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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡⑩ ~エストック~」

『お(あつら)え向きの洞窟だな。今晩はここで(しの)ごう』


 シフォンが言葉を発してから数日後のことである。その日も野営だった。なだらかな丘状になった荒れ地の中腹に、誰が作ったのか、小部屋ほどのサイズの洞窟があった。グールや子鬼はともかく、中型以上の魔物は入り込めないのは明白である。そこで簡単な食事を済ませると、ジョゼはレイピアの具合を確かめつつ、シフォンに微笑みかけた。


『おじさんは外で魔物と戦うから、シフォンは安心してここにいるんだぞ』


 シフォンは頷いた。言葉を扱えるようになっても、無口なことには変わりない。ジョゼは別段、それを気にしてはいなかった。喋りたいことがあれば喋ればいいし、そうしたくなければそれでいい。まだ子供とはいえ、必要以上に彼女の主体性を軽んじるつもりはなかった。彼女には主体性自体がなかったわけだが、それに気付かないような鈍い男でもない。ただ、身体の奥底にはそれが眠っていて、いつか起きる瞬間が来るのだと盲信していた向きもある。


『ひとつ、お願いしてもいいかい』ジョゼはいかにも申し訳なさそうに、でも笑顔で告げる。『いつもの野営のときと同じように、シフォンも眠らずにいてくれ。それで、万が一魔物が洞窟に入ってきたら、全力で逃げるんだ。やれるかい?』


 シフォンは薄く頷いた。野営のたびに、ジョゼから言い含められた言葉である。魔物が近寄ってきたら逃げるように、と。ただ、これまでそんな事態に陥ることは一度だってなかった。ジョゼはいつだって完璧にシフォンを守り通したのである。空中戦を得意とする狡猾な魔物――ハルピュイアには多少苦戦したものの、シフォンの半径五メートルに魔物一匹入れることはなかった。


 今夜もきっとそうなる。なにせ、洞窟だってあるのだから安全度は高い。ジョゼもそんなふうに思っていたのかもしれない。


 それが油断に繋がったわけではない。彼は普段通り、きっちりと魔物を仕留め続けた。ただ、レイピアで相手取るには敵が悪かったと言えよう。


 アルマジロに似た巨体を持つ魔物。スピナマニス。外殻は刃を通さないほど硬質で、丸まって突進を繰り返す攻撃態勢に移行してしまえばおいそれと手出し出来ない魔物だった。繰り返される突進を回避しながら、攻撃態勢が解除される機を待って、弱点の腹部に潜り込んで倒すほかない。それも、一撃や二撃で撃破出来るわけもなく、どうしたって討伐に時間がかかってしまう相手。


 致命的な突進を回避しつつグールを蹴散らしてはいたが、完全ではなかった。あわやというところで敵の突進を回避したジョゼの目に映ったのは、今しも洞窟に入ろうとしているグールである。


『シフォン! 逃げろ!』


 それは無意識の叫びだった。


 彼女は明確に逃避を命じられた。それが意識になかったわけではない。ただ、逃げ場所を明示されないままではどうにもしようがない。だから彼女は、彼女自身の身体の導くままに洞窟を出て、素手でグールの腕を掴んでいた。そして、次の瞬間にはそれを引き千切っていたのである。


 歯を使わなくても腕は壊せる。それを知ったシフォンは次に、グールの首を千切った。次のグールには、直接首を手に掛けた。その次も。そうやって合計三体を狩り終えると、スピナマニスを撃退したジョゼが目の前に立っていた。周囲の魔物の気配は一旦消えている。


 シフォンを見下ろすジョゼは無表情で、少女は普段通り、なんの表情もなかった。


 ジョゼがそうして固まっていたのは、少しの(あいだ)だけである。じき、視線の高さが合う。そしてどうしてか、撫でられた。


『勇敢だな、シフォン。お前は強い』でも、と彼は続けた。『今みたいに素手で戦うのは危ない。おじさんはすごく心配だった。分かってくれなくても構わないけど、今みたいに戦うのは、どうにもならなくなったときだけにしてくれ。おじさんとの約束だ』


 約束も提案も、シフォンにとっては命令と同義である。だから頷いた。自分が逃げなかったことが不思議だったが、それも疑問として頭に定着することはない。


 素手でグールと戦った記憶は、彼女の身体に残っていた。ただ、誰がそれを命じたのかまでは覚えていない。過去は常に、厚い霧に覆われて見通せなかった。


 なぜ逃げなかったのかそれとなく問われ、シフォンは率直に、どこに逃げるのか分からなかったと答えた。ジョゼはどうしてか、苦笑していた。


『明日から、おじさんが剣術を教えてあげよう。もし危なくなったら、剣で戦えるように』


 そんな日が来ることを、ジョゼは望んではいなかった。ただ、永遠に彼女と一緒にはいられないのだということも、身にしみて分かっている。だからせめて、授けられるものだけは授けなければならない。


 シフォンの剣術修行は、翌日からはじまった。日課のトレーニングはそのままに、勉強の時間がそこに()てられたと言えば充分だろう。ジョゼは自分の持つレイピアの予備を彼女に渡し、武器の特徴から姿勢制御、刺突までの腕と足の(さば)き方まで、丁寧に、文字通り手取り足取り教えていった。


 彼女の上達速度は異常だった。そしてその失敗も。


 シフォンは教わったことを、一度目には必ず失敗した。刺突はふにゃふにゃした軌道で、片足で突き出すはずが両足でぴょんと跳ねて突きを放つ始末。どうしようもなく道のりは長く見えたことだろう。ただ、二度目は完璧だった。おそろしく不器用で、同時に、あまりにも器用。そんな印象をジョゼが(いだ)いたのも無理はない。


 旅路を続けるなかで剣術を磨くうち、ジョゼはじきに気が付いた。というより、最初から薄々感づいていたことを確信したのである。きっかけは薙ぎ払いの練習だった。本来、レイピアにおいては敵を(ひる)ませるか足払いをして体制を崩すための技術でしかないが、彼女の放った横薙ぎは訓練用の丸太を真っ二つにしたのである。しかも、二撃、三撃と繰り出されるそれは、緩急というものがない。一瞬とは言えないまでも、予備動作のない流麗な斬撃だった。刺突のように溜めを作るより、よほど彼女の動きを活かしている。


 次に立ち寄った町に運良く武器屋があったので、ジョゼは少ない金をなげうって、一番上等で、シフォンに扱いやすいであろう重量の武器を買い与えた。


『重いか?』


『重くない』


 武器屋の裏手で丸太相手の試し切りをしている(あいだ)、シフォンは顔色ひとつ変えず、ジョゼの指示通り、丸太を一センチ程度の厚さでスライスした。武器屋の主人が裏手に来たらさぞ驚くだろうとジョゼは苦笑したものである。


『それはな、エストックと言って、刺突も出来れば斬撃も出来る。片手で扱うには少々負担だろうが、そのときは両手で振るえばいい。壊れやすいのが難点だが、硬度は武器屋の主人のお墨付きだ。おじさんも、見る限り丈夫だと判断してる。無茶さえしなければ、今後は魔物相手に苦労することはないだろう』


『エストック……』


『そう、エストック。シフォンのはじめての武器だ』


 厳密には、はじめてではない。ナイフで人を殺したことがある。短剣でグールを討ったこともある。ただ、自分の所有物として、鞘に納めておけるのははじめてのことだった。


『せっかくだ、今日はご馳走にしよう。シフォンは食べたい物はあるか?』


『ない』


『好きな食べ物は?』


『ない』


『じゃあ、おじさんの好きな物を食べることにしよう。栄養がたっぷりつく肉と、とびきり甘いデザート。それでいいかな?』


 シフォンは武器を見つめながら、曖昧に頷いた。ジョゼが甘味を苦手としていることなど彼女は一切知らないし、これからも知ることはない。同じように、彼女の味覚が消失していることも、ジョゼには知り得ぬことだった。


 夕陽に煌めく刀身を眺めて、シフォンはただただ(たたず)んでいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『スピナマニス』→アルマジロに似た魔物。家屋ほどの大きさの中型魔物。外殻には鋭いトゲが生えている。標的を見つけると身体を丸めて転がるように突進する。詳しくは『281.「毒食の理由 ~獣の片鱗~」』にて

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