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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡⑱ ~課外授業~」

 謹慎中、シフォンはほとんどなにもしなかった。ひとりぽつんと家で過ごしていたのである。ゼールがいたなら、彼女に対し、正義とはいかなるものかを切々と伝えたことだろう。しかしながら、彼はシフォンを養子にしてからというもの、ほとんど帰宅出来ていなかった。夜毎の夜間防衛もそうだが、現騎士団長からの引き継ぎで忙殺されていたのである。とはいえ、ゼールは家に食料や生活用品を届けることだけは欠かさなかった。使いの者に頼んでのことではあったが、シフォンの存在が頭からすっかり消えていたわけではない。むしろ、親としての責務を果たせていない自分に罪悪感すらあった。それでも騎士団の仕事を優先したのは、彼の使命感ゆえである。


 謹慎期間が明け、訓練校に通う生活に戻ると、周囲には多少の変化があった。陰口も暴力も激減したのである。それもそのはずで、エイダの一件が生徒たちに及ぼしたショックが大きかったのだ。


 これまでシフォンは、コミュニケーションの取れない変な女子、という評価を得ていたが、エイダの事件があってからは、友達が刺されたのに平然としているヤバい奴という認識に変わったのである。そんな相手に近寄ろうとするのは、よほど好奇心旺盛な連中だけだろう。そして訓練校には、(こう)か不幸か、そのような性質の生徒は――少なくともシフォンの周囲には――皆無だった。


 彼女がいよいよ孤立を極めたのは、なにもそれだけではない。謹慎明けから数日後に、しばしばゴーリーの課外授業を受けることになったのも要因のひとつである。生徒たちの目には、変人が変人に庇護(ひご)されているように映ったろう。忌避されるのも至極当然である。


『君は一年次の教科書をすべて把握しているのだろう?』


 夕暮れの教室。教壇に立つゴーリーと、彼から一番近い席に座ったシフォン。


『全部覚えた』


『だろうな』


 なんの感慨もなくゴーリーが返す。シフォンの異常さにとっくに気が付いていたのだ。それこそ入校数日で。体力に関しては言わずもがな、座学は完璧と言っていい。


 ゴーリーは教壇から降りると、シフォンの机に一本の短剣を置いた。木製の品で切断力はない。


『この剣で横薙ぎしてみろ。いつも講義でやっているような猿真似ではなく、本気でだ』


 ゴーリーは、シフォンが自分の動作を模倣しているだけに過ぎないことをとっくに看破していた。模倣は上達のために必要な段階であり、無論、そのためにこそ生徒に手本を示してから実際の動きを行わせる方針を取っていたのだが、ゴーリーの見る限りにおいて、シフォンは完璧過ぎたのだ。ゴーリー自身も自覚している剣術の(あら)でさえ、寸分(たが)わず真似て見せていたのである。


 ゆえに、シフォンの本当の実力がどれほどのものなのか、確かめてみたい気に駆られたのは不思議ではない。さすがに、彼女が椅子に座ったまま、まばたきさえ許さぬほどの速度で(くう)を一閃してみせたのには、ゴーリーの(つね)より大きい目もさらに見開かれた。


『よろしい。剣を返せ』


 命じられるがまま、シフォンは木剣を痩身の講師に手渡した。


 するとゴーリーは、剣の両端を持ち、真っ二つに折って見せた。


『これには』ゴーリーは剣の柄の部分を片手に持ち、刀身の部分は床に放り投げた。『修繕魔術が籠められている』


 その言葉から()を置かず、床に落ちた刀身がゆったりした速度でゴーリーの手元――すなわち柄の部分へと接近し、やがて元通りのかたちを取り戻した。こうした小規模な魔具であれば、魔術師であっても――すなわちゴーリーであっても暴発させることなしに取り扱うことは出来る。


『同じようにやってみろ』


 そう言われて剣を渡されたので、シフォンはその武器を折ってみせた。ただ、それを元に戻す方法までは分からず、ただただゴーリーを見上げるばかりである。断面をくっつけてみても、折れたままだった。


『シフォン。魔具の扱いにはコツがいる』ゴーリーの手が、彼女の肩にそっと触れた。『誰しも体内に魔力を持っている。感知出来ないほど小さくとも、皆無ではない。君も同じだ。常人より魔力は少ないが、確かに持っている』


 自分の身体を流れる魔力を意識して、それを剣に注ぎ込むようイメージしろ。そんなふうにゴーリーは続けた。


 魔力の流れは、シフォンも既に分かっている。彼女が肌で感じる光――魔力――には、増減もあれば、局所的な集中もあった。それら光の粒たちの進む方向を()して、魔力の流れと言っているのだと彼女が理解したのは、なにもシフォンが想像力を発揮したわけではない。魔具訓練校のそばには魔術訓練校があり、そこから流れてくる光は多種多様な強さと流れ、そしてかたちを(ゆう)していた。シフォンは講義を受けながらも、ずっと魔力と、それが魔術に結実するさまを感じ続けていたのである。ゆえに、このときのゴーリーの説明は彼女にとって理解の出来る物事だっただけだ。


 シフォンは、身のうちの魔力の流れとやらを意識して木剣の柄を握る。しかし、ゴーリーのやってみせたような修復は起きなかった。


『あまり落ち込まなくていい。一年次で習うのは基礎的な理論と肉体の鍛錬、それと魔物の生態学が(おも)だ。魔具の取り扱いは二年次以降に――』


 ゴーリーの言葉が途絶えたのも無理はない。


 シフォンは一度目には必ず失敗する。そして二度目は必ず成功させる。それが起きただけのことだ。ただ、ゴーリーの見せたそれよりも遥かに速やかに、それこそ瞬時に木剣が修復されたのは、この嫌われ者の講師を驚嘆させるに充分だったろう。


 ゴーリーが翌日、シフォンに二年次以降――卒業にあたる四年次までの教科書類をすべて与えたのは、彼女への期待からだろうか。


 さすがに少女ひとりで持ち運べる量ではなかったので、ゴーリーは姿を悟られぬよう深々とローブを被って、彼女の家まで一緒に運んでやった。たどり着いた場所がゼールの借りている家だと知り、シフォンが彼の隠し子かなにかなのだと察したのもそのときのことである。ゼールとシフォンの関係性を正しく把握しているのは訓練校の校長のみであり、生徒はもちろんのこと、講師陣にも明かされていなかった。


『……君は次期騎士団長の娘だったのか?』という問いに、シフォンは決して答えなかった。内緒にするよう、ゼールに命じられていたからだ。


 問いの答えこそ得られなかったものの、状況証拠は雄弁である。ゼールの娘なのであれば、その優秀さにも納得がいく。


 この日、ゴーリーはシフォンに自分と同じくフード付きのローブを貸し与え、王都の中流食堂で食事を振る舞った。好きな食べ物を()いても、嫌いな食べ物を訊いても、食べたいものを訊いても、『ない』という返答だけだったので、彼は自分の知っている範囲で一番美味い食堂へと連れて行ったのである。


 ところで、ゴーリーがこれまで生徒を食事に連れ出したことなど一度もない。そもそも、贔屓(ひいき)していると捉えられかねない行動は控えるのが当然だった。ゴーリー自身、自分がなぜこのような行動を取ったのか、定かではない。


 優秀だから。ゼールの養っている子供だから。完全に孤立しているから。彼女の未来に期待しているから。自分に出来なかったなにかを成し遂げてくれる予感があったから。


 それらしい答えはいくらでも見繕(みつくろ)うことが出来たが、真実は本人にさえ分からなかった。


 そして一ヶ月後、自身の奇妙な行動の(みなもと)を探る営みを吹き飛ばしてしまうような、あまりに異常な事態がゴーリーを待ち受けていた。


 魔具訓練校の卒業試験の場に、なぜかシフォンの姿があったのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士団や内地の兵士になる。


・『魔術訓練校』→王都グレキランスで、魔術的な才能のある子供を養成する学校。魔具訓練校とは違い、卒業後の進路は様々


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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