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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡㉖ ~ナンバー2~」

 シフォンの新たなエストックが修繕魔術の籠もった魔具となってからも、夜間戦闘は変わらなかった。つまり、最初にトリクシィが目にしたものと同様である。彼女が単身ですべでの魔物を撃破する。そんな夜が続いていた。


 シフォンが騎士になって半年、十三歳になった頃、ようやく見習い卒業の宣言を受けた。実質的にはもはや見習いレベルではなかったし、ゼールもそのことは充分に聞き及んでいたのだが、訓練校出身者は入団半年で見習い卒業というルールは変えなかったのである。


 晴れてシフォンが一人前と認定された数日後のことだった。当時の騎士団ナンバー2が魔物との戦闘中に討ち死にしたのである。訃報(ふほう)はすぐに騎士団全体に伝わり、恐怖や哀しみの波をもたらしたものの、それでモチベーションを失ったのは一部の騎士だけだ。もとより、騎士は死を前提にしている向きがある。生きて戦うべきなのは当然のことであり、負傷したなら一時撤退し、後続の騎士と交代することも許されてはいるものの、そもそも命を()して夜に立ち向かっていることに変わりはない。


 問題は、序列に生まれた空席だった。


 現騎士団ナンバー1のザムザ、そしてナンバー3のトリクシィが団長室に呼び出され、片や無関心な顔つきで、片や表面的な微笑を浮かべていた。


『トリクシィ。お前を呼び出した理由は分かっているだろう?』


『ええ、団長さん。あたくしにナンバー2になれとおっしゃるんでしょう?』


『そうだ』


 するとトリクシィは微笑を一切崩すことなく『お断りします』と即座に言い放った。そして、それだけで済ますつもりはなかったらしい。『あたくし、序列は強さを正確に示すべきだと考えておりますの。でなければ、単なる装飾品になってしまう。そうでしょう、団長さん?』


『その通りだ。だからこそお前がナンバー2になるべきだと言っているのだが……』


 ゼールは素直に困惑していた。トリクシィが序列の二番手になるのは妥当とばかり思っていたのである。ひとり娘のことなど、頭から抜けていた。


『あたくし』トリクシィは自分の胸に手を当て、目を(つむ)った。『自分よりも強い人の上に立つような真似は、品がないと思いますの』


『つまり、なにが言いたいんだ』


『あたくしは、シフォンさんをナンバー2に()します』


 ゼールは瞠目(どうもく)し、腕を組んだ。そんな彼の様子に頓着(とんちゃく)せず、トリクシィは続ける。


『シフォンさんが、はじめての夜間防衛でなにをなさったか……団長さんにはお伝えしましたでしょう? 彼女がすべての魔物を薙ぎ払ったと。ケルベロスも含めて、たったひとりで』


『あ、ああ、聞いている。しかし突出して陣形を乱したとも捉えられる』


『あら、シフォンさんに陣形など不要ですわ。あまりにも強い個の力には、どんな手助けも足手まといにしかなりませんもの』


『しかし、その晩シフォンは負傷したのだろう? 突出して戦った結果、余計な傷を――』


 ゼールの言葉を(さえぎ)るように、トリクシィは深々と頭を下げた。そのままの姿勢で彼女は言葉を続ける。


『その(せつ)は、本当に申し訳ございませんでした。あたくし、嘘をついたのです。あの傷は魔物によるものと報告しましたが……あれは、あたくしの攻撃のせいです』


『……どういうことだ』


『シフォンさんだけに任せるのを快く思えなくて、援護を――いえ、違いますわね。正確には、シフォンさんの獲物を横取りしようとした結果、彼女が傷を負うことになったのです』


 このときのトリクシィの言葉は真に迫るものがあった。自分をコケにするどころか相手にすらしなかったシフォンに対し、極めて珍しいことにトリクシィが苦手意識を感じていたのは確かだろう。そして、これも彼女にしては珍しいことに、自分の攻撃で相手に傷を負わせてしまった罪悪感さえあった。なにより、より強い者が上位に座すのは当然であるという信条は、彼女の(いつわ)らざる本音である。自分より格下の序列がどうなろうと気にもならないが、明らかな猛者が自分よりも下位にいることは許せない。そんな具合だった。


『……ザムザ。お前はどう思う? シフォンについて』


 水を向けられた銀髪の小男は、相変わらず関心なさげだったが、言葉だけは率直だった。


『分からん。もしかしたら俺より強いかもな。本部で()れ違っただけだが、なんとなく、匂いでわかる』


『そうか』


 ゼールはしばし考えると言い渡し、二人を解放した。去り際、トリクシィが『(かんば)しいお返事が聞けるまで、毎日伺いますから』と不穏な言葉を残して。


 ひとりきりになった団長室で、序列まで飛び級か、とゼールは深く息をついた。トリクシィの件を除き、シフォンが負傷した報告は一切受けていない。そのたった一度の負傷さえ、トリクシィの無用な横槍のせいだったとするなら、確かに実力は足りているだろう。たった半年とはいえ成果も上げている。この決断で、見習い含め、(ほか)の騎士たちの意欲も上がるかもしれない。自分も上位ナンバーを狙えるかもしれない、と。それが無用な油断に繋がらなければ申し分ないことだ。


『ただ、なぁ……』誰にも聞かれぬような小声で呟き、ゼールは頭を(かか)えた。『あの子に部隊を指揮出来るわけがない。ましてや陣形など……』


 そこまで口にして、シフォンには陣形など無関係だと悟った。これまで彼女を引き受けたチームのリーダーは口を揃えて――あのトリクシィでさえ――シフォンひとりいれば充分とまで言い放ったのだ。


 後進育成は無理だろう。そしてシフォンのチームに配属される者は、今夜は楽でいい、などと思うかもしれない。どうにもやりきれないが、今後シフォンが騎士団に在籍し続ける以上、そのような慢心は序列の有無にかかわらず発生するに違いない。


 かくして翌日、ゼールはシフォンのナンバー2への昇進を発表した。当の本人は相変わらずの無表情だったが。給料が上がることについても興味はないようだった。石鹸が銅貨一枚で買えると分かった以上、もはや金銭に頓着(とんちゃく)することもない。




 それから数年が経過し、十六歳になってもシフォンは相変わらずの様子だった。そしてゼールはというと、すっかり騎士団長としての職務に慣れた。養父としての意識はあれど、双方の関係性は騎士と騎士団長でしかないと言ってもいい。


 そんな彼も、この日だけは違った。その晩、騎士団の一桁ナンバーはすべて非番という異例の状況を作り出したのは、(ほか)ならぬゼールである。それ以外の人員をほぼ総動員して、ひと晩だけナンバー持ち以外で乗り切ってもらう手はずになっていた。もちろん理由はある。臨時休暇などではない。


 非番となったシフォンはゼールに連れられ、久しぶりに彼の借りている住まいに足を踏み入れた。前日に掃除婦を雇ったおかげで、綺麗なものである。多少の(かび)臭さはあるものの、そればかりはやむを得ない。そもそもシフォンの嗅覚が消失していることをゼールは知らなかった。


 ゼールとシフォンはテーブルを挟んで、向かい合っている。二人の(あいだ)には、先ほど街路で購入したパンやら焼き菓子やらが簡素な皿に乗っていた。二人は黙々とそれらを(つま)んでいる。


 先に口火を切ったのは、もちろんゼールだった。


『明日、勇者が出立する。魔王を討伐する旅に出るんだ』


『そう』


 シフォンは特に関心がなかった。勇者も魔王も。


『それで、騎士団からひとり、勇者の同伴者を出すことになっている。誰を選ぶかは勇者次第だ』


『そう』


 それもシフォンにとっては関心がない。


『おそらく』ゼールは机の上で手を組み、少しの(あいだ)(うつむ)いた。そして顔を上げ、まっすぐシフォンを見据える。『お前が選ばれることになるだろうと思っている』


 シフォンは首を傾げた。クッキーを食べながら。相変わらずなんの味もしない。なにを食べても。


『お前の優秀さを、おそらくニコル君は見抜くだろう。そうなれば同伴者に選ぶはずだ。だから、もしかしたら、今日がお前と居られる最後の日になるかもしれない』


 親らしいことをなにも出来なくて、本当にすまなかった。


 そんなふうにゼールは謝ったが、シフォンにはなんの謝罪なのか、まったくもって分からない。そもそも、親らしいことがなんなのかも不明瞭だった。


『もし選ばれたら、ちゃんとニコル君の言うことを聞いて、仲良くするんだぞ』


 自分がちゃんと笑顔になれたかどうか、ゼールは不安だった。それから、すぐに顔を引き締める。


『最後に、お前に言っておきたいことがある。生きていくうえで大事なことだ。シフォン。手を出せ』


 大人しく差し出されたクッキーまみれの手に、ゼールは自分の手をやんわりと重ねた。


『たとえ感情や思考がなくとも、忘れないでほしい。シフォン。お前を生かそうとした人たちが、たくさんいる。肉体的にも、精神的にもだ。ジョゼさんもそうだろう。ゴーリー先生もだ。未熟だが、俺もそのひとりだと思っておいてほしい。俺の知らない人も、きっとお前の思い出のなかにたくさんいるはずだ。もしもお前が辛くなったとき、疲れてしまったとき、倒れそうになったとき、その人たちのことを思い出してやってほしい。思い出は、君の背中を支えてくれる。きっとだ』


 シフォンは、こっくりと頷いた。ゼールが言うのならそうなのだろう。意味は、よく分からなかった。


 かくしてシフォンは翌日、ゼールの予言通り、勇者ニコルとの旅に同伴することとなったのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『ケルベロス』→三つの頭を持つの魔犬。機動力が高く、火炎を吐く。詳しくは『286.「魔獣の咢」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて

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