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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
1417/1455

Side Alice.「ヘルメス」

※アリス視点の三人称です。

 唐突に現れた、憂鬱な表情の男。そいつをヨハンは確かにヘルメスと呼んだ。ラルフの歴史書においてオブライエンに唯一比肩(ひけん)すると言われ、現に彼がラガニア国で行った非道を暴いた張本人。そして、グレキランスの独立を宣言して逃走しようとしたオブライエンの半身を破壊した実績もある。


 もし、とアリスは考える。もしこのヒョロい男が正真正銘ヘルメスなら。つまりガーミールみたいに名前を()いでいるか、たまたま同名でなかったなら。


「ハック坊や!! 半馬人全員で逃げな!! 今ならなんとかなるよ!」


『全員動くな!!』


 アリスの叫びの直後、ヨハンの交信魔術が飛ぶ。そこには本物の焦りが()められていた。


 囚われ人たちは、この相矛盾(あいむじゅん)する指示をどう受け取っただろうか。アリスの言葉を信じたというより、ひとりでも多くの仲間を逃がすという意志が働いたに違いない。半馬人のイデオロギーにおいて、敵前逃亡は魂の(けが)れを示す。だが崇高(すうこう)な目的のためならば、その行為は清浄なものとなる。つまり、このとき半馬人が一斉にドームを脱して散り散りになったのは、(しゅ)としての半馬人を()やしてはならないという使命感からと言えよう。幾体(いくたい)かの屈強な半馬人がヘルメスへと向かっていったのも、逃亡までの時間稼ぎに命を捧げる行為にほかならない。


 しかし。


影の拘束衣(シャドウ・レスト)


 ヘルメスの呟きと同時に、それは起こった。この場のあらゆる半馬人の影から闇色の触手が伸び、身体の動きと口を封じたのである。そこかしこで(うめ)きが漏れる。誰もが抵抗しているのだが、文字通り一歩も動くことが出来ずにいた。


 アリスと、いつの()にか彼女の隣に立っていたハックは影の拘束を受けていなかった。もちろんヨハンとガーミールも。


 それがヘルメスの展開した魔術だということは、アリスにも理解出来た。ただ、理屈がまったく分からない。展開された魔術自体に相応の魔力は感じられるものの、当のヘルメスからは一切魔力が視えない。それに魔術を行使するような予備動作もなかった。例の呟きの瞬間さえ、魔力は視えなかったのだ。


 遠隔での魔術は、通常ならば魔力を地中や空中に伸ばしたうえでないと展開不可能とされている。ハルキゲニア出身のアリスでも知っている常識。つまり、ヘルメスは目の前で簡単に常識を木端微塵にしてみせたのである。


 アリスが弐丁の魔銃を抜いて、ヘルメスに照準を合わせたのは自然な行動だったろう。彼をどうにかしないと救出はご破産なのだから。


 そんなアリスを意に(かい)すことなく、ヘルメスはゆっくりした歩調でガーミールへと接近した。


「ヘルメスだったかい。それ以上動くんじゃないよ。でないと撃ち抜く」


 そう言い放っても、彼の歩調は一切乱れなかった。


 ――こいつに脅しは通用しない。様子見も必要ない。やるなら全力だ。


 アリスがそう決断したのも道理だった。今しも未知の魔術を見せつけられたばかりなのだから。


 発砲音が炸裂する。何度も何度も。合計二十発の弾丸。それらは複雑な直線軌道をとりながら、ヘルメスの周囲を飛び()う。


 そして――。


「行け!!」


 アリスの言葉と同時に、すべての魔弾がヘルメスに直撃した――ように見えた。が、事実は異なることをアリス自身知っている。


 すべての魔弾がヘルメスに直撃する直前で()かれたのだ。


 魔術の解除。その理屈はアリスも心得ている。敵の魔術を熟知していれば解除は可能。籠めた魔力の質や量、そして魔術の種類さえ把握していれば、展開と逆の順序をたどることで魔術を単なる魔力に分解してしまえる、という理屈。


 アリスの放った魔弾は軌道操作の魔術以外にも、それぞれの弾丸に別種の魔術を付与していた。たとえば回転数の増加や速度の上昇など。それらを同じタイミングで一挙(いっきょ)に解除するなんて芸当、誰に出来るだろうか。


 アリスは唇を噛み、魔弾を連射した。


 ヘルメスは歩みを止めない。アリスも魔弾も一瞥(いちべつ)さえしない。それでも、すべての弾丸が次々と解除されていく。


 口内に錆臭(さびくさ)い味を感じ、はじめてアリスは唇が切れたのを知った。


「アリスさん。あなたの性格は承知していますが、相手が悪すぎます。我々の負けです」


 ヨハンは心持ち振り返って、そんなことを言う。


 きっとそうなんだろう。頭のどこかでは理解している自分がいる。ただ、その軟弱で物分かりのいい自分なんて、本当の自分の百分の一にも満たない。


 魔銃の雨のなか、ヘルメスはガーミールの前にしゃがみ込んだ。ヨハンは相変わらず両手を上げて降参を示している。


「ヨハァン! 負けって言うんならアンタだけでも逃げればいいじゃないか! 分身を解除すればいいだけだろう!?」


「それが、無理なんですよ。そもそも解除するつもりはないですが、仮に解除しようとしたところで叶いません」


「だったら戦うんだよ! どうせ分身なんだから死ぬわけじゃないだろう?」


「数パーセントでも勝算があればそうしますが、この場合はゼロです。出発したときにお伝えしましたよね、絶対に勝てない相手がいると。ヘルメスさんがそれ(・・)です」


 夜会卿の配下にいる厄介者と聞いていたが、どうも情報が古かったらしい。今はガーミールの手元にいたというわけか。


 ヘルメスがガーミールに手をかざすと黄金の鎧が消失し、代わりに彼の手元に同色の四面体が現れた。それが貴品(ギフト)のおおもとらしい。どういう理屈で解除したのかはまったく不明だ。そして肉体を(あら)わにしたガーミールまでも弾丸の雨から守っている状況も異常である。


 鎧を失ったガーミールは、白髪()じりのグレーの髪を撫でつけた初老の男だった。服装は戦地には似つかわしくない、仕立てのいいグレーのスーツに同色のベスト、純白の開襟(かいきん)シャツ。茶皮の靴は光沢があった。


 ヘルメスはガーミールの頬をぺしぺしと叩く。


「ガーミール。起きなよ、ガーミール」


「……っん。ん? ヘルメスではないか! 帰りが遅いぞ。(われ)がどれだけ心配したことか……。きみのことだから敵にやられるなんぞありえないが、珍品収集に明け暮れて帰ってこないのではないかと……」


「ラガニアにはない鉱物や植物がたくさんあってね、採取してたら戻りが遅くなっただけだ」


「それならいいが……」


 聞く限り、公爵と配下のやり取りではない。ヘルメスの声色は相変わらずのねちっこさがあったが、あまりにフランクである。


 そんな二人の関係性など、アリスの知ったことではない。魔弾の雨を降らせつつ、ヘルメスへと駆ける。こちらの動きは察しているだろうに、ヘルメスはガーミールから視線を外そうともしない。


 魔術で駄目なら肉弾戦。シンプルな結論。


 ヘルメスの顔面へ蹴りを放つ。が、激突前に柔らかな弾力を感じた。まるで目に見えないゴムがあるかのように。それでも歯を食いしばって力を込め続けたが、柔らかな衝撃を感じると同時に弾き飛ばされる。放物線の先で、アリスは地面に転がることさえなかった。蹴りを放ったときと同種の、柔らかな弾力で落下の衝撃が殺され、まったくダメージなしに尻もちを突いたのである。


 羽根布団(クッション・コート)。衝撃を緩和する防御魔術の一種。


 アリス自身も会得している魔術だった。ただ、これほど華麗に(あつか)えはしない。


 そして自分の身に起きている異常にも気付いた。左手は魔弾の傷跡を残して止血されている。左足にも痛みがない。


 治癒魔術。


 それがいつ行使されたのか、なぜ治癒されたのかも謎である。分かっているのはひとつだけ。それらを行ったのがヘルメスという点だ。


「ところで、ガーミール」


「なんだね、ヘルメス」


「キミ、負けたんだ?」


「ああ、無念なことに。『真摯な門番(バアル・メイル)』の弱点を見破られたのだよ。鎧以上の二次元的表面積を持つ攻撃には、通過の効果が発揮されないという」


「で、具体的には誰にどうやって負けたんだ?」


「そこの」ガーミールは既に立ち上がっているアリスを指さした。「アリスという魔術師が展開した防御壁に殴られた」


「『真摯な門番(バアル・メイル)』には身体強化も(ほどこ)してある。防御壁を回避するなんて簡単。砕くのも容易(ようい)。ということは、メフィストの手助けか。遅延領域(レント・メモリア)だろ」


 ヘルメスはひとり納得したように頷き、立ち上がった。そして何事もなかったかのように「そうそう」と言葉を続ける。「半馬人を一体捕まえてきた」


 直後、彼の手にした風船が弾け、屈強な半馬人が地に落ちた。


「デビスさん!!」


 ハックの叫びが響き渡る。呼ばれた半馬人――デビスはゆるやかに身体を起こし、震える手を見つめ、深く息を吐いた。


 そんな安堵の態度は一瞬だった。デビスの顔がすぐに引き締まる。ヘルメスへと射るような眼光が注がれたが、相手は目も合わせない。


同胞(どうほう)を解放しろ!」


 刹那、彼もほかの半馬人同様、影によって拘束され、口を塞がれた。


「さて、と」ヘルメスは伸びをして、さぞ退屈そうに欠伸(あくび)をひとつ。「どうしようか、ガーミール。あの子供と女と、メフィストを」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『魔弾』→魔銃によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『羽根布団(クッション・コート)』→対象を包み込み、衝撃を緩和させる魔術。詳しくは『Side Alice.「自由の旅のアリス」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『遅延領域(レント・メモリア)』→遅延魔術の正式名称。生物ないし魔術に対してのみ有効。有効範囲は狭く、同時に複数回の使用は出来ない。詳しくは『530.「ひとり五十発」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて

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