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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡㉒ ~騎士の生き方~」

『魔物は致命傷を負ってから消滅に至るまでタイムラグがある』


 レイピア状に形成した水の武器で、ゴーリーはグールの心臓をひと突きにした。そしてやや後退し、言葉を続ける。


『大型魔物にはその傾向が顕著に表れる。ゆえに、討ち倒したと思って油断した結果、道連れになるケースも少なくない。ところで――』


 迫りくるもう一体のグールも、彼は最前(さいぜん)同様、ひと突きにしてみせる。その身はほとんど()をおかず蒸発した。


『小型魔物は倒せば即座に消滅するだろうか。答えは(いな)だ。先ほど倒した二体のグールは、一秒にも満たないものの、消滅までに誤差があるのは見ての通り。すなわち大小問わず、魔物は個体差がある。倒せば消滅するという点は変わらないが、個体差への意識は忘れてはならない』


 三体目のグールも同様に突き刺して、消滅させた。


『ゆえに、魔物との戦闘は基本的にヒット・アンド・アウェイだ。たかがグール相手でも原則を(おろそ)かにしてはいけない。死の直前の抵抗ほど激しいのは、生物の道理でもある』


 このように、ゴーリーは授業中と一切変わらぬ口調で淡々と説明していった。魔物相手の実践指導など、(ほか)の講師が耳にしたなら仰天(ぎょうてん)のあまり卒倒するに違いない。


『さて、次は魔物と武器との相性について教えよう。座学のおさらいではあるが、実際に目にするのと、教室で話を聞くのとでは違うものだ。まず――』


 ゴーリーの手にした武器はいつの()にやらナイフへと形状を変えていた。そして言葉と同時に、彼は身を(ひるがえ)し、背後のグールを流れるように切り裂いていく。喉、心臓、脇腹、肩。致命的な箇所への攻撃以外は、グールの動きを阻害するよう計算された斬撃だった。


『グールは、いかなる武器でも対処可能だ。それこそ農具でも倒せる。スコップなんかでも』


 言って、彼はスコップ状に変化させた水の魔術で、グールの胴を両断してみせた。その次にはハンマー状の水をスイングし、グールの頭をしたたかに打つ。短い痙攣ののち、魔物は靄となって消えた。


『君も知っての通り、多くの魔物の肉体構造は生物のそれとさして変わらない。つまりは致命的な威力さえあれば、切断でなくとも打撃で充分討てるわけだ。そして魔具であれば――』


 サーベル状に変化した武器を引き、五メートル先のグールへと振り抜く。刃の軌跡が直進し、敵の身を引き裂いた。


『このように斬撃を飛ばすことも可能。遠距離で戦うにはうってつけだが、当然、応分の魔力を支払う必要がある。つまり、朝まで景気よく魔具の力を使い続ける真似は出来ないと思っていたまえ。無論例外もあるが、今の君は例外ではない。ゆえに、魔具による魔術の出力に頼るのは肝心の場面に限る』


 ゴーリーの説明は正しくもあり、また、厳密には間違ってもいる。魔具は習熟すればするほど、魔力の消費が少なくなるものだ。最初のうちは魔具の出力に際して過剰に魔力を使ってしまう傾向にあるというのが実情である。慣れてさえしまえば、ひと晩ぶっ続けで魔具の行使をしても問題ないような手合いは騎士団に何人もいた。ただ、彼らの真似をした見習い騎士がおおむね短命に終わったのも事実である。それを知らぬゴーリーではない。


『丁度いいところに子鬼が現れたな。群れで十体。こうなった場合にもっとも危惧(きぐ)すべきは、囲まれるケースだ。ろくに抵抗も出来ず、貪り食われる未来が待っている。ゆえに――』


 扇状に広がって侵攻してくる子鬼に対し、ゴーリーは回り込むようにして、末端の一体を短剣状に変化させた武器で討ち取り、それからは子鬼が一列になるように後退しつつ、一体ずつ仕留めていった。


『複数体を同時に相手にするのは悪手だ。他の魔物や地形といった周囲の状況を計算し、一体ずつ討ち取れば脅威ではない。とはいえ、一気に討ち取る手段ももちろんある』


 さらに十体の子鬼が現れ、今度はゴーリーを囲み、一斉に飛びかかった。彼がしたのは、その身を一回転させただけである。鞭状に変化した武器により、敵を漏らすことなく破断するように。


『武器には様々な種類があり、一長一短だ。このような鞭であれば、複数体を相手取ることも可能。そして』


 頭上に三体のハルピュイアが迫っていることに、ゴーリーはとっくに気付いていた。それらのうち一体を、水魔術で生成した鞭で絡め取り、地上に引きずり落とす。そして目にも止まらぬ速さで八つ裂きにした。当然、形状は鞭のままである。


『鞭ならば空中の相手にも応戦出来る。といっても当然限界はある。そこで、別の武器だ』


 尖兵が殺されて動揺したのか、ハルピュイアは高度を上げた。鞭では届かない高さまで。ただ、ゴーリーの手には別種の武器が握られている。弓矢だ。


 水の矢が一直線にハルピュイアの頭部を砕くまで、ほんの数瞬のことだった。


『弓矢であれば空中の敵も撃破出来る。接近戦では()が悪いが――』


 言って、ゴーリーは接近していたグールの背後に回り込み、手にした矢で喉と心臓を瞬時に貫いた。


『まったくの無力というわけではない。あらゆる武器は一長一短であると同時に、使い手の知恵と能力に依存する。常に敵を討ち取る算段を頭に入れておけば、いかなる武器、いかなる状況でも打破する道はあると考えておけ』


 それからゴーリーは、文字通り手を変え品を変え、あらゆる武器で魔物との戦闘を実演してみせた。槍や長剣、斧はもちろんのこと、傘やら砂を詰めた袋といった珍妙な代物まで()して魔物を討伐し続ける。


『ときに、魔具使いは魔具が破壊されればそれで終わりという風潮がある。確かに魔具が損壊した時点で、武器を介した魔術による攻撃は不可能になるわけだが、戦えないわけではない』


 ゴーリーは折れた剣を模して、グールの首に突き立てた。


『破片でさえ武器になる。たとえ便利な能力を失ったとしても、かたちがほとんど失われたとしても、活路は失われない。そしてなにより――』


 ゴーリーの腕から魔術製の武器が消失する。彼の身にある魔術といえば、魔物を引き寄せるために施した案山子(スケアクロウ)と、不自由な右足を戦闘に耐えうるものに仕上げた局所的な身体強化のみである。シフォンにも、それが分かった。そして飛びかかる二体のグールに対し、彼がなんの魔術も行使しないであろうことも。


 一体は掌底で、二体目は右足を軸にした蹴りで、それぞれのグールを吹き飛ばしてみせたゴーリーから、シフォンは決して目を離さなかった。素手でグールへ追撃を食らわせ、頭部への激しい肘打ちで討ち取ったことも。二体目のグールは腹部への殴打の連撃で行動を奪い、流れるような(かかと)落としで仕留めたのも。全部がシフォンの目に映っていた。


 ゴーリーの華奢な身体からは到底導くことの難しい、洗練された体術である。しかし、彼の過去を知る者なら不思議ではないだろう。もとより彼は騎士時代、『案山子(スケアクロウ)』を自らに施し、前線で敵を引き受けて戦うのを得意としていた。彼の水魔術による武器の練度もそれに由来している。だからこそ、遠距離からの攻撃手段を持つタキシムに(おく)れを取る事態になったのだが。それも、仲間を(かば)うために敵の放った呪力球の斜線上になんとか足を伸ばし、それでも射抜かれ、守ろうとしたはずの仲間は救えなかった。


『グール程度の魔物であれば、素手でも倒せるよう鍛錬する。それが――』


 不意にゴーリーの言葉が絶えた。一秒、二秒と沈黙が積もっていく。が、彼ははっきりと、迷いなく言い放った。


『それが、騎士だ』


 自分がもう騎士ではないことくらい、ゴーリーは身に染みて理解している。もはや騎士に復職することが不可能であることは、ほぼ証明されていた。騎士として魔術が使えない事実はあまりに重い。ただ、それで彼の希望が(つい)えたわけではなかった。騎士には戻れないが、いち講師として、騎士のなんたるかを教えることだけは出来る。それもまた、今宵の戦闘で存分に証明されたことだろう。


 シフォンを王都の壁際まで守り抜き、門から壁内に避難するのは簡単だった。それでも、壁から遠く隔たった地点に(とど)まり続けた事実。それらを自分は一切の虚飾なく校長に伝えるだろうと、ゴーリーは確信していた。謹慎中にもかかわらず、特別講義と称して生徒を危険極まりない夜の戦場に(とど)めた罪。免職は当然だ。それでももしチャンスがあるのなら――。


 ()もなく夜明けを迎える時間帯になって、ゴーリーの独白は途絶えた。人を()した影が、夜明け前の一層暗い時間に浮かび上がる。


『シフォン。授業ではじめて君を指名して、魔物の生態について答えさせたことを覚えているか?』


 呼びかけるゴーリーの声は普段通りだった。


『覚えてる』


『あのとき君は、タキシムは単体で出現すると言ったな。その通りだ。しかし教科書や書籍など、その程度でしかないのだよ。世界には例外などいくらでもある』


 十数メートル先の出現したタキシムは、合計で五体だった。


『シフォン。タキシムの攻撃方法は理解しているだろう?』


『指先から高速の呪力球を放つ』


『結構。君は連中の指先に注意したまえ。もしそれらが一本でも君に向くことがあれば、声を上げろ。なんでもいい。助けて、でもいいし、来て、でもいい。ただし、一歩もそこを動いてはいけない』


 シフォンが護身用に持たされていた水魔術製の剣は、キラキラとした残滓(ざんし)を残して消滅した。ゴーリー自身の魔力の限界が近いことは、シフォンも把握している。ただ、よく分からないこともあった。彼の身から溢れる魔力が、さらに輝きを増していたのだ。それは魔物を引き寄せる魔術――案山子(スケアクロウ)の産物ではない。


『悪縁は、しぶといものだ』


 その呟きがシフォンの耳に入ったのか、定かではない。夜明けの風に()き消されてしまう程度の呟きだったのだから。


 それからの戦闘は、先ほどよりも激しく、野性的で、しかし洗練されていた。水の魔術で生成した矢を放ちつつ、五体ものタキシムの攻撃を回避しながら、ときに分厚い水の障壁で敵の呪力球を()らす。


 一体、また一体と、ゴーリーの攻撃で確実に敵は消滅していく。


 空が(しら)んだのは、残り一体になったときだった。孤立したタキシムの指先が、シフォンを捉えたのも。


 たとえ魔物を誘引する魔術を行使していたとしても、完璧に(おとり)になれるわけではない。何事にも例外はある。不幸な例外が。


 敵の指先から放たれた呪力球は、シフォンの身体の中心を目指していた。彼女の才能を持ってしても、回避は()に合わない。そして、ゴーリーとシフォンとの距離は数メートルに及んでいた。遠隔で防御魔術を展開しようにも間に合わなかったろう。


 だから、というわけではない。シフォンは声を出した。(ほか)ならぬ講師に命じられた通りに。


『ゴーリー』


 なんでもいいから声を上げろ。それが講師の名前だったことに、どんな理由があったろうか。シフォン自身にも分からなかった。


 直後、彼女の前にゴーリーが立っていた。それが転移魔術であることに、シフォンはすぐに気付いた。そして彼が全身に硬質化の魔術を付与し、タキシムの攻撃を背に受けたことも。(いな)、受け続けていることも。急拵(きゅうごしら)えの硬質化が、肉体の貫通までは防げても、呪術の弾丸がその身に突き刺さるのはどうにも出来ないことも。


 彼が棒立ちになってシフォンを見下ろしている意味は、彼女には決して分からなかった。


『君が』ゴーリーの声はなんの淀みもない。今まさに攻撃を受け続けていることなどなんの問題でもないかのように。『君が今後どのような道を歩むかは、君自身の問題だ。一介の講師が口出しすべき事柄ではない。君ほど優秀なら、王城付きの近衛兵になれるだろう。内地の兵士になってもかまわない。それらは、先ほども言った通り、君自身の決めるべき未来だ。ただ、君には正しく把握しておいてほしいことがある』


 そう言って、ゴーリーはタキシムへと向き直る。その背は数え切れないほどの弾痕に荒らされ、血塗(ちまみ)れだった。足元にも血溜まりが出来ている。


 彼の指先がタキシムへと向いた。その先端を夜明けの光が灯す。練り上げられた魔術製の水の弾丸が、しぶとく残った最後の魔物――タキシムを討ち取った。


『王都の民草(たみくさ)のために、魔物の脅威を夜毎(よごと)退け、決して死を(いと)わない。……これが騎士だ。騎士の生き方だ』


 朝陽が彼を照らし出す。それきりゴーリーは立ったまま、なにも言わなかった。何十分経っても。


 ゴーリーの身体から一切の光が失われたことに、シフォンはとっくに気付いていた。それが死を意味していることも直感した。しかし、柳のような、吹けば倒れてしまいそうな彼の身体は、死してなお、シフォンの前に立ち続けていたのである。ずっと。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『タキシム』→人型の魔物。全身が黒い靄に覆われている。指先から高速の呪力球を放つ。警戒心の強い魔物で、なかなか隙を見せない。詳しくは『341.「忘れる覚悟」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『案山子(スケアクロウ)』→魔物を引き寄せる魔術。自身の肉体を中心に、魔力のハリボテを作ることで実現させる。詳しくは『223.「神経毒」』にて


・『呪力球(じゅりょくきゅう)』→呪力の塊を放つ攻撃手段。魔物が使用する。


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『呪術』→魔物および『黒の血族』の使う魔術を便宜的に名付けたもの。質的な差異はない。初出は『4.「剣を振るえ」』

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