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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Laurence.「支配人ナターリア」

※ローレンス視点の三人称です。

 エーテルワースとマーチが館の裏手へと向かった頃、ローレンス含め一同はエントランスに(とど)まっていた。シャンデリアを()した永久魔力灯に照らされた空間が静まり返っている。誰もが張り詰めた緊張を胸に、二人の戦士の運命に思いを()せていた。


 ローレンスも同じである。裏手にいる血族が敵だったら、と思うと気が気ではない。


「ボクらもぉ……行ったほうがいいんじゃないかなぁ……」


 ぽつり、と声がこぼれる。


「馬っ鹿じゃないの。はじめに決めたことでしょ」


 そう返すルイーザの声に、普段の尖った調子はなかった。


 敵が来たらエーテルワースとマーチで対処し、館に侵入されたらローレンスがルイーザたちを守り通す。グレキランス一帯が戦場になると(しら)されてから、最初に決めた約束事だ。はじめ、ローレンスは自分も外で戦うと主張したのだが、マーチに却下されてしまった。もし館に敵が入ってきたらどうするのだ、と。ルイーザたちはどこかに隠れてやり過ごせばいいんじゃないかと反論したものだったが、(がん)として聞き入れてもらえなかった。


 現に、隠れたとしても時間稼ぎにしかならないことはローレンスも分かっている。遮蔽物(しゃへいぶつ)があろうとも、生体の魔力を丁寧にたどれば相手の居場所は把握出来てしまう。魔術師としての魔力を失ったルイーザでさえ、一般人未満の、ほんの少しの魔力は(ゆう)しているのだから。


 だから最終的にはマーチの提案に合意したものの、こうして非常事態に直面すると焦りと不安に()き乱される。身体の奥の柔らかい場所が、真っ黒な針で刺されるような感覚。


「ローレンス。落ち着きなさいな。貴方(あなた)は館の主人でしょう?」


 エリザベートにそう言われても、落ち着ける心境にはない。もし二人が怪我をしたらどうしよう。怪我じゃ済まなかったら――これは考えたくもない。


「ローリー。きっと大丈夫」と、いつの()にかそばに寄っていたナーゴに手を握られた。けれど、握り返す力は出てくれない。


 大丈夫。その言葉を無邪気に信じられる気分ではなかった。


 エーテルワースがクロエとともに樹海に旅立ったとき、ローレンスは不安だったものの、『きっと大丈夫』と心のなかで唱えることで、少しは落ち着くことが出来た。ただ、今は違う。エーテルワースの存在が以前よりも大事になったわけじゃない。もともと大事で、かけがえのない存在だ。すぐそばに悲劇が迫っていることが『大丈夫』の力を奪ってしまっている。


 ローレンスの両肩に手が触れる。顔を上げると、真剣な表情のエリザベートがいた。


「しゃんとなさい。貴方が心折れてしまったら駄目」


「う、うん……ボクがちゃんとしないとぉ……みんなを守れない」


 いざというときに魔術を使えないなんて失態は最悪だ。しかし、エリザベートはそういう意味で言ったわけではないらしく、首を横に振る。


「貴方が、ここに住む全員の中心なのだと自覚なさい。貴方がいなければ――」


 声が途切れる。


 エリザベートは両開きの表戸へと瞬時に視線を送った。この場の全員が、同じ場所を見つめている。ローレンスもまた、扉を凝視していた。


 エリザベートの言葉の途中で、硬質な音が二度したのだ。コン、コンと。ノックのように。


 扉の先に血族の気配はない。魔力も感じない。それなのに、音だけがした。


 ローレンスの意識は否応(いやおう)なく乱されていた。聞き間違えかなにかであってくれれば――と思ったが、虚しい願いである。


 扉はまたしてもノックされた。最前(さいぜん)同様。


 そして、やや()を置いて扉が開かれる。


「なんで……」


 ローレンスがそう呟いたのも不思議ではない。なぜなら、扉の先には紫の肌の女性――血族がいたのだから。血族の気配はひとつだけで、それは今も裏手にいる。なのに、扉の先にもうひとりの血族がいるだなんて思ってもみなかった。


 年齢は二十代なかばに見える。深い蒼の入り混じった髪色。前髪を六対四の割合で撫でつけ、側頭部は耳の下、後頭部はうなじのあたりで切り揃えられている。鼻も口も耳も控えめな印象なのは、目だけが大きく、しかもぱっちりと開かれているからだろう。真っ黒な燕尾服を金のボタンで()め、内側には光沢のある赤のベスト。そのまた内側には白の開襟シャツ。下は折り目正しい黒のスーツ。両手には飾りのない白手袋をはめていた。


「お邪魔いたします」と、女性はやけにハキハキした口調で喋った。「お返事がなかったもので、扉を開けさせていただきました。ご無礼をお許しください」


 ぺこりと頭を下げ、すぐに顔を上げる。そこにはなんの表情も見出(みいだ)せなかった。姿を見せてからずっと無表情を貫いている。


 またぞろ()を置いて、彼女はスッと右手を自分の胸のあたりに添えた。


「わたくしはナターリアと申します。ヴラド様の領地、アスターのカジノで支配人をしております。どうぞ、お見知りおきを」


 ローレンスにはなにがなにやら分からなかった。ただ、ヴラドという名前は知っている。本で読んだ覚えがあったのだ。通称、夜会卿。『毒色(どくいろ)原野(げんや)』を挟んですぐのところにある街を支配している血族だと。アスターというのは、その街の名前なのだろうと思ったものの、カジノがなんなのか知らなかったし、なにより彼女が慇懃(いんぎん)な態度でいるのが最大の謎だった。


「入ってもよろしいでしょうか?」


 ナターリアと名乗った血族は、扉の先に(とど)まったまま問う。


 回れ右して帰ってくれ。そんな思いで口を開きかけたローレンスは、エリザベートに(せん)を制された。


「ええ、どうぞあがってくださいな」


 エリザベートは優雅な歩調で、ナターリアを出迎えるように踏み出す。


「失礼いたします」と言ってナターリアはエントランスに足を踏み入れた。


 そんな彼女をまるで(ねぎら)うように、エリザベートが微笑んでみせる。「大変でしたでしょう、ここまで来るのに。なにせ丘の頂上ですもの」


「いえ、お気になさらず」


「そう……ところで、貴女(あなた)はどうしてここに来たのかしら? 迷ったわけじゃないでしょう?」


 ローレンスは息を呑んで二人のやり取りに耳を澄まし、目だけはナターリアに集中させていた。なにが起きても対処出来るように。


「わたくしは皆様の査定(さてい)に参りました」


「査定? ……まあ、いいわ。その前に、ひとつお願いがあるの」


「わたくしに出来ることなら、ぜひ」


「エントランスで立ち話をするよりも、館の応接室でお話ししましょう。それでいいかしら?」


「かまいません」


 エリザベートはローレンスたちに振り返りもしなかった。一度も。


 彼女がなにをしようとしているのか、ローレンスはようやく気付いた。戦闘に向いた魔術をなにひとつ会得していない彼女が、唯一極めた魔術がある。


「それは良かったわ。では、応接室へ行きましょう。貴女の自由意思(・・・・)のもと」


「ええ、わたくしはわたくしの自由意思に(もと)づき、あなたの命ずるがままにいたします」


 ナターリアがそう返して、一秒、二秒と時間が積もっていく。


 やがてエリザベートは深呼吸をして、ローレンスたち一同に安堵(あんど)の笑みを向けた。


「もう大丈夫よ。これで彼女はあたくしの術中(じゅっちゅう)。さて――」


 エリザベートはナターリアに向き直り、一転して高圧的な口調で命じた。


「館の裏手にいる血族を連れて、グレキランスを離れなさい。もし裏手の血族が抵抗するなら、貴女は全力で敵対なさいな。命を賭けて」


 支配魔術(ドミネーション)


 エリザベートの得意とする洗脳魔術である。支配の(ほどこ)された相手を意のままに操ることが可能であり、なおかつ相手は支配魔術(ドミネーション)にかかっていることすら自覚出来ない。とんでもなく厄介で悪質な魔術であるため、王都で禁止魔術に指定されているのも当然である。


 ナターリアはまばたきひとつせずエリザベートを見据えたまま、淡々と返した。


「命を賭けるなら、ぜひアスターのカジノにお越しください。ところで、カジノがどういう場所かご存知ですか?」


賭場(とば)のことでしょう。知ってるわ。早くあたくしの命令に――」


 ナターリアはエリザベートの言葉を(さえぎ)って、右手の指先を自分の額に添えた。


「カジノではいかなるイカサマもご法度(はっと)です。正々堂々と賭けを楽しむ場ですから。カジノのディーラーは全員、あらゆる詐欺的魔術を看破(かんぱ)し、対策する訓練を受けています。支配人であるわたくしから直々(じきじき)に。支配魔術(ドミネーション)など、わたくしには通用いたしません」


 ナターリアは流麗な動作で自分の額から指先を離し、両手を下腹部のあたりで軽く重ねた。(あい)も変わらず無表情のまま。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ローレンス』→ルイーザの幼馴染。水魔術や変装魔術、果ては魔道具の作製など、魔術的な才能に溢れた青年。能天気な性格。愛称はローリー。詳しくは『第二章 第六話「魔女の館~①流星の夜に~」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『マーチ』→ローレンスの館の使用人。彼に作ってもらった車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に乗って家事全般をこなす。度を越えて生真面目かつ不器用なので、よく空回りする。ローレンスにはマーちゃんと呼ばれているが、当のマーチは認めていない。もともとは王都の西方に位置する町、マグオートで戦士をしていたが、足を負傷したことにより追放の憂き目にあった。詳しくは『485.「マーちゃん」』にて


・『ナーゴ』→ローレンスの飼い猫。ペルシカムの領主であるアレグリアに殺されたが、ローレンスとルイーザの作り上げた仮想世界『魔女っ娘ルゥ』で、人型の生命を得た。詳しくは『492.「ナーゴさん」』『515.「幸福のために」』『幕間.「流星の翌日に」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は魔力の大部分と記憶を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』『第二章 第六話「魔女の館」』より


・『エリザベート』→ハルキゲニアの元女王。高慢で華美な人間。ルイーザの母。支配魔術の使い手。詳しくは『174.「ハルキゲニアの女王」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。霧は一定周期で晴れる。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。他者に施された『支配魔術(ドミネーション)』を、同じ魔術で上書きすることは出来ない。解除後も、一度変形された自由意思は完全に元通りにはならない。詳しくは『117.「支配魔術」』『Side Johann.「ドミネート・ロジック」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『禁止魔術』→使用の禁止された魔術。王都で定められている。

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