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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Carl.「矜持を交わして」

※カール視点の三人称です。

 ユランの不殺宣言にカールは安堵する一方で、疑問と困惑を感じた。身体を張ってマオの捻じ曲がった思考を修正させた一幕も()に落ちない。カールのそうした想いはすべて、ユランが血族――グレキランスの地を侵攻する敵であるという一点に立脚している。味方の裏切りを敵に救われた状況はありがたくはあるが、奇妙な印象を(ぬぐ)えない。


 いつの()にやら周囲に(つど)った兵士たちも、カールと似たような戸惑いを顔に浮かべている。明らかにマオを憎悪する目付きもあったが。


 蒼天を行く鷹を見上げて満足そうな表情をしているユランに、カールは投げかけた。


「……いくつか質問しても?」


「カールって言ったな、確か。いいぞ。なんでも()いてくれ。民の言葉に耳を傾けるのも領主の務めだ。っと、その前に」


 ユランはその場で手のひらを頭上に(かか)げると、一気に振り下ろした。()えないなにかを突き立てるかのように。直後、なにもなかった地面に、彼の身長よりは少し低いくらいの一本の赤い旗が立っていた。布地を風にはためかせて。


「その旗はいったい……」


「これか? これは制圧旗(せいあつき)って言ってな、なんて説明すりゃいいかな。ほかの貴族たちにアピールするためのもん、かな。ここは俺の縄張りだから手出しすんな、って感じに。絶対に壊れないし、絶対に抜けない。そういう道具だ」


「はぁ」


 少なくともユランの言葉に嘘は感じられない。


 おそらくは魔道具の(たぐい)なのだろう。布の色味は、ユランの服よりもずっと濃い赤だった。血の色と言えば不吉だが、ユランの言葉通りなら(かえ)って安全を示す代物に思える。第一に、ユランはここの人々を殺すことはない。第二に、この制圧旗なるものによって、ほかの貴族の部隊から狙われることもなくなる。ただ、この第二の点に疑義(ぎぎ)がある。


「グレキランス一帯を侵攻している貴族の部隊は複数あるのだろう? この旗を無視して襲撃するような(やから)もいるのでは……」


「まあな。口約束みてえなもんだ。でも、安心していい。制圧旗のルールを決めたのはヴラドだ。あいつに逆らう奴なんていねえだろうな」


 ヴラド。その名はカールも知っている。魔王を除き、人間の(あいだ)に伝わっている唯一の血族だ。物騒な逸話(いつわ)ばかりが書物で語られている。確かその二つ名は――。


「夜会卿か」


 思わず口にしたカールに、ユランは一瞬きょとんとした。


「あいつ、グレキランス地方でも有名なのか」


「まあ、良い話はひとつもないが」


「アハハ。違えねえ。あんなもん、誰が見ても悪党だ。でも手下は多い。今グレキランス地方に来てる軍でも最大勢力がヴラドだ。人数的にも質的にも。だから、あいつが決めたルールを破るなんてとんでもねえことさ」


「夜会卿がルールとやらを反故(ほご)にする可能性はないのか?」


 ユランは即座に首を横に振って否定した。


「あいつはルールに敏感だ。自分で決めたことを自分で破るなんて真似はしねえよ。ひでえ奴だけど、キッチリしてんだ」


 カールはそれで納得したが、ほかの兵士はそうではないらしい。互いの顔を見やって当惑の表情を交換している。しゃがみ込んで(うつむ)いたままのマオも、きっと同じだろう。それも当然だ。彼らに言葉の真偽を見抜くすべはないのだから。


「彼の言葉はすべて真実だ。ここがほかの血族に襲撃される危険性はほとんどないだろう」


 カールの言葉に、多くの兵士が深く息を吐く。安全地帯。そこにいると分かれば誰だって安堵するものだろう。目の前の敵が攻撃の意志を見せない以上、なおさらだ。


 カールも無意識に気を(ゆる)めていたのだろう。自然と(たず)ねていた。


「しかし、マオの攻撃で傷ひとつないとは。服も一切損なわれていない。血族は誰しも貴方(あなた)くらい強いのか?」


「いや、普通は傷つくし、マオの大砲で死んでるだろうな。最後の攻撃は、たぶん、ほかの貴族や精鋭にも通用する」


「なら、なぜ無傷なんだ?」


 ユランは得意気に鼻を鳴らし、自分の胸を拳で叩いた。


「俺はとびっきり丈夫なんだ。なにせ、ドラゴンを使役(しえき)してるからな! 知ってるか、ドラゴン! どうだ! かっけえだろ!?」


 ドラゴンという魔物は書物で目にしたことがある。滅多に出現しない魔物だ。ゆえに、ほとんど例がない。習性も謎に満ちている。それを使役しているなどとは信じられないが、ユランの言葉には今度も嘘がなかった。


 ただ、とカールは思う。真偽術(トラスト)も絶対ではない。事実とは異なることが往々(おうおう)にしてある。言葉の真偽は見抜けても、当人が事実誤認しているか、強烈に思い込んでいる場合は、嘘とは判定されない。


「俺の身体はな」と、ユランは陶酔(とうすい)した様子で語る。こちらの反応などおかまいなしに。「ドラゴンと契約したことで特別な力を授かったんだ。先祖代々受け継がれてる力なんだぜ。『竜の護鱗(ドラゴン・スケイル)』。普段はただの肌だけどよ、攻撃に対しては無類の防御を発揮する。意識してやってるわけじゃねえ。無意識に発動するんだ!」


 ドラゴンの硬さはカールの知るところではない。というより、グレキランス一帯のほぼすべての人々の理解の埒外(らちがい)だろう。確かマグオートに出没したドラゴンの一種――水晶竜(すいしょうりゅう)を討った戦士がいると耳にしたことがある。その戦士ならば、ドラゴンの鱗について納得したかもしれない。とはいえ、希少かつ個体差の激しい魔物だ。鱗ひとつであっても一概に語れるものではないだろう。


「で、服のことだな。これもよお、先祖代々の特別な品――貴品(ギフト)だ。魔術が()り込まれてるが、防御の類じゃない。俺の肉体の状態に合わせて変化するってだけのもんだ。名前は『貴人の礼装(ミランドラ)』」


「状態に合わせて変化というと……感情の波によって盾になったり、剣になったりするのか?」


 だとしたら強力無比だ。しかし、どうやら違うらしい。


「いいや。カール。感情は関係ねえんだ。俺の皮膚が傷付けば、服も裂ける。そんだけのもんだ。まあ、健康でいりゃ劣化しない服、って考えれば上等なもんさ。それに、ドラゴンを使役するにはちょうどいい」


 ちょうどいい、の正確な意味は分からなかったが、『竜の護鱗(ドラゴン・スケイル)』のことを言っているのなら得心がいく。堅固な肌を持っていれば服が損傷することもなかろう。


 ユランの披露した事柄は興味深いものがあったが、カールは言わねばならないことに意識を向けた。一個人としても、イフェイオンの住民としても。


「ユラン。いや、ユラン公爵と呼ぶほうがいいだろうか?」


「なんでもいいぜ。ウルトラ・ドラゴン卿って呼ばれたいけどな! 誰も呼んでくれねえ! アハハ」


「……ウルトラ・ドラゴン卿」


「お! 呼んでくれるのか! いいねえ!」


 ユランの子供じみた喜びようは無視して、カールは深々と頭を下げた。


「裏切られた私たちを救ってくれて、ありがとうございます。そして誰ひとり殺さないとおっしゃったことも、感謝します。ウルトラ・ドラゴン卿。貴方(あなた)が人間の兵器――白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の爆破の被害がこの町におよばないよう、気遣っていただいたことも察しております」


「ん? 別に救ったつもりなんてねえよ。当たり前のことをしただけだ。それに、誰も殺さないって決めてるからな。無駄に傷つけるつもりもねえ。これは俺の矜持(きょうじ)の問題だ。頭を上げてくれ」


 それは察しがついている。この男――ユランは天然自然の正義漢だ。礼を求めていないことくらい百も承知。


 それでも救われた立場には変わりない。未だ悄然(しょうぜん)としているマオも改心しているといいのだが。


「どうあれ助かりました。それゆえ、感謝を申し上げます。これもまた、私自身の矜持の問題です」


 温かな日光が降り注ぐなか、カールの耳にした「そっか」という丸みを()びた声は、牧歌的な風景に溶け合うような響きだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『カール』→クロエたちが王に謁見した際に、同席した真偽師(トラスター)。王都随一の実力者だが、メフィストの嘘を見抜くことが出来なかった。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『263.「玉座と鎧」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ドラゴン』→巨大な有鱗の魔物。滅多に出現しない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『水晶竜』→水晶に覆われた身体と退化した翼を有する大型魔物。滅多に出現しない。詳しくは『幕間.「西方の女戦士」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて

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