Side Alice.「犠牲と覚悟とハイタッチ」
※アリス視点の三人称です。
鎧よりも大きなサイズの攻撃には対処出来ない。ようやく見出した『真摯な門番』の弱点だが。
――正直、困ったねえ。
アリスは内心で舌打ちした。鎧を越えるサイズの魔弾を撃つことは出来ない。それこそ防御魔術を押し出すくらいしか手段は持っていないが、それだけでは攻撃として不充分。人間だって気絶させられない。
魔力を充分に練り上げたうえで、拳と防御壁を魔術で固着させ、渾身の力で殴る。それが最善のプランだろう。ただし、そう何度も出来るものではない。魔力も体力も有限だ。しかもここまで不眠不休で走り続け、先ほど左手と左足を負傷してもいる。
なにより――。
数メートル先の鎧を見据え、アリスは眼光を鋭くした。
なにより今、相手は剣をかまえている。これまでの戦闘すべてが彼にとっては児戯であり、ようやく戦う姿勢になったといえよう。ガーミールはこれまでなにもしてこなかったのだ。ここから本当の意味での戦闘がはじまる。
疲労はある。痛みもある。それ以上に、心が昂ってやまない。余裕ぶった鼻柱をへし折るチャンスが見えただけで、俄然、やる気になる。
「我は手加減出来ん。我が本気でやるとなれば、アリスよ、貴様は死ぬぞ。貴様に死なれるのは本望ではない。降伏するのだ」
「いいさ。本気で来なよ金ピカ公爵。死ぬのはアタシじゃなくてアンタさ」
「減らず口ばかりだな。よかろう。格の違いを見せてやる」
アリスはまばたきひとつしていなかった。しかしガーミールは一瞬で距離を詰め、剣を振り上げると――。
なんとか横っ飛びに回避した。見ると、大剣は柄の部分を残して地面に埋まっている。それほどの勢いで振り下ろしたということだろう。そしてガーミールはいとも容易く大剣を抜き放つと、横薙ぎを放った。
それも回避してみせると、次から次へと斬撃が襲いくる。
一撃一撃が容赦ない重さと切断力を持っていることは把握出来たが、それでも――。
「アンタ、剣術は素人だろ」
クロエとは雲泥の差だ。速度や威力こそ目を見張るものがあったものの、大男が刃物を振り回しているのとそう変わらないようにアリスには感じられた。ただ、なんとか躱すだけの状況なのも事実ではある。
「失敬な! 我は貴族として恥じぬ剣技を持っている!」
「なら、貴族ってのは剣士失格だね。恥の塊だ」
「どこまで我を愚弄すれば気が済むのだ!」
言葉の応酬の合間も、斬撃と回避は続いていた。
最高の一撃を叩き込めるだけの隙がない。いや、隙だらけではあるものの、それは通常の攻撃――魔弾の発射だとか――にのみ通じるもので、ガーミールの鎧すべてをカバーする防御壁をぶち込むには心許なかった。剣技こそ素人丸出しなものの、身体能力がずば抜けている。前身も後退も一瞬で、斬撃もまた一瞬だ。刃を振りかぶる動作がなければ、アリスとて無傷で回避し続けることなど出来なかったろう。
「反射神経はいいようだが、その傷では長く持たんだろう。さっさと白旗を振るがいい!」
「降参するくらいなら舌を噛み切るほうがマシだね」
アリスの言葉に嘘はない。敗北を認めるなら死ぬほうがよほど潔いと思っていた。そしてまた、ガーミールの指摘も正しくはあった。回避するごとに体力を消耗するし、負傷した左足が大きなハンデにもなっている。この状態が長続きすれば、先に傷を負うのはアリスだろう。
隙。
どうしてもそれが必要だった。
一瞬でいいから敵の動きを止められれば、渾身の一撃を叩き込める。
そのために犠牲を払う覚悟なら、とっくに出来ていた。
ガーミールの振り下ろした剣。その軌道がアリスの左腕を捉えたのは偶然ではない。すべて彼女の計算済みの動きだった。商品を傷つけてしまったことで、奴は僅かばかり硬直するに違いないと読んで。この斬撃速度なら、きっと切断されることだろう。
それでかまわない。腕を失うヘマをしたことはないが、こいつ相手にはそれが必要だっただけ。
刹那ののちに訪れる痛みに歯噛みし、右手に魔力を集中させた。
しかし――。
左腕を伸ばした姿勢で、アリスは硬直した。見上げる鎧もまた、動きを止めている。否、よくよく見ると、極めてゆっくりではあるが、振り上げた剣先が垂直に動いている。
アリスは思わず舌打ちしてしまった。自分の影からぬるりと現れた長身の男を横目に。
「よくも邪魔してくれたね、ヨハン」
ヨハンは悪びれもせず、浅く頭を下げた。
「大変失礼しました。アリスさんの性格はよく存じ上げていますので、決闘に水を差すのは野暮だと思い、ここまで静観していましたが……さすがに腕を捧げるのは悪手でしょう」
「うるさいね……。アタシにはアタシのやりかたってモンがあるんだよ。それより、ハック坊やとお馬さんたちは助けたんだろうね?」
ヨハンが平然と首を横に振るのを見て、アリスは呆れが溜め息になって漏れ出すのを感じた。
「なんのためにアタシがこいつの気を引いたと思ったんだい」
「ちゃんと理由があるんですよ。ガーミールさんは透過帽を被ったアリスさんを見事に見破りましたが、私の存在までは感知出来なかった」
「ああ、そうさ。だからアンタだけで救出に向かえば良かったじゃないか」
「ところがそうもいきません」ヨハンは肩を竦め、苦笑する。「透過帽を見破った時点で、相手が魔力を看破したわけではないことが分かります。なにせ、魔力ごと姿を消せますからね。すると、心音などの微細な音を拾ったのか。その可能性も低い。アリスさんが透過帽を脱ぐ前に、ガーミールさんは例の手帳に人間の魔術師であることや、性別まで書き加えましたからね。したがって、全身が把握出来ていたわけです。となると、残る可能性は温度を感知したか、動体を感知したか。ときに、分身であり影に潜んでいても、体温はあります。人肌の影ってなわけでさあ。したがって前者の可能性は消える。つまりガーミールさんは動体を正確に感知可能という結論です」
滔々と語るヨハンを横目に、ガーミールを見やる。この男にそこまでの鋭敏さがあるとは思えない。すると、『真摯な門番』の効果のひとつなのだろう。思えば、視界を完全に閉ざしている状態の鎧にもかかわらず、戦闘中のこちらの位置を完璧に把握していたのもそれが裏付けとなるだろう。
「で、仮に影の状態であってもアリスさんのもとを離れた時点で、ガーミールさんに察知される危険性があったわけです。なので、申し訳ないですが様子見に徹していたわけでさあ」
ならさっさと手助けすればいい、とは思ったものの口には出さなかった。どうせヨハンのことだ。相手のことをじっくり観察していたのだろう。お得意の遅延魔術が有効かどうかも含めて。交信魔術を使わなかったのも、敵を欺くためにはまず味方からとかいう下らない計算に違いない。
「御託は分かったよ。ただ、アタシの邪魔をしたのは許せないねえ」
言って、アリスは魔銃を抜き、銃口をヨハンの額に向けた。それでもへらへらした顔を崩さないものだから、いっそ撃ち抜いてやろうかと魔が差したが、そんな目的で銃を抜いたわけではない。
遅延状態にあるガーミールの額を撃ち抜いた。
「……なんだい。この状態でも鎧は有効なんだね」
魔弾サイズの穴が収束していく。鎧の持つ通過の性質には、どうやら遅延魔術はおよばないらしい。
「まあ、仕方ありません。あとはお任せします」
「なにが『お任せします』だい、まったく」
ガーミールは依然として、遅々とした斬撃姿勢のままだ。
右の拳をきつく握り締め、深呼吸をひとつ。ガーミールより少し大きいサイズの分厚い壁をイメージし、魔力を練り上げる。やがて完成した防御魔術を拳に固着させ――。
「くたばれ守銭奴!!」
拳と同期した壁がガーミールの額に直撃する感触を、確かに得た。打ち出した右腕の骨が軋み、防御魔術が瓦解する。
ヨハンが指をパチンと鳴らすと、鎧は遅延前の動きの導くままに剣を振り下ろし、そのまま前方に倒れ込んだ。
「上出来です、アリスさん」
「アンタもね、ヨハン」
片手でハイタッチしてから、柄にもないことを、とアリスは自嘲した。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて
・『魔弾』→魔銃によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて
・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて
・『透過帽』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。魔力も気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて
・『遅延魔術』→ヨハンの使用する魔術。対象の動きをゆるやかにさせる。ヨハン曰く、魔術には有効だが、無機物には使えないらしい。正式名称は遅延領域。詳しくは『69.「漆黒の小箱と手紙」』にて
・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて




