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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Davis.「半馬の射手と闇の世界」

※デビス視点の三人称です。

 時は一昨日の晩、血族がグレキランス地方の末端に到達して三日目の夜に(さかのぼ)る。


 半馬人の隠れ家がある森を見下ろす峻厳(しゅんげん)な山脈――その一角でデビスは、息を殺して高原地帯を観察していた。膨大な数の魔物と血族が、群れをなして大地を覆っている。いかに距離があろうとも、寒気を喚起(かんき)するに余りある光景だった。


 血族はいくつかの隊伍(たいご)に分かれ、途切れなく続いている。周囲の魔物も、彼らの進行を乱さぬよう大人しく随伴(ずいはん)していた。


 自分が今日の監視担当であったことを祝福すると同時に、恐怖が心に同居している。どうしたって消せやしない恐怖心だ。かつて血族に囚われ、生きたまま剥製化され、オークションの出品物となり、強欲な血族に買われた過去。絶望的な日々だった。この世に生を受けてから味わった数々の悲劇のなかでも、最悪と言っていい。樹海で同胞(どうほう)を犠牲にしてしまったことに大きな悔いはあるものの、デビスが個人的に(いだ)く血族への怖気(おぞけ)には到底およばない。


 恐れから意識を遠ざけ、代わりに責務へと集中する。今の自分は監視者であり、森に侵入する者がいれば討ち取らねばならない。


 森林地帯の空中に、まばらに浮かんだガラス状の板をそれぞれ見やる。合計五枚の板。光を反射することはなく、したがって視認されることもない。魔力も最大限隠してある。連中を討つための(かなめ)のひとつだ。


 敵は高原地帯をまっすぐに進行しているようで、隠れ家のある森林には目もくれない。今のところは。


 このまま何事もなく過ぎてくれれば、と願う。戦争において半馬人の役割は監視のみだ。あとは自分たちの隠れ家さえ守ればいい。もちろん人間には滅んでほしくないが、デビスの目には率直に、絶望しかないように映った。見る限り一万弱の血族の軍勢。それに加えて何倍もの魔物の勢力。これほどの敵をどうやって討ち滅ぼすというのか。


 高潔に死ぬのが半馬人のイデオロギーである。しかし人間はその限りではない。どうか生き延びてくれ、と願ってしまうのは自然だろう。自分の知るいくつかの人間たちの顔を思い浮かべて。樹海で運命をともにした人間――シンクレールとクロエ、ハック。そして、もうひとり。剥製となって血族の邸に置かれた自分に、魔力の糸を(つう)じて何度も話しかけてくれた男。絶望的だった日々に僅かばかりの慰めをくれた人間を、デビスは決して忘れていなかった。


 レオン。


 それが男の名だ。魔力を通じての会話は大抵、他愛のないものだった。今日はこんなことがあったとか、日々のあれこれを雑感を(まじ)えて語ってくれることが多かったように思う。


 ――今日はママがパイを焼いてくれてね、とても美味しかった。


 ――今、外がどんなふうになってるかというとね、すごいんだ。全部が赤紫に染まってる。太陽の最後の光がこんな具合に煌めくなんて、はじめてだよ。


 ――兄が、カシミールが最近特にイライラしてる。また喧嘩になるかもしれない。


 ――私はここを出ようと思う。今は無理だが、いつか君を連れ出しに戻る。約束だ。


 ――久しぶり、デビス。あの日の約束を守りに来た。すべてが終わったそのときに、君を必ず連れ出すと誓う。


 結局のところ、約束も誓いも守られはしなかったが、それでいいと思っている。レオンが邸に戻って数日後には、ハックがデビスを救出したのだから。単にタイミングの問題だろう。レオンのそれが口約束に過ぎなかったとして、遺恨(いこん)などない。剥製化した瞬間から世界は暗闇に覆われ、五感が消え失せる。そんななか、レオンの声だけが世界と自分とを繋いでくれる確かな糸だった。それを大切に思わないわけがない。


 ときどきはデビスも、自分のことを語ったりもした。半馬人の戦士として猛々(たけだけ)しく振る舞っていた日々のことや、半馬人のイデオロギーなどを。


 自分も、とデビスは思い出す。自分もそういえば、約束をしていた。もし自由になれたのなら、そして貴方(あなた)が助けを求めているのなら、力になると。


 戦争においてレオンがどのような状況にあるのか、デビスには分からない。そして無闇な行動が余計な悲劇を生んでしまいかねないことも知っている。今の自分は半馬人として戦争に助力する――それ以上の働きなど出来ないし、すべきでもない。だからこそ、祈ることしか出来なかった。どうか生きてくれ、と。


 血族の隊列の末端に動きがあったのを、デビスは見逃さなかった。ひとまとまりの血族、そして魔物がルートを変えたのだ。森林地帯へと。


 目を見張り、息を呑む。先頭を行くのは夜目(よめ)にも目立つ黄金色の鎧と、もうひとりの血族。服装や背格好までは見通せなかった。


 やがて二人を先頭に、血族たちは森に入るところで立ち止まった。どうやら黄金の鎧の隣にいた奴が、あれこれと指示しているようである。声はもちろん拾えないが、身振りでなにかを示していることは分かった。それから()もなく、森の末端に真っ赤な旗が出現したのである。それがなにを意味しているのかまでは分からないものの、デビスには不吉の前兆と感じられた。


 黄金の鎧に指図(さしず)をしていた血族が一連の身振りを終え、くるりと振り返った。


 心臓を鷲掴みにされるような感覚がデビスを襲う。


 ここから森まで途方もない距離がある。それこそ、半馬人の目をもってしてようやく視認出来る程度には。にもかかわらずデビスは、目があった、(いな)、今も目が合っていると感じた。


 ――『元老の弓箭(ワイルドハント)』。


 魔力を集中させる。すると、彼の右手が大ぶりの弓へと変形した。そこに魔術製の矢をつがえ、引く。


 弓の腕には自信がある。この距離で獲物に命中させることは普通なら出来ないが、デビスには手段があった。


 矢を、放つ。


 矢は目の前で消失し、森林地帯に展開されたガラス状の板から射出された。デビスの魔術は単に腕を弓に変化させるだけではない。ガラス板を通じて矢を射出することが可能なのだ。それゆえ、獲物とこちらとの距離は問題にならない。ガラス板の角度や敵との距離、矢の速度など、諸々(もろもろ)の計算が即座に要求されるため、半馬人のなかではデビスにしか扱えない魔術である。


 敵にもっとも近いガラス板からの矢ならば、撃ち抜ける公算だった。


 しかし、矢が敵の身体を貫くことはなかった。最前(さいぜん)まで奴が立っていた場所に突き刺さったのは確かだが、それよりも敵の行動が速かったのである。


 敵はまるで羽根でも生えているかのように宙に浮かび、デビスへと一直線に滑空(かっくう)したのである。


 デビスは次々に矢をつがえては放った。それぞれ別のガラス板から。敵の接近速度を計算し、それを撃ち抜く速度で。しかし、それらは一撃も命中しなかった。まるで矢の軌道が見えているかのように、速度に緩急をつけ、最低限の回避をしたのである。敵は矢が飛んできた方角――つまりはガラス板など目もくれず、一直線にデビスへと向かってくる。


 焦りに思考が(おか)されつつも、デビスの目は森へと足を踏み入れる血族たちの姿を捉えた。


 同胞への攻撃なら――。


 別の血族へ放った矢は、速度は申し分なかったし、半身を吹き飛ばす程度の威力も備えていたはずだ。しかし、こちらへと飛翔する血族は一瞥(いちべつ)さえせず、魔力の塊を射出し、矢と相殺させたのである。


 デビスは歯を食いしばり、またぞろ矢を放つ。今度の矢は、すべてのガラス板、そしてデビスの本体からも同時に射出された。一斉掃射。しかも敵の進行速度を読んで、速度を維持しても減退させても上昇させても命中するよう計算されていた。


 まだ数百メートル先にいたはずの敵の姿が、数十メートル先まで迫っていた。異常なまでの速度の上昇はデビスの計算外である。ただ、一発だけは敵に命中するはずだったのだ。そう、デビス自身が放った矢だけは一直線に敵を捉えていたのだから。


 矢が、消えた。


 デビスの目にはそう映った。


 相手の顔に命中する寸前に。


 すでに血族の男はデビスの目の前におり、新たに矢をつがえる余裕などなかった。ゆえに拳を振るったが、相手は空中でひょいと跳躍して()け――。


 男の紫の片手がデビスの視界を覆う。


 それきり彼は闇のなかに閉じ込められた。意識だけが存在する闇。剥製化されたときと同じだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『レオン』→ビスクの婚約者。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて

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