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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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Side Carl.「悲劇は常に意想外の方角から」

※カール視点の三人称です。

 宙で爆発する物体。カールがその正体――白銀猟兵(ホワイトゴーレム)――に気付いたのは、爆音が耳を揺さぶるほど激しくなってからだった。風には、金属が焼けるような独特な(にお)いが混ざっている。


 魔女の邸の敷地からやや離れた場所で、彼は呆然としていた。様々な可能性を頭に(えが)いてしまう。魔術によって白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を爆散させているだとか、一定の高度に達すると爆発してしまう欠陥を(かか)えているだとか。


 破壊された際に、白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が周囲を巻き込んで壊滅的な自爆を引き起こす代物であるという事実を、カールは知らなかった。イフェイオンにいるほぼすべての人々が同じだったろう。真相を知るのは交信魔術師とマオだけである。


「総員集合!」


 後方でマオの叫びがする。それから数分ののち、簡易的な鎧を着込んだ兵士たちがイフェイオンの(ふち)へと姿を現した。


 爆発音は窪地の内部まで届いていたのだろう、イフェイオンに配属された騎士団員を中心に構成された、総勢五百名の兵士が次々と集まってくる。


「総員、邸の五十メートル手前で隊列を組んで待機! 合図があるまで一切行動するな!」


 マオの指示に戸惑(とまど)いながらも、兵士たちは魔女の邸の手前で足を止めた。


 カールの見る限り、全勢力がこの場に結集しているようである。イフェイオンでの戦闘は基本的に少数で血族の尖兵(せんぺい)を叩きつつ、交代要員を次々に送り込み、一定数は町から窪地の外へと抜け出る穴で待機する作戦だったはず。そんなカールの疑問は、兵士も同様に抱いたのだろう。何人かがマオに説明を求めたが、ものの見事に無視された。


 ただ、この瞬間が非常事態だということは誰もが認識していたことだろう。イフェイオンの北方に点在する白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が次々と撃破されているのは、もはや明白だったからだ。爆風が邸の木々をざわめかせ、空に閃光が放たれる。


 カールの隣には、またぞろ気配なくマオが立っていた。マオの存在感のなさと、接近しつつある爆音とが混じり合ったせいに違いない。


「……司令官殿。町に兵員を()くべきでは? それともなにか作戦が?」


 爆発の下で、なにやら赤い影が揺らめいている。


「作戦はある」


「具体的には?」


「それをあんたに言う必要はない」


 マオの言葉に偽りはない、とカールは読み取った。司令官はなにかしらの戦略のうえで、この行動を取っている。しかし全貌(ぜんぼう)どころか、欠片(かけら)も意図が()み取れなかった。ただ、ほかの兵士を後方に待機させ、例の赤い影――敵を見据える姿勢は(いさぎよ)いのかもしれない。司令官としてはどうかと思うが、少なくとも、最前線で敵を迎え撃とうとするマオに、騎士の()るべき態度を感じ取ることは出来る。その横顔になんの覇気もなくとも。表層と内面は往々(おうおう)にして異なるものだ。


 爆音と、それに(ともな)う爆風はいささかも衰えることなく続いている。ただ、奇妙なのは爆音も爆風もこれ以上強くなっていない点だった。赤い影はどんどんこちらに――五百メートル圏内(けんない)には入っているというのに。


「……たったひとり?」


 思わず、驚きが声となって漏れ出していた。カールの目には、ひとり分の影しか映っていない。全身が赤の衣服で覆われた人物。そいつは迫りくる白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の腹を拳で穿(うが)ち、()の空へと投げ飛ばしている。


 白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が夜間、魔物を相手に戦う姿をカールは何度か確認したことがあった。大型魔物にも一切(ひる)まず、ほとんど一方的に蹂躙(じゅうりん)してしまうその兵器に戦慄(せんりつ)さえ覚えたものだ。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)ならば、血族の軍勢を相手にしても人間以上の戦果を上げるに違いないとさえ思った。それが、今やたったひとりの敵にあっさりと破壊されている。


 イフェイオンの北側に配置された白銀猟兵(ホワイトゴーレム)は残り五体に減っていた。例の影は二百メートル先まで迫っている。肌の色は紫。したがって血族である。丈の短い赤の上着に、同系色のズボン。そして赤のブーツまで見えた。短い髪まで服と同じ色である。ところどころに金色や銀色が煌めくのは、服の装飾のためだろう。


 五体の白銀猟兵(ホワイトゴーレム)は、同胞(どうほう)と同じ運命をたどった。腹部への一撃。空中への投擲(とうてき)。そして爆発。


 最後の一体が北の空へ散る頃には、血族はもう十数メートル先にいた。あれほどの数の白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を討ち取ったというのに、貴族趣味丸出しの衣服にはほつれひとつ見出せない。身長は二メートル近くで、体格の良い男だった。


 白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を始末してこちらへと向き直った血族に対し、カールは息を呑んだ。


 なぜ、という自問が頭に充満する。


 なぜ、そんな笑顔なのだ。


 男は両腕を広げ、快活(かいかつ)な笑みを浮かべて(あゆ)んでくる。敵意などないかのように。


 いや、とカールは思い直す。見抜けないだけだ。きっと自分の見えないどこかに非道な罠が隠されている。それは思いもよらぬところからやってきて、一瞬で自分を地獄に叩き落すに違いない。


 警戒心を緩めないカールとは対照的に、マオは平然としていた。


貴殿(きでん)は血族の尖兵ですか?」


 マオの声には、少しの震えと、しかし決然としたなにかが宿っていた。


「俺か? 俺は尖兵じゃない。大将だ」


 血族の男は、顔立ちや身体に見合った豪胆な調子で返す。少し気安い口調なのは、演技ではないだろう。おそらく性格によるもの――とカールは読み取り、そこで思考を中断させた。自分に分かるのは言葉の真偽だけで、そこから導き出される物事は憶測でしかないからだ。


 油断してはならない。決して。


「大将ですか。では、軍はどちらに?」


「軍? 俺はひとりでグレキランス地方に来た。魔物一体さえ連れてない」


 血族の貴族がそれぞれの軍を(ひき)いて戦争に参加していることは周知されている。カールの耳にも前情報として入っていた。ゆえに、この男の言葉は信じがたい。信じがたくとも、真実を述べているのだから、おぞましい。


「……では、貴殿はたったおひとりで戦地に乗り込んだのですね。ところで、お名前と爵位を伺っても?」


「俺はユラン。爵位は公爵。気軽にウルトラ・ドラゴン卿と呼んでくれ」


 珍妙な二つ名は無視して、マオが淡々と(たず)ねる。


「公爵とは、ラガニアでどれほどの地位なのでしょう?」


「一番偉い。といっても、王族の次だけどな」


 この問答はなんなのか、カールにはさっぱり分からなかった。ただ、ユランと名乗った男の言葉にはひとつたりとも嘘がない。とんでもない詐術(さじゅつ)にかけられているのかもしれないと思ってしまうくらいに。


「カール。真偽師(トラスター)としての仕事をしてくれ」とマオが呟く。


 答えない。嘘をつく。それらの選択肢はあった。が、今のカールにあるのは言葉の真偽を見抜く力だけだ。マオの戦略上、真偽が重要になるならば、役目をまっとうしなければならない。そしてなにより、カール自身が真偽師(トラスター)としての自分に――あれほど辛酸(しんさん)()めたというのに――最後の誇りを(たく)してもいた。


「この血族の言葉に嘘はない。真偽師(トラスター)として保証する」


 カールは自然と拳を握り、告げた。


 ゆらりとマオの身が揺れる。膝を突き、両手を地面に触れさせた。


霊樹操術(リベロ・ピアンタ)!!」


 樹木の魔術。マオがその稀有(けう)な魔術の使い手であることは有名な話だ。といっても、カールがそれを知ったのは兵士たちの会話を通じてだが。


 地面を魔力が駆ける。やがて、めりめりと大地の裂ける音がして――。


 カールの足元で樹木が伸び、彼を捕縛した。後方の兵士たちを見やると、そこに彼らの姿はなく、代わりに、頂点が球状に膨らんだ大樹がそびえている。樹木製の巨大な球体の内部に兵士が押し込められるさまが、一瞬だけカールの目に映っていた。


 マオは両手を地面から離すと、(ひざまず)いたまま片手を胸に当て、ユランを(あお)いだ。


「ユラン公爵閣下。僕は降伏いたします。個人的に。……血の気の多い兵士たちも、この町も、閣下に捧げます。だからどうか――僕をラガニアで(かくま)ってください」


 悲劇は常に思いもよらぬところからやってくる。


 カールは血の(にじ)むほど強く唇を噛んだ。


 マオの言葉には、ひとつも嘘がなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『カール』→クロエたちが王に謁見した際に、同席した真偽師(トラスター)。王都随一の実力者だが、メフィストの嘘を見抜くことが出来なかった。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『263.「玉座と鎧」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『真偽師(トラスター)』→魔術を用いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を担う重要な役職。王への謁見前には必ず真偽師から真偽の判定をもらわねばならない。ある事件により、真偽師の重要度は地に落ちた。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『261.「真偽判定」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『霊樹操術(リベロ・ピアンタ)』→大地に張り巡らした根を操作する樹木の魔術。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて

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