ。なぜなら、わたしと無関係だから。しかしヨハンから連れていくよう耳打ちされて、わたしから進んで提案したかたちになっている。


 実際、マオは罪人だろう。イフェイオンに魔術封じの牢獄でもあれば監禁出来たのだが、そんな施設はどの町にも普通はない。わたしの知る限り、罪を犯した魔術師を完全に封殺出来る場所はひとつ。王都の監獄だけだ。ユランと接触する前に獄吏(ごくり)に引き渡せればいいだろうけど、優先順位は低い。


「カール……嗚呼」


 ときおり、ナルシスがこうして嘆きを漏らす。イフェイオンを出てからずっとだ。彼に友達がいるとは思えないけど、もしかしたら友人だったのかもしれない。カールが生きていることは兵士――医師だと名乗った男――が保証したが、(かんば)しい状態ではなかった。意識はあるようで、眼球は動く。ただ、声を発することはなかった。


 かつてのわたしなら、マオを決して許さなかっただろう。非道を糾弾(きゅうだん)し、涙を散らしたに違いない。騎士にあるまじき行いだと。


 今は心底どうでもよかった。泣き(わめ)いて拳を振るったとして、時が巻き戻るわけではない。時間と体力を無駄にするだけだ。




 王都の外壁が見えたのは、すっかり夜になってからだった。


 王都には近寄っていなかったので状況は把握していなかったが、高い外壁はすっかり様変(さまが)わりしていた。壁外には駐屯所(ちゅうとんじょ)らしき建物が(つら)なり、門は巨大な鉄製の扉に変わっている。そしてなにより、奇妙な物体があった。


「あれ、なんすかね」


「さあ、知らない」


 壁上には等間隔に砲台が並べられてあった。それも、普通の砲台ではない。ひとつひとつに魔力が()える。それも、均質(きんしつ)な魔力が。


「ちょっと高度上げるっすよ」


 言って、ぐんと身体が引っ張られる。


 じっと下――砲台を見つめていると、わたしたちにもっとも近い砲台数個に変化が(しょう)じた。砲口がこちらを捉えたのだ。王都に接近するにつれ、こちらを捉える砲口の数が増えてくる。


「ななな、なんすかあれ!」


「スピネル、慌てないで。そのままの速度を維持して」


 壁を越えても、砲口はこちらを捉えたままだった。


 なるほど、と思う。どうも魔力が似ていると思ったのだ、白銀猟兵(ホワイトゴーレム)に。あれも確か、腕が砲台になっていた。


 あれは間違いなくオブライエンの作った兵器で、おそらくは血族や魔物――つまり体内のアルテゴに反応して魔術製の砲弾を射出するのだろう。それが今機能していないという事実は、きっとトラブルではない。


 オブライエンはわたしたちが来るのを分かっていて、あえて砲台の射出機能のみを停止したのだろう。


 なぜ分かったか。可能性はほぼひとつに絞られる。


 ナルシスの交信魔術。オブライエンはそれを傍受(ぼうじゅ)している。援護部隊は竜人を使っていると交信済みだ。竜人と繋がりがあり、なおかつ少数精鋭。王都襲撃の日以降、まとまった期間、王都を留守にした人物――オブライエンの(もよお)した食事会という名の会議に居た面々で、それに該当するのはわたしとシンクレールくらいだろう。そしてシンクレールは前線基地に送られ、実質的な死亡報告が交信されている。


 オブライエンはわたしが来ると分かって、意図的に射撃機能だけを停止したわけだ。砲口の追尾機能は停止しなかったあたり、王都の新兵器をお披露目したかったに違いない。それが半径一キロに反応する代物であることも含めて。警告の意味がそこにはあるはずだ。あまり近寄ってくれるな、と。少なくともヨハンも竜人も連れて来るな、と。オブライエンは、わたしが血族であることを知らないはずだから。


 砲台はユランに対して機能したことだろう。オブライエンにとっては明確に敵なのだから。しかし、ユラン討伐の交信は届いていない。王都内でだけ交信が行われた? ナンセンスな想像だ。そして交信に関して奇妙な点もある。ユランが健在ならば、王城は即座に援護要請を交信するはずだ。各拠点にそれを届けずとも、王都内での交信は行われたと考えるのが自然。トップクラスの危機なのだから。にもかかわらず、壁外にも壁内にも援護の兵員が動いている様子はない。


「なんなんすかね、あれ。気持ち悪――あっ」


 スピネルの声とともに、高度が下がった。


「スピネル。気にしないで王城を目指して。大丈夫」


「え、でも、いいんすか?」


「いい。なんとでもなる」


 マオが落下したのだ。自然に落下するような結び方はしていない。ということは、とっくに彼は覚醒しており、意識を失ったふりを続けていたのだろう。


 縄も、もとは植物だ。彼の魔術なら(いまし)めを()くくらい楽だろう。


「ナルシス。交信をお願い。騎士団ナンバー8、宿木(やどりぎ)のマオがイフェイオンにて裏切りを実行。その(とが)で王都への護送中、壁内で逃走。見つけ次第、王城の獄吏に引き渡すように。以上よ」


「了解。すぐに交信するよ。これでマオは終わりだ」


 終わりかどうかは分からないが、逃げ場は失っただろう。壁外に出る手段もないはずだ。王都の内部で息を(ひそ)めるしかない。


 マオの処置はこれでいい。耳打ちしてこないあたり、ヨハンも異論はないのだろう。あるいは、いよいよというときまでわたしの体内に隠れてオブライエンから身を隠しておくつもりなのかもしれないけど、どちらでもかまわない。


 漆黒の(とばり)の下、五本の尖塔が(そび)える荘厳な王城を見据えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『騎士団長』→名はゼール。王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『シエラ』→王都に暮らす中流階級の主婦。王都の世論形成の一端を担う『主婦連合』の一員。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『主婦連合』→王都の主婦たちによる井戸端会議の延長のような組織。その実、世論形成の大きな要因を担っている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」の幕間.「王都グレキランス ~再会と継承~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて


・『カール』→クロエたちが王に謁見した際に、同席した真偽師(トラスター)。王都随一の実力者だが、メフィストの嘘を見抜くことが出来なかった。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『263.「玉座と鎧」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて

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