122.「それなりのメンバー」
その晩のうちに作戦会議が開かれた。
広間にはドレンテ、レオネル、トラス、そしてヨハンとわたし。この建物内で寝食しているレジスタンスの主要メンバー。それに加えて盗賊たちも会議に参加することとなった。テーブルは全て埋まり、その周囲をレジスタンスと盗賊たちが囲んでいる。それなりの広さの空間だったが、その晩は酷く窮屈に感じた。
ざわめきがノイズのように感じてならない。焦りから気が立っているのだ。
全員が集まったのを確認するように、ドレンテは周囲をぐるりと見回した。それから「さて」と言葉にする。
瞬間、ざわめきがぴたりとやんだ。革命を望む視線を一身に浴びて、ドレンテは口火を切る。
「作戦会議を始める前に、ヨハンの帰還を讃えましょう。まずは、生きて戻ってきてくれたことに」
控えめな拍手が座に広がる。ヨハンは下手くそな愛想笑いを浮かべていた。
「収穫を聞かせてくれますか?」とドレンテは促した。
ヨハンは間断なく求めに応じる。「収穫は充分にありました。ひと言で示すなら、人員ですね。まあ、詳しい話は作戦を交えながらやりましょう」
「その作戦なのですが」とドレンテは言い淀んだ。「本来、ある程度の動きは出来るはずだったのですが、この街区にも警備の手が入りまして、制約が強くなってしまいました。当初の作戦では順々にハルキゲニアの要所を落としていく手筈でしたが、こうなってしまってはどこを攻めるのも難しい……。まずは貧民街区から抜け出す必要があります。それも、次の作戦行動に響かないように」
皆が伏し目がちになった。
その中でヨハンだけが不敵に笑う。「私たちが取るべき行動はひとつです。まず、拠点を移しましょう。市民街区への抜け道を使うんです」
そんな抜け道まで作っていたのか、レジスタンスは。
ドレンテは首を振って否定した。「市民街区の同胞のところへ行くのは時期尚早です。あの場所を拠点にするのはハルキゲニア全域の警備が弱まったときのみ、と話をしていたでしょう? 貧民街区からレジスタンスの力を徐々に強めていき、警備の者とも手を結んで初めて使える場所です。……今移ったところで、市民街区の警備を潜り抜けられるとは思えません。より危険度の高い場所に籠城するだけになります」
この建物と市民街区の仲間の邸までは地下で繋がっているんだ、とトラスが隣で囁いた。そして市民街区は警備の数が多い、と。『女王の城』に近付けば近付くだけ敵の量も質も上がっていくらしい。
それならドレンテの言葉は尤もだ。たとえ市民街区に進んだとしても、そこから先に進めなければ意味がない。
『アカデミー』は富裕街区に存在する。物理的な距離が縮まったとしても辿り着くまでに捕らえられてしまったら無意味ではないか。
しかしヨハンは笑みを崩さなかった。
「いいえ、算段はあります。数人のメンバーを残して、あとは全員市民街区に移って頂きましょう。勿論、市民街区までの地下道は封鎖しておいて下さい」
「なぜです? それでは残ったメンバーがこの場所に閉じ込められるだけではないですか」
「残りのメンバーは地上から次の潜伏先に向かいますので、ご心配なく」
これにはドレンテも眉をひそめた。レジスタンスのメンバーは露骨に顔を歪めている。泰然としているのはレオネルくらいのものだった。
「地上から?」とドレンテが聞く。
レオネルは「算段があるのでしょうな」と呟いた。
ヨハンは満足気に老魔術師に頷いて見せる。それから一同を見渡した。「レオネルさんの言う通り、計画は練ってあります。警備兵も住民も、私たちの敵ではなくなります」
「その理由は?」とドレンテは怪訝に聞いた。
「等質転送器を奪うんです。それを破壊して住民の洗脳を解きます。そうすれば、女王の盲目的な支持者は消え、レジスタンスの勢力も拡大可能でしょう。加えて、等質転送器を奪われたことで女王の動きは乱れます。時計塔近辺から貧民街区に至るまでのエリアに警備を集中させるはずですよ。反抗勢力が潜めるのは貧民街区くらいのものですから……。市民街区の潜伏先は幸いなことに時計塔とも貧民街区とも随分離れている。お誂え向きの状況を作れるわけです。……そして一時的に手薄になった市民街区の拠点から次の一手を打つことが出来る」
「等質転送器を奪うだけで、住民の心を解放出来るとは思えない」とドレンテは返した。
「まあ、その部分はおまけみたいなものですよ。そうなるかどうかは破壊してみなければ分からないでしょうなぁ、レオネルさん」
呼びかけられた老魔術師は「いかにも」と短く答えた。
「重要なのは混乱を起こすことです」とヨハンは続ける。「警備が厚くなるのは『アカデミー』から城に至る区域と、時計塔から貧民街区までの場所でしょう。もう一度言いますが、私たちの潜伏先はぽっかりと警備の抜け落ちたエリアになる」
ドレンテは話頭を転じた。「だとしても、時計塔は彼らにとって重要な場所です。仮に等質転送器を破壊出来ても、その頃には時計塔も包囲されています。包囲網の中には騎士たちもいるでしょうね」
「確かに騎士との戦闘は避けたいところですなぁ。まあ、包囲網はなんとかしますよ。それなりのメンバーで突入するつもりですから」
なんて雑な返答だ、とヨハンを睨む。彼は肩を竦めてニヤついて見せる。
それに、それなりのメンバーとは誰なのか。
「それなりのメンバーって、どういうこと?」
堪えきれずに問うと、ヨハンは手でわたしを示した。「まずはあなたですよ、クロエお嬢さん」
やっぱり。けれどわたしだけでは騎士団の包囲網を突破出来るか分からない。
「次に、私です」と自分を指さして見せる。
なるほど。ヨハンがいればなんとかなりそうな気はするが、いかんせん作戦の全貌が見えないので不安が拭えない。
「たった二人で、ですか?」とドレンテはため息交じりに訊ねる。
「いえいえ。私たちを含めて四人です」
四人、と聞いて皆が周囲を見回した。レオネルは含まれているだろう。しかし、もうひとりは誰なのか。
「あと二人は誰でしょうか。ひとりはレオネルでしょうけど……」
ヨハンはニタニタとドレンテを見つめていた。
もしや、ドレンテを使うのだろうか。確かに彼は女王からの干渉は受けないだろうけど、それは等質転送器が健在である内だけだ。それを破壊したら真っ先に狙われるのは彼である。
「ねえ、ドレンテさんを表に出すのはまずいんじゃないかしら? 等質転送器を壊したら一番危険な立場に置かれるでしょうし……」
賛同の声が部屋のそこここで上がった。レオネルはやけに神妙な表情で沈黙している。考え事をしているのか、別のなにかに気を取られているのか、そんな様子だった。
ドレンテの参戦に批判の声は尽きず、広間はざわついた。
ヨハンは黙って一同を見回している。呆れたような目付きで。
やがて沈黙が訪れると、ヨハンはようやく口を開いた。
「なにを早とちりしているんですか、皆さん。あと二人はドレンテさんでもレオネルさんでもありません。もっと言えば、この部屋にはいませんよ」
静寂が広がる。燭台の火が踊るように揺れ、家鳴りがした。
ここにいないとは、どういうことだろうか。別の場所に潜伏しているレジスタンスでも使うと言うのか。
誰もが訝しげな表情を隠そうとしない中、レオネルは納得したように何度か頷いた。
「それは」と言って、老魔術師は扉を手で示す。「すぐそばまで来ている二人の魔術師のことでしょうか?」
一斉に、扉へと視線が注がれる。息を呑むような沈黙の只中で、規則的な家鳴り――否、靴音がした。それは着実にこちらへと進んでくる。下から、この階へ。
そして靴音が扉の前で止まった。
レオネルへ「ご名答」と答えると、ヨハンは不敵に笑った。
その刹那、扉は乱暴に開け放たれた。
――わたしは咄嗟にヨハンを睨む。どういう冗談だ、これは。
しかし彼はニヤニヤと笑うばかりだった。
見事なカエル頭と、いかにも高飛車な態度の女性がそこに立っていた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダー。詳しくは『107.「トラスという男」』にて
・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて
・『トラス』→レジスタンスのメンバー。髭面で筋肉質。豪快な性格。詳しくは『107.「トラスという男」』にて
・『等質転送器』→拡声器型の魔道具。声を均等に届ける効果を持つ。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて
・『老魔術師』→レオネルを指した言葉。




