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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
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Side Alice.「異常に冴えた魔術師」

※アリス視点の三人称です。

 半馬人の隠れ家。高原の奥地の森林地帯に、その場所がある。馬を使っても二日程度かかるとは、ヨハンの(げん)だ。


 今、アリスは馬以上の速度で平地を疾駆していた。


早駆(はやが)けの魔術なんて、どこで覚えたんですか』


 耳元にヨハンの交信魔術が届く。早駆(はやが)けの魔術は一般的には馬や馬車に用いるものだが、身体強化の一種である。自身の足にそれを(ほどこ)すことも可能だ。


『どこだっていいだろう? 今は最高速度で目的地に向かってることだけが重要。そうじゃないかい?』


 アリスも同じく交信魔術で返す。自分の影に(ひそ)んだヨハンの分身へと。


 アリスは交信魔術を会得していなかったが、こうして会話出来るのはヨハンの手引きあってのものである。彼が繋いだ交信魔術は双方向らしく、したがってアリス側でそれを行使する必要はないのだ。頭に描いた言葉を魔術に乗せるだけ。その程度であれば楽なものだ。


 アリスは自前の帽子のなかに収まった、さらに小さな帽子が離れぬよう、しっかりと頭を押さえつつ駆けた。


 透過帽(とうかぼう)を被った自分が早駆(はやが)けの魔術で隠れ家に向かう。それがアリスの提案した内容である。不測の事態に備えて、『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』を影に忍ばせて同行するというのはヨハンのアイデアだった。透過帽は対象の姿と魔力を隠すだけではなく、随伴(ずいはん)する魔術も隠蔽(いんぺい)されるらしく、音にさえ気をつけていれば血族にバレる気遣いは無用らしい。


 かくしてひとりと半分が隠れ家へと向かっている。


 アリスは駆けつつ、内心で苦笑した。自分に会った時点でこのプランを思いつかなかったとするなら、ヨハンは相当焦っているのだろうな、と。あるいは思いついていても、独力で完遂しようとしたかだ。後者ならマシだと率直に思った。ヨハンに義侠心(ぎきょうしん)や自己犠牲精神なんてほとんどないと察しているものの、人の心なんて結局分からない。もしもひと欠片でもそれらがあるのなら、こうして自分が夜に駆けている意味も多少なりとも違ってくる。


『ハックってのは、どんな子なんだい?』


 決して歩みを止めることなく(たず)ねる。


『世界一真摯(しんし)で冷静で、情熱的な少年です。おまけにタフだ』


『そりゃあ、会うのが楽しみだねえ』


 馬で二日。今の速度でいけば、おそらく一日半だろうとアリスは読んでいた。それも、まったく休憩なしでだ。水も食事も走りながら摂取すればいい。一日や二日寝なくたって問題ない。あとは足がどれだけもってくれるかだが、そんな心配は馬鹿馬鹿しい。


 こうすると決めたからには、全力で挑むだけだ。戦場において半馬人の隠れ家やハックという少年がどれほどの価値を持っているかなんて関係ない。それに、ルカーニアの言葉にも(そむ)いていないはずだ。


 最前線で敵をぶっ潰す。約束通りに。


 少年たちの安全確保が第一だが、そこから先は死闘になる。それでいい。そうなるほうが個人的にも好ましい。


『で、ヨハン。敵の心当たりはあるのかい?』


『十中八九、夜会卿の一部隊でしょうな。半馬人の隠れ家は巧妙に隠蔽(いんぺい)されています。それこそ、異常に()えた魔術師がいなければ見つけられないでしょう』


『夜会卿とやらの手下には、異常に冴えた奴がいるってわけだね』


『ええ。私の知る限り、たったひとりだけ。そいつが隠れ家に居残っていなければ救出のチャンスはあるでしょう』


『……もし居たら?』


 アリスの交信に対し、なかなか返事は戻ってこなかった。


 想像ばかりが膨らんでいく。異常に冴えた魔術師。それが魔力察知だけを意味していないのなら、透過帽も見抜かれる危険性があるということだろうか。事前に察知されてしまえば、その冴えた魔術師とやらの指示によって、血族の部隊に囲まれる羽目になるだろう。


『もし居残っていた場合、降伏すべきです。勝てません』


『ヨハン。そいつは単に察知力が高いだけじゃないのかい? アタシたちの位置を事前に把握して取り囲んで――』


『そんな次元の話じゃないんですよ。単体で強すぎる(・・・・)んです。正面きって勝てる公算なんてないですし、裏をかくことも不可能です』


『じゃあ、アレかい? アタシたちは間違いなく負ける相手に挑もうってわけなんだね?』


 それはそれで悪くない。アリスは自分の心臓が高鳴るのを感じた。


『あくまで居残っていれば、の話です。それに、夜会卿とは別の貴族の部隊が偶然発見した可能性もあります。そのケースであれば、救出も現実味を()びるでしょうな』


『あっそ』


 そのパターンは心躍らない。少なくともルイーザくらいでないと自分は満足出来ないだろう。


『……アリスさん。あくまでも我々の目的は半馬人とハックさんの救出ですからね。それ以上のことは無しでお願いします』


『もちろん、救出第一なのは認めるさ。アタシも目的を見失うほど狂っちゃいないからねえ。でも、無事に救出したあとは別さ。ヨハン。アンタは可愛い坊やとお馬さんを安全な場所まで連れていけばいい。アタシは好きなようにする』


 耳元に深い溜め息が入り込んだ。そう落胆されても、自分の行動方針を変えるつもりなんてさらさらない。


『あのですね、アリスさん。血族は単体でも強力なのはご承知でしょう? 身体能力も生命力も人間とは別格です』


『そんなこと分かってるさ。でも、心臓と眉間に数十発の弾丸を喰らえば無事じゃないだろう?』


『そりゃそうですが……』


『なら、問題ないってことさ』


 またしても溜め息の交信。


『血族のなかには爵位持ちがいます。要するに貴族ですね。彼らは格が違うと思ったほうがいいです』


貴品(ギフト)とやらを持ってるんだろう?』


 血族の貴族にそれらが与えられていることは、ほかならぬヨハンが『共益紙(きょうえきし)』で流した情報だ。アリスもルカーニア経由でそれを耳にしている。


『それもそうですが、魔術では説明のつかない異能を持っているケースが多いんですよ。一般的な血族にも異能持ちがいますが、そう多くはありません』


『アンタの契約の力みたいなものかい?』


『ええ、まあ……そんなところです』


 いくら強さを説明されたところで、(たかぶ)るだけだ。


 魔術を研鑽(けんさん)すれば強くなる。自明だ。


 体術を磨けば強くなる。道理だ。


 ただ、真の強さはそんなものに立脚(りっきゃく)していない。血を流しながら、それでも敵の心臓を狙い続ける自分。朦朧(もうろう)とする意識を繋ぎ止めて、勝利への算段を積み重ねる自分。そんな自分を経由しないと、本当の意味で強くはなれない。命の灯火を激しく燃焼させて、ようやく次の階段に歩を進められる。


 そんな意識がアリスにはあった。


『ともかく、アタシの邪魔はしないこと。いいね? 最高速度の乗り物で移動してるご身分だってことを忘れるんじゃないよ』


『……もしアリスさんが死んだら、クロエお嬢さんは悲しみますよ』


 アリスは歯噛みし、一層足に力を()めた。既に夜は明け、高原付近に到達しつつある。


『今のお嬢ちゃんはなにも感じないだろうよ。アタシがそこまで耄碌(もうろく)してると思ったかい? ヨハン。アンタの知ってることを全部白状しな。それが足代だよ』


 長らく影は沈黙していたが、やがて、アリスさえ予測していなかった事柄が次々と飛び出してきた。


 クロエが血族の血を引いていること。それを知って、感情を失ったこと。血族の自覚からか、治癒能力が異常なまでに高まっていること。睡眠も食事も必要としなくなったこと。味覚も失ったこと。それでも、魔王と勇者の討伐という目的意識だけは消えていないこと。


 走り続けなければならない状況を、アリスは歓迎した。でなければ、棒立ちになってしまっただろうから。


 クロエの異能や、血族だったことは、正直どうでもいいと思っている。今は亡き恩人――『毒食(どくじき)の魔女』も血族と人間のハーフなのだから、偏見などない。


 ただ、感情の喪失だけは受け入れがたいものだった。


『……いつか、もとの……甘ったれのお嬢ちゃんに戻るのかい』


『……分かりません。今のところ戻す方法も未知ですが、なんとかするつもりですよ。親切な小人さんから透過帽を借りる条件も、それでした。……とりあえずのところは、もとのお嬢さんに戻るまで私が面倒をみるつもりです』


煙宿(けむりやど)』ではクロエを放り出して死地に(おもむ)くような物言いだったくせに、という反論はしなかった。冗談でも言う気にはなれない。


『アタシからも、頼んだよ』


 ぽつりと返すのが精一杯だった。べたべたした馴れ合いは嫌いだったはずなのに、と自嘲(じちょう)しながら。




 やがて夜が来て、再び朝を迎える頃、ひとりと半分は高原奥地の森林に足を踏み入れた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『早駆(はやが)けの魔術』→馬などの速度を上げる魔術。人にも応用可能。詳しくは『559.「隠し通路」』にて


・『透過帽(とうかぼう)』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。魔力も気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は魔力の大部分と記憶を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』詳しくは『第二章 第六話「魔女の館」』参照


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて

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