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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
1439/1445

Side Carl.「赤き両翼」

※カール視点の三人称です。

 一陣の風が吹き、周囲の下草を一斉にざわめかせた。眼下に広がる夕暮れ色の町を眺め、カールは嘆息(たんそく)する。家屋や石畳こそ以前のままだが、石畳から窪地の先へ出るまでの坂道はところどころ緑が剥げていた。それらの多くは、血族を急襲するための抜け穴や、避難用の壕になっている。


「少し前までは、坂に果樹が植わっていたんだ」


 隣のユランを見るでもなく、そう説明する。この町について知りたいと言い出したユランに、カールが案内役を買って出たのだ。無論、周囲には兵士たちが多少の距離を空けて随伴(ずいはん)している。人波のなかにはマオの姿もあることだろう。彼はユランに対して実質的に敗北して以降、ひと言も声を発していなかった。


「果樹か」


貴方(あなた)を責めるつもりはないが、血族の襲撃に備えてすべて伐採しなければならなかった。このような改造を(ほどこ)した町や村は少なくない」


 ほかの町の状況などカールは知らなかったが、事実と見做(みな)せる程度には確信を持っていた。グレキランス一帯を襲撃する血族と魔物の大群。それに対抗するためには、多くの犠牲を払わねばならない。農地が壕に変わり、罠が張りめぐらされる。豪邸は要塞に変貌し、街道には急拵(きゅうごしら)えの石壁。かつては穏やかに流れた空気が、熱した鉄の(にお)いで充満する。戦えない人々は王都に避難し、残った壮健な人間や、配備された兵士が、日を()るごとに目を血走らせていく。


 もう既に、どこかの町や拠点では血が流れていることだろう。死が常態化しているかもしれない。刻一刻と死傷者は数を増やす。きっと。


「なんの果樹だったんだ?」


 (たず)ねるユランは目を(つむ)っていた。想像しているのかもしれない。かつてこの町にあったものを。今は失われた姿を。


「ブドウだ。和音(わおん)ブドウと言って、皮を(つま)んで押し出すと勢いよく実が飛び出て、軽快な音が鳴る」


嗚呼(ああ)」とユランが口元を緩めた。「それは俺も知ってる。ラガニアでは『喉打(のどう)ちブドウ』と呼ぶが、ここでは違う名前なんだな」


 グレキランスにもラガニアにも、同じ作物がある。名前は違えど。それを聞き、カールは『毒食(どくじき)の魔女』の姿を思い浮かべた。彼女の死に(ぎわ)しか自分は見ていない。しかし、彼女に(つか)えていた執事のウィンストンから、多くの昔語りをしてもらった。彼の口から聞かされる魔女は、不敵で、冷酷で、綺麗好きで、物好きで、そして優しかった。


 周囲の耳など関係なしに、カールは語りかける。


「以前までイフェイオンを守っていた女性も、和音ブドウ――喉打ちブドウを大層気に入っていたらしい。今はこの世にいないが……。殺されてしまったんだ。血族を憎む男に。彼女は、人間と血族のハーフだった」


「……その女性の名前は?」


「本名は私も知らない。『毒食の魔女』と呼ばれていた。もしかして、貴方はなにか知っていたりするだろうか」


 期待を()めてユランを見たが、相手はかぶりを振った。どうやらユランは知らないらしい。言葉なき動作の真贋(しんがん)を見極める魔術はないが、そんなことは魔術に頼るまでもなかった。


「その女性を殺した男の名前を教えてくれ」


「……オブライエン」


「知らねえな。知らねえが、覚えておく。ところでそのオブライエンってのは、下衆(げす)なのか?」


「ああ。マオより(はる)かに邪悪だ」


 騎士団の頂点に()していた男、ザムザを思い出す。彼の肉体はほぼすべて人造物で(まかな)われていた。オブライエンと名乗る男によって。


 その悪党が自ら種明かしをしなければ気付かないほど精巧(せいこう)に、ザムザは改造され、操られていたのだ。死と同時に自爆するなんて最低の機構まで施されて。


 魔女が死んだのはザムザの自爆によるものだが、殺したのはオブライエンと言って差し(つか)えない。


「そうか」とユランは呟き、目を開けた。瞳の奥に熱意に似たものが灯っているように、カールには感じられる。


 もし出遭ったら迷わず殺してくれ。よほどそう頼もうかと思ったが、やめておいた。きっとユランは殺さないと答えるだろうから。


 カールはもはや、ユランを信用してさえいる。公爵の言葉にはなんの歪みもない。すべて真実なのだ。マオの非道とのギャップも多少手伝ってはいるものの、誠実な人格であることは疑いようがない。


 血族にも様々な者がいる。誰しも同じではない。夜会卿のような物騒な逸話(いつわ)を持つ者もいれば、『毒食の魔女』のような守護者もいる。カールの目には、ユランが後者の側に属しているように思えた。だからこそ、疑問を感じてならない。


「なぜ貴方はグレキランスの侵攻に加わったのだ? それも、単身で」


 誰ひとり殺すつもりがないのなら、戦場に足を踏み入れること自体矛盾している。が、ユランとしては明確な目的があったようで、返事は即座に返った。


「グレキランス地方の人々の誤解を()くためだ」


 誤解。それは、血族への偏見を()しているのだろうとカールは解釈した。すべての血族が人間を滅ぼそうと思っているだとか、魔物の味方だとか、そのような誤解を払拭するために矢面(やおもて)に立とうと思ったに違いない。


 ユランは、カールの見る限り誠実ではあるが、思考が短絡的で、思い込みが激しく、猪突猛進してしまうタイプなのではないかという懸念(けねん)があった。マオとの戦闘での言葉の端々(はしばし)にも、そんな傾向があったように思える。燦然(さんぜん)たる真実の言葉には違いないが、熟考せずに物事を判断してしまうのではなかろうか。


「ユラン。私は血族に偏見は持っていない。魔物の手先だとか、あるいは魔物の支配者だとか、そんなふうには考えてはいない」


 言葉を切って、カールは周囲を見やる。兵士のなかには、カールの言葉に少なからず抵抗を覚えた者もいることだろう。ぎょっとした表情が散見された。


「もちろん、グレキランスの人々の多くはそういった偏見を持っている。だが、これから私は払拭に努めるつもりだ。兵士諸君も、そうだろう? ユランの言葉はすべて真実。その姿勢も誠実そのもの。彼を見て、自分の(いだ)いていた血族のイメージと同じだと言える者は名乗り出るといい」


 兵士たちは当惑しつつも、ぽつりぽつりと同意をこぼした。


「そうだ、カールさんの言う通りだ」

「マオの野郎を改心させてくれたじゃないか」

「ユランさんはおれたちを救ってくれた」

「本来は敵なのに、傷つけようとしない」


 波のように広がる同調に、カールは安堵を覚える。だからだろう、こんなことを口走っていた。なんの警戒もなしに。


「そうだ。ユランは私たちグレキランスの人々を守ってくれる。力になってくれる。危機に(ひん)したグレキランス――王都(・・)の民を、()とともに導いてくれるに違いない」


 直後、カールの全身に鳥肌が立った。隣のユランは先ほどまでとは打って変わって、獰猛(どうもう)な目付きでこちらを見下ろしている。


 そんなことなど(つゆ)知らず、兵士たちが歓声を上げた。「王都グレキランス万歳」と。何度も、何度も。


「醜悪だ」


 ユランの呟きを拾ったのはカールだけだったろう。


 やがてユランは兵士たちに向き直り、歓声を手で制した。


 静寂が広がる。西日が影に覆われる。


 ユランは静かに、感情を()いて(おさ)えるように言った。


「お前らに言っておく。王都はただひとつ、ラガニア国の首都ラガニアだけだ。そして直系の王族はただひとり、ラガニア城のイブ様だけ。グレキランスはラガニアの領地のひとつに過ぎない。グレキランスが国だったことなど、かつて一度もない。勝手に王を(こしら)えて、国を名乗って、人々を洗脳しやがったんだ。お前ら全員、洗脳されてることに気付け!」


 ユランの言葉は(まこと)だった。しかし、矛盾している。血族内で語られている歴史が誤っており、この男はそれを強烈に信じ込んでいるのだ。


 そのようにカールが感じたのも無理はない。なぜなら彼は、本当の歴史を知らないのだから。


「俺がグレキランス地方に来たのは、お前たちの洗脳を解くためだ。――よし、決めた。俺は今すぐ偽物の王様を潰しに行く。全力で叩き潰して、この地を正しい()り方に変えてやるよ。ラガニア領の一地方でしかないんだからな」


 ユランは(げき)した表情のまま兵士を見やり、やがて目的の人物を見つけたのだろう、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。


「マオ! ここにいればお前が死ぬことはない! 制圧旗(せいあつき)の説明は聞いてたよな? だから、安心していい! もう卑劣なことなんてしなくていいんだ! 誰にも危害を加えず、(いさぎよ)く生きろ!」


 ユランの言葉から数十秒が経過しても、マオの返事はなかった。ただ、人混みに紛れた青年が、はっきりと頷くのはカールにも見えた。


 それを確認したのだろう。ユランはひと呼吸置き、王都の方角へと向き直ると、身を深く沈めた。


「こっからは最高速度だ」


 カールは目を見張った。ユランの肩甲骨のあたりが異様に盛り上がったかと思うと、それが巨大な赤い両翼へと変化したのだから。


 竜の翼。そのように見えた。


 それから()もなくしてユランは大きく跳躍すると、翼で風を捉え、弾丸のような速度で消え去った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『カール』→クロエたちが王に謁見した際に、同席した真偽師(トラスター)。王都随一の実力者だが、メフィストの嘘を見抜くことが出来なかった。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『263.「玉座と鎧」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『和音(わおん)ブドウ』→イフェイオンの特産品。皮から果肉を出す際に独特の音が鳴ることから名付けられた。詳しくは『230.「和音ブドウと夜の守護」』にて


・『喉打(のどう)ちブドウ』→和音(わおん)ブドウの別名。ラガニアでの呼び名。


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンへ、並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』参照


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『イブ』→魔王の名。ラガニア王の三女だった。ラガニア王直系の生き残りは彼女のみ。肉体は成熟した女性だが、精神は幼い状態のまま固定されてしまっている。魔物を統率する力を有する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて

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