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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「遇機の先の存在証明」

※シンクレール視点の三人称です。

「……これでまだ戦える」


 そう呟いたリクの声に、諦めの気配など微塵(みじん)もなかった。先ほどリリーを(かば)って受けた傷は、シンクレールの氷の魔術により止血され、さながらギプスのごとく補強されている。もちろん、腕の可動域を損なわない範囲で。


「長くはもたないと思ってくれ」立ち上がり、シフォンへと踏み出したリクの背に、シンクレールは呼びかける。「魔術製だろうと氷は氷だ。手先が痺れたら満足に攻撃も防御も出来なくなる」


 リクの短い笑いが、シンクレールの耳に届いた。


「あまり血族を見くびるな」


 確かに、血族の肉体は人間のそれよりも強靭である。たとえ致命傷であろうとも、血族にとっては死を意味しない場合も多い。刻々とリクの肌を(むしば)んでいる氷もまた、その(たぐい)であればいいのだがと、シンクレールは願った。


 シンクレールの見る限り、対シフォンへの勝利の道はたったひとつである。リクの持つ貴品(ギフト)――意識のみを奪う刃による決着。ただ、それも今となっては儚い望みであるのも事実である。完璧な魔力察知と、異常なまでに卓越した速度の剣技。それに加えて、今のシフォンには風を操るすべがある。シンクレールたちの一縷(いちる)の望みを()き消した突風による防御と、風による無限のリーチを備えた斬撃。


 膝を折るには充分過ぎるほど強大な敵。


 それに立ち向かうことが出来ているのは、シンクレール自身の意志以上に、リクという存在が大きかった。彼は決して絶望しない。貴品(ギフト)が叩き折られる未来を(ほか)ならぬシフォンから予告されてなお、こうして前を向いて歩いている。


 なぜ、とは思わない。シンクレールはもう、リクの性格を充分なほど知っているからだ。どこまでも誠実で、真摯(しんし)で、だからこそ諦めが悪い。諦めることを知らない。そして根底には、姉であるシャンティへの愛情がある。シフォンにより瀕死の状態に追い詰められた彼女は、きっと岩塊の影で気を失っていることだろう。


「もしおれが討たれたら――」


 前進するリクの声と、彼が風の斬撃を一閃する金属音が、混じり合うことなく響いた。


「――シャンティ様を連れて逃げてくれ」


 彼の言葉に、シンクレールはなんの返事も出来なかった。生唾を呑み、リクへと(ほどこ)した氷の魔術が瓦解(がかい)しないよう、神経を(そそ)ぐのに精一杯だったからではない。次々と訪れる見えない刃を、リクが見事に(はじ)きながら、遅々(ちち)とした歩みを続けていることへの讃嘆(さんたん)からでもない。リクの貴品(ギフト)が破壊されることへの危惧(きぐ)で頭がいっぱいになっていたからでもない。


 覚悟ある言葉の前には、返答すらも不要なのだ。


 シンクレールは気を引き締め、一瞬で周囲を見やる。リリーはクラナッハの腕のなかでもがいており、巨岩はとっくに消えていた。クラナッハはリリーの対処でいっぱいいっぱいという様子ではあるものの、視線は一点に固定されている。無論、シフォンだ。もし彼女の斬撃が――たとえ目に見えずとも――こちらへ向かうならば、即座に対応する気構えなのだろう。その意味で、シンクレールは多少なりとも安堵(あんど)を覚えた。


 最前(さいぜん)、リクの口にした言葉が彼の頭で今も尾を引いている。


 美しい魂は生きねばならない。


 既に何度か耳にしているその台詞は、リリーにこそ当てはまるとシンクレールは強く感じた。彼女の存在がリクの負傷に繋がった事実なんて関係ない。彼女は彼女の意志に沿って行動したのだ。結果がどうあれ、その心根(こころね)に美を感じないなんてありえない。


 とはいえ、美への陶酔(とうすい)には程遠い窮地(きゅうち)にシンクレールは立っていた。リクもそうだろう。金属音は今や暴雨のごとく鳴り響いており、リクの歩みはほとんど止まりかけている。シフォンへはまだ十メートル以上の距離を(へだ)てていた。意識を断つ刃を届かせるにはまだまだ遠い。にもかかわらず、敵の斬撃はとめどなく放たれ続けている。


 ――なにかきっかけを。


 シンクレールがそう独白し、歯噛みしたのは自然なことである。自分の魔術ではシフォンの動きに歯止めをかけることなど不可能であるのは、既に証明されていた。仮にいくつかの魔術を放ったところで、彼女の斬撃がほんの一瞬でも減退するなど、期待するだけ無駄である。魔力が有限である以上、使いどころは決して見誤ってはいけない。ゆえに、リクの氷のギプスにヒビが入るたびに修繕することしか彼には出来なかった。


 そう、シンクレールにはなんのきっかけも生むことが出来なかったのである。


 ただし、この地上にいるのは彼ひとりではない。


 不意に、シフォンの斬撃が()んだのは決して偶然ではなかった。その遇機に対して、いち早く行動したのもリクである。前傾し、疾駆する。シンクレールからはリクの表情は見えなかったが、きっとその口には笑みが広がっていることだろう。


 魔力をほとんど持たないカリオン。彼が投擲(とうてき)した岩が、再び死角からシフォンの後頭部に直撃したのである。


 そして――。


「カリオン!!」


 リクの叫びが(くう)を裂いた。


 振り返ったシフォンはきっと、木々のように乱立する岩に隠れるカリオンの姿を一瞬捉えたのだろう。風の刃が放たれ、林立する岩が一挙に砕けた。そして、それだけでは終わらなかった。粉塵の先で露出したカリオンへと、見えざる風の斬撃が放たれる。二度、三度、四度――。


 カリオンの身体に鮮血が散ったのは、数瞬後のことだった。身体こそ両断されないまでも、刃の軌道に沿って真っ赤な線が、彼の恵まれた体躯を刻んでいく。


 その(かん)も、リクは決して足を止めなかった。シフォンとの距離は残り五メートル。


 シフォンとて、敵の接近は察知していたことだろう。しかし、攻撃対象はもはやリクではなくカリオンだった。彼へと浴びせる斬撃は数を増し――。


 手のひら大の岩塊を、シフォンは(こと)もなげに首を(かし)げるようにして回避する。最低限の動作で。その間も風の連撃は収まらない。


 もはや血だるまになったカリオンは、しかし、手近な岩を次々と投擲していた。開き直ったのか、それともなにか、彼本来の意志が行動を規定したのかはシンクレールには分からない。ただ、今のカリオンの姿には、シャンティに敗北したシンクレールに激を飛ばしたときの異様な迫力が(みなぎ)っているように見える。


「リクよ! 俺は臆病か!?」


 刻一刻と命を散らす者とは思えない、あまりに強靭な声が戦場に(とどろ)く。


「いや、お前は勇敢だ」


 リクの言葉は、勇猛なる監獄長に届いただろうか。きっとそうだと、シンクレールは確信した。なぜなら、刃の嵐に蹂躙(じゅうりん)されたカリオンの顔に、一瞬、満足気な表情が浮かんだからだ。


 カリオンが地に伏し、動かなくなってしまうまで、そう長い時間はかからなかった。


 シフォンがリクへと向き直ったときには、既に彼は彼女との距離を一メートル圏内まで縮めていた。


 ようやく刃の届く距離に達した。カリオンという、あまりにも勇敢な男の命がけの攻勢によって。


 しかし、それさえシフォンの計算だとしたら。


 振り返ったシフォンの刃と、リクの刃の根元が接触する瞬間が、シンクレールの目に()えた。リクの刀が、根本の部分からぽっきりと折れ、敵へと到達しなかった刀身が宙を舞う光景も。


 シンクレールの知るところではなかったが、リクはシフォンが貴品(ギフト)に集中的に加えていた攻撃箇所を知り抜いていた。それが刃の根元だったのである。だからこそ、風の斬撃に対処しつつ前進する際は、決して根本で(はじ)くような真似はしなかった。なるべく刃先の部分で彼女の攻撃に対応し、唯一の武器が破壊される確率を下げていたのである。シフォンがリクへの接近を許したのも、そこに理由があった。風の斬撃では敵の動脈は切り落とせない。互いの距離が、適切な対処を許してしまう。だからこそカリオンという異分子の排除を()ねてあえて接近させ、一閃したのである。


 シンクレールは、自分の口が薄く開いてしまうのを止めることが出来なかった。


 武器の破壊の直後、リクの残った右腕が塵のごとく消し飛ばされ、両足も同様の結末をたどった。すべてが一瞬のうちに起こり、魔術の展開を拒絶する速度で、一切は終わってしまったのである。


 (いな)、シンクレールの目には終わったように見えただけだ。


 リクが得た好機は、ほとんど偶然といっていい。四肢を破壊され、落ちゆく視界の中心に、折られた刃が目に映った瞬間には、反射的に身体が動いていたのだ。


 刃を上下の歯で噛み締め、シフォンの腹部へと深く深く突き立てたのは、最期まで戦う意志を消さなかったリクという存在の証明だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果としての行動。可哀想な人の味方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』

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