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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Alice.「解放と遭遇」

※アリス視点の三人称です。

 横たわるガーミールを見下ろし、アリスは安堵と苛立ちの入り混じった感情を覚えた。今この鎧は気絶している。だが、目を覚ませばまたしても厄介な敵になるだろう。それこそ、先ほど以上に。


 ヨハンの遅延魔術は不意打ちだ。そう何度も成功するとは思えない。生憎(あいにく)縛り上げるロープは持っていないし、仮にあったとしても『真摯な門番(バアル・メイル)』がロープを攻撃と見做(みな)して通過させてしまうかもしれない。


「やっぱり(さわ)れませんね。敵意はないのですが」なんて、ヨハンはガーミールの身体に手を突っ込んでは抜いている。


「なあ、ヨハン」


「なんです?」


 ずっと思っていたことがある。


「アンタはこいつのこと、知ってたのかい?」


「ガーミールさんのことは存じていましたが、戦場にいるとは思いませんでした。彼の貴品(ギフト)も効力も知りませんでしたし、穿孔卿(せんこうきょう)という二つ名も初耳です。誰がつけたものやら、言い得て妙ですな」


 確かに、こいつの身体は敵によって穴だらけになる。まさしく穿孔(せんこう)だ。


「アンタも半分は血族なんだろう? 知人なのかい?」


「いいえ。お会いしたのははじめてです。ただ、どんな性格かは耳にしたことがありますよ。アリスさんが経験したものとさして違いはないでしょうが、自尊心が高く実務的です。そして馬鹿正直だ。金満家という噂はなかったので、まさかオークション目当てで参戦しているとは思いませんでしたよ。例の偉大なる計画(・・・・・・)とやらのためでしょう。そのあたりの事情は目覚めたあとに問い詰めればいい」


「何度も遅延魔術を食らうような相手とは思えないねえ」


「何度でも食らわせますよ。今度は口が利ける程度には範囲を(おさ)えてやりましょう。というわけで、私はガーミールさんの影に(もぐ)ります」


 半馬人たちの救出はお任せしますね、と言い残してヨハンはガーミールの影に消えた。


 なるほど。いかに警戒心が強く敏捷(びんしょう)であっても、自分の影からの攻撃を(かわ)すのは難しい。


 ガーミールを残して二人で救出に向かうのもナンセンスだ。いつまで気絶していてくれるか分かったものじゃない。


 とはいえ、(しゃく)だ。


「救おうとしたのはアタシじゃなくてアンタじゃないか」


 呟いて、(きびす)を返した。




 ドーム状の巨木に取り付けられた両開きの扉を開くと、薄闇のなか、いくつもの目がこちらへと向いた。警戒、恐れ、怯え、諦め。様々な想いに染まった眼差しに(さら)される。彼らは一様(いちよう)に馬体の脚と、人間そのものの上半身の手を縄で縛られ、白い布で猿轡(さるぐつわ)をされていた。


「親切なお姉さんが助けにきてやったのさ、安心しなよ」


 ふと、ひとりの少年と目があった。このなかで人間はひとりだけ。つまり、この子がハックなのだろう。


 なるほど、と思う。ヨハンが買うだけある。この少年だけは目が()きていた。この状況でも打開策を練り上げ、どうにかしようとした形跡さえある。手足の縄が随分とズレて、肌に赤紫の(あざ)となって残っていた。


「アンタがハックだね?」


 呼びかけると、少年は小さく、しかしはっきりと頷いた。


 手にしたナイフで少年の縄を切り、猿轡も外してやる。


「ありがとうございますです、お姉さん」


 少年は律儀に座礼した。


 彼が『灰銀の太陽』の元リーダーであることは聞きおよんでいる。つまり、クロエの関係者でもあるわけだ。ここに来たのが自分じゃなくて以前のクロエだったなら、この少年はもっと違った反応をしただろうか。そんなことをぼんやり考える。


「礼ならヨハンに言いな。アンタらを助けようとしたのはヨハンだからさ」


「彼のご友人なんです?」


「いいや、ただの知り合い」


 クロエを窮地(きゅうち)に追いやった過去。クロエと協力している現在。あえてそれらを天秤にかけるなら、友人と知人の中間あたりに収まるだろう。まあ、どちらでもいいことだったが。


 ナイフを一本ハックに貸し与えて、二人で半馬人の(いまし)めを()いていく。五十体はいるだろうか。なかなか難儀な仕事ではあった。


「これでよし、と」


 解放された半馬人たちはめいめいに立ち上がったが、その多くが困惑の色を顔に浮かべている。


 他種族は人を嫌っている、というのがグレキランスの常識らしい。ハルキゲニアでは他種族を見かける機会はなかったし、噂を耳にすることもなかった。だからそんな常識はグレキランスに来てから知ったことなのだが、助けた相手さえ警戒する様子には、なるほどと思う。


 せっかく助けてやったのに、なんて傲慢(ごうまん)な気にはならない。彼らには彼らの生き方があるのだ。自分のような悪党と同じように。助けてくれた相手を無闇に信用しないあたり、似通ったところはあるだろう。


 不意に、半馬人の一体が一歩踏み出した。そして深々と頭を下げる。


「ワタシはゴーシュと申します。助けていただいて、ありがとうございます」


 その横で女の半馬人が「あ、あたしは助けてもらっても全然嬉しくなんかないんだからねっ!」と頬を染める。


 ゴーシュと名乗った半馬人は苦笑し、女の半馬人の肩を軽く叩いた。「彼女はルナルコンと言いまして、ご覧の通り、天邪鬼(あまのじゃく)な性格です。どうか悪く思わないでください」


 ゴーシュの言葉を皮切りに、半馬人たちの態度が軟化(なんか)したように見える。(もく)して腕組みをする者もいたが、あちこちで感謝の言葉が漏れ出した。


「別にいいって。だから、礼ならヨハンに言いなよ。アタシじゃなくて」


「ヨハンさんの知人ということは」ハックがまっすぐにアリスを見つめて言う。「クロエさんともお知り合いですか?」


「ああ、そうさ」


 決闘の約束をした相手であることはさすがに伏せた。今のクロエの状態についても。それらを彼が知ったところで、どうにもならない。


「なら、安心です」とハックは微笑む。半馬人も急にリラックスした様子だった。


 どうやらクロエは『灰銀の太陽』への協力で随分と信頼を勝ち得たらしい。まあ、あの性格だ。色んな物事に首を突っ込んでは、助けたり助けられたりしたんだろう。今の彼女にその面影(おもかげ)がなくとも。


「ところで、ここに来るまでの(あいだ)に半馬人にひとり会いませんでしたか?」


 ハックはやけに真剣な調子で言う。


「いや、会ってないねえ。姿も見てない」


「そうですか……。実は、半馬人のリーダーをしているデビスさんが、この森一帯を監視しているんです。誰よりも視力と耳と、弓の腕に優れていますですから。それに判断力も」


「……そんな優秀な監視役がいるのに、侵入されたってわけだね」


 ガーミールなら、そのデビスとやらを見つければすぐに捕獲しようとするだろう。あれだけ金にこだわっていたんだ、逃げられたとしても追手を出すはず。しかし、森の周囲にそんな様子はなかった。


 悪い予感がする。


 直後、全身を悪寒(おかん)が駆けめぐった。血族の気配ではない。尋常(じんじょう)でない魔力を感じたわけでもない。第六感とでも言うべき、名付けようのない感覚。


『全員動かないでください! 口も開かないように!』


 ヨハンの交信魔術が耳の内側で響く。周囲の様子を見るに、どうやら彼の交信は全員に届いているようだった。


 ドームの扉へと目を向ける。なにか想定外の事態が起こっている。それも、悪い意味での。


 アリスはヨハンの警告を無視し、ドームから飛び出た。そして予感が的中したことに歯噛みする。一件落着と思った矢先にこれだ。


 相変わらず倒れているガーミールの隣に、ヨハンが両手を上げて立っている。こちらに背を向けて。


 その先に、ひとりの男がいた。


 眉ほどの長さの、癖毛の黒髪。鼻梁(びりょう)(とお)っており、切れ長の目は長いまつ毛に縁取(ふちど)られている。唇は薄く、頬骨がすっきりしており、やや中性的な面立(おもだ)ち。顔は悪くないが、表情は憂鬱そのものである。ヨハンと同じくらいの高身長で痩せ型。()せた緑のローブを錆色(さびいろ)のブローチで()めている。肌は血族を示す紫。茶色の肩がけ鞄を身に着け、妙なことには黒い風船を持っている。


 その身からは血族特有の気配は一切感じられなかった。そして、ひと欠片の魔力さえも。いかにも魔術師(ぜん)としているのに。


「ごきげんよう、メフィスト。調子はどうだい」


 男の口が開き、ねっとりした口調で言葉が(つむ)がれる。


 次にヨハンが口にした名は、またしてもアリスの神経を刺激した。なぜなら、ラルフの記憶で語られた名前だったのだから。


「見ての通り、いたって健康です。お久しぶりです、ヘルメスさん」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『遅延魔術』→ヨハンの使用する魔術。対象の動きをゆるやかにさせる。ヨハン曰く、魔術には有効だが、無機物には使えないらしい。正式名称は遅延領域(レント・メモリア)。詳しくは『69.「漆黒の小箱と手紙」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗すべく結成された。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『ゴーシュ』→『灰銀の太陽』に所属する半馬人。清き魂は死を通過し、再び清き肉体に宿るというイデオロギーを信奉している。規則や使命を重んじ、そこから逸脱する発言や行為には強い嫌悪を示す。要するに四角四面な性格。言葉遣いは丁寧。腕を盾に変える魔術を使用。ハンジェンとの戦闘で殺されかけたルナルコンを救うため、自身の倫理観を覆してシャオグイの丸薬を口にした。結果として圧倒的な力を得たものの、余命は三年に縮んだ。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルナルコン』→『灰銀の太陽』に所属する女性の半馬人。ツンデレ。腕を槍に変化させる魔術を使用。ゴーシュやファゼロとともに、クロエたちを救出した。『灰銀の太陽』のアジトへ向かう途中、デュラハンの引き付け役を請け負って以来、行方知れずだった。デュラハンに対して逃避を選んだことにより、半馬人の倫理観に背いた負い目を感じている。樹海でゴーシュの窮地を救った。詳しくは『619.「半馬の助け」』『Side Runalcon.「いずこへ駆ける脚」』『Side Gorsch.「慈母と厳父」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

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