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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Laurence.「消えた記憶の来訪者」

※ローレンス視点の三人称です。

 いくつかの話し声が聴こえる。華やいだ香りが鼻を刺激する。目を開けるのは億劫(おっくう)だったが、ローレンスはゆっくりと瞼を開いた。濃い茶色の天井が見える。薄明かりに照らされてしっとり濡れたような質感だった。頭にはじくじくとした痛みのほかに、冷えた感触と、まとまった重みがある。


 自分が館の一室――応接室の壁際に配置されたソファに寝かされていることに気付いた。部屋の中心には長テーブルがあり、そこにナターリアがいることにも。


 起きなければとは思うものの、気怠(けだる)くて仕方ない。顔をテーブルに向けるので精一杯で、額に巻かれた包帯のうえで氷嚢(ひょうのう)がズレてささやかな音を立てた。


「ローリー!」


 頭上に視線を向けると、泣きそうな顔で自分を覗き込んでいるナーゴと視線が合ったので、()いて笑顔を作ってみせた。大丈夫だと伝わるように。


 ナーゴの声がきっかけとなり、長テーブルの上座(かみざ)のエリザベート、彼女に一番近い席に座ったルイーザ、そして下座(しもざ)のナターリアが視線を寄越した。


「ゆっくり寝てなさいよ。馬鹿じゃないの、本当に」


 ルイーザがさも不機嫌そうに言うけれど、心配してくれてると分かってるから嬉しくなる。だから、それと同じくらい、意識を集中させる。身体に流れる魔力を制御する。


 彼の集中を破ったのは、ナターリアの声だった。


「ローレンス様。ご無事でなによりです。暗渠の谺(ファントム・ペイン)でしたか、素晴らしい魔術でした。ただ、既に対処済みですので、これ以上の自傷はお控えください。ローレンス様との痛覚の共有は気絶した段階で()たれておりますし、今後、共有が繋がることもございません」


 ローレンスは脱力した。ナターリアの言葉は虚飾(きょしょく)がない。全部本当なのだろうと彼には思えた。


「ボクはぁ……どのくらい、気絶してたのぉ?」


「わたくしが紅茶を()れるまで。十数分程度よ」


 エリザベートの返事はひどく落ち着いていた。


 事実、気絶したローレンスは応接室に運ばれ、すぐに包帯や氷嚢などの手当てが行われ、エリザベートが紅茶を用意したのである。意識を失ったローレンスの知るところではなかったが、彼女の応対は主人への気遣いと客人へのもてなしを両立していた。


 客人。


 そう、エリザベートは完全にナターリアをもてなす態度に移行していたのである。蒸らした紅茶を適温まで冷まし、優雅な所作(しょさ)でナターリアに(そそ)いでみせたさまは、貴婦人じみていた。ナターリアへ抵抗しようとするルイーザやナーゴを叱咤(しった)するように黙らせたのも彼女である。


「ていうか」ルイーザがカップを両手で挟んで、手のひらを温めながら口を尖らせる。「なんであたしの名前を知ってるわけ?」


 ナターリアへの問いかけである。確かにルイーザは名乗っていないし、ローレンスも彼女をルゥとしか呼んでいない。


「簡単な話です、ルイーザ様。わたくしたち血族はルイーザ様のことを知っております。ルイーザ様が魔力の大部分を失い、魔術を行使出来ないことも、記憶を失ってしまったことも、聞かされておりますから。ニコル様……ルイーザ様のかつてのご友人からです」


 ルイーザは肘を突き、ナターリアから視線を外す。自分の記憶が消えてしまったことは、彼女自身も分かってはいた。ゆえに、見ず知らずの血族の(あいだ)で有名人だなどとは思いも寄らない話である。そしてニコルという名前にも当然覚えがない。


「わたくしどもの部隊長は、ルイーザ様にお会い出来ることを喜んでおりましたよ。そろそろ来る頃です」


 ルイーザは露骨に顔をしかめた。なんのことやら分からないのだろう。ローレンスも意識が混濁した状態にあっても、ナターリアを指揮する部隊長とやらがルイーザに会いたがっている理由が分からない。ただ、館の裏手にいた――そして今は廊下をゆっくりと進んでいる血族の気配が、彼女の言う部隊長であることは想像出来た。それなりに偉い立場だろうに、わざわざ館に足を運んだのもルイーザのためだろうか。


 やがてドアが開き、ローレンスは目を見開いた。


 中折れ帽を被った長身の血族が、例の椅子に収まってぐったりしているマーチを押し、肩にエーテルワースを背負っている。


「マーちゃん! ワースくん!」


 飛び起きたせいで頭に鋭い痛みが駆けたが、そんなこと気にしていられない。立ち上がるほど体力は回復していなかったが、本当なら二人に駆け寄り、無事を確認したかった。


「大丈夫だよ、二人ともちょっと気絶してるだけ」と長身の血族が言う。「おじちゃん、手加減は知ってるから」


 血族へと歩み寄った影はふたつ。エリザベートとナターリアだ。二人ともマーチとエーテルワースの様子を確認すると、後者をもうひとつのソファに寝かせ、前者は椅子に収めたまま、しかし長テーブルからは少し離れた位置に(はい)した。


「外傷はないようですね」とナターリア。


 同調するように「ええ、よかったわ」とエリザベートが安堵(あんど)の息をつく。そして()を置かず、長身の血族にお辞儀をした。「あたくし、ルイーザの母のエリザベートと申します。どうぞ、よろしく」


 すると男はへらへらと相好(そうごう)を崩し、軽く会釈した。


「ああ、お母様ね。どうもどうも。おじちゃんはレンブラント。夜会卿の第三部隊長をやらされてる者……って言えばいいかな。そうそう、みんなのことはナターリアちゃんから全部交信魔術で聞いてるから、名乗る必要はないからねえ。エリザベートちゃんに、ナーゴちゃん。ローレンスくん」


 レンブラントと名乗った男は言葉を切り、ルイーザをまじまじと見つめ、満面の笑みを浮かべた。


「なによ、おっさん。気持ち悪い」


「失礼なこと言っては駄目よ、ルイーザ。ごめんなさいね、教育が行き届いておりませんもので……」


 慌てて頭を下げるエリザベートに対し、レンブラントは小さく首を横に振った。ナーゴは『ちゃん』付けの訂正を求めているのか、彼を睨んだものの、口を挟む隙はなかった。


「いやいや、それでこそルイーザちゃんだ。おじちゃんは自然体のルイーザちゃんが好きなんだよ。いやぁ、懐かしいねえ。おじちゃんのことも忘れちゃったかな?」


「あんたなんか知らないし、興味ない」


「残念。記憶喪失は本当らしいねえ。一年くらい前かな、ルイーザちゃんはおじちゃんの住む街に来たんだよ。アスターっていう血族の街。そこで、意地の悪ーい魔術師にいじめられてたルイーザちゃんを、おじちゃんが助けてあげたんだよ。それでちょこっと仲良しになったんだけどねえ……まあ、忘れちゃったなら仕方ないか。でも、また会えて嬉しいよ。元気そうでなにより」


 ルイーザは心持ちテーブルに身を乗り出してレンブラントを見ていたが、やがて腕組みして顔を()らした。


「だから、知らないし」


 ローレンスはぼんやりとする視界で一場を眺めていた。ルイーザの記憶が消えてからというもの、いくつかの過去を彼女に語ったことがある。そこには勇者との旅立ちも含まれていたが、彼女は無関心だった。思い出せないことなんてどうでもいい、とも言っていたっけ。レンブラントと名乗る血族との記憶もまた、今のルイーザにとって重要ではないのだろう。


「「ん」」とふたつの音が室内に鳴る。マーチが頭を押さえて顔を上げ、エーテルワースが身を起こしたところだ。


 二人がレンブラントを見据え、剣に手を伸ばすのも同時だった。


「おっと、ここで暴れるのは無しにしよう。おじちゃんはマーチさんにもエーテルワースくんにも傷ひとつ付けずにここまで運んだんだ。さっきは襲撃者だなんて言ったけどねえ、あれは言葉の(あや)だよ。おじちゃんはきみたちに危害を加えるつもりはない。分かったら、剣から手を離すこと。いいね?」


 実際、二人は無傷である。しばしの()を置いて、マーチとエーテルワースは大人しく武器から手を引いた。


 レンブラントは満足気に頷き、それからナターリアに苦笑を向けた。


「ナターリアちゃん。替えの服、出してくれるかな? おじちゃん、見ての通りボロボロになっちゃったからねえ」


「承知いたしました」


 言うや(いな)や、ナターリアは空中へ手を伸ばす。その腕が透明ななにかに(さえぎ)られるように消え、彼女が腕を引くと元通りになった。が、最前(さいぜん)とは違った物が一点ある。彼女の手は大ぶりのトランクを掴んでいた。


「どうぞ」


「どうも。それじゃ、おじちゃんは廊下で着替えてくるから、みんなは仲良くお喋りするといいよ」


 そう言い残し、レンブラントは扉の先へと消えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ローレンス』→ルイーザの幼馴染。水魔術や変装魔術、果ては魔道具の作製など、魔術的な才能に溢れた青年。能天気な性格。愛称はローリー。詳しくは『第二章 第六話「魔女の館~①流星の夜に~」』にて


・『エリザベート』→ハルキゲニアの元女王。高慢で華美な人間。ルイーザの母。支配魔術の使い手。詳しくは『174.「ハルキゲニアの女王」』にて


・『ナーゴ』→ローレンスの飼い猫。ペルシカムの領主であるアレグリアに殺されたが、ローレンスとルイーザの作り上げた仮想世界『魔女っ娘ルゥ』で、人型の生命を得た。詳しくは『492.「ナーゴさん」』『515.「幸福のために」』『幕間.「流星の翌日に」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『マーチ』→ローレンスの館の使用人。彼に作ってもらった車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に乗って家事全般をこなす。度を越えて生真面目かつ不器用なので、よく空回りする。ローレンスにはマーちゃんと呼ばれているが、当のマーチは認めていない。もともとは王都の西方に位置する町、マグオートで戦士をしていたが、足を負傷したことにより追放の憂き目にあった。詳しくは『485.「マーちゃん」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は魔力の大部分と記憶を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』『第二章 第六話「魔女の館」』より


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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