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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Alice.「森の隠れ家」

※アリス視点の三人称です。

 高原に広がる森林地帯は数キロにもおよび、末端は峻厳(しゅんげん)な山脈に続いている。(そび)える巨木の合間に灌木(かんぼく)(やぶ)が茂っており、倒木も多い。獣道が迷路のごとく分岐し、低木の葉陰に隠れてささやかな崖まである。隠れ家にはうってつけだ。それゆえ、足を踏み入れる者は天然の迷宮に閉じ込められるも同然だろう。


『道は合ってるんだろうね?』


『ええ。隠れ家は森林の中心地にあります。今のところ順調に進んでいるのでご安心を』


 思わずこぼれそうになる溜め息を押し殺し、アリスは歩を進めた。


 森に足を踏み入れてすぐに、早駆(はやが)けの魔術は解除してある。藪を突っ切って走ることも出来るだろうが、ここはもう敵地と言ってもいい。どんな物音にも注意を払って進むべきだ。肌を()く枝葉や踏みしめる枯れ草の音までは消せないものの、警戒するに越したことはない。そして道に間違いがないかどうか確かめる意味でも、ヨハンとは『煙宿(けむりやど)』を出発してすぐに視覚共有を繋いでいた。影のなかにいる案内者が道を誤ることのないように。


『それにしても』とアリスは自分の影に隠れたヨハンに、交信魔術を送る。『森の手前にあった旗はなんだったんだい?』


 地面に突き立てられた赤一色の旗を思い出す。背丈ほどもある巨大な旗だ。ときおり(ひるがえ)るそれは、アリスに不吉な印象をもたらした。なにしろ、旗自体に魔力が充溢(じゅういつ)していたのだから。旗の周囲に血族の姿こそなかったものの、無意味な物とは思えない。


『さあ、私にも正体は分かりません。おそらく魔道具なのでしょうが、なんの効力があるのやら』


 魔道具も魔術の産物である以上、観察すれば内実は見えてくる。少なくとも、魔術の種別くらいは見分けられるものだ。アリスとて魔術師であり、魔術の造詣(ぞうけい)にはそれなりの自負は持っている。それでも、旗がどのような代物なのか、まったく判別出来なかった。攻撃魔術の(たぐい)なのか防御の類なのか、はたまた交信や隠蔽(いんぺい)といったものなのか、一切見通せなかったのだ。


 旗を迂回するように森に入ったものの、旗の魔力には一切の揺らぎがなかった。少なくとも、森への侵入をトリガーとするものではないことだけは確かである。


 未知の魔術が山ほどあることくらい、アリスだって身に染みて理解していた。『毒食(どくじき)の魔女』の邸に滞在した期間にも充分味わったし、なによりハルキゲニアでの経験が大きい。その地を悪辣(あくらつ)な女王が牛耳(ぎゅうじ)るに(いた)った魔術――『支配魔術(ドミネーション)』の存在さえ知らなかったのだから。


『ヨハン。アンタはアタシよりも魔術の知識はあるだろう? 特に詐欺みたいな魔術は』


『まあ、否定はしません』


『そんなアンタでも分からないんだから、相当悪質な奴が作ったんだろうねえ』


『悪質かどうかは知りませんが、優秀な職人によるものでしょうなあ』


 職人、と聞いてアリスはひとりの人物を頭に(えが)いた。自分の持つ弐丁の魔銃を強化してくれた魔具職人、カルマン。ハルピュイアによる王都襲撃以降、その姿は見ていない。家にもいなかった。数多くの道具とともに消えた以上、段階的に計画を踏んでの夜逃げとも言えなくない。アリスの魔銃を無許可で改造したことが露見すれば大事(おおごと)になるだろう。しかしながらアリスの知る限り、そんな理由で消えるような男ではなかった。カルマンは魔具の製造に確かな熱意を持っている。職人の立場を自ら捨てるような真似はしないはずだ。となると、拉致されたかだ。カルマンは、単なる小悪党なら簡単にあしらえる程度の警戒心は持っている。そんな男を(さら)える相手。そして攫う動機を持つ相手――。


 アリスは思考を中断し、前方の木々を睨んだ。すでに血族の気配は感じていたが、ようやく姿が見えたのである。


 連中は思い思いに過ごしているようだった。木々に寄りかかったり、僅かなスペースに寝転がったり。


 アリスは慎重に木々を縫い、ひたすら前方へと歩んでいった。進むにつれて血族は数を増したが、誰ひとりとしてこちらに気付く者はいない。


『いったい、どのくらいの血族がいるんだろうねえ』


『五百から千程度でしょうね。私の感知する限りでは』


『へえ、そりゃ随分と少ないね。簒奪卿(さんだつきょう)とやらの半分以下じゃないか』


『簒奪卿は全軍で二千と聞いています。ここにいるのが分隊ならば、むしろ多いくらいですよ。まあ、夜会卿の一部隊なら多くても不思議ではありませんが』


『なんでもいいさ』


 相手が夜会卿だろうとなんだろうと、目的を果たせればそれでいい。まずは救出。次に、乱闘。それだけだ。


『そろそろ中心地です。あの一番小さな枯れ木が、隠れ家の入り口ですな』


 木々が開けた場所の中心に、一本の枯れ木が立っている。入り口と呼ぶには妙だった。魔力も感じない。


 ただ、周囲の血族が異様に多いのは、この場所の重要性を示す証明にもなっている。


『で、どうすりゃ――』


 言いかけて、言葉が止まる。血族のひとりが口を開いたのだ。大柄で、いかにも怠惰(たいだ)そうな顔をしている。


「遅すぎねえか? あいつ。もう帰ってきてもいい頃だろ。いくら岩山に行ったってよお、丸一日以上も足止めされるか?」

「どうせ昼寝でもしてんだろ」

「ハハッ! 違えねえや」

「ま、どうだっていいってことよ。行くときも説明なかったしな。俺たちは律儀に帰りを待つってわけだ」

「そうするしかないわな」


 連中の言葉を耳にしながら、枯れ木を見つめる。血族の口振りでは、誰かが単独行動をしているらしい。そして軽い愚痴を吐きながらも、そいつを重宝している。ここで留守番している奴らより、よっぽど叩き甲斐(がい)のありそうな相手だと推測し、アリスは口の端に笑みを浮かべた。


『アリスさん』


『なにさ』


『隠れ家に入る方法は、あの枯れ木に触れるだけです。たったそれだけですが……連中に見られるわけにはいかない。ということで、全員の目を()らす必要があるわけです』


『魔銃をぶっ放してみるかい?』


 大真面目に言ったのだが、ヨハンは即座に否定した。『決して魔術を使わないでください。小石でも拾って藪に投げれば、それで充分でしょう』


 とんだ肩透かしだ。


 アリスは枯れ木の前まで行くと適当な石を拾い、藪に投げ入れた。放物線を見られぬよう注意を払って。


「なんだ!?」と素早い声がした瞬間には、アリスの指先が枯れ木に触れていた。


 その直後のことである。枯れ木の中心が割れ、なかから触手のようなものが飛び出るや(いな)や、身体がそれに呑み込まれた。


 視界が暗転し――気がつくと木漏れ日の射す穏やかな森に立っていた。周囲の様相は先ほどと一変している。藪も灌木もなく、地面は柔らかな苔に満たされ、木々のひとつひとつは下部がドーム状に膨らんでおり、扉までついていた。さながら森のなかの町といった具合である。


 景観こそ爽やかだが、どうしても不快な点がひとつ。触手の粘液らしきもので全身がねっとりしている。


『ヨハン。全身のベトベトはどうにかならないのかい?』


『苔で拭くか、我慢してください』


 手元と顔だけ苔で拭くと、多少は気分がマシになった。


『それで、ここが隠れ家ってわけ?』


『ええ。あの枯れ木から触手経由で地下深くに来たわけです』


『……地下になんで光が?』


『日光ではないですよ。地上の陽射しを地中まで届ける植物があるんです。名前は知りません。たぶん、クロエお嬢さんなら即答出来るでしょうなあ』


 クロエが本の虫だということはアリスも知っている。珍奇な植物や動物に関しては滅法(めっぽう)詳しいだろう。


 今のクロエのことを考えると、少しばかり憂鬱な気分になった。


 ――今のお嬢ちゃんとは決闘する気にもなれない。


 決して口には出さないし、ヨハンにも交信しない内心の独白。


 決闘の約束をしたのは、()のクロエじゃない。以前のクロエに対してだ。そこに線を引いてしまう自分は、どうなのだろう。


『幸いなことに』


 ヨハンの声がして、アリスは意識をそちらに向けた。


『隠れ家の内部にいる血族はひとりだけです。ハックさんの無事は分かりませんが、半馬人の気配はありますね』


『全員捕虜にでもするつもりかねえ』


 言いながら、アリスは()を進めた。むろん、血族の気配へと。牧歌的な空間に似合わない、毒々しい気配が漂っている。


『いえ、捕虜ではないはずです。この戦争に夜会卿が噛んでいる以上、彼のオークションへの出品物か、(みつ)ぎ物にでもされるに違いありません』


『そりゃあ反吐(へど)が出るね』


 アリスは、自身が悪党であることくらい充分自覚しているが、富豪趣味に迎合(げいごう)するような生き方はしてこなかった。なかでも人身売買は最悪だ。


 やがて、これまで以上に開けた場所に出た。広場と言ってもいい空間である。広場を挟んで真正面には、ひときわ大きなドーム状の木が聳えていた。おそらくそこに半馬人と、勇敢な少年が監禁されているのだろう。広場の周囲には、ほかにドーム状の木はない。そしてなにより――。


『アリスさん』


『分かってるよ』


 広場の中心に、金色(こんじき)の鎧が屹立(きつりつ)していた。背丈はヨハンよりも低いくらいだろうか。大ぶりの剣を背負っている。


 それが置き物ではないことくらい、重々承知していた。なにせ、血族の気配はそこから(ほとばし)っているのだから。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『早駆(はやが)けの魔術』→馬などの速度を上げる魔術。人にも応用可能。詳しくは『559.「隠し通路」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『視覚共有』→その名の通り、視覚を共有する魔術。詳しくは『9.「視覚共有」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。他者に施された『支配魔術(ドミネーション)』を、同じ魔術で上書きすることは出来ない。解除後も、一度変形された自由意思は完全に元通りにはならない。詳しくは『117.「支配魔術」』『Side Johann.「ドミネート・ロジック」』にて


・『カルマン』→魔具職人。魔力写刀(スプリッター)の製作者。アリスに乞われ、魔銃を強化した。初出は『Side Alice.「姉弟の情とアリス』


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『簒奪卿(さんだつきょう)シャンティ』→黒の血族で、ラガニアの子爵。過剰な装飾と肉体改造を施した、傲慢で残虐な女性。同族の土地へと侵略を繰り返す様から、簒奪卿の異名がつけられた。固有の異能である液体操作を持つが、有機物に限っては相手の意識がなければ操れないという制約がある。加えて、スライムを使役する。リクの腹違いの姉。戦争において前線基地を襲撃したが、シフォンの裏切りにより全軍壊滅。現在はシンクレールと行動をともにしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて

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