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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Laurence.「自覚なき天才」

※ローレンス視点の三人称です。

 エリザベートがよろめきつつ後退する。得意の魔術である支配魔術(ドミネーション)を血族の女性――ナターリアに打ち破られたことがよほど衝撃だったのだろう。かつてヨハンに支配魔術(ドミネーション)の裏をかかれた過去は例外的なものとでも考えていたのかもしれない。


「どうやって……」


 すっかり青褪めた顔でエリザベートが問う。ナターリアは下腹部で手を重ねた姿勢を崩すことなく、即座に口を開いた。


「トリガー式の忘却魔術です。あなたが――いえ、いつまでも『あなた』と呼ぶのも礼を(しっ)しておりますね。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「……エリザベートよ」


「ありがとうございます。さて、支配魔術(ドミネーション)の対処についてでしたね。エリザベート様が支配魔術(ドミネーション)の手続きに入った時点で、わたくしは自分に忘却魔術をかけました。エリザベート様への意思表明、厳密に申しますと、わたくしがエリザベート様に対して自由意思に(もと)づいて何事かを発言した時点で発動するように。忘却範囲は自分自身の発言のみ。わたくしは支配魔術(ドミネーション)にかかったと同時に、支配されたことを忘れたのです」


 ナターリアの言葉は抑揚(よくよう)滑舌(かつぜつ)()明瞭(めいりょう)で、聞き漏らしようがない。それでいて、彼女自身の感情は一切見通せない声だった。自尊心も嘲笑も、まったく含まれていない。ただ事実を伝えているだけ。


「エリさん。ルゥ。ナーゴ。踊り場までぇ……下がってて」


 ローレンスはエリザベートと入れ違いに前進する。ナターリアへと。


 直線距離にして十メートル。そこでローレンスは足を止め、ナターリアと対峙した。背後では階段を上るヒールの音がする。そこに、二人分の足音が加わった。どうやら全員、エントランス正面の踊り場へ避難してくれたらしい。見ずとも分かる。


 ローレンスはナターリアをじっとり凝視し、無意識に身体を揺らした。


「さっき言ってたぁ……査定(さてい)ってなに?」


「その前に、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「……ローレンス。……ローリーって呼んでいいよぉ……イヒ」


 ローレンスにとって、ナターリアはまだ敵とも味方とも――それ以外の何者かも判然としなかった。ゆえに、普段通りの態度で接したのである。支配魔術(ドミネーション)を突破したくらいで敵だと断定することは出来ない。ナターリアの説明を聞いて素朴に、すごいなぁ、と思ったくらいである。


「ありがとうございます。ローレンス様、査定の説明でございますね」


 様付けで呼ばれるのは好きじゃない。なんだか偉そうな気がするから。けれど、彼が訂正するよりも前にナターリアが言葉を続けた。


此度(こたび)の戦争において、ヴラド様は自軍の部隊長に司令を出しました。特別な生命――人間や他種族を、ひとり以上捕獲して捧げるように、と。わたくしの所属している部隊長の(めい)により、この館を標的に定めた次第です」


「それってぇ……」ローレンスはゆらりと右手を伸ばした。ナターリアへと。「誘拐するってことだよねぇ……」


「ローレンス様のおっしゃる通りです。ただし、部隊長の望みは館の全員を捕獲することではございません。あくまでも特別なひとりだけを選ぶ予定です。ゆえに、査定と表現いたしました」


「そっかぁ……」


 館のひとりを(さら)いに来た。これで、ローレンスにとっても目の前の女性がどういう相手かはっきりした。


 ナターリアへと向けた手のひらに魔力を集中させる。


水弾(リーヴ・バール)!」


 球状の水が形成され、ナターリアへと放たれるまでに一秒もかからなかった。それが彼女の顔へと迫るのは、まばたきひとつ分くらいの時間だったろう。


 ナターリアは軽く膝を折り、ローレンスの攻撃を回避した。無駄のない動きで。扉に激突した水の魔術が(はじ)けて彼女の身体へと降りかかったが、気にする素振(そぶ)りはない。


「……水弾母球(リーヴ・バール・マリア)!」


 ローレンスは頭上に手をかざし、魔力の塊を生成した。先ほどよりも大ぶりの球形を()した水の魔術。そこから、次から次へと水の弾丸が放たれる。直線的に、あるいは曲線を(えが)いて、速く、あるいは遅く、様々なバリエーションで。


 ナターリアはそれらを回避してはいたが、無数と(ひょう)して差し(つか)えない数である。さすがに()けきれず、何発かは彼女の身を打った。肩に、脇に、太腿(ふともも)に。ただ、表情に変化はなかった。痛みなど感じていないとでも言うように。


水蛇(リーヴ・セルパン)……行けぇ! ニョロニョロくん!」


 ローレンスは水弾母球(リーヴ・バール・マリア)からの弾丸の射出を継続したまま、別種の魔術――水蛇(リーヴ・セルパン)を自分の背後に展開した。さながら水の蛇をかたどった魔術。触れたものを掘削(くっさく)しつつ取り込む、破壊的な魔術である。それを合計三本、展開してみせた。


 弾丸の回避に精一杯のナターリアへと、水蛇(リーヴ・セルパン)が迫った。一本は彼女の頭上。もう二本は彼女の左右の進路を(はば)むように迂回(うかい)させて。正面は弾丸の雨だ。


 ナターリアが選んだのは、前進だった。当然といえば当然である。水蛇(リーヴ・セルパン)によって身体を(えぐ)られるより、弾丸の雨を身に受けるほうが総合的なダメージは少ないだろう。


 ナターリアの身体のあちこちから、黒い血が(ほとばし)った。


「降参するならぁ……今のうちだぞぉ……」


 ローレンスの言葉は本心からのものだった。彼女が白旗を振り、大人しく撤退すると決めたのなら攻撃を止める。哀れみでも平和主義でもなんでもない。それがローレンスの性格というだけのことだ。


 しかし――。


「降参はいたしません」


 血塗(ちまみ)れになりつつあるナターリアは、それでも無表情だった。水蛇(リーヴ・セルパン)の動きは(たく)みに回避しつつ、しかし弾丸の餌食になっているというのに。


 なら、もう終わらせよう。


 ローレンスはそう決めた。


泡沫舞踊(レーヴ・ダンス)!」


 ローレンスの周囲に、泡がいくつも浮かぶ。水弾母球(リーヴ・バール・マリア)も、水蛇(リーヴ・セルパン)も維持したまま展開された、みっつ目の魔術。


 同時に三種類の魔術を扱うのは、並大抵の魔術師に出来ることではない。ローレンスは自覚こそなかったが、天才と呼んで(しか)るべき魔術師だろう。それが努力による研鑽(けんさん)を続けたのだから、通常の物差しで測れるものではない。ルイーザという超天才の後ろを歩き続けたローレンスもまた、いつしか一般の魔術師とは別格の存在となっていた。


 泡は少しずつ成長しながら、ナターリアへとゆっくり迫っていった。水の弾丸も、水蛇(リーヴ・セルパン)も、泡に直撃しても()り抜けるだけ。そのように調整してあった。


「お見事です、ローレンス様」


 ナターリアが最前(さいぜん)同様の口調でこぼしてから、数秒後。回避しきれなかった水蛇(リーヴ・セルパン)がナターリアの右腕を(えぐ)り取った。そして、もがくように回避した先に、充分に成長した泡が直撃し――。


 爆音が連続で(とどろ)く。生体に触れることで衝撃波を発生させる泡の魔術――泡沫舞踊(レーヴ・ダンス)。それらが連鎖して爆裂したのだ。ただ、音はそれだけではない。破砕音が混じっていた。


 泡の衝撃で散った粉塵(ふんじん)。その先にナターリアが立っていた。上半身が半分消し飛んだ状態で。彼女の背後には、真昼の陽射しが(そそ)いでいた。崩壊した館の壁が、彼女の背後に広がっている。


 それを見て、ローレンスは水弾母球(リーヴ・バール・マリア)水蛇(リーヴ・セルパン)を解除した。泡沫舞踊(レーヴ・ダンス)は先ほどの衝撃でひとつ残らず消えている。


 もうこれ以上続ける意味はない。


「まだわたくしは」半分になった口で、器用にナターリアが言う。「生きております。どうぞ続けてくださいませ、ローレンス様」


 ローレンスは弱々しくかぶりを振った。


 これ以上ナターリアを痛めつける意味がない、わけではない。


 振り返ると、エリザベートやナーゴ、ルイーザと目が合った。


「戦って、ローリー」とルイーザが言う。すると、ナーゴとエリザベートも頷いてみせた。彼女たちの反応に不審な点などひとつもない。ローレンスは、ルイーザたちも自分と同じものを見て(・・)いるのだろうと思った。


 だから、言う。


「もう戦わないよぉ……。だってぇ……意味がない。幻には勝てない」


 いつの()にか風景は様変わりしていた。崩壊したはずの壁は完全にもとの通りで、致命傷を()ったナターリアもいない。ただ、びしゃびしゃに濡れたエントランスがあるだけ。


 やや間を置いて、エントランスの先の廊下から拍手が響いた。


 そこから現れた無傷のナターリアが、まったくの無表情で言い放つ。


「素晴らしいですね、ローレンス様。ですが、幻覚魔術の看破(かんぱ)に時間を使いすぎてしまったのは減点です」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ローレンス』→ルイーザの幼馴染。水魔術や変装魔術、果ては魔道具の作製など、魔術的な才能に溢れた青年。能天気な性格。愛称はローリー。詳しくは『第二章 第六話「魔女の館~①流星の夜に~」』にて


・『エリザベート』→ハルキゲニアの元女王。高慢で華美な人間。ルイーザの母。支配魔術の使い手。詳しくは『174.「ハルキゲニアの女王」』にて


・『ナーゴ』→ローレンスの飼い猫。ペルシカムの領主であるアレグリアに殺されたが、ローレンスとルイーザの作り上げた仮想世界『魔女っ娘ルゥ』で、人型の生命を得た。詳しくは『492.「ナーゴさん」』『515.「幸福のために」』『幕間.「流星の翌日に」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は魔力の大部分と記憶を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』『第二章 第六話「魔女の館」』より


・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。他者に施された『支配魔術(ドミネーション)』を、同じ魔術で上書きすることは出来ない。解除後も、一度変形された自由意思は完全に元通りにはならない。詳しくは『117.「支配魔術」』『Side Johann.「ドミネート・ロジック」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『忘却魔術』→記憶を喪失させる魔術。短期的な記憶に限り、消せると言われている


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『水弾(リーヴ・バール)』→魔力で作り出した水を弾丸のごとく放つ魔術。詳しくは『Side Sinclair.「信じるための決め事」』にて


・『水蛇(リーヴ・セルパン)』→触れたものを掘削しつつ取り込む、鞭状の水の魔術。詳しくは『Side Sinclair.「ニョロニョロくん」』にて


・『ニョロニョロくん』→『水蛇(リーヴ・セルパン)』を、ローレンスはそう呼んでいる。詳しくは『Side Sinclair.「ニョロニョロくん」』にて


・『泡沫舞踊(レーヴ・ダンス)』→触れると衝撃を伴って破裂する泡の魔術。対象を追尾する能力を持つ。詳しくは『Side Sinclair.「踊る泡沫」』にて

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