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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Etelwerth.「第三部隊長レンブラント」

※エーテルワース視点の三人称です。

 右。左。前。後ろ。激しいステップを踏みながら、もう何度剣を振るったか分からない。


 血族の男――レンブラントは片手で中折れ帽を軽く押さえたまま、身動きひとつしなかった。本来ならば致命的な量の斬撃を浴びせているのだが、レンブラントの肌には傷ひとつ見当たらない。あらゆる箇所への刺突や斬撃が、ことごとく通用しないのだ。刃が彼の肌に到達していることは、エーテルワースにも刀身を伝う感触で分かる。


 肉体の異常な硬さ。その一点だけで、あらゆる攻撃が無化されている。エーテルワースの刺突も、マーチの斬撃も。


「しっかし、驚いたねえ」攻撃を浴び続けながら、レンブラントは平然と口を開いた。「車椅子を魔道具にして戦うなんて発想、おじちゃんには浮かばないよ。普通、足を悪くしたら前線から退()くもんだ。その点、マーチさんは本物の戦士だねえ」


 マーチはエーテルワース以上に目まぐるしくレンブラントの周囲を移動し、剣を振るい、盾での殴打を繰り出している。


「車椅子ではない! これは『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』だ! 両輪跳躍(マルカンド)!」


 声高(こわだか)な反論とともに、マーチの『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』が大きく跳び上がる。レンブラントを跳び越える放物線上で、マーチの剣が彼の脳天へと振り下ろされた。


 が、レンブラントは衝撃を受けた様子さえなく、苦笑いを浮かべた。


「ダブル……あー、おじちゃんねえ、若い子の言葉とかセンスとか、あんまり分からないんだ。マーチさんを否定してるわけじゃなくって、これはおじちゃんの問題。だから、悪く思わないでくれるとありがたいねえ」


「貴様の問題ならば仕方ない!」と返しつつも攻撃の手を(ゆる)めないマーチに、エーテルワースは思わず苦笑しそうになったが、気を引き締め直して斬撃を続ける。


 自分たちの攻撃が一向に()いていないのはレンブラントの様子を見れば分かる。衣服こそダメージを負っているものの、肝心の身体にはなんの影響も与えられていない。しかし、どこかに必ず(ほころ)びがあるはずだとエーテルワースは信じた。それが盲信である可能性を頭から振り落として。


「エーテルワース! 一旦下がれ!」


 マーチの声にやや遅れて、エーテルワースは大人しく数歩後退した。


「『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』の真価を見せてやる! 残像演武(コン・ブリーオ)!」


 エーテルワースの視界でマーチの残像が踊る。(いな)、踊るように高速の剣舞を繰り広げていた。


 下草と、レンブラントの衣服の繊維が舞う。そこに血の色は見出(みいだ)せなかった。


「これ以上引き出しはなさそうだけど、一応確認しておくよ。これがマーチさんの本気でいいかい?」


「私は常に全力だ!!」


「いいねえ。マーチさんは純粋だ。おじちゃん、感心したよ。これ、皮肉じゃないからねえ。それじゃ、このへんでマーチさんの番はおしまい、ってことで」


 ストン、とレンブラントの手刀がマーチのうなじに落ちた。目で追うのも困難な速度で攻撃していた彼女を見事に捉えて。


「マーチ!」


 思わず叫びが(ほとばし)る。返事はない。彼女は『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に(もた)れてぐったりとしていた。


「大丈夫だよ、気絶させただけ。死んじゃいない。なんなら、確かめてみるといい」


 言って、レンブラントは『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』をエーテルワースの目の前まで押した。


 彼の言った通り、マーチは気絶しているだけに見える。念のため心音も確認したが、正常だった。


「さて、エーテルワースくん」


「……なんだ」


「きみはまだ本気を出していないだろう? 遠慮なくおいでよ」


 マーチを(かば)うように前進し、レンブラントを見据える。手加減していたにせよ、マーチを傷つけた事実は彼に怒りと(いきどお)りを喚起(かんき)させたが、いささか冷静さを取り戻していた。


 レンブラントは襲撃者であることを認めたが、ここまでの戦闘において攻撃らしい攻撃は手刀のみ。それも、マーチを気絶させただけだ。あれほど正確に打撃を入れられるなら、致命傷を与えるのだって容易(ようい)だったろう。


貴君(きくん)はなにが目的なのだ」


 剣を引き、やや前傾姿勢で問うた。レンブラントは刃の間合いにいる。そんなことは彼も理解しているだろう。


「きみたちを襲いに来たって説明したはずだけどねえ」


「なら、なぜ試すような真似をする。貴君はここまで無抵抗だった。襲撃者ならば、むざむざ攻撃を受け続けはしない」


 レンブラントは困り笑いを浮かべ、頬を()いた。


「そうだねえ。襲撃者にも色々種類ってもんがある。エーテルワースくんの言うように、真っ先に攻撃するような(やから)もいれば、腕試しに無抵抗を演じる奴もいる。おじちゃんはどちらでもないよ」


「なら、なんなのだ」


 レンブラントの笑みはいつの()にか消えていて、どこか気怠(けだる)げな表情がそこにあった。


「白状するとねえ、人攫(ひとさら)いだよ。おじちゃんたち部隊長は、ヴラド――夜会卿から特別な命令を受けてる。とびきり上等な人間をひとり以上、領地に連れ帰るようにってねえ。もちろん、その人間はヴラドの好きにされちまう」


「……最低な話だ」


 本心から口走ったエーテルワースに対し、レンブラントは何度か頷きを返した。


「おじちゃんもねえ、そう思う。本当に」


「なら、なぜ従うのだ!」


「耳が痛いねえ。おじちゃんにも立場ってもんがある。部隊長って意味じゃなく、ヴラドの支配地での立場のこと。大人には大人のしがらみがあるのさ」


 他者を攫って(なぶ)りものにするようなしがらみなど捨ててしまえと思ったが、いくら正しさを訴えようと、この男には響かないだろう。きっと。


 なら――。


「ひとり以上でいいなら、吾輩だけ連れていけばいい。貴君も人攫いなど本望ではないのだろう? ならば、吾輩が犠牲になる」


 マーチが聞いたなら、きっと止めるに違いない。気絶しているのが(さいわ)いだ。自分が去るだけで館にいっときの平和が訪れるのなら、それでいい。


「まあ、獣人でもいいんだけどねえ、繰り返しになるけど、とびきり上等じゃなきゃヴラドは認めない。具体的には、特殊な魔術を使えるだとか、特殊な()い立ちだとか――」


「吾輩は獣人の地から追放され、人間とともに人間の地で暮らす存在だ。見ての通り人間の、それも貴族を()した格好をしているだろう? 希少だとは思わんか? それに……トム! 貴君は『命知らずのトム』を知っているか? 他種族の(あいだ)を渡り歩き、世界を冒険した男だ! 出身はマグオートという街で、本も出している! 吾輩はトムの友で――」


 無我夢中で、途中から自分でもなにを言っているのか分からなかった。己がいかに貴重な存在かを誇示する機会など、これまで一度たりともなかったのだから当然だろう。


「エーテルワースくんの想いは伝わったよ。でもね、駄目なものは駄目なんだ。トムくんのことも知らないしねえ」


「……ならば、実力を示せばいいのか?」


「そう、それが一番分かりやすい」


 エーテルワースは刃の間合いのさらに内側へと入り――。


 渾身(こんしん)の力で、一気に剣を突き立てた。切っ先ではなく、柄を。


 レンブラントが全身に(ほどこ)しているのが防御魔術ならば、それを砕くだけの力を乗せて。


 確かに、手応えはあった。


 だが妙だった。


 レンブラントは衝撃のままに身体を()の字に折ったが、背中が異様に突き出ている。まるでゴム状の物体のように。柄の激突した腹部は、べっこりと(へこ)んでいた。


 彼の身体が元通りになるまで、ほんの一秒程度しかかからなかった。


「やれやれ、コートが破れちゃったよ。……エーテルワースくんに良いことを教えてあげよう。きみもお察しの通り、おじちゃんは魔術師だ。でも、たったひとつの魔術しか使えない。身体強化魔術、って知ってるかな? 身体を硬くも、柔らかくも出来る。ご覧の通りに。足の速さだって変えられる」


 不意に、目の前のレンブラントが消え――。


 うなじに衝撃が走り、エーテルワースの視界は暗転した。そして意識も急速に遠くなっていく。


「残念だけどねえ、エーテルワースくんは落第だ」


 それが、薄れゆく意識の拾った最後の言葉だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『マーチ』→ローレンスの館の使用人。彼に作ってもらった車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』に乗って家事全般をこなす。度を越えて生真面目かつ不器用なので、よく空回りする。ローレンスにはマーちゃんと呼ばれているが、当のマーチは認めていない。もともとは王都の西方に位置する町、マグオートで戦士をしていたが、足を負傷したことにより追放の憂き目にあった。詳しくは『485.「マーちゃん」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』→ローレンスの作製した車椅子型の魔道具。所有者はマーチ。急停止、急発進はもちろん、使いこなせば跳躍も可能。車輪の表面のみが回転する機構となっている。詳しくは『487.「偉大且つ華麗」』にて


・『両輪跳躍(マルカンド)』→マーチの操る車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』で跳躍する技術。詳しくは『Side. Etelwerth「君と二人、世界の果てまで」』にて


・『残像演武(コン・ブリーオ)』→マーチの操る車椅子型の魔道具『偉大且つ華麗なる(ダブルグレート・)有翼輪(グリフォイール)』を急加速させつつ、自在に操作する技術。詳しくは『Side. Etelwerth「君と二人、世界の果てまで」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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