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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Laurence.「永遠の夜か、未知なる未来か」

※ローレンス視点の三人称です。

 応接室には一触即発の空気が流れていた。館の人員を確保したいレンブラント側と、なんとしてでも阻止したい館側との思惑が衝突し、剣呑(けんのん)な雰囲気を作り出している。


 レンブラントは退屈そうに片手をひらひらと空中で遊ばせた。さながら、空気の(よど)みを払うように。


「ルイーザちゃんたちは、どうしてローレンスくんがそんなに大事なんだい?」


 レンブラントの問いに対し、いくつもの声が重なる。


「雇用主だから」「居場所だから」「友達だから」「愛してるから」「娘の友達だから」


 レンブラントは困ったように笑い、片肘を突いた。


「一斉に喋られるとなにがなんだか分からないねえ。それに曖昧だ。ローレンスくんは、みんなのことが大事かい?」


 水を向けられて、ローレンスは即座に頷いた。自分で傷付けた額がまだ痛む。


「なんで大事か、ちゃんと教えてくれないかな。おじちゃんにも分かるように。長くなってもいいよ。おじちゃんたちは夕方頃に館を出られればそれでいいから」


「ボクはぁ――」


 ローレンスが話しはじめると、レンブラントはゆったりと椅子にもたれ、ときどき頷いたり、目を閉じたり丸くしたり、下唇に指の背を当てたりと、様々な反応を見せた。一方でナターリアは相変わらずまばたきのない無表情。ただ、視線はローレンスに固定していた。


 ローレンスはなにひとつ隠すことも、脚色(きゃくしょく)することもなく、この疑似家族の面々が現在に至るまでの経緯を語った。


 そこには無論、自分自身の過去も含まれる。


 かつては存在した町、ペルシカム。そこの領主に拾われた捨て子がローレンスだったこと。魔術師になったことで町の人々からも領主からも(けむ)たがられるようになったこと。やっとの思いで作った隠れ家を、ルイーザに奪われたこと。それからはルイーザと距離を縮め、友達のような関係になったこと。やがてローレンスが領主の手により魔物の生贄にされかかったところを、ルイーザが助けてくれたこと。その際、町は魔物に壊滅させられたこと。壊滅した領主の館をルイーザが魔術で復旧させたこと。


 崩壊前夜のペルシカムを、魔術による架空世界――『魔女っ娘ルゥ』で再現したこと。ローレンスの愛猫(あいびょう)であるナーゴは、現実では領主に殺されてしまったが、架空世界で人間として活躍させたこと。


 ルイーザが勇者と旅に出てしまったこと。その後、マグオートから秘密()に追放されたマーチが館にやってきたので、使用人として永久に雇い入れたこと。


 冒険家『命知らずのトム』の友達として獣人世界から追放されたエーテルワースが、トムの病を治してもらうべく、()りし日のペルシカムの人々に頭を下げたこと。しかし他種族への忌避(きひ)の風潮から痛罵を受け、トムの故郷であるマグオートを頼ったこと。マグオートに着く頃には既にトムは事切れており、エーテルワースはなにもしてやれなかったこと。人々から石を投げられながら、失意のうちに彼がマグオートを去ったこと。憎悪に呑まれ、彼が崩壊後のペルシカムを襲撃し、マーチに撃退されたこと。気を失った彼を架空世界の住人として『魔女っ娘ルゥ』に送り込んだこと。


 王都を追放され、ハルキゲニアの支配者として君臨していたエリザベートが、ルイーザによってグレキランス地方に戻ってきたこと。ルイーザが、ローレンスの館を乗っ取ると宣言し、自分が快諾(かいだく)したこと。


 ルイーザが母親の支配魔術(ドミネーション)により、魔術の研鑽(けんさん)をしなければならないという呪いをずっと受け続けていたこと。全身に魔術製の墨で魔紋(まもん)を彫り込んでいたこと。墨は、使えば使うほど神経を(むしば)むこと。そうまでしてしまうほど、母親の呪いが強かったこと。


 館にクロエとその仲間が訪れて、仮想世界が消失したこと。それによりエーテルワースは解放され、ナーゴは奇跡的に人間として転生したこと。クロエによって墨が除去され、その際の痛みだけ自分が肩代わりしたこと。


 ルイーザがクロエに倒され、魔術と記憶を失ったこと。


 憎悪に染まったエーテルワースを、マーチがすべて受け入れると約束したこと。


 語り終える頃にはもう、夕暮れ時だった。もし応接室に窓があったなら、雲ひとつない空から壮絶な西日が射し込んで、部屋全体を蜜色に染め上げたことだろう。人間の肌も、血族の肌も、獣人の毛も、等しく同じ色に。


「それで、ようやく今の平和を手に入れたってことかい。戦争に参加せずに館に()もってたのも、争いはうんざりだって気持ちからかな?」


 レンブラントに問われ、ローレンスはしばし答えに(きゅう)した。争いよりも、誰かを憎悪したり、誰かが犠牲になったりすることにうんざりしていた向きはある。ただ、それが館に閉じ籠もった理由かと言うと、違う気もした。


 人間として戦線に立つ選択肢もあったし、どこかに避難することだって出来た。でも、そうはしなかった。


「ここがみんなの居場所だから」


 ほとんど無意識に、ローレンスはそんなふうに返していた。正解かどうか自分でも分からないけれど、戦争がはじまると(しら)されてからの彼の気持ちに、しっくりと溶け込む言葉ではあった。


「居場所を守るために戦おうとは思わなかったのかい?」


「思わなかった。ただ居たいだけだから」


「ただ居たいだけねえ……」


 レンブラントは首の後ろで両手を組み、ナターリアに顔を向けた。


「ナターリアちゃん。ここまでのローレンスくんの言葉に嘘はある? ひとつでも」


「いいえ、ございません。すべて真実です」


 王都には、他者の言葉の真偽を判定する魔術が存在する。会得方法はひた隠しにされていたが、それと同じことがナターリアにも出来るのだろう。世界は広い。そんな広い世界を見てきたルイーザが、失って、代わりに得て、今ここに座っている。それを奇跡と呼ぶことに、ローレンスはなんの躊躇(ためら)いも感じない。


「あー、なるほどねえ。全部本当、か。そりゃ奇妙な縁だ。たったひとつでも欠けたら、確かに駄目な気がするねえ。……いっそ全員アスターに移住してみる? おじちゃんが面倒見るよ。ひとりはヴラドに渡さなきゃならないんだけどねえ」


「居場所はここでいい」とローレンスは呟いた。


 どこかほかの場所を大切にするのもいいと思う。現に、エーテルワースには樹海に戻るという選択肢がある。つまり、居場所が増えたのだ。でも、それはかつての居場所と引き換えにするものではない。移住とは意味が違う。


 かつてのルイーザが直した館。ここが居場所じゃなくなってしまうのは、駄目なのだ。


 沈黙が積もっていく。ローレンスはじっとレンブラントを眺めて黙っていた。相手はというと、中折れ帽を目深に被り直し、顔の上半分が隠れてしまっているので表情は分からない。口は硬く結ばれていた。


 何分経過しただろう。レンブラントは帽子を指先で押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。目だけは真剣そのもので。


「なら、賭けをしよう。ローレンスくんが勝ったら、おじちゃんたちはなにもしないで退散する。負けたら、ローレンスくんはこっちの決めた通りに、ヴラドへの(みつ)ぎ物になってもらう」


 言って、レンブラントはテーブルに小箱を置いた。片手に収まってしまうサイズの、紫と黒の(まだら)な線が描かれた箱。


「これは強制転移箱と言ってね、決めた相手を箱に閉じ込めて強制的に転移させる道具だ。何人でも閉じ込められるけど、転移機能を起動させると、この箱は丸ごと別の場所に消える。転移先はアスターの城の内部、つまりヴラドの本拠地。貴重な道具でねえ、各部隊長はこれをひとつだけ持たされてる。おじちゃんの言いたいことは分かるかい?」


「……ボクが負けたら、その箱に入って飛ばされる」


「そう。本来なら合意なんて無しに相手を閉じ込めておしまいなんだけどねえ、ここは公平にいこうじゃないか。カジノ的にねえ」


 それでいいと思った。だからローレンスは頷いたのだが――。


「駄目だ! ローレンスだけ犠牲になるなど承知出来ない。私も賭けの対象にしてもらう」


 マーチがそう言うと、次々に「あたしも!」「吾輩も!」「ナーゴも!」「あたくしも」と館の面々が続く。


「分かった分かった。ただし、箱に入ってもらうのはローレンスくんだけだ。あとのみんなは、戦争が終わったらアスターに連行させてもらう。さっきも言ったけどねえ、エーテルワースくんやルイーザちゃんを貢ぎ物には出来ないから。で、おじちゃんがきみたちの面倒を見る代わりに、ちょっとした仕事をさせるかもしれない。大丈夫、ローレンスくんに再会出来るよう手は尽くすよ」


「仕事ってぇ……?」


 ローレンスが思わず(たず)ねると、レンブラントはしばし天井を眺めていたが、やがて向き直った。


「革命の手伝い、ってところだねえ。おじちゃんね、色々仕事を持ってるんだけど、本業は革命()なんだよ。少し噛み砕いて言うと、ヴラドを潰してアスターを乗っ取る手引きをするわけ。まあ、細かい話はローレンスくんが賭けに負けたら話そうじゃないか」


 ローレンスが首を傾げたのも自然だろう。夜会卿ヴラドの配下にいながら、革命を目論(もくろ)んでいる。なら、戦争中に寝首を()けばいいのに。それこそアスターはヴラド不在なのだから、革命を起こすには絶好のタイミングだ。


 不思議な気はしたものの、ローレンスは諸々(もろもろ)の疑問を疑問のまま呑み込んだ。レンブラントにはレンブラントの事情があるだろうし、なにより重要なのは賭けである。


「さてさて、ここに銅貨が一枚ある」レンブラントは銅貨をテーブルに置いた。そして表と裏を、誰にも分かるように引っくり返して見せる。「ご覧の通り、偽造通貨だよ。本来なら表には太陽が、裏には月のマークが彫られてなきゃならないが、これには裏だけしか模様がない。表は見ての通り、まっさら。雑な偽造だろう? それで、だ。ローレンスくんは、おじちゃんが(はじ)いた銅貨の裏表を当てるだけ。簡単なルールだ」


 ちなみに、とレンブラントは続ける。


「裏の出る確率のほうが高い。彫られてる分だけ軽くなって、重さが偏るからね。確率の高い月のマークに賭けるか、確率の低い、まっさらな面に賭けるか。運命を決めるにはちょうどいいんじゃないかな。永遠の夜か、未知なる未来か。決めるのはローレンスくんだ」


 銅貨に魔力は感じない。つまり、なんの仕掛けもない。


 これで自分とみんなの()(すえ)が決まってしまうのかと思うと、ローレンスは少しばかりの責任を感じはした。


 けれど、もう決めてある。


 ローレンスはレンブラントを見つめて、「表」と告げた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ローレンス』→ルイーザの幼馴染。水魔術や変装魔術、果ては魔道具の作製など、魔術的な才能に溢れた青年。能天気な性格。愛称はローリー。詳しくは『第二章 第六話「魔女の館~①流星の夜に~」』にて


・『エリザベート』→ハルキゲニアの元女王。高慢で華美な人間。ルイーザの母。支配魔術の使い手。詳しくは『174.「ハルキゲニアの女王」』にて


・『ナーゴ』→ローレンスの飼い猫。ペルシカムの領主であるアレグリアに殺されたが、ローレンスとルイーザの作り上げた仮想世界『魔女っ娘ルゥ』で、人型の生命を得た。詳しくは『492.「ナーゴさん」』『515.「幸福のために」』『幕間.「流星の翌日に」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『マーチ』→ローレンスの館の使用人。彼に作ってもらった車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に乗って家事全般をこなす。度を越えて生真面目かつ不器用なので、よく空回りする。ローレンスにはマーちゃんと呼ばれているが、当のマーチは認めていない。もともとは王都の西方に位置する町、マグオートで戦士をしていたが、足を負傷したことにより追放の憂き目にあった。詳しくは『485.「マーちゃん」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は魔力の大部分と記憶を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』『第二章 第六話「魔女の館」』より


・『ペルシカム』→『魔女の湿原』の外れに存在した村。ローレンスの故郷。魔術師を忌避する価値観が根強い。ルイーザの魔術により壊滅した。詳しくは『第二章 第六話「魔女の館~①流星の夜に~」』にて


・『魔女っ娘ルゥ』→ローレンスとルイーザの魔術によって作り出された仮想世界。崩壊したはずのペルシカムをベースとしており、そこで生きる人々は崩壊の日を繰り返している。詳しくは『第二章 第六話「魔女の館~①流星の夜に~」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。他者に施された『支配魔術(ドミネーション)』を、同じ魔術で上書きすることは出来ない。解除後も、一度変形された自由意思は完全に元通りにはならない。詳しくは『117.「支配魔術」』『Side Johann.「ドミネート・ロジック」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた者の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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