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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Carl.「痛苦の寄生樹」

※カール視点の三人称です。

 夕陽の方角を見つめ、カールはしばし呆然としていた。この場にいるほかの兵士たちと同じように。


 ユランはドラゴンを使役(しえき)していると語っていた。それはカールの真偽術(トラスト)において(まこと)の言葉であったが、強い思い込みの(たぐい)だろうと心のどこかで黙殺してしまった。が、先ほど彼の背に生じた変化――巨大な両翼はドラゴンを想起するに余りある。すると、使役しているという言葉も事実なのかもしれないが、どちらかと言えば同化ではなかろうかと思う。


 そのような現実逃避めいた追想は、すぐに泡のように弾けた。兵士の誰かが「王都に(しら)せねば」と口にしたのだ。


「そうだ」とカールは振り返る。兵士たちの焦りと困惑の表情が一斉に目に入った。「交信魔術師はどこに? この中にいるのか?」


 ざわめきが広がる。誰ひとり頷く者はおらず、皆がきょろきょろと周囲を見回すばかり。


 ここにいないということは町にいるのだろう。しかし、今の窪地内には人の気配がない。住民の大半は王都に避難して、代わりに兵士がこの地を(にな)ったのだ。残った住民も兵士として町を守る責務を()びた。したがってマオがこの場に全勢力を集めたのならば、町の人員はすべて結集していることになる。ただひとり、交信魔術師以外は。


 そういえば、とカールは思う。自分は交信魔術師の姿をただの一度も見ていない、と。


「悪いが、私は交信魔術師に会っていない。誰か会った者はいるか?」


 否定の言葉が次々に返る。そのどれもが真実の言葉だった。


 誰も交信魔術師を見ていない?


 各拠点に配備されたのは確かだ。そしてカールの聞きかじった情報だと、交信魔術師は司令官に付きっきりらしい。


 人波をかき分けて、カールはマオの正面に立った。生気のなさも、憂鬱そうな表情も、ユランが現れる前となにも変わらない。


「マオ……交信魔術師はどこにいる」


 その問いに対し、マオはゆっくりと『自分にも分からない』とでも言うように首を横に振った。


 そんなわけがない。


 カールは目の前の魔術師に気取(けど)られぬよう呼吸を整え、(つと)めて穏やかな声で語りかけた。


「マオ。ユランの言葉には一切の偽りがなかった。つまり、もうここは安全な場所で、ほかの血族に侵略されるような目には遭わない。貴方(あなた)が死ぬことはないんだ。私たちも、貴方に報復しようなんて思っていない。それはユランの想いに反するからだ。……だから教えてくれ。交信魔術師がどこにいるのか、言葉にしてくれ」


 マオはじっとりした目でカールを見返すと、口を開いた。唾液が糸を引いている。


「穴ぐらにいる」


 真実だ。しかし、足りない。


「イフェイオンに掘られた壕のことか?」


「イフェイオンの壕だ」


 これも真実。


 虚しい問答だと、内心で歯痒(はがゆ)く思った。マオが交信魔術師の居場所を正確に教えるはずだと期待していた自分が愚かに思えてくる。


「……どの壕にいるか教えてくれ」


 マオは深い溜め息をついた。見下すような目付きで。


「その必要はない。交信魔術師と僕とは双方向の交信を常に繋いでいる。受信された内容はすぐに横流しされるし、僕が命じた通りの内容で大規模拠点に交信するようにしてある」


「なら、王都の危機を――」


「あんたは馬鹿なのか?」マオは自分の頭を指さして、これみよがしにくるくると円を(えが)いてみせた。「王都にユラン()が向かってるって交信するのか? なぜ? このままユラン様が王の首を獲れば戦争は終わる。晴れて血族の勝利だ。イフェイオンはユラン様の庇護下(ひごか)に置かれる」


 唾棄(だき)すべき真の言葉。それがまたしてもマオの口から流れ出していることに、カールは(おさ)えがたい苛立ちを感じた。


「王都が陥落すれば、確かに戦争は終わるだろう。だが、すべてがユランの護りを受けられるわけではあるまい。多くの町や村、今も血を流して戦っている人々は、ほかの血族の手に落ちる。血族が誰しも残酷だとは言わないが、悲惨な運命をたどる命は少なくないだろう」


「ああ、そうだろうね。どうでもいいじゃないか」


「……それに、グレキランスの民として王都を失うのは耐えがたい。マオ。貴方に王都への想いはないのか?」


「ないね、そんなもの。グレキランスが血族の土地になろうとも、僕は僕が平穏無事に生きられればそれでいい」


 ユランが紡いだ数々の言葉に想いを()せ、カールは苛立ちや怒りを通り越し、虚しさを覚えた。マオは変わらなかった。変えられなかった。ユランが下衆(げす)だと叱咤(しった)したその精神性は、この魔術師の心の深い場所まで根を張っている。救いがたく。


「マオ。貴様(・・)は先ほどの戦闘でほとんどの魔力を使い果たしたはずだ。先ほどのように私たちを拘束することも出来ない。そうだろう?」


 カールの見立てではそうだった。ただ、彼にも知らないことが――多くの騎士たちが忘れ去った過去がある。かつてマオが神童と呼ばれるほど卓越した魔術師だったことを。その魔力量は通常の天秤で測れるものではない。


「僕はあんたらを蹂躙(じゅうりん)するくらい簡単に出来る。でも、そうする意味もない。あんたらを拘束したのは、ユラン様への捧げ物の演出だったからだ」


 兵士たちが輪になって、マオへとじりじり歩む。剣を(たずさ)えて。


 カールもまた、自前の短剣を抜いた。マオの言葉が真実を示していると分かっていても。


「意味がないとは、どういうことだ?」


「こういうことさ。痛苦の寄生樹(ドローレ・ピアンタ)――発芽」


 マオの言葉の直後、額の奥に激痛を覚えてカールは(うずくま)った。兵士全員が同じようにのたうち回っている。


「あんたらの脳には、魔術製の小さな小さな種が埋め込まれてる。それを今、発芽させた。そのうち痛みは収まるけど、僕に危害を加えようとした時点で芽の成長が促進(そくしん)される。つまり、今みたいに地面に這いつくばる羽目になるわけだ。それでも抵抗を続けるとどうなるか……芽が頭蓋骨を突き破って小さな樹が誕生する。そんな状態になっても生きられるかどうか、試してみるか?」


 マオの言葉通り、痛みは徐々に収束していくようだった。


 真実。またしても真実だ。最低の。


「どうやって、私たちの、脳に、種を……」


「簡単だよ。食事に混ぜればいい。種の動きは魔術でコントロール出来るからね。消化される前に血管に(もぐ)り込ませて、脳の額際の箇所まで運んだ。言っておくけど、魔術で種を取り出すことは出来ないからね。植物の魔術は物体の生成と制御が基礎になっている。今、あんたらの脳にあるのは確かな物質だ。僕が頑張っても種を取り出すなんて不可能。成長させるのは楽だけどね」


 そうそう、とマオは付け加える。


「交信魔術師には、大規模拠点にちゃんと交信指示を送ってあるよ。イフェイオンに異常なし、ってね」


 そうなのだろう、きっと。真の言葉だ。


 ここには誰も助けに来ない。王都も、ユラン接近など(つゆ)とも知らないだろう。


 それでも――間違っているものは正さなければならない。


 カールは立ち上がり、短剣を構え直した。切っ先をマオに向けて。


「芽は」息が荒いが、気にする余裕などない。「貴様と魔術で繋がっているのだろう? それを今すぐ断ち切れ。こんなことは馬鹿げている」


 魔術的な繋がりによって成長が促進されるなら、魔術が断たれればこれ以上成長することはない。破滅的な痛みが訪れることはないはずだ。命を奪うような可能性も消える。


 カールはこのとき、自分の命など欠片(かけら)(かえり)みていなかった。目の前の非道が、不正が、邪悪が、許せなかった。そしてなにより、なんの罪もない兵士を不当な痛みと恐怖から解放してやらねばならない。


「馬鹿げてるのはあんただ、カール。大人しく剣を下ろして僕から離れることだね。今だって、一歩ごとに激痛に(なぶ)られてるだろ?」


 痛みはひと足ごとに激しくなった。剣を引くと、さらに痛みが激しくなり、脳の表面で(きし)むような音が響く。


「人の、痛みを、知れ!!」


 頭に不快な響きが広がる。もう痛みはない。一本の小さな樹が頭蓋を突き破ったことを、カールは自覚していなかった。たったひとつの目的意識だけが彼の身体を動かしていたのである。


 マオの心臓を刺す。


 その目的は果たされなかった。短剣はマオのローブにすら到達せず、カールは手足の感覚を失って脱力したのである。倒れ込んでも痛みはなかった。というより、身体のどこにも触覚というものがない。視覚と聴覚。それだけが存在していた。


「いい教訓になったろう? カール。馬鹿は長生き出来な――」


 不意に言葉が途絶える。そして()もなく、巨大な羽ばたきと、いくつかの足音が耳に入った。


「あんたら……なにしに来た」


 マオの言葉に警戒が(にじ)む。それに答えたのは、忘れがたい声だった。カールの人生を反転させた声。王都を混乱の渦に叩き込んだ張本人であり、現在は人間に(くみ)する、稀有(けう)で油断ならない血族。


「お初にお目にかかります、イフェイオンの司令官殿。私はヨハンと申します。どうぞお見知りおきを。ところで、この状況はいったいなんです?」


 ヨハン。二度と聞きたくない名前だ。


 ただ、こうも思う。


 目には目を。悪党には悪党を。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『カール』→クロエたちが王に謁見した際に、同席した真偽師(トラスター)。王都随一の実力者だが、メフィストの嘘を見抜くことが出来なかった。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『263.「玉座と鎧」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『ドラゴン』→巨大な有鱗の魔物。滅多に出現しない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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