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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」
1408/1455

Side Alice.「煙の町のアリス」

※アリス視点の三人称です。

 アリスが『煙宿(けむりやど)』に到着したのは、血族侵攻の数日前のことである。永続的な雇用関係を結んでいるルカーニアから『煙宿』の勢力に加わるよう命じられたのだ。そこでどう振る舞うかは彼女次第であることも言い含められた。


『お前さんほど腕の立つ奴はなかなかいない。本来なら俺の側近として王都に残ってもらうべきだった』


『ボス。ならどうして煙宿に行けって言うんだい?』


『グレキランスの要衝(ようしょう)は現時点でふたつ。前線基地と煙宿だ。前者は王都に突っ込んでくる早漏どもと相討ちする役割がある。後者は湿原に侵攻する敵を翻弄(ほんろう)し、足止めをする役割。あわよくば敵の戦線を崩壊させられる。見通しの悪い場所だからな』


『へえ。つまり、湿原に入った間抜けな血族の鼻先を叩き折れってことかい』


『その通り』


『……ボス。仮に煙宿が落ちて王都が戦場になったら、アンタはご自慢の護衛たちと一緒に討ち死にってわけだね。王都が襲撃された日みたいに』


『ああ、そうだな。王都の壁内に血族が雪崩込んでくるようなことになれば、お前さんの言う通り、俺はならず者どもを率いて戦うだろうよ』


『そこにアタシがいれば、多少はマシに戦えるんじゃないかい?』


『そうだろうな。お前さんがいれば百人力だ』


『なら――』


『アリス。俺はお前さんを王都で温存するつもりはない。最前線で敵をぶっ潰してこい。なに、死んだら手厚く(とむら)ってやる』


『ボス。アンタは自分の命よりも、戦争に勝つことを優先するってわけだね』


『当たり前のことを聞くな。王都あっての命だ』


『……オーケー、ボス。アタシは最前線で死んでくるよ。もし生きてまた会えたら、アタシに一杯(おご)んなよ』


『上等な酒を奢ってやるよ。ただし、再会してからじゃねえ。戦争が終わったらだ』




 その日、アリスは『煙宿』の外れ――桟橋の途絶えた北東方向に立っていた。周囲には兵士の姿もある。魔物を討つために駆り出されたわけだ。ただ、ここ数日は魔物が激減している。魔物の時間に突入しているものの、まだグール数体を相手にしただけ。出現頻度も量も、通常の夜とは比較にならない。この異変が血族の侵攻によるものだということくらい、アリスは察していた。


 具体的に敵がどの地点まで進行していて、いつ湿原に足を踏み入れる腹づもりなのか、それとも迂回して王都の西側に食い()るかは分からない。少なくとも南へ行くことはないだろう。でなければキュラスを越えた時点で北東に進軍する理由がない。南東に進むはずだ。連中が途中で引き返すようなことがなければだが。


 あまりにも魔物が出現せず、暇を持て余してアレコレと考えていたアリスは、ふと見覚えのある背中を見つけた。そいつはゆらゆらと左右に揺れながら『煙宿』から離れていく。


「待ちなよ、ヨハン」


 追いついて肩に手を置くと、ヨハンは足を止めて振り返った。


 彼の普段の顔が病人と大した違いはないことくらい、アリスもよく分かっている。なにせハルキゲニアから遥々(はるばる)旅した間柄(あいだがら)なのだから。


 ただ、このときほど気迫の感じられない様子は見たことがなかった。


「これはこれは、アリスさん。少しぶりですね」なんて挨拶も耳に入らない。


「……ヨハン。なんかあったのかい? もしかして、お嬢ちゃんに厄介払いでもされたかい?」


 アリスは冗談を口にしたつもりはなかった。クロエとは『煙宿』で何度か顔を合わせ、会話もしている。だからこそ彼女の変調を見抜いていた。言葉遣いも態度もぎこちなく、演技しているようにしか見えなかったのだ。それも無理して演じているわけではなく、どこか淡々とした、心の通わぬ演技だった。なにかあったに違いないと思いながらも、今の今まで切り出せていない。


「いいえ。仮に厄介払いされたとしても、私はクロエお嬢さんに付きまといますよ。さてさて、私は急ぎの用事があるのでこのへんで――」


「待ちなよ。こんな夜更けにどこへ行こうとしてるのか説明するのが(すじ)じゃないか。ヨハン、アンタは人間の味方なんだろう?」


 ヨハンが一度はクロエとノックスを死に追いやり、今は協力関係にあることはアリスも重々承知している。ただ、彼を本当の意味で許したつもりはなかった。こいつは目的のためならどんな非道でもやってのける。それこそ、戦場をより悲惨なものに変えることさえ(いと)わないだろう。だからこそ単独行動を看過(かんか)するなんて出来ない。


「ええ。人間の味方ですし、勝利のために全力を尽くすつもりです。厳密には、そのつもりでした」


「……でした(・・・)?」


 問いかけたアリスの前に、薄汚れた紙が突きつけられる。


 そこには『半馬人の隠れ家に血族の部隊が侵入。これをもって共益紙(きょうえきし)への真実の記載は一切行わないように。ハックより』とだけ記されていた。


共益紙(きょうえきし)』の存在はアリスも知っているが、所持していない。だからこの瞬間まで、そこに記載された内容は関知していなかった。


「十分か十五分か、それくらい前に共有された内容です」


 ヨハンは淡々と告げる。


 ハックという名前はアリスも耳にしたことがあった。他種族混合の組織である『灰銀の太陽』のリーダーをしていた少年だと。そしてその組織の目的が、血族側での戦争参加を目論(もくろ)む『緋色の月』という別組織と和解し、戦争参加を諦めさせることだったとも聞いている。最終的に両陣営はオブライエン討伐という目的で折り合いを付けたのも、アリスの知るところだった。


「ハックさんは」ヨハンはぼんやりと北西を見据えた。「『緋色』と『灰銀』に適切な決着を与えるために尽力し、役目を果たしました。その時点で戦争からは降りています。つまり、ただの少年に戻ったんです」


 アリスはハックに直接会ったことはないし、もちろん話したこともない。ただ、その勇敢さは容易に想像出来る。他種族をまとめ上げることも、敵対組織と対峙することも、生半可な覚悟では出来ないものだ。


「……それで、アンタは今から半馬人の隠れ家に行こうとしてるのかい? 半馬人と子供を助け出すために」


「ええ」


「その紙に書かれた通りだと、隠れ家には血族の部隊がいるんだろう? アンタひとりでどうにか出来るって?」


「どうにかしますよ」


「……そのために死んだってかまわないわけだ」


 ヨハンから漂う違和感の正体に、アリスはようやく見当が付いた。この男は死ぬ気で少年を救おうとしている。それなりの算段はあるのだろうが、勝算が低いことを承知のうえでやろうとしているのだと。


「彼にはもう、なんの負担もかけたくないんですよ。樹海で一生分の苦難を経験しましたからね。あとの人生は、彼が自由に生きるべきものです。……ここで終わるべき命じゃない」


「それで、馬もなしに徒歩で高原へ行こうとしてるわけだ」


「ええ。血族は高原地帯を行軍していてもおかしくありません。敵に見つかるわけにはいきませんからね。転移魔術を使う手もありますが、即座にバレます。転移魔術の魔術(こん)なんて、多少心得えのある者なら察知出来ますし。ただ、徒歩で私ひとりが向かうなら見つかる心配はありません。馬は使えませんが、絶好の道具(・・)がありますから」


 そう言って、ヨハンは小さな角帽(かくぼう)をアリスの前でひらひらと振ってみせた。


「それは?」


透過帽(とうかぼう)と言いまして、被った者の魔力や姿を完全に消し去る便利な道具です。親切な(・・・)小人さん(・・・・)から条件付きで借りたのですよ。馬ごと隠蔽(いんぺい)するのは無理ですが、人ひとりなら隠せます」


 ヨハンの言葉に計算めいたものは感じられなかった。少なくともアリスには。


 彼は本気で、命を賭けて少年を助けようとしている。


「……クロエお嬢ちゃんは居残りかい?」


「いえ、お嬢さんは入れ違いで別の場所に向かっています。ですので、とりあえずお別れの手紙だけは用意しました。……ちょうどいい。アリスさん。クロエお嬢さんが戻り次第、この手紙を渡していただけませんか?」


 簡素な紙を(くく)り紐で巻いただけの代物を受け取り、アリスは内心で呆れた。それが誰に対する呆れなのか――ヨハンなのか、クロエなのか、はたまた自分なのか、はっきりしない。はっきりさせるつもりもない。


 アリスは手紙を見ることなく、焼き払った。簡単な魔術であれば火であれ水であれ使える。


 直後、アリスは胸ぐらを掴まれた。「……なんのつもりです?」


「なんだ、アンタもちゃんと怒るときは怒るんだね」


 自然と笑みが浮かぶ。ヨハンはちゃんと必死だ。手紙を燃やされて怒るくらいには。


 アリスは彼が口を聞く前に言い放った。


「体力のないアンタが何日もかけて徒歩で隠れ家に乗り込むよりも、ずっとマシなアイデアがあるんだけど、聞くかい?」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている。詳しくは『第二章 第三話「フロントライン」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗すべく結成された。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。現在は『灰銀の太陽』と手を結んでオブライエンの打倒を目指している。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『透過帽(とうかぼう)』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。魔力も気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。族長は代々、歴史書を記す役目を負っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて

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