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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~①二兎と時計塔~」
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125.「陽動作戦」

 玄関の扉を薄く開いて辺りの様子を確認したヨハンは、振り向いて頷いた。そして扉を開け放ち、外へ出る。


 貧民街区は閑散としていた。警備強化の影響からか、出歩く人もいないようだ。


 ヨハンを先頭に距離を置いて進んだ。彼に続いて変装魔術(メイクアップ)でカエル頭を隠したケロくん、次にアリス、最後にわたしといった順である。


 荒れ土を踏み固めただけの粗野な道を駆ける。空気は埃っぽく、時折建物の間を吹き抜ける風が笛のような音を立てた。


 遥か遠くでざわめきが聴こえる。今のところは作戦通りに進んでいるようだ。




 地下道を爆破する。それがヨハンの提案した作戦だった。ドレンテ邸から市民街区の同胞(どうほう)宅までの地下道はいくつか別れ道があり、それぞれ行き止まりだったり住宅の井戸に繋がっていたりする。


 その地下道の一端は市民街区の外れにある廃屋に通じている。その廃屋を地下道の入り口ごと爆破するという、なんとも滅茶苦茶な計画だった。


 そんなことをしたら潜伏先の住宅まで辿られかねないのではないかと意見したのだが、問題ないらしい。レオネル(いわ)く、地下道には複数の隠し通路があり、なにも知らない人間が入ったとしても目的地に辿り着くことは不可能とのことだった。妄信する気にはなれなかったが、レオネルが言うのならそれなりに説得力を感じる。ヨハンが口にするとどうしても裏があるように思えてならないから。


 廃屋はドレンテ邸と時計塔から随分と距離があるらしい。爆破によって警備兵をおびき寄せれば、時計塔侵入グループは比較的安全に動けるという算段である。まるでギャンブルのように思えたが、それ以外に警備兵の目を(くら)ます方法はないという話だった。誰かを囮にしても、周囲の警備兵まで引き付けることが出来るわけではない。であれば景気よく爆破しましょう、というのがヨハンの言い分である。それでいくらかでも道中が安全になれば(おん)の字だし、なにより革命の狼煙(のろし)として丁度良いとも言っていた。


 肝心の爆破方法なのだが、これはレジスタンスが長い時間をかけて集めた爆弾を使えば問題ないとのことだった。火薬は貴重品とされている中でせっせと集めたのだろう。執念の表れだ。




 貧民街区を大きく迂回して、壁沿いに市民街区へ入る。そこから真っ直ぐ時計塔を目指すという道のりである。時計塔が壁沿いに建っていることは幸いだった。街区の中心にあったら危険度は段違いだろう。


 貧民街区はひっそりとしていた。先ほどの爆破によって警備兵が全てそちらに向かったのだろうか。こう静かだと(かえ)って不穏だ。


 雲は厚く垂れこめ、荒廃した街並みを薄暗く照らしていた。


 やがて、ぽつり、と頬に水滴が弾けた。それを皮切りに、ぽつぽつぽつと肌に雨粒が跳ねる。まだ時計塔は遠い。本降りにならなければいいが……。


 ふと、魔が差した。前を駆けるケロくんに追いついて、その顔を覗き込む。


「どうしたケロ?」と彼は速度を緩めて訊ねた。


 カエル頭は隠されているが、実際雨に打たれているのは実体のほうだろう。だとするなら……。


「ケロくん……雨だよ」と囁いてみる。


「知ってるケロ」


 素っ気なく返す彼に問いかける。「嬉しい?」


 ケロくんは(いぶか)し気にこちらを見つめて、ため息をついた。「ふざけてる余裕があるなら、少しは集中したらどうケロ?」


 むう。つれない。アマガエル的な喜びに(ひた)っているのかと思ったのだが、たしなめられてしまった。


 貧民街区を縫うように進むと、やがて木の柵が見えた。貧民と市民を区分する象徴的な規制線。全く、嫌な気分になる。


 わたしたちはそれぞれの歩幅で柵を乗り越え、時計塔を目指した。


 市民街区に入っても警備兵らしき姿は見えない。爆破の効果が思った以上に大きかったのだろうか。


 時計塔まで残り百メートルのところで、ヨハンは路地裏に身を隠した。別段人影はなかったが、わたしたちもそれに(なら)う。路地の壁にもたれかかり、ヨハンは呼吸を整えた。


「予想以上に効果を上げましたね」と彼は誰にともなく呟いた。


「ええ、そうね。ここまで誰とも()れ違わないなんて」


「しかし、ここからは油断禁物です。敵の重要拠点に侵入するわけですから」


 ヨハンの言う通り、時計塔付近はそう簡単にいかないだろう。常駐の警備兵もいるに違いない。


 しかし、このメンバーがいれば恐れは不要だ。知恵者の骸骨と詐術(さじゅつ)の得意なカエル。血に飢えた戦闘狂の魔術師に、王都の元騎士。とんでもなく狂ったメンバーだ。上手いこと手を組めているのが不思議なくらいに。


 俄雨(にわかあめ)だろうか、雨脚は急に強まっていった。細い糸のような雨が街を白く染めている。こちらの姿は把握されにくいだろうが、条件は同じだ。敵兵の発見が遅れて面倒なことになる可能性だって(いな)めない。


「今まで以上に、慎重に行きましょう」


 頷くと、ヨハンは路地から通りへと出ていった。


 時計塔は表が通りに面している。敷地内には芝生が広がり、ところどころに木がはえていた。


 時計塔の扉には案の定、警備兵が立っていた。二人だけである。ヨハンは表を無視して、時計塔の裏へと回った。


 芝生に付着した細かい雫を弾いて進む。裏には警備兵がひとりだけ立っている。壁越しに様子を観察し、ヨハンはケロくんに合図を送った。


 ケロくんの様子をじっと観察していたのだが、特別魔力の放出は感じられない。


 十数秒ほど経つと、兵士は芝生に座り込み、そのまま寝転んだ。反響する小部屋(エコーチェンバー)である。


 頭の中を眠りに関する言葉でいっぱいにしてしまえば、たとえ警備中であろうとも兵士を眠りに(いざな)うことが出来る、とケロくんは出発前ヨハンに語っていた。


 彼がどのタイミングで魔術をかけたのか、それすらわたしには感知出来なかった。じっと観察していたのに、だ。


 悔しいがレオネルが言っていた通り、わたしの魔力察知はまだまだなのだろう。隠蔽(いんぺい)された魔術を読むことが出来ないのは、今後ニコルの仲間と戦うにあたっても不利になる。しかし、察知力をどうやって伸ばしていけばいいのやら……。


 気が付くと、わたしひとり取り残されていた。既に三人は裏に設置された梯子(はしご)を登っている。慌ててあとを追った。


 時計塔には緊急用の梯子が設置されており、そこから塔に侵入出来るとの話だった。表の警備兵をなんとかするのはリスクが高いので裏から入ってしまえ、という作戦である。会議では、裏に警備兵がいた場合はどうするのかまでヨハンは語らなかった。例の「なんとかしますよ」という気楽な返事のみでかわしたのである。こうしてケロくんの魔術を行使することまで計算していたのだろうか。……きっとそうに違いない。でなければ彼を時計塔侵入のメンバーに選出するとは思えなかった。


 雨で滑る梯子段を登りつつ考える。ケロくんの魔術で自発的な(・・・・)睡眠状態にしてしまえば、仮に他の警備兵がそれを発見しても侵入者だとは考えないだろう。同僚に叱咤(しった)されたあとには、それまで通りの警備が行われる。内部に四人の侵入者がいることを除けばなんら変わりないのだ。


 梯子段を登り切って塔に入ると、そこは螺旋階段の中腹に位置する踊り場だった。中央は吹き抜けになっており、太い柱が一本伸びている。下を覗くとエントランスが見えた。


 事前の話通りだと、現在わたしたちは塔の下部にいることになる。ここから螺旋階段を登り切ると、丁度塔の中間地点に位置する広間に出るとのことだ。広間の真上はそれまでと同様、螺旋状の階段となっており、最上階までそれは続いているらしい。長い道のりではなかったが、他に警備兵がいるとすれば広間と最上階くらいのものだろう。


 打ち付ける雨音は、塔の内部で妙な具合に反響していた。

◆改稿

・2018/09/22 脱字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダーであり、アリスの父。詳しくは『107.「トラスという男」』にて


・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』参照


・『変装魔術(メイクアップ)』→姿かたちを一時的に変える魔術。主にケロくんが使用。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて


・『反響する小部屋(エコーチェンバー)』→ケロくんの使う洗脳魔術。詳しくは『65.「反響する小部屋」』にて

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