表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
1405/1454

幕間「落人の賭け」

 ロンテルヌの町を一望する崖の上に立ち、夜会卿ことヴラド公爵は特段、なんの感慨も(いだ)かなかった。ふざけ半分に、あちこちで(ひるがえ)る各諸侯の制圧旗(せいあつき)が目にうるさい。


 制圧旗が最初に(かか)げられるのは、おそらく高原の一角だろうとヴラドは踏んでいる。簒奪卿(さんだつきょう)がグレキランスの中心地へと直進し、既に王城を落としていない限りは。


 ロンテルヌまでは簒奪卿(さんだつきょう)以外の諸侯の部隊が一丸となって進行し、以降は自由に行動するという暗黙の了解があったが、昨晩、穿孔(せんこう)(きょう)が「面白いものを見つけた」と言い、自軍を連れて離脱したのだ。おおかた、半馬人の集落だろうとヴラドは読んでいる。他種族には依然(いぜん)として興味はあるものの、他者の獲物を横取りするのは狩りのルールに反する。ゆえに、各諸侯と決め事をしたのだ。それが制圧旗である。その地は制圧したので、手出しは厳禁というわけだ。ヴラドとしては、それでなんの問題もないと思っている。一部の例外を除き、各諸侯とは、人材を含む利益の一切をヴラド主催のオークションに出品するという誓約(せいやく)()わしてあった。ゆえに珍品を入手する機会は約束されているようなものだ。


 なお、制圧旗は魔道具であり、それを刺した瞬間に効力が発揮される。各諸侯に配られたグレキランスの地図にその位置が旗のマークで表示されるのだ。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官――つまり貴族の死により消滅する。その時点で、地図上では旗のマークが髑髏のマークへと変化し、他の諸侯が手出し可能となるのだ。つまりは横取りというルールに反することはない。加えて、髑髏の地点にはそれなりに価値ある存在、猛者がいることを示している。獲物は強ければ強いほど張り合いがあるというものだ。


 オークションの取り決めに合意しなかった例外は赤竜卿ことユラン公爵と、悦楽卿ことイアゼル侯爵だけ。どちらも奇異な奴なので、別段問題視していない。


「ここからは自由行動と伺っておりますが、いかがいたしましょう」


 ヴラドは隣に(はべ)る褐色肌の血族――混血のナーサを一瞥(いちべつ)し、「お前の気にすることではない」とすげなく返した。ナーサも気が(たかぶ)っているのだろう。だからこそ、()(わきま)えない台詞を口にしてしまうのだ。


 狩りには計画が必要で、計画を支えるのは情報である。ニコルから共有されたグレキランスの地図だけでは、あまりに味気ない。ゆえに、ヴラドはこの、一見するとなにもない(・・・・・)高原に立っているのだ。


 大きく息を吸う。そして、夜闇を切り裂くように、一喝(いっかつ)した。


「姿を見せろ、巌窟王(がんくつおう)!」


 ラガニアから落ち延びた巌窟王が、同じく排斥(はいせき)された息子のルーカスとともに生活を送っていることは知っている。そして、連中の気配は地中深くから感じ取れた。


 ヴラドが声を張り上げた数瞬後には、高原に真四角の建物が出現していた。地鳴りひとつなく。ナーサはさぞ目を丸くしたことだろう。


 真四角の建物は施錠(せじょう)されていない。ノックののち、ヴラドは建造物に足を踏み入れた。


 豪壮なシャンデリア。四方の壁や床は均一(きんいつ)な木目。毛足の短い絨毯の上では、(なめ)らかにコーティングされた木製のローテーブルを挟んで、革張りのソファが一対(いっつい)。向かいには生白い肌をした小太りの男と、樹木のごとく(しわ)の刻まれた老人が腰掛けている。


「失礼する」ソファの中心に腰掛け、ヴラドは両者に素早く視線を送った。「久しいな、巌窟王。それと、ルーカス」


 ソファの斜め後ろに立つナーサが疑問を(いだ)いているだろうことはヴラドも(さっ)していたが、わざわざ説明してやるつもりもない。ルーカスがかつてオークションの司会をしており、失脚して落人(おちうど)――グレキランスに追放となったことくらいは知っているだろうが。


「お久しぶりです、ヴラド様。さ、どうぞワインを。上等な品を用意いたしました」


 巌窟王は(もく)したままで、ルーカスがへこへこと口を開く。ローテーブルには今しも用意したばかりといった様子のワインが三人分。そのくせ、巌窟王もルーカスもそれに手をつけようとはしない。毒ではなく、マナーの一貫だった。客人にのみワインを振る舞うのは(へりくだ)りが過ぎ、かといって使用人――この場合ナーサ――の分まで用意するのは()が過ぎている。こうした礼儀に関してルーカスは申し分のない男ではあった。もっとも、落人なんぞが礼儀を披露したところで、滑稽(こっけい)でしかないが。


「確かに、良いワインだ」(わず)かばかり喉を潤し、グラスをテーブルに戻す。「さて、要件を告げよう」


 こうして歓待を受けるために踏み込んだわけではない。そんなことは相手も理解しているだろう。


「人間側の動きに関して、貴様の知る限りの情報を差し出せ。それをもって、貴様らが我が領地で犯した罪は不問としよう。もっとも、我が領地への帰還を認めるつもりはないが」


 両者ともに(しか)るべき経緯があり、グレキランスに身を落ち着けている。帰還が叶わないのであれば不問だろうと罪人だろうと変わりはないが、それは一般的な範疇(はんちゅう)の話である。不問でなければ、今すぐに罪人を(あや)めることも(いと)わない。それがヴラドだった。グレキランスへの追放で罪が消えるものでもない。


 ただ、ルーカスも根っからの商人である。転んでもタダでは起きない。それどころか、転んだこと自体を()に変えてしまうよう、手管(てくだ)を尽くす人種だ。


「もちろん、情報はお渡しします。それも、垂涎(すいぜん)の情報と言っても差し(つか)えございません。これは公平な判断から申し上げておりますが、ワガハイと父上の命よりも重い代物です。なにしろ、連中には相互に連絡可能な手段がございますからね」


「交信魔術のことなら、なんの関心もない」


「ええ、そうでしょうとも。ワガハイの申し上げておりますのは、そのようなチンケな魔術のことではございません」


 ルーカスは一枚の紙をテーブルに差し出した。使い古した形跡はあるものの、一行以外はなにも記されていない。


「これは『共益紙(きょうえきし)』と呼びまして、ご賢察の通り、魔道具です。同じ紙を共有する相手に、即座に文字を届ける道具……。水に(ひた)せば文字が消えますゆえ、秘匿性(ひとくせい)も申し分ありません。連中の秘密の連絡手段――もっぱら、交信魔術では流せない(たぐい)の重要な情報共有に適した道具です」


 紙には、『前線基地壊滅。援軍不要。簒奪卿の部隊と相討ちした模様。王都側に勢力が向かっていないならば、前線基地方面の防備は通常体制に戻して問題なし。クロエより』とだけ記されている。


 ところで、ルーカスがクロエと右目を共有しており、したがってシフォンの生存を知っているのを伏せたのには理由がある。(ほか)ならぬシフォンの言葉が、ルーカスにとっては鼻持ちならないメフィストによって彼の耳にも伝えられたのだ。わざわざ特殊な交信魔術を(もち)いて。シフォンがニコルによって、夜会卿の部隊の殲滅(せんめつ)まで依頼されていたとなると、大事(おおごと)である。シフォンの生存自体も伏せて、知らぬ存ぜぬで通すのが利口だと判断したのだ。


 ヴラドはしばし沈黙していたが、『共益紙』が魔道具であることは、そこに宿る魔力を()るに間違いはなさそうだった。ルーカスの口にした内容は毛ほども信じていないが、ヴラドは「結構。貰い受けよう」と返す。この道具の真贋(しんがん)は今確かめるべきでもなかろうと思ってのことだ。


『共益紙』を手に立ち上がったヴラドを、ルーカスは見上げた。


「お座りになってくださいませ、ヴラド様。先ほども申し上げました通り、その道具は我々二人の命では不足するほどの価値を持っているのです。ゆえに、僭越(せんえつ)ながら、罪の不問だけでは足りぬと判断します」


「……なにが望みだ? まさか、もう一度オークションの司会に返り咲きたいなどと言うのではあるまいな?」


 ヴラドは立ち上がったまま、冷えた視線をルーカスに送る。彼の座ったソファの(すみ)に、オークションの司会を示す(ふくろう)の面が転がっていることなど、最初から見えていた。


「いえ、滅相もございません。『共益紙』のみで再びに司会になるのは、天秤がこちら側に傾きすぎているでしょう。つまり、釣り合いが取れていないわけです。とはいえ、ワガハイが司会に固執(こしつ)しているのは、おっしゃる通りです。ワガハイはあの日々を取り戻したいと、心の底から願っております」


「それでは、追加でなにか渡す用意があるとでも? 司会に釣り合うだけの代物が?」


 ルーカスは短く首を横に振った。


「いいえ。司会に釣り合うほどの品など持ち合わせておりませんし、それだけの価値を持つものなど、滅多にないでしょう」


「では、どうするのだ」


「……賭けをしていただきたい」


「賭けだと?」


 ルーカスはまっすぐにヴラドを見上げ、生唾(なまつば)を呑んだ。


「この戦争――いえ、ヴラド様の全部隊の行く末がどうなるか、賭けるのです」


「これは戦争ではない。単なる狩りだ」


「ええ、ええ、そうでしょうとも。ですので、ヴラド様は自軍がグレキランスを制圧し、戦争に勝利することに賭ければよろしいのです。ワガハイは――」


 ルーカスは立ち上がり、ヴラドを見据(みす)えた。ヴラドのほうが上背があり、やや見上げるかたちにはなったものの、座した状態とでは視線の高低に随分と差がある。


「ワガハイは、ヴラド様の敗北、いえ、撤退に賭けます」


 ぞわり、と室内に殺気が(にじ)む。


「この紙切れは」言って、ヴラドは『共益紙』を持ち上げる。「罪の不問と、賭けを行うこと自体への報酬として受け取ろう。それとは別に、なにを賭けるか決めねばならない。勝者が得るもの。敗者が失うもの」


「ワガハイが賭けに勝ったあかつきには、ヴラド様主催のオークションの司会の仕事をいただきたい。先ほどおっしゃったように、返り咲くわけです」


「ではこちらは、貴様らの持つものすべてを要求しよう。貴様の所持している特別なハルピュイアの使役(しえき)の権利も含めて、すべてだ」




 ルーカスの住処(すみか)を出ると、建造物は忽然(こつぜん)と消えていた。現れたときと同じように。


 ヴラドに遠慮がちな視線を向け、ナーサが恐る恐るといった様子で(たず)ねた。「本当によろしかったのですか? あんな賭けをして」


 最終的にヴラドは賭けに乗ったのだ。賭けの報酬を変更することもなく。


 ヴラドの心は『毒色(どくいろ)原野(げんや)』に足を踏み入れてから、なにひとつ変わっていない。勝利への熱意はなく、ただ、狩人としての冷徹な(たかぶ)りだけがある。ルーカスの賭けなど、あってないようなものだった。結果は見えている。


「ナーサよ。これは単なる狩りだ。万が一にも撤退などない。グレキランスのすべてを狩り尽くす」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ロンテルヌ』→『魔女の湿原』の先に広がる高原地帯に存在する町。『黒の血族』である『マダム』が作り出した、地図にない町。人身売買の温床となっていたが、クロエたちの活躍により『マダム』が討たれ、現在は無人の土地となっている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『穿孔卿(せんこうきょう)』→『幕間.「魔王の城~貴人来駕~」』にて名称のみ登場。


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『巌窟王』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。ルーカスの父。住処である倉庫(デポ)を意のままに変容させる力を持つ。詳しくは『432.「百面相」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『ルーカス』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。銀色の梟面を身に着けた小太りの男。父である『巌窟王』と一緒に暮らしている。同じ血族であるマダムに攫った人間を提供していた。血族のみ参加出来るオークションで司会をしていたが、クビになった過去を持つ。クロエをオークションに出品する優先権を持っている。ハルピュイアを使役する権能を有し、特殊な個体である赤髪のハルピュイアとは独自な契約関係にある。マゾヒスト。詳しくは『472.「ほんの少し先に」』『609.「垂涎の商品」』にて


・『落人』→ラガニアから放逐され、グレキランスへ渡った血族を指す蔑称。


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ