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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「魔王の城 ~宝剣~」

 簒奪卿(さんだつきょう)による前線基地襲撃のおよそ一か月前――。


 魔王の城、(いな)、ラガニア城は深い夜の(とばり)の下で静かに(たたず)んでいた。エントランスから漏れる光に洗われて、玄関ポーチの敷石に刻まれた幾何学(きかがく)模様が鮮やかに描き出されている。模様の中心にはひとりの男の影があり、彼は遠く夜闇の一点を見つめ続けていた。ラガニア城はその周囲を『(いばら)の庭園』が囲み、そのさらに外縁(がいえん)には『積痾(せきあ)の丘』と呼ばれるささやかな丘陵(きゅうりょう)がある。『積痾(せきあ)の丘』は上空から見ると楕円形(だえんけい)に広がっており、その一端にラガニア城への唯一の出入り口となる『無痛の門』が建てられていた。今、男がじっと見つめているのは門の方角であり、そこから外へと旅立っていった友人の後ろ姿を追っているのであった。常人には見通せない漆黒の夜に加え、遥か遠大な距離に(へだ)てられていても、男の眼差しは友の鎧へと注がれていた。


 不意に、玄関ポーチに(いびつ)な人影が落ちる。


「あやつも行ったか」


 魔王――イブの声を(とら)え、ニコルは振り返った。


「具合はどう? 夜風は身体に悪い。中に入ろう」


 そう言って、ニコルはイブの身体を支えるようにしてエントランスへと入り、(なめ)らかな動きで大扉を閉めた。


「わらわは平気じゃ」と言いながらも、気遣ってもらえるのが嬉しいのか、イブは素直にニコルの導くままに歩く。エントランスの螺旋階段をゆっくりと昇り、回廊へと(いた)ったところで、彼はふと立ち止まった。


「心配いらないよ」イブが小首を(かし)げると、ニコルは言葉を重ねた。「シフォンのことさ」


 ニコルは今さっきラガニア城を去っていった友人の顔を思い出し、イブには気付かれないように頬の内側の肉を噛んだ。


「随分と買ってるんじゃな、あの小娘を」


 ほんのり唇を尖らせたイブを見て、ニコルは安堵(あんど)したように表情を(ゆる)めた。


「みんな買ってるさ。僕と一緒に旅してくれた仲間のことは例外なく信頼してるし、望む通りの生き方をしてほしいと思ってる」


「しかし、あやつは望みなどなかろう」


 イブの言葉に、ニコルは(うなず)くしかなかった。シフォンに望みなどありはしない。理想の人生もなければ、おぼろげな夢もない。それどころか、ありとあらゆる欲望が欠けている。


「……そうだね。シフォンはなにも望まない」


 イブは不機嫌そうに腕組みをし、虚空(こくう)を睨んだ。今はいないシフォンの姿がその目に映っているのであろう。


「わらわが力を授けてやろうとしたとき、なんと言ったか覚えておるか!?」


「確か……なにも答えなかったんじゃなかったっけ」


「そうじゃ! あの小娘は無視したんじゃ!! わらわが宝剣を与えてやったときもキョトンとしておった!」


 シフォンの場合は悪意があって無視したのではなくて、答える必要性を見出せなくて黙っていただけであることは、ニコルには分かっている。ただ、弁明したところで火に油を注ぐだけであるのも知っていたから、彼は曖昧な笑いを返すだけで話頭(わとう)を転じた。


「そういう子だから、どんな仕事でも完璧にこなせるのさ」


 自分から話題を変えたものの、ニコルは床へと目を落とし、膨らみつつある憂鬱な気分を表に出さないよう努めた。イブは彼の内心の努力を知らぬまま、得意気に口角を上げる。


「確かに、あやつほど冷酷であれば問題なかろうな。可哀想に。簒奪卿はオシマイじゃ」


 いかにも愉快そうな声で笑うイブに、ニコルはどこか意地悪な幼さをみた。不死である彼女は、姿こそ二十歳そこそこで止まっている。が、その精神年齢はラガニアで悲劇が起こって以来、一刻も前進していない。皮肉ではなく、事実そうなのだ。いかに知識を増やそうとも、精神が成熟することはない。


 そんなイブの()り方に対し、これまでのニコルは微笑ましく感じるばかりだったが、このところ少しばかり(かげ)が落ちている。どうなるのだろう、と思ってしまう瞬間もある。きっかけがあれば時間の針が進むものではなく、彼女の状態は()け得ぬ呪いと言うべきものだった。多くのラガニア人が魔物に、あるいは血族に、あるいは他種族と呼ばれる存在に変異してしまったのと同様、彼女の精神が幼いまま固定されてしまったこともまた、癒やすことの出来ない不可逆な現象だと考えるほかなかった。


「あの小娘には、なんといっても宝剣がある。先祖代々の家宝じゃ。ありがたーい剣があるんじゃから、簒奪卿も夜会卿(やかいきょう)もイチコロじゃのう! ふっふっふ」


「そうだね」と苦笑しつつ、シフォンが宝剣――貴品(ギフト)『シュトロム』を使う(・・)姿はあまり想像出来なかった。


 ――せっかくイブがくれた剣なんだから、大事に使うんだよ。


 ――大事に、の意味が分からない。


 ――ええと、うん、なんて説明すればいいだろう。使う必要を感じたときにちゃんと使えばいいさ。


 ――使う必要、が分からない。


 ――ピンチになったとき、かな。


 シフォンと()わした会話を思い出し、ニコルは、果たして彼女がそんな窮地(きゅうち)(おちい)るタイミングが訪れるだろうかと疑問に思った。しかしながら、そうなってくれるのを期待している自分もいる。


「普段はただの剣じゃが、いざとなれば風を操ることが出来るのじゃ。ふっふっふ。風はどこにでもあるからのう、無敵じゃ! こんな素晴らしい宝剣を貰っておきながら、あやつは礼のひとつも言わなかった!! 許せぬ!!」


 頬を膨らますイブを(なだ)めながら、ニコルは想像を働かせてみた。


 シフォンが追い詰められるほどの相手。


 それほどの相手なら、想像出来ないこともなかった。


 ただ、シフォンを負かしてくれるほどの敵として想像出来るのは、誰か。


 少なくとも簒奪卿ではない。そして、簒奪卿未満の者は論外である。


 ニコルは窓外の闇に、祈りに似た視線を送った。自分に出来なかった仕事を(たく)すのはこんな気持ちなのかと、歯痒(はがゆ)く感じながら。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『無痛の門』→魔王の城に存在する場所


・『積痾(せきあ)の丘』→魔王の城に存在する場所


・『(いばら)の庭園』→魔王の城に存在する場所


・『イブ』→魔王の名。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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