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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
1362/1456

Side Sinclair.「たったひとつのルール」

※シンクレール視点の三人称です。

 勝てない。絶対に。


 はじめから分かっていたはずの物事が、頭のなかで明確に言葉にすることで強烈な事実となって襲ってくるのをシンクレールは感じていた。どう頑張ったところで(くつがえ)せないと思えてしまう。こうして立ち向かっていることが愚かしいとさえ。


 シフォンの魔力感知が限定的なものであることは、シンクレールも察していた。もしあらゆる範囲のあらゆる魔力を座標として(とら)える能力があるのなら、どこに隠れようとも必ず見つけ出されてしまう。しかし、現実はそうではない。彼女は隠し部屋に(ひそ)むカリオンたちを発見出来ずにいたのだ。厚みにもよるだろうが、遮蔽物(しゃへいぶつ)の先にある魔力までは感知出来ないと考えるのが妥当(だとう)であり、したがってそこに彼女の限界が見出せる。


 そこまで理解してなお、シンクレールは虚しかった。


 ――なんて無意味な気付きなんだろう。


 自分の扱う魔術は直接的な攻撃がほとんどであり、たとえ遠隔で魔術を展開しても、シフォンの感知圏内(けんない)に入った時点で魔術は丸裸になる。


 眼下でぶつかり合うふたつの嵐を凝視して拳を握った。自分にはもうなにも出来ないのかもしれないと(さと)りつつある。魔術を展開することで彼女の動きを妨害することは可能だろうが、あまりに些細(ささい)な影響しか(およ)ぼせないのはこれまでの戦闘で証明されていた。


 なら、ほかになにが出来るのというのか?


 シンクレールは岩塊(がんかい)を駆け下り、激しく刃を打ち合わせるシフォンとリクを十数メートル先に見据(みす)え、大きく息を吸い込んだ。


「シフォン!!」


 豪雨のような金属音に消されぬよう、声を張り上げる。


「もうやめにしないか! 君は覚えてないだろうけど、僕は騎士だ。君と同じように王都の夜を守ってきた。それなのに、こんなふうに殺し合うだなんて間違ってる!」


 少しでも彼女の気を()らす。それだけの目的で叫んだ言葉だった。ただ、思ってもいないことを口にしたわけではない。答えが得られるなんて期待していないが、シンクレールの発した疑問は彼のなかでずっとわだかまっていたものでもあった。


 シフォンの返事を待つことなく、彼は続ける。


「オブライエンのやったことは確かに許せないし、ラガニアの人々にも同情してる。グレキランスとラガニアは――人間と血族は、こんなふうに分断されるべきじゃなかった。今さら歩み寄るなんて無理に思えるかもしれないけど、今君の見てる景色はどうだろう。僕はリクやシャンティと一緒に戦ってる。一時的な共闘に見えるかもしれないけど、そうじゃない。僕は二人を、血族だからという理由で裁くつもりなんてない」


 本心に近い言葉ではあったが、シンクレールの耳にも自分の声は詭弁(きべん)として響いた。シャンティたちとは殺し殺される関係にあったのは疑いようがない。彼女らはこの地を襲い、自分たち人間は迎え撃った。命を消し合う戦場にいた。それゆえ、今さら平和主義を(かが)げたところで欺瞞(ぎまん)しか感じ取れないだろうとは思う。


 それでも、嘘を言っているつもりはなかった。


「君は――君はなんのために人間と血族を襲ってるんだ」


 シンクレールが声を絞り出した直後、銀の嵐の先で少女の唇が動くのが見えた。


「ニコルに言われたから」


 その瞳に、その口元に、その鼻に、その頬に、顔面のありとあらゆる皮膚に、ひと欠片の感情さえ表れていなかった。剣戟(けんげき)依然(いぜん)として続いている。


「君はどう思う? 僕は君に聞いてるんだ。ニコルなんてどうでもいい。君自身は、自分のやっていることになにを思ってるんだ」


「なにも思わない」


 心が動かない。なにも感じない。なにも思わない。


 シフォンを見つめているうちに、胸の奥に強い圧迫感を覚えた。


 知ってる。シフォンに似たひとをひとり、知っている。


「……なにも思わないなら、ニコルに従う理由もないじゃないか」


「ニコルは強いから、ニコルに従う」


「……ニコルより強い相手が出てきたら?」


「ニコルより強いひとはいない」でも、とシフォンは続けた。「もし自分が負けたら、負かしたひとに従うようにニコルに言われた」


 なんだそれ、と思ったが、そう口には出来なかった。シンクレールに出来たのは、せいぜい顔をしかめる程度である。


 彼女はニコルに従って動いていて、そこに自分の想いやら感情やらは存在しない。ただ淡々と、指示された通りに仕事を遂行(すいこう)する。


 シンクレールはかつての自分とトリクシィの関係に近いものを感じはしたが、決定的に違うとも感じていた。自分の場合、その関係は隷属(れいぞく)でしかなかった。しかしシフォンの場合は、主従関係と呼べるのかどうかも怪しい。彼女にあるのはたったひとつのルールで、それが『ニコルに従う』ということだけなのではないか。ほとんど自我と呼べるものを持たず、ただ機械的にルールに沿って行動することが、生き方のすべてなのかもしれない。それはきっと、隷属と見做(みな)せるものではないだろう。


 クロエも、とシンクレールは考える。淡い栗色の髪をした女性の後ろ姿が目の奥に浮かんだ。


 クロエも、今はたったひとつのルールに従ってるのかもしれない。ニコルと魔王を倒すという目的だけで生きているのかもしれない。なにも感じることなく、目的に向かって歩みを進めているだけなのかもしれない。


 あ、と思ったときにはシンクレールは片膝を突いていた。身体の力が抜け、立っていられなくなったのだ。それでもなんとか、片方の膝だけで済んでいた。


 再び立ち上がろうにも、上手く力が入らない。肉体的な問題ではなく精神的な理由で脱力しているのだと分かっていても、駄目だった。


 クロエは今、どれだけシフォンの精神性に近付いているんだろう。もう、目的以外のなにもかも失ってしまったのだろうか。過去の記憶が残っていても、それらが路傍(ろぼう)の石と同じだとしたら。喪失したものを取り戻す日が、いつかは来るのだろうか。


 不意に強烈な金属音が(はじ)け、ひと塊の物体がシンクレールの真横を過ぎ、後方の岩塊に激突した。それがリクであると察するのに時間は必要なかった。シフォンは嵐のごとき連撃を静止させ、今ゆっくりと前進しつつあったのだから。


氷の半球(グラス・ドーム)!!」


 片膝を突いた状態で両手を前方に掲げ、魔術を展開する。形成された半球状の分厚い氷の内部に、シフォンを閉じ込めた。


 直後、鈍い音がして半球にヒビが入る。内部でシフォンが氷を砕こうとしているのだろう。シンクレールはさらに魔力を注ぎ込み、半球を修復した。


 再びヒビが入る。


 またぞろ、修復する。


 その繰り返しが長くはもたないことを、シンクレールは悟っていた。


「リク! 生きてるか!?」


 振り返る余裕はなくて、ただ大声で呼びかける。


 一秒、二秒と時間が積もっていくにつれ、死んだんじゃないかという恐れが(ふく)らんでいった。お互いに死を覚悟してこの場に舞い戻ったとはいえ、恐怖がすべて消えたわけではない。自分の死はもちろん、共闘相手の死も同様に、恐ろしい。


 だから、荒い呼吸と不揃(ふぞろ)いな足音が聴こえたとき、シンクレールは心の底から安堵(あんど)した。


 やがてリクは、シンクレールのそばで足を止めた。


「シンクレール」


 リクの呼びかけに、シンクレールは横目で一瞥(いちべつ)する。リクは頭から血を流していたし、顔は妙に蒼褪(あおざ)めていたし、全身に浅い切り傷を()っていたが、しかし、悲壮感はなかった。


「おれは、不幸に見えるか?」


 そう問われ、シンクレールはなんと答えていいか分からなかった。


「不幸?」


「そうだ。今のおれは不幸に見えるか?」


「……不幸以外のなにものでもないよ」


 それを聞いたリクは、ただひと言「そうか」と呟いて、刀をかまえた。シンクレールの魔術が砕け散ったのはその瞬間のことである。


 シフォンへと駆けていくリクの背を見つめ、シンクレールは立ち上がった。リクの背には覇気が満ちている。


 不幸以外のなにものでもない。そう答えたとき、リクがどんな顔をしていたかシンクレールは見ていない。ただ、きっと、満ち足りた表情だったに違いないと思った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて

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