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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Alice.「黄金の穿孔卿」

※アリス視点の三人称です。

 微動だにしない黄金色の鎧を前にして、アリスもまた、身じろぎひとつしなかった。鎧には継ぎ目ひとつ見当たらない。鎧らしい外観こそ保っているものの、関節部に兜にもなんら隙間がないのだ。


『ヨハン。あいつが例の――夜会卿の厄介な手下かい?』


 出会ったら降参すべき、血族の魔術師。隠れ家へと向かう道中でヨハンが語った情報だ。もし目の前の鎧がそれならば、自分はどうすべきか。アリスは自問に対し、内心で嘲笑する。答えは決まっていたから。


 だからこそ『いえ、違いますね』とヨハンの声がしたとき、思わず息が漏れた。安堵とはほど遠い溜め息が。


『なら、あの金ピカは何者だい?』


『分かりません。ですが、貴族か、あるいは夜会卿の部隊長といったところでしょう』


『ふぅん。なら、さっさと弾丸をぶち込んだほうがいいねえ』


 相手にこちらの姿は見えていないはずだ。透過帽(とうかぼう)は脱げていない。それに、もし見抜いているのならなんの動きも見せずに(たたず)んでいるわけが――。


 咄嗟にアリスは腰のホルスターに手を伸ばした。鎧が動きを見せたのである。鎧の血族は緩慢な動作で、ゆっくりと地面に胡座(あぐら)をかいた。


 そして大きく伸びをする。


 今の今まで気付かなかったが、鎧の足元には小ぶりの旅行鞄が置かれていた。随分と年季を感じさせる品である。鎧は鞄からペンと冊子を取り出すと、閉じた鞄を机代わりに、なにやら書き物をはじめた。


『まったく気付いてないらしいねえ』


『ええ、そのようです。今のうちに監禁場所まで行きましょう。場所の見当はついているでしょう?』


『あのデカい木だろう?』


 ドーム状の巨木を見据え、アリスはそっと足を踏み出した。腰の魔銃に手を触れたまま、鎧を数メートル迂回するように()を進める。振り返っても、鎧は書き物に夢中らしく、こちらには見向きもしない。


 が――。


『……なんだい、ありゃ』


『帳簿ですね』


 半馬人の体格やら性別ごとに、金貨何枚と記している。そのなかには、人間の子供、という項目もあった。


 ひとまず、ハックとやらが生きて監禁されているのは間違いないだろう。彼の欄にもキッチリと値段が書かれている。


『ヨハン』


『なんです?』


『まずは目障りな鎧を始末してから、坊やたちを助けるってのはどうだい』


『お気持ちは察しますが、救出が最優先です。あの鎧に気取(けど)られぬように、ひとりひとりこっそり逃がすんです』


 目の前で金勘定をする――それも人身売買の値付けをする(やから)を放っておくのは(しょう)に合わない。


『仮に連れ出せたとしても、外の血族に囲まれるんじゃないかい?』


『いえ、そうはなりません。入り口の枯れ木に戻るわけではありませんから。隠れ家には複数の出口がありまして、そのなかでも血族の気配のしない場所を選べば問題ないわけです』


『ここには何体も半馬人がいるんだろう? そいつら全部、鎧に気付かれずに連れ出すプランは?』


『それはですね――』


 ヨハンの声が止まる。アリスも思わず息を呑んだ。交信魔術で会話しながらも、例の帳簿を目で追っていたのだ。たった今そこに、人間の魔術師(仮)と記されたのである。女、とも。


 ここにハック以外にも人間の女性がいるのか、それとも。


 鎧は音を立てて帳簿を閉じると、アリスを振り(あお)いだ。そして立ち上がるや(いな)や、鎧をまとっているとは思えないほど大きく跳躍し、アリスの目の前に立ちはだかった。


「さて、侵入者よ。貴様の値打ちを見せてもらおう。たったひとりで乗り込んだ実力を発揮するがいい。まさか、透明になるだけが芸ではあるまい?」


 声は眼前の鎧のもので間違いない。朗々(ろうろう)とした、低い声音だった。


 こいつは、とアリスは舌打ちをする。


 こいつは最初からこっちの姿が見えていて、あえて観察に徹していたのだろう。


 なら、もう隠す必要はない。それに、こいつは肝心のこと(・・・・・)を見落としている。


 アリスは透過帽を脱ぎ去り、不敵に()んだ。


「最初からお見通しだったわけかい。気付かないふりして値付けするだなんて、随分と悪趣味だねえ」


「商品の値段は重要だ。(われ)には金が()るからな」


「金が欲しいなら、まっとうに働いて稼ぎなよ、金ピカ。その大袈裟な鎧を売れば多少は(ふところ)が温かくなるんじゃないかい?」


「ふん」と鎧は腕組みをした。「この鎧は我ら一族の誇りだ。売り払うなどもってのほか。貴様のような粗暴な女には分からんだろうがな」


 こいつも同じだ、とアリスは鼻白(はなじろ)んだ。奴隷商人と変わらない。他人の命はどうでもいいくせに、自分の靴は大事にしたりする。そんな馬鹿げた価値観で生きていると、ろくな死に方はしない。いや、たっぷり苦痛を味わわせてから、今この場で死ぬんだと理解させてやろうじゃないか。


 とはいえ、だ。


 本来のアリスなら、既に魔銃を抜き放っていただろう。そうしないだけの理由があった。


 ――こいつはさっき、アタシをたったひとりの侵入者だと言った。つまり、ヨハンには気付いていない。


 ヨハンの影は自分からとっくに離れて、例のドーム状の巨木へと向かっているだろう。でなければ交信魔術でやり取りを続けているはずだ。だからこそ、時間稼ぎとして敵の気を引いているのである。


「人の命を金貨で(はか)るような大馬鹿野郎に誇りを語る資格なんてないね」


 高揚が胸を覆っていく。言葉が上滑りして、戦いへと意識が引きずられる。


「貴様は愚かだな。命こそ至上の金になるのだ。あらゆる可能性の塊だからな」


「なんでそんなに稼ぎたいんだい? 見たところ、アンタは貴族だろう? 地上にいる血族もアンタの手下なわけだ。どうも金欠には見えないねえ」


「ふん。偉大なる計画には多くの金が要る。それだけのことだ。我を守銭奴(しゅせんど)だと思うなら、貴様の目は曇っている。我はこの戦争において、より多くの金を稼ぐことのみを目的としているのだ。夜会卿のオークションで、我は必要充分な金を得ることだろう。そのための労力は惜しまん」


 随分と饒舌(じょうぜつ)だ。目の前の鎧は貴族であり、夜会卿の部隊でもない。そして囚われた半馬人たちはオークションとやらで換金される。必要のないことをべらべらと喋るあたり、相当の自信家と見ていいだろう。加えて、隠れ家に手下をまったく置いていない点も、実力のほどを示している。


 自分が負けるなんて(つゆ)ほども思っていない。そんな手合いは大概、足元を掬われるものだ。現に、おそらくヨハンはもう監禁場所に潜り込んだことだろう。確かめる手段はないが。


 アリスは数歩後退し、弐丁の魔銃をかまえた。銃口のひとつは鎧の額に。もう一方は心臓を()している。


「最期に自己紹介でもしようじゃないか。アンタだって興味あるだろう? 単身でここまで侵入するような相手なんだから」


「そうだな。興味は尽きん。透明化していたとしても、単独で仲間の救出か、あるいはこちらの軍を落とすだけの自信が実力を(ともな)っているなら、なおさらだ」


「実力があるかどうかはすぐに分かるさ。……アタシはアリス。これからアンタを叩きのめす相手の名前だよ。冥土の土産にしな」


 鎧の男は一笑に()し、首を横に振った。


「貴様は我より格下だ。叩きのめすなど、大言壮語も(はなは)だしい。しかし、我も名乗ってやろう。礼には礼を、だ」


 鎧の男は腕を大きく横に広げ、胸を張った。


「我が名はガーミール。二つ名は穿孔卿(せんこうきょう)


 ガーミール。その名には聞き覚えがあった。


 つい一ヶ月前、クロエが語ったラルフの記憶。


 オブライエンの奸計(かんけい)により、領地と公爵位を失った男。


 そしてオブライエンの罪を告発し、彼がグレキランスの独立を宣言するに至ったひとつのピース。


「……ガーミールって言ったかい。アンタ、不老不死かなにかか?」


 ほとんど無意識にアリスが口にしたのも、無理はないだろう。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『透過帽(とうかぼう)』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。魔力も気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『穿孔卿(せんこうきょう)』→『幕間.「魔王の城~貴人来駕~」』にて名称のみ登場。


・『ガーミール』→ラガニアの公爵。オブライエンの計略により辛酸を嘗め、最終的には爵位を失った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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