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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡㉓ ~騎士団の扉~」

 ゴーリーが墓地に眠ったのは、正午過ぎのことだった。


 早朝、壁外の見回りをしていた騎士見習いが、屹立(きつりつ)する痩身の男と、彼を見上げる少女を発見し、保護の名目で騎士団本部へと二人を連れて行ったのである。といっても、男のほう――ゴーリーは既に事切(ことき)れていたので、騎士がその身を背負って運んだ。


 団長室に通された二人を目にしたゼールが、日頃の厳格な態度を忘れ、ただただ驚嘆したのは言うまでもない。数ヶ月前からの引き継ぎをようやく終え、騎士団長に就任して()もない時期だったから、というのもあるだろう。ゼールは騎士見習いの男から報告を受け、人払いをしたのち、少女――シフォンから一連の事情を聞き出したのである。遅々(ちち)として繰り広げられた迂遠(うえん)かつ不器用なやり取りで、ゼールは事の次第をおおむね把握した。またしてもシフォンがどこかの子供に騙されて、あろうことか騎士の守護範囲外の林に捕縛されたこと。そこに講師であるゴーリーが現れたこと。彼が彼女を守りつつ、魔物との戦闘模様を実地で見学させたこと。最期には、彼女を守って死んだこと。それも、立ったまま。


 もちろん、これらは無口な少女の(つたな)い説明の端々(はしばし)から、ゼールが想像で補完した箇所が多い。ただ、自分の想像が決して誤りではないことを彼は確信していた。騎士時代のゴーリーという人物を少なからず知っていたからである。自らの負担を(かえり)みることなく、最前線で魔物を引き付けて戦うそのさまは、見習い騎士の目に、騎士かくあるべし、という姿を焼き付けたのはゼールの耳にも届いていた。ゆえに、彼の引退につきまとう悲哀も容易に想像出来る。死地と定めた戦場から、生きて退()かざるを得なかった事実が、どれほどゴーリーを苦しめたことだろう。そして、守ろうとして守れなかった生命に対し、どれほど強烈な悔悟(かいご)があったであろう。もはや確かめるすべは永遠に失われてしまったが、彼は再び夜に――戦地に舞い戻り、今度こそ守るべき命を守りきり、自らの命を散らしたのだ。祝福なんて到底出来ない。ただ、そこにひとつの達成をみるのは決して憐憫(れんびん)ではないだろう。


 ゴーリーが城壁へと退()かなかった点だけは明確な瑕疵(かし)だったが、それはゼールに裁ける事柄ではない。騎士団を去った者を、騎士の規律で計るのは適切とは言えなかった。


 騎士団は専用の墓地を所有しているが、ゼールは彼の埋葬を一般の墓地で()り行った。ゴーリーがその晩、騎士としてではなく講師として戦ったことはシフォンから聞き及んでいる。騎士として葬ることも考えたが、ゴーリーが最期まで講師だったのなら、専用墓地で眠るのは筋違いだ。それは騎士の規律云々(うんぬん)ではなく、ゼールの心情の問題である。


 かくして正午の光のもと、墓前にしゃがみ込み、ゼールは瞑目(めいもく)していた。シフォンはじっと、地面の石板を見つめている。ゴーリー。その名に加え、生年と没年が彫り込まれている。石板の下に自分の講師が眠っていることは、別段奇妙に感じなかった。死者は土の下に行く。ゴーリーの隣の墓石に彫られた人も、そうに違いない。生年はなく、没年と名前だけだった。ジョゼ。その名を、シフォンはもう覚えていなかった。


『ゴーリーは良い先生だったろう?』


 不意にゼールが口にした。相変わらず目を(つむ)ったまま。


 なにが良くてなにが悪いのか分からない以上、シフォンには回答不能な問いだったが、自然と返事が生まれた。『色々教えてくれた』


 知っていることも、知らないことも、色々。


『シフォン』ゼールは立ち上がり、シフォンを見下ろした。『お前はまだ訓練校に入って半年程度だが、もう()もなく四年次だ。本来はもっと時間をかけて進路を決めるべきだが……最後の一年間で、ちゃんと自分の未来を決めなさい』


 進路。未来。それを自分で決めるすべなど、シフォンにはない。ゼールもそれを悟ったのだろう、小さく息を吐いた。


『もしなんの見通しもなければ、騎士団の扉を叩け』


 迂闊(うかつ)なことを言ってしまったかもしれない、とゼールは一瞬後悔した。が、取り消すことはなかった。シフォンがいかに優秀かは、マオを破ったことで証明されている。そんな彼女が近衛兵として内地で安穏と生活している様子を思い描くのは、ゼールにとって苦々(にがにが)しいものがあった。もちろん、彼らには彼らの役割があることを承知している。王城ないし、壁内の治安を維持するのは重要な役目だ。ただ、持つべき者がただ賛辞のみを享受(きょうじゅ)することをゼールは良しとしない。応分の負担を担うのが道理だと考えている。そうした思想をシフォンに押し付けるつもりこそなかったが、期待していなかったと言えば嘘になる。


 ゆえに、四年次を無事首席で卒業した彼女の進路が白紙のままであり、しかも、その年の入団希望者のリストにシフォンの名が記されていなかったことに、ゼールは深い溜め息をついてしまった。


 シフォンが四年次になっても、ゼールはほとんど帰宅出来ないほど仕事に追われていたわけだが、それでも彼女と話す機会はあった。それこそ、進路の話が多くを占めていたように思う。いつだってはっきりした返事はなかった。首を傾げるか『分からない』ばかり。そんな態度に接するたび、養父としての自分の情けなさを痛感した。誰が養父であろうともシフォンの態度は一切変わらなかっただろうが、そんなことはゼールにとって慰めにもならない。


 今頃シフォンは卒業式を終えて、帰路に着く頃だろう、とゼールは団長室でなんとなしに考えた。大仰(おおぎょう)な机の上には未処理の書類が山積みになっている。騎士への感謝状もあれば、苦情の(たぐい)も。それらは一旦無視して、ともかくも、本年度の騎士団入団者の書類を王城に提出する必要があった。騎士団への入団自体はいつでも可能であったが、その都度、王城へ届け出をせねばならない。出身やら年齢、経歴などをまとめた書類をひとりひとり、騎士団長が直筆で用意することになっている。ただし、魔具訓練校卒業と同時に騎士団に入った者はその限りではない。訓練校側で書類を用意し、それを団長がチェックし、問題なければ王城へと受け渡すだけで済む。唐突な入団希望者よりも遥かに楽な仕事と言えた。それでも、何度も書類を見返しては提出を引き延ばしている自分がいる。


 不意に団長室の扉がノックされ、ゼールは居住まいを正した。『どうぞ』


 遠慮がちに扉を開いたのは、騎士団の事務員をしている若い女性だった。表情には焦りとも困惑ともつかない、微妙なものが浮かんでいる。彼女は何度か口を開閉したものの、なかなか言葉を発さない。


『なにかあったのか?』


『ええ、その……なんと表現すればいいか……』


『言葉を選ばずともかまわない。率直に、なにがあったか言ってくれ』


 この時点で、異常が起きていることはゼールも察していた。目の前の事務員の態度もそうだったが、騎士団の正門あたりでなにやら騒ぎ声がしている。そして、一定間隔でなにかを打ち付けるような音も。


『見たこともない人が、騎士団本部を壊そうとしているようなんです』


『人数は?』


『ひとりです』


 女性の言葉を聞き、ゼールは即座に立ち上がった。おおかた、ならず者だろう。単身で乗り込んで来るあたり、相当騎士団に恨みでもあるのか、酔っ払っているかだろう。しかし、一介のならず者であれば見習い騎士数人で対処出来るはず。騎士団本部の表の扉へ近付くにつれ、騒動の中心がそこにあること、そして未だに継続していることも彼は把握した。どうやら、本部に常駐している見習い騎士でなんとか扉の前を守っているのだろう。ならず者はそれなりに腕が立つらしい。そして、一定間隔で打たれる音が扉へ身体がぶつかった際のものであることも想像出来た。次々と扉へと投げ飛ばされる見習いの様子を思い浮かべ、ゼールは口元を固くする。


 やがて扉を開け放つと――。


『……そこでなにをしている』


 大勢の騎士に肩や腰を掴まれながらも、突っ立っている少女がいた。外側にハネた銀色の髪が、西日に染められている。


 少女――シフォンは返事の代わりなのかなんなのか、扉を拳で叩いた。何度もそうしていたのだろう。彼女の拳は血が(したた)っており、扉の一点には痛ましい(へこ)みが出来ていた。


 そこでようやく、ゼールは思い至ったのである。そして思わず笑ってしまった。呵々大笑(かかたいしょう)と呼べるほど、とめどなく。


 一年前のゼールの言葉を、彼女はその通りに実行したのだ。見通しがなければ扉を叩け。かくして彼女は叩いたのである。いかなる制止も振り切って、ひたすら。


『なあ、君。確かに扉を叩けと言ったが、それは比喩だ。ともかく、叩くのはもう止めなさい。見習いの諸君も、彼女を離してやってくれ。しばし、団長室で話をする。誰も近寄らないように』


 かくして団長室でゼールはシフォンの拳を手当てし、当人の意志を今一度確認したのである。騎士になるということでいいのか、と。


 シフォンが首肯(しゅこう)した理由は、当人にもはっきりしない。そのため、正確なところは誰も知るよしがない。ゼールが騎士団にいるから、というのはもっともらしい材料だが、はたしてそれだけだろうか。一年前、誰かが教えてくれた騎士の()り方が、彼女の記憶に残っていたのかもしれない。


 いずれにせよ、シフォンは騎士見習いとなり、ようやくゼールからエストックを返却された。磨き込まれた刀身は、彼が手入れを怠らなかったことを示している。その武器は、彼女の記憶のなかでも深い場所に根を張っていた。誰がエストックを与えてくれたのかは覚えていなくとも、それが自分の武器であることは、ちゃんと分かっていた。


 十二歳半。シフォンが騎士となった日の正確な年齢である。


 彼女が騎士団ナンバー2の座を得たのは、その半年後のことだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士団や内地の兵士になる。

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