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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「もうじき壊れる」

※シンクレール視点の三人称です。

 横薙ぎ、袈裟(けさ)斬り、突き、切り上げ、唐竹(からたけ)……無数の斬撃が(まじ)わり合うなかで、ときおり魔術製の氷が(はじ)ける。


 まだ戦闘が再開されて数分しか経過していなかったが、シンクレールは息苦しさを感じていた。魔術の連発による衰弱ではなく、精神的なものである。自分とリクの攻撃がことごとく(しの)がれている状況に対し、閉塞感(へいそくかん)を覚えて仕方ないのだ。激しくぶつかり合うふたつの嵐は、シンクレールの目にはほとんど拮抗(きっこう)しているように映った。にもかかわらず、討ち果たすビジョンが見えない。片方の嵐が死に絶えるとき、勝者として悠然と立つのは無表情の少女だと思えてならない。


 しかしながら、暗い感情ばかりがシンクレールの胸の(うち)にあったわけではない。今も目にしているリクの背に、強い励ましを感じてもいた。彼はまだ戦っている。次の瞬間も戦い続けるだろう。その次の瞬間も。次の次も。いくつもの瞬間を積み重ねて、いまだ刃を振るっている。それなのに、自分だけが絶望の(ふち)で身を固くしていいはずがない。


 また、リクとシフォンがほぼ互角の剣戟(けんげき)を繰り広げているという事実も、励ましとしては充分なものだった。何千もの兵をたったひとりで死滅させた敵と渡り合っている。これは希望と呼んでもいいかもしれない。


 その一方で、憂鬱な疑念もシンクレールの頭に芽生えていた。


 ――相手は勇者一行のひとりだ。あんなにも強かったシャンティにだって勝ってる。リクだって強いけれど、それにしたって、こんなふうに対等な戦いが出来るのか?


 手を抜いているとは思えない。そもそもシフォンのなかに『手加減』という概念はないはずだった。


「どうしたシフォン」剣戟のまにまに、リクの声が途切れがちに届いた。「初回の戦闘よりも鈍ってるじゃないか。疲れたんなら休んでもいいんだぞ。永遠に」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、ひどく静かな口調だった。自分と同じ疑念を(いだ)いているのだとシンクレールは察し、(にわ)かに身体が強張(こわば)るのを感じた。自分だけの勘違いならまだしも、一度シフォンと戦っているリクが思うのなら、疑いは確固たる輪郭を持ってしまう。


「疲れてない。鈍ってもない」シフォンは淡々と、ただ事実を並べるかのように返した。「狙ったところを叩いてるだけ。もうじき壊れる」


 壊れる。


 その語を耳にした直後、シンクレールは思わず叫んでいた。


「リク! 一旦退()け!」


 叫びよりも一瞬早く、リクは後退をはじめていた。シフォンの刃を(さば)き、彼女の攻撃圏から外れてシンクレールの位置まで下がるのにそう時間はかからなかった。


 隣で荒い呼吸をするリクは、最前とは打って変わって蒼褪(あおざ)めている。


「シフォン……貴様、おれの貴品(ギフト)を……狙ってたのか」


 緩慢な歩調で接近するシフォンは、事も無げに「そう」とだけ答えた。


 もしこの戦いに勝ち筋があるのなら、それはリクの刃による意識の奪取が絶対条件である。肉を薄く斬るだけで即座に勝利が決定する。まともにぶつかって勝てない相手であろうとも、たった一撃入れるだけなら希望がある。命を賭けるに(あたい)する。


 ただ、彼女はリクの貴品(ギフト)の力を知っているのだ。当然である。一度、刃の力で意識を奪われているのだから。意識の喪失から恢復(かいふく)した彼女は、リクの貴品(ギフト)を脅威認定したのだろう。次に相対(あいたい)することがあれば、なによりも先にその刀を破壊する。そう決めたからこそ、両者の刃は不自然なほど重なり、第三者には拮抗(きっこう)していると錯覚させる剣戟が展開されていたのである。


 シフォンの斬撃はすべて、目標に命中していたのだろう。破壊対象である貴品(ギフト)の、刀身の根元付近に。


 リクの持つ刀は、根元の部分にほんの少しの欠けが(しょう)じていた。戦闘前にはなかったものである。


「落ち着け、リク」蒼褪め、絶句しているリクに、シンクレールは小さく呼びかけた。まるで自分に対して言い聞かせているように感じながら。「大丈夫だ。チャンスは巡ってくる」


「しかし、貴品(ギフト)が破壊されれば勝機はない。おれも、一秒以内に数百の肉に分かれるだろう」


「その刀はまだ壊されてないだろう? 絶望するにはまだ早い」


「シフォンはたった今、もうじき壊れると言ったんだぞ」


「そう思い込んでるだけだ」


「あれほどの実力者が、そんな思い込みをするはずがない」


「リク、先入観を捨てろ。シフォンだって貴品(ギフト)の強度を熟知してるわけじゃない」


 言葉を()わす二人は、一様(いちよう)にシフォンから目を離さなかった。一歩、また一歩と前進する、少女に(ふん)した死神。刃の嵐は止まっているが、それもひとときの(なぎ)に過ぎない。刃の届く範囲にシンクレールかリクが入れば、再び死の風が吹き荒れる。


 シンクレールは猛烈な口の乾きを感じながら、必死に思考していた。


 一旦距離を取って魔術でシフォンの足止めをしつつ、リクの刃が最大限()きるチャンスを(うかが)う?


 そんな機会が果たして訪れるのか?


 そもそも、こちらが距離を取るのを彼女が許してくれるだろうか。悠然と歩いているのは単なる気まぐれでしかなくて、敵が一定以上離れた際には全速力で追ってくるんじゃないか?


 そして、速度を決して(ゆる)めることなく銀の嵐を巻き起こしたら?


 いくつもの仮定がシンクレールの思考の喉元を()めていく。結局のところ、自分はシフォンのことをなにひとつ知らないし、彼女の取りうる行動を予測することさえ出来ないのだという無能ぶりを突き付けられるばかりだった。


 シンクレールより先に動いたのは、リクだった。青年魔術師の視界に(なめ)らかな黒髪が(ひるがえ)り、敵へと向かっていく。


 リクの横顔に貼りついた笑みに、無謀さはなかった。愉快で(たま)らない。そう言わんばかりの喜びが(あふ)れていた。


 こんな状況でどうして笑えるのか。


 視線を前方に向けたシンクレールは、やがて、リクの笑みの理由を知った。


 ターゲットに向かってゆっくりと歩むシフォン。その視線はリクへと固定されていた。しかしながら、視力は有効に使っていないのである。なにしろ左目の機能はシャンティの攻撃によって奪われたのだから。役立たずの視界よりも、魔力による察知を重視するのは当然である。敵に魔術師がいることも、その偏重(へんちょう)を強固にしただろう。


 人間の持つ魔力量には個人差がある。膨大(ぼうだい)な魔力を(ゆう)する者は稀有(けう)であり、それだけで魔術の才能があると見做(みな)される場合も多い。現に、シンクレールが過ごした魔術訓練校でもその傾向があった。いかに魔力を余分に持っていようとも、上手く使いこなせるかどうかは鍛錬(たんれん)と資質によるものなのだが。


 逆に、ほとんど魔力を持たない者もいる。こちらも(まれ)な存在だが、魔力を持っている者よりもないがしろに扱われることが多い。当人がいかに魔術師への憧れを持っていようとも、門前払いだ。


 どちらのケースも極端であるがゆえ、持って生まれた才能とも言えよう。ただし、魔力貧者(ひんじゃ)の才能とやらが活きる場面などゼロに近い。


 ゼロに近いが、まったくの()ではないことを、シンクレールはこの瞬間に感じ取り、胸の高鳴りを覚えた。


 シフォンから十数メートル後方に、針のごとく岩が突き出ている場所があった。天然石の柱の間で人影が動く。大きく引いた右腕を、遠心力に沿って振り上げ、そして振り下ろす。一連の動きの中途で、拳大(こぶしだい)の塊が(くう)を切った。それはみるみる標的に接近し――。


 ゴ。


 鈍い音が、シフォンの後頭部で(はじ)けた。


 後方の男が投擲(とうてき)した岩塊が、見事に命中したのである。男が今どんな顔をしているか、シンクレールには分からなかった。すぐに天然石の林に隠れてしまったからである。


 しかし、想像は出来る。生命力(みなぎ)る勇猛なる顔面を。


「いい仕事だ、カリオン」


 よろけたシフォンへと、リクが距離を詰めた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『魔術訓練校』→王都グレキランスで、魔術的な才能のある子供を養成する場所。魔具訓練校とは違い、卒業後の進路は様々

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